2002年02月20日

霊障

最近、寝不足のせいかどうかは知らないが、霊と波長が合っているようだ。
三日間続けて金縛りにあった。
昔から寝不足になるとよくこういう状態になるのだが、これまでは体が宙に浮くことが多かった。
おそらく幽体離脱をしていたんだろう。
しかし、今回のはちょっと違うようだ。
誰かが乗っているのである。
一度目は、18日午前3時半頃だった。
日記を書き終えたぼくは、早く寝ないとと思いながらも、寝付かれずにいた。
その時、人の気配がした。
「誰だろう?」と思っていると、その気配はぼくの肩元にやってきた。
そして布団を掴んで、ぼくの頭までかぶせてしまった。
「おいおい、何が始まるんだ?」と思っていると、急に体が重くなった。
「これは霊やないか!」と思い、こういう時のために覚えておいた“延命十句観音経”というお経を唱えた。
もちろん声は出ないので、心の中で
「観世音、南無仏、与仏有因、与仏有縁、仏法僧縁、常楽我浄、朝念観世音、暮念観世音、念念従心起、念念不離心」
と唱えた。
42文字の、般若心経より小さなお経で、江戸時代の高僧白隠が広めた霊験あらたかなお経だときく。
このお経を唱えると、だんだん体は軽くなっていった。
その日は、これだけで終わった。

二度目は、19日の何時ごろだったろうか?
今度は寝ている時に襲ってきた。
しかし、前日のことがあったので、すぐさま体勢を変えた。
ぼくの場合、金縛りはいつも仰向けで寝ている時にやってくるのだ。
そこで、ぼくは体を横向きにした。
すると霊の奴は去っていった。
しかし、その後しばらく眠れなかった。

三度目は、20日の午前3時過ぎ、つまり今日である。
一度目と同じく、寝付かれずにいた時に襲ってきた。
さすがに頭にきた。
今度はお経を唱えずに、心の中で「おい、いい加減にしとけよ!お前はおれに用があるかもしれんけど、おれはお前に用はない!出ていけっ!!」と一喝した。
しかし霊は離れようとしない。
そこでぼくは、伝家の宝刀「般若心経」を持ち出した。
今まで、このお経を唱えて離れなかった霊はない。
全文唱えるにこしたことはないが、お経が出てこない時には、「摩訶般若波羅蜜多!!」だけでも効果がある。
とにかく一心不乱がコツである。
今日は「摩訶」だけでよかった。
霊はさっさとどこかへ行ってしまった。

どうしてぼくは、こうも霊に好かれるんだろう?
3年前に、車を塀にぶつけたことがある。
その前日に死亡事故現場を通ったのだが、その時霊を連れてきてしまい、それで起こした事故だと思っている。
ばあさんの霊とか、子供の霊とか、霊がぼくの周りにうようよしている。
いつか断ち切ってやろうと思っているのだが、その修行が出来てない。
また、なかなかその暇がない。
しかたないので、しばらく見て見ぬふりをしていようと思う。
たまには、昔みたいに霊を怒鳴り上げたりしてみるか。
ああ、そうだった。
それよりも早く寝て、霊と波長を合わせないようにすればいいんだ。
そのためには早く寝ないとならない。
しかし、日記を早く書かないと寝られないし。
もしかしたら、霊はぼくと会いたいがために、ぼくが日記を書くのを邪魔しているのかもしれない。
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2003年02月14日

信教の自由

ぼくの家に金色の正観音像がある。
掃除をしないので、ほこりまみれになっている。
たまに手を合わせている。
ぼくの信仰は、その程度のものである。
かつて、お経や禅の本を読んだことがあるが、それはあくまでも興味本位で読んでいただけであって、別にそういうものにのめり込んだわけではない。
神社や古いお寺に行くのが好きであるが、それはすがすがしい気持ちに浸りたいから行くだけのことで、別に集会に集まったり、寄付したりしに行くわけではない。
だいたいぼくは栄光ある孤立を望む人間だから、団体に属すとか、関わるとかいうことが大嫌いである。
だからこの先も、宗教団体に入ることはないだろうし、家の宗旨である浄土真宗の活動をするようなことは絶対ないだろう。
寄付も嫌だ。

かつて知り合いに宗教団体Sに入っている人がいたが、活動が大変だと言っていた。
入信の勧誘、新聞の勧誘、選挙の時は電話をしていたし、選挙当日にはご丁寧にも投票所に送り迎えまでしていた。
何もそこまでして、宗教団体Sにのめり込まなくてもよさそうなものである。
しかし彼に言わせれば、それが功徳になるのだという。
その後彼の勤め先は潰れたというが、彼は功徳を積んでいるから、そういう逆境もなんのその、さぞかし今はいい暮らしをしていることだろう。

ところで、ぼくがまだJRで通勤している頃、よく駅前で宗教の勧誘をしている人を見かけた。
ぼくも何度か声をかけられたことがある。
「あなたの幸せと健康と祈らせて下さい」
見るからに胡散臭い男で、目は完全にイッていた。
「ぼくは幸せで健康です」
そう言っていつも断っていた。

ある時は、「私がお祈りすると、観音様の三大パワーであなたは幸せになります」と言って来る人もいた。
ぼくが意地悪く「三大パワーって何ですか? 観音経にはそんなことは書いてないけど、何のお経にそういうことを書いてましたか? ぜひ読んでみたい」と言うと、その人は相手が悪いと思ったか、「失礼しました」と言い、クルッと背中を向け別の場所に移動した。

伯母にもそういう経験があるという。
ぼくの時と同じように、観音様の三大パワーを説き、「あなたの幸せと健康を祈らせて下さい」と言ったという。
それを聞いて伯母は「へえ、観音様ですか。それはありがたい。どうぞお祈り下さいませ」と言った。
すると、その人は手を伯母の額の上にかざした。
約5分。
その間、伯母は何をやっていたかというと、その手をかざした人に手を合わせ、「マーカーハンニャーハーラー…」と般若心経を唱えていたという。
伯母を相手にした人は戸惑っただろう。
まさかこんな状況になるとは思ってもいなかったはずだ。
しかし、祈り始めたからには止めるわけもいかず…。
その状況を想像しただけでもおかしいものがある。

人に聞くと、あれも新興宗教の一種だという。
ああすることで、その人は功徳を積むのだという。
しかし、知らない人から突然声をかけられるというのは、気味が悪いものである。
はっきり言って迷惑である。
そういう迷惑を実践して、何の功徳が積めるというのだろう。
迷惑に迷惑を重ねるだけの話じゃないか。
もし仮に、そういう行為をぼくの友人がぼくに対してしたとしたら、確実にぼくはその友人を友だちリストから外すだろう。
そして『アホバカ列伝』で紹介するだろう。

まあ、憲法で信教の自由が保証されていることだし、別に誰がどの宗教をやっているからといって文句を言うつもりはない。
「どうぞ、御勝手に」である。
しかし、ぼくには関わらないで欲しい。
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2004年06月05日

念彼観音力(上)

『我に帰れば、心の中にある地獄は消え去ってしまう。だから、我に帰ろう』
妙法蓮華経観世音普門品第二十五、つまり観音経の要約である。
般若心経に比べて、観音経はだらだらと説教が続いているが、要はこういうことをいろいろな方面から説明しているにすぎないのだ。

30歳の頃、ある事情から、ぼくはこのお経にかかわりをもつことになった。
それまでは、のんびりと中国思想などと闘っていたのだが、そういったどちらかというと処世術的なものでは解決出来ない問題があるのを知ったのである。
そういう時に出会ったのが、般若心経であり、この観音経だったわけだ。

この観音経にはいろいろな霊験が書いてある。
火の中に落とされた時、大海に漂流した時、山から突き落とされた時、賊に襲われた時、魔物に襲われた時など、もろもろの苦難を受けた時、観音の力を念じれば救われるというものだ。
その、「観音の力を念じれば」の部分が『念彼観音力』という有名な言葉である。

この経を勉強していた頃、ぼくはこの『念彼観音力』にほとほと手を焼いた。
声を出して「ネンピーカンノンリキ」と唱えてみればわかるが、この言葉は実に力強い言葉である。
また、この言葉は、念力の『念』という文字を含んでいる。
超常現象物が好きなぼくは、この『念彼観音力』という言葉を見て、すぐに超能力を連想した。
そして、この『念彼観音力』の中に呪文を感じた。
そう、最初にこの言葉を見た時、ぼくは「念じれば、苦難から逃れることが出来、行く行くは超能力を得ることが出来るようになる」と単純に理解したのだった。

それからぼくは、毎日「念彼観音力、念彼観音力…」と唱えていた。
しかし、苦難からは逃れることは出来ない。
ましてや、超能力なんて、夢のまた夢である。
確かに唱え始めた頃は、心身共に軽くなっていくのを感じたのだが、日が経つにつれてそれは惰性になり、ついにはただの口癖になってしまった。
また経の解釈も、「呪文を唱えれば苦難から逃れる」となったため、言葉の苦難から逃れられなくなった時、「このお経は偽物だ」と認めざるをえなかった。

そういう時だった。
「観音経は人生の書だ」と書いてある本を見つけた。
そこには、「観音経は、字面ばかり捉えていても何も見えてこない。そこに人生を照らし合わせてみろ。はたと気づくことがあるはずだ」といった内容だった。
そう言われればそうである。
超常現象マニア限定の本なら、こうまで長く多くの人に読み継がれなかっただろう。

では、『念彼観音力』が呪文でないとしたら、いったい何なのか。
この疑問がぼくの、観音経の再出発点となった。
もはやそこに超常現象を見ることはなかった。
ある時、ふと我に帰った瞬間に、それまであった悩みがきれいさっぱりと消え去っているのに気づいた。
「これはいったい何だろう。もしかして『念彼観音力』は、この呼吸なのか?」
そこから、また探求が始まる。
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2004年06月06日

念彼観音力(下)

何年かかけて、ようやく答を得た。
『念彼観音力』は、やはりこの呼吸だった。
多くの書物や自らの体験が、それを証明してくれた。
悩みに流されている時、人は我を忘れているものだ。
ということは、悩みに流されていると気づいた時は、すぐさま我に帰らなければならない。
その方法こそが、禅であり念仏であったのだ。

その方法に一つ付け足したいものがある。
それは、「視線を正す」ということである。
悩みに流されている時、人の目は泳いでいるものだ。
ということは、その悩みを消し去るには、視線を正せばいいということになる。
「そんな単純なものなのか?」という疑問を持たれる人もいると思う。
が、そんな単純なものなのだ。
般若心経でも言っているように、すべての事象は元々何もない。
ということは、悩みも元々ないものである。
そもそも悩みというものは、自分の心で作りだした事象に、自分の心が執着しているだけのものなのだから、悩みを消し去るには、その執着を断ち切るだけでいい。
元々ないものであるからこそ、視線を正す、つまり悩みに目を向けずに「今、ここ」に向ける、つまり我に帰ることで、簡単に断ち切ることができる。
ただ、これを継続出来るか否かは、本人の努力次第である。
我に帰っても、またすぐに悩みに流されてしまっては元も子もない。
常に視線を体の中心線に置き、視線を正さなければならない。

ということで、17年間の『念彼観音力』探求は、今のところ『視線を正す』というところに落ち着いている。
今後また新たな展開が起きるかもしれないが、基本的なものは変わらないだろう。
いや、変わりようがないだろう。

【追記】
今回佐世保で起きた事件だが、おそらく殺人を犯した女子児童も、あの時視線が流れていたのだろう。
もしあの時視線を正しくしていたら、その動機自体が空しく感じていたにちがいない。
そうであれば、あの事件も事前に防げただろう。
事を起こした後に、人はみな視線を正しくする。
その後に襲ってくるものは、悔悟である。
そして、無間地獄へと堕ちていく。
「あの時、こうすれば」ということを、人はその時に出来ない。
その時、視線を正すための訓練を、普段から積んでないからだ。
あの少女は通り一遍のケアを受け、ふたたびいつもの生活に戻るのだろうが、無間地獄からは逃れられないだろう。
もし逃れられるとしたら、事件のことをすっかり忘れてしまうしかない。
だが、忘れようとして忘れられるものではないし、仮に忘れたとしても、忘却の奥に潜む苦痛を常に受けることになるだろう。
日常生活をやっていても、無間地獄からは逃れることは出来ない。
無間地獄の果ては、人格の破滅しか残ってない。
ではいったいどうすればいい?

ぼくは、供養しかないと思う。
そうすることで、彼女はこの世に生を受けた意義を知り、その時初めて自分を取り戻すことになるからだ。
無間地獄は自分を取り戻す、つまり我に帰ることによって、自ずと消滅してしまうのだ。
ということは、彼女にとっての残された唯一の救いは、殺めた命を一生かけて供養していくことしかないじゃないか。
彼女は今、『念彼観音力』を必要としている。
『念彼観音力』も今、彼女を必要としている。
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2004年07月10日

金剛経のこと(前)

十数年前、ぼくが仏教書を読んでいた頃、一つだけ気になるお経があった。
『金剛経』というお経である。
般若心経や観音経に比べると、知名度のずっと低いお経なのだが、このお経がなぜかマンガに載っていたりする。
「山、山にあらず、これを山という。わかるか、岡」
確かこんなセリフだったと思う。
岡とは岡ひろみのこと、そう『エースをねらえ』である。
このマンガ、当初は俗にいうスポ根マンガだったが、2部からだんだん宗教色の濃いものになっていった。
「山、山にあらず…」と言ったのは、宗方コーチ亡き後、岡のコーチになった桂コーチである。
彼は永平寺の修行僧だった。
普通の人なら坊さんをテニスのコーチには選ばない。
が、この作者山本鈴美香は違った。
無理矢理コーチを永平寺に求めたのだ。
おそらく彼女は、宗教的な雰囲気が好きだったのだろう。
その証拠に、彼女はその後、新興宗教の教祖になっている。

さて、そのぼくはお経が気になっていたと書いたが、別に『エースをねらえ』を読んだから気になったのではない。
このお経にある『応無所住而生其心(おうむしょじゅうにしょうごしん)』という言葉に惹かれたのだ。
『応無所住而生其心』、これは「何ものにも執着することなく心をおこせ」という意味だが、実に面倒くさい言葉である。
武道でいう『無念無想』と言ったほうがわかりやすいかもしれない。
剣豪宮本武蔵はこの境地に達していたと言われている。

無念無想といえば、同じく剣豪の千葉周作に面白い話がある。
ある商人が周作に「命を狙われています。私に剣術を教えてください」と頼んだ。
すると周作は、「目を閉じて刀を大上段に構えよ。そして相手が動く気配がした時に振り下ろせ」と教えたらしい。
後日、賊に命を狙われた商人は、周作の言いつけどおりに、目を閉じて刀を大上段に構えた。
もちろん動く気配がしたら、刀を振り下ろそうと思っていた。
が、いつまで経ってもその気配が感じられない。
しばらく経って、目を開けてみると、そこにはもう賊はいなかった。
そのことを周作に言うと、周作は「相手はお前の構えを見て、恐れをなして逃げたのだ」と言ったという。
おそらく賊は、目を閉じ刀を振り下ろすことに集中している商人の姿を見て、『無念無想』を感じたのだろう。

お経と剣術、そこには何の関係もないと思われる。
が、実はこの金剛経は、武士の心の支えとなった禅と大いに関係があるのだ。
それは、禅宗の六祖である慧能がこの言葉を聞いて、出家を志したという故事からきている。
出家を志したというより、慧能はこの言葉を聞いて大悟したのだろう。
なぜなら、その後寺に入った慧能は、修行らしい修行もせずに、五祖の後継者に抜擢されているからだ。
そういう理由からか、禅宗ではこのお経は重要な教典の一つになっている。
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2004年07月11日

金剛経のこと(後)

ということは、武道の極意もこのお経の中にあるのだろう。
そしてその極意中の極意が『応無所住而生其心』ということになるのだろうが、この言葉、言うにやさしいが、実践となると実に難しい。
武道を極めていないぼくには、到底届かない境地である。
が、せっかくこの世に生まれてきたのである。
ちょっとでいいから、この境地を味わってみたいものだ。
かといって、刀など振り回すことは出来ないから、せめて念仏代わりにこの言葉を唱えてみることにするか。

金剛経について、こういう話がある。
昔、ある婆さんが、坊さんから「『応無所住而生其心』、この言葉は実に霊験あらたかで、毎日毎日唱えていると願い事が叶う」と教えられた。
それを信じた婆さんは、出る息入る息をこの言葉に換えて唱えることにしたのだが、婆さん、ここでとんだ間違いをしてしまった。
その『応無所住而生其心』を、『大麦小麦二升五合』と聞き違えていたのだ。
もちろん婆さんは、その後ずっと『大麦小麦二升五合』と唱えていた。
ところが、婆さんに霊験が現れた。
何と、病人を前にして『大麦小麦二升五合』と唱えると、その人の病気が治るようになったのだ。
それが評判を呼び、多くの人が婆さんの元にやってくるようになった。
ある日、評判を聞きつけて、ある修行僧がやってきた。
その僧が婆さんの唱える言葉を聞いていると、どうもおかしい。
そこで、坊さんは婆さんに「婆さん、それは違う。正しくは『応無所住而生其心』と言うんだ」と言った。
「そうか、違っていたのか」と思った婆さんは、それ以来正しく『応無所住而生其心』と唱えるようになった。
ところがそう唱え出してから、病気を治すことが出来なくなったという。

この婆さんは心に障りを作ったんだな。
つまり、婆さんにとって『大麦小麦二升五合』は無念無想だったわけだ。
ところが、正しく『応無所住而生其心』と唱えようとすることで、心に力みが出来てしまった。
そこには、もはや無念無想はない。
疑心が残るだけである。

しかし、これがまたややこしい。
執着するつもりはないのに執着してしまうのが、心なのだ。
他のことに執着しないようになったとしても、「執着しない」という思いに執着してしまう。
まことに心というのは扱いにくい。
しかし、これをクリアしないと、無念無想にはなれないのだ。
執着無く『応無所住而生其心』と唱えられるようになるまでに、いったいどのくらいの時間を要することだろう。
「ちょっと体験したい」というような不埒な気持ちでやっていたら、何度生まれ変わっても無念無想なんて味わえないだろう。
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2005年05月31日

長谷観音

今日、ふとしたことがもとで、長谷観音に行った。
長谷観音と言っても、別に鎌倉や奈良に行ったわけではない。
北九州市に隣接する鞍手町にあるのだ。
鞍手町というと、この間この日記でお知らせした貴黄卵生産直売農場と同じ町だが、長谷観音はそこからさらに奥に行ったところにある。
この観音さんは知る人ぞ知る観音さんで、知らない人はまったく知らない。
かく言うぼくも、つい最近までその存在を知らなかった。

何で知る人ぞ知るのかというと、実はここの観音さんは、鎌倉や奈良の長谷観音と同じ木から出来ているらしく、当然のごとく国宝に指定されているのだ。
ところが、テレビやラジオで紹介しているのを見聞きしたことはないし、太宰府天満宮や宮地岳神社のようにCMも流れていない。
さらには県の観光案内にも載っていない。
これでは知りようがないではないか。
もし紹介しているものがあるとすれば、それは鞍手町とか筑豊という狭い地域の観光案内くらいではないだろうか。
ということで、この観音さんを知っているのは、地元の人か信仰の厚い人から口伝えで聞いた人くらいなものだろう。
ぼくもその口だった。

しかし、まさかこんな近くに、国宝があるとは思わなかった。
最初にそれを知った時は、半信半疑だった。
国宝といえば、この辺だと太宰府ぐらいにしかないと思っていたからだ。
で、それを聞いてから、さっそくそこに行ってみたのだが、先に書いたように、周りは普通の田舎である。
看板も幹線に掲げてある大きな看板とは違い、小さな看板が所々にあるだけで、気をつけていないと、すぐに見落としてしまう。
何度も道を間違え、ようやくたどり着いた長谷観音だったが、その時拝んだ観音さんはダミーだった。
本尊は、毎月17日と18日にしかご開帳しないことになっているらしいのだ。
ということで、それからは、その日を狙っていくようになった。

ところで、今日はご開帳の日でもないのに、わざわざ長谷観音まで何をしに行ったのかというと、実は寺の前にある食堂に、昼飯を食べに行ったのだ。
午前中に歯医者に行ったのだが、家に帰ると嫁ブーが、変な顔をしてこちらを見ているではないか。
「何か?」とぼくが聞くと、「腹減ったんよ」と言う。
「何か作って食べればいいやろ」
「面倒やん。ね、どこかに食べに行こう」
「どこに行くんか?」
「どこでもいい」
「何が食いたいんか?」
「何でもいい」
「街中と田舎と、どっちがいいか?」
「おまかせします」
「じゃあ、田舎に行こう」
ということで、長谷観音に向かったのだ。
なぜ長谷観音を選んだかというと、ぼくが知っている田舎の食堂で、通りに面していないのは、そこしかなかったからだ。
せっかく食べるのなら、車の通らない空気のおいしいところで食べようと思ったわけだ。

今日も何度か道に迷ったが、何とかたどり着いた。
せっかくだからと言うので、ダミーの観音さんに手を合わせ、それから食堂に入った。
頼んだものは、ぼくが丸天うどんとご飯、嫁ブーは山かけそばとおにぎりだった。
そういうものが特においしいわけではない。
が、一品だけ「これはおいしい」というものがあった。
それは、ご飯に付いてきた床漬けである。
まさに田舎ならではの味だった。

さて、長谷観音に着いてから30分もいただろうか。
食事を終えたぼくたちは、他に寄るところもなかったので、さっさと家に帰ったのだった。
帰り着いてから車のメーターを見てみると、往復で40キロ走っていた。
ということは片道20キロか。
ちょっと遠かったかなあ…。
しかし、こういう昼食もわりといいものである。
また機会があれば、やってみようと思っている。
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2005年09月24日

延命十句観音経霊験記(1)

昨日、お寺に行った時のこと。
納骨堂の中で、伯母が突然“般若心経”を唱えだした。
最初は中央に鎮座していた大日如来像の前で、次に墓の前で大きな声で唱えているのだ。
その納骨堂は狭く、その声は堂内に響いた。
堂内には他の参拝客もいたのだ。
ぼくたちは、静かに参拝しているその人たちへの申し訳なさと恥ずかしさで、納骨堂にいる間ずっと下を向いていたのだった。
とはいえ、そのお寺には、般若心経を唱えたらいけないという決まりはない。
逆に、般若心経を知っているだけでも、「感心感心」と褒めてくれるだろう。

ところで、ぼくは二つのお経を唱えることが出来る。
一つがこの“般若心経”で、もう一つが“延命十句観音経”というお経である。
そのどちらとも黙読で覚えたものではなく、声を出して、つまり体で覚えたものだから、このお経を聞くと、すぐに体が反応してしまう。
昨日は、赤面して下を向いていながらも、気がつけばぼくも小さな声で、伯母に合わせて唱えていたのだった。

ぼくがこれらのお経を覚えたのは、昭和61年だった。
20代後半のこの年に、ぼくは精神的に病んでいたことがある。
あることに悩みを持ってしまい、それから抜けられなくなったのだ。
それが極まって、鬱に近い状態にまで陥ってしまった。
朝から心が晴れず、ちょっとしたことで沈みがちになり、すぐに自分の殻に閉じこもってしまうのだ。
自然、人と接触することも避けるようになった。
一日のうちで心が晴れるのは、風呂に入っている時だけだった。
風呂から上がって、寝るまでの間はその状態が続いているのだが、朝になるとまた心が暗くなった。

こういう状態が3ヶ月近くも続いたのだ。
とはいえ、その間、何もせずに手をこまねいていたわけではなかった。
「何とかしなければ」と思っていたのだ。
そのためにいろいろな本を読み、その解決法を模索した。
それは思想書であったり、自己啓発書であったりした。
が、そういう本で心の状態は改善しなかった。

こういう場合、人に相談すれば少しは気が楽になるのだろうが、人と接触するのが嫌になっていたから、相談する気にもならない。
たまに、ぼくのそんな状態を見かねて、「どうしたんか?困ったことがあるんなら相談に乗るぞ」と言ってくれる人もいた。
しかし、その心の状態を上手く説明できないのだ。
そのことがまた、心を暗くしていった。
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2005年09月25日

延命十句観音経霊験記(2)

そういう状態が2ヶ月ほど続いたある日、ようやく打開のきっかけをつかんだ。
たまたま寄った本屋で、ある新刊の本を手に取った時だった。
ふと手が滑ってしまい、その本を落としてしまった。
慌てて本を拾い上げると、あるページに折れ目が入っているのが見えた。
「まずいな」と思いながら、そのページを開いてみると、ちょうど折れた先が矢印のようになって、ある文章を指していた。
そこを見てみると、そこには“延命十句観音経”という、短いお経が書いてあった。

“延命十句観音経”、初めて聞く名前である。
どんなお経だろうかと説明を読んでみると、そこには『非常に霊験あらたかなお経で、古今この経に救われた人は数知れず』などと書いてあった。
うさんくさい宗教書にありがちな表現である。
ところが、よくよくそれを読んでみると、その経を広めたのは、臨済宗中興の祖と言われる、あの白隠禅師というのだ。
「嘘だろう」と思い、その本を一端書棚に戻し、宗教書のコーナーに行ってみると、そこに『延命十句観音経霊験記』なる本が置かれていた。
作者の欄を見てみると、確かに『白隠禅師』と書かれている。
疑い深いぼくは、その経について語っている本を探しだして読んでみると、やはり白隠禅師が広めたと書いてあった。

「白隠が『霊験あり』と言うのなら、嘘じゃないだろう」と思ったぼくは、先ほど落とした本と、『延命十句観音経霊験記』と、それを解説している本と、計3冊の本を買って帰った。
観世音 南無仏 与仏有因 与仏有縁 仏法僧縁 常楽我浄 朝念観世音 暮念観世音 念念従心起 念念不離心
延命十句観音経というのは、たったこれだけの短いお経である。
短いといえば般若心経も短いが、このお経はさらに短い。
解説書には、この短いお経の中に仏教の真理があるのだと書いてあった。
しかし、その時のぼくに、真理を追究する余裕などない。
ということで、解説書は飛ばして、『延命十句観音経霊験記』のほうを読むことにした。
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2005年09月26日

延命十句観音経霊験記(3)

その本には、この短いお経を唱えて起きた奇跡の実例が書いてあった。
が、奇跡とはいうものの、何も突飛なことばかり書いているわけではない。
精神的な病から救われたとか、ものの見方が変わって幸福を得たような話も書いてある。
いや、どちらかというと、眉唾物の話より、そちらの方に重点が置かれているような気がする。

そこにはこの経の実践法なども書かれているのだが、このお経の真理を追究しろなどといった難しいことは一つも書いていない。
書いているのは、ただ不断にこの経を唱えろということだけである。

その宗旨が知りたいという人や宗教マニア以外、宗教書を好んで手にする人などほとんどいないだろう。
もしいるとしたら、それはかつてのぼくのように、精神的に追いつめられている人だけではないのだろうか。
そういう人は藁をもつかむ思いでその本を手にしたはずだから、当然物事を論理的に追求する余裕など持ってないだろう。
もちろん、白隠禅師もそれを見越していた。
それゆえに、不断にこの経を唱えろとだけ言ったのだと思う。

とにかく、2ヶ月も鬱状態が続き、いよいよ追いつめられた感のある、ぼくの精神状態である。
それまで自分なりにいろいろ手を尽くしてみたが、改善のきっかけすら見えてこない。
そんな時に、このお経が目の前に現れたのだ。
先に、ページの折れた部分が矢印に見えて、その先にこのお経があったと書いたが、そのこと自体、妙に霊験めいた気がする。
「今はこれを信じるしかない」
そう思うに至ったぼくは、このお経に賭けることにした。
ということで、その日から十句経三昧の生活が始まった。

その翌日、早くも最初の霊験が訪れた。
仕事中にその経を口の中で唱えていると、急に眠くなってきた。
よくある睡魔というものではない。
これ以上目を開けていられない状態になったのだ。
仕方がないので、ぼくは休憩室に行き、少し横になることにした。
目が覚めてみると、頭の中がすっきりしている。
けっこう長く寝たような感じがしていたのだが、時計を見ると、まだ10分ほどしか経過していない。
これで充分だと思い、ぼくはまた仕事場に戻った。
それからしばらくして、あることに気づいた。
精神状態が、鬱ではないのだ。
といって、躁の状態でもない。
以前のような、普通の精神状態に戻っているのだ。

ちょっと寝たことがよかったのだろう。
そのことがあって、「もしかしたら、ぼくの鬱状態というのは、多分に寝不足が影響しているのではないか」と、ぼくはその時思った。
「きっと、十句経を唱えたことで、本来の自分が目覚め、その時点で一番必要なことをぼくにさせたのだ」
そう思うことにした。
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2005年09月27日

延命十句観音経霊験記(4)

しかし、それで治ったわけではなかった。
その夕方にはまた鬱状態が訪れた。
翌日もそういう状況だった。
それからしばらく、霊験が現れ、また鬱状態が訪れるという、一進一退の状況が続いた。
それでも諦めずに、ぼくは延命十句観音経を唱え続けた。
すると、およそ2週間ほど経ったある日、二度目の霊験が訪れたのだ。

場所は帰りの電車の中だった。
その日は仕事の関係で遅くなってしまい、最終の何本か前の電車で帰ることになった。
ちょうど快速が出たばかりで、ぼくの乗った各駅停車は、乗客がまばらだった。
そのためゆっくり座って帰ることが出来たのだが、あいにくその日は本を忘れてきていて、何もすることがない。
そこで、この時とばかり、目を閉じて静かに口の中でお経を唱えることにした。
そうやって、いくつかの駅を過ぎた時だった。
どこからともなく、ぼくが口の中で唱えているお経が聞こえてきたのだ。

低い男性の声だった。
ぼくは、ハッとして周りを見回した。
しかし、ぼくの周りにはお経を唱えている人はいない。
そこで立ち上がってその車両の隅々まで見回してみたが、しゃべっているのは女性客ばかりで、男性のほとんどは眠っている。
そうやって、ぼくが落ち着きなくキョロキョロやっている間も、そのお経の声は聞こえていたのだった。

その時は気味が悪いと思っていたのだが、家に帰ってよくよく考えてみると、これも霊験なのだという結論に達した。
「ということは、このお経の力が、確実にぼくを回復の方向に向かわせているのだ」
そう思うことにした。

そして、それから10日ほどして、三度目の霊験が現れたのだった。
それは仕事中のことだった。
その日は朝からヘソの下が何かムズムズしていた。
ところが、仕事中にそのムズムズ感は火照りに変わった。
別に下腹に熱が出たわけではなく、ヘソの下のある部分が火照っていただけだ。
そのため、最初は「おかしいな」と思いながらも、気にしないようにしていた。
しかし、午後になっても火照りはおさまらない。
「何か変な病気にでもかかったのかなあ」
と思った時だった。
ぼくはあることに気がついた。
その日は朝から鬱ではないのだ。
「もしかして治ったんかなあ」と思い、あることを試してみた。
ぼくはある悩みに囚われたり、縛られたりして、鬱状態になっていた。
もし治っているとすれば、その悩みに囚われたり、縛られたりすることはない、と思ったわけである。

さっそく悩んでみることにした。
すると、不思議な現象が起きた。
その悩みが、頭の中からストンと例のヘソ下の火照りのところに落ちてきて、燃えてしまったのだ。
燃え尽きた悩みのあとには、燃えかすだけが残っていた。
つまり、悩みという記憶だけが残っているということである。
何度やっても、その都度悩みはヘソの下で燃やされる。
およそ一時間後、ようやく疑い深いぼくの心は、鬱状態から脱出を認めた。
それまでがひどい状態だっただけに、その時の喜びといったらなかった。
posted by 新谷雅老 at 02:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観音示現 | 編集

2005年09月28日

延命十句観音経霊験記(5)

それ以来、ぼくは鬱状態になることはなかった。
おそらくこれからも、そういう状態にはなることはないだろう。
それは、延命十句観音経のおかげで、深く悩みに囚われたり、縛られたりすることがなくなったからである。
というより、悩みを持った時、ぼくはこの経を唱えることにしたのだ。
すると、同じように霊験は現れる。
例のヘソの下が、何かすっきりした気分になるのだ。
そうなるとしめたもので、すでにその悩みは消えているのである。

ある時には知恵をも与えてくれる。
困った問題が起きた時、自分の頭であれこれと考えて解決しようとすると、失敗することが多いものだ。
しかし、いったんこの経にすべてを預けてしまうと、意外なところから解決法が見えてくる。
それがまた絶妙な解決法で、問題のほとんどはそれで解決してしまう。
まさに仏の知恵というものだろう。

よくよく考えてみると、ぼくはこの経と縁があったのだと思う。
きっと鬱状態というのは、その経に入る方便として、仏が与え賜うたものなのだろう。
だからぼくは崩れなかったのだ。
そして、その後も霊験を見続けることが出来たのだ。
今はそれが長いお経でなくてよかった、と感謝するばかりである。
面倒くさがりのぼくのことだから、仮に長いお経だったら、きっとすぐに飽きていたことだろう。
鬱状態から解放されたあとに、一度だけ、観音経(妙法華経観世音菩薩普門品)に挑戦したことがある。
が、「念彼観音力」とか「福寿海無量」といった有名な言葉は覚えたものの、お経自体は覚えられず挫折してしまった。

ところで、冒頭でぼくが唱えることが出来るお経は二つあって、その一つは般若心経だと書いた。
その般若心経は、十句経を覚え鬱状態から脱出した後、そう観音経に挑戦していた頃に、勢いで覚えたものである。
この経も霊験あらたかで、霊障に遭った時にこの経を唱え、何度も救われたことがある。
だがこの経は、それほどぼくとは縁がないように思えるのだ。
なぜなら、このお経を唱えると、いまだにとちってしまうからだ。
やはり、ぼくには延命十句観音経しかないのである。

さて、タイトルにわざわざ『霊験記』などと謳っているので、何らかの奇跡を期待した人もいるかもしれない。
そういう人は、これまでの話を読んで、拍子抜けしたにちがいない。
中には「ただ単に、精神状態が元に戻っただけの話じゃないか」と思っている人もいるだろう。
しかし、はたからどう思われようとも、あの日のぼくにとって、あれは確かに奇跡だったのだ。
今もその思いは強く持っている。
だからこそ信じられるのだ。


 − 延命十句観音経霊験記 完 −
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2005年12月09日

延命十句観音経霊験記(番外編)

十数年前の話だ。
ぼくの部署にいた女性の派遣社員が、仕事の合間に般若心経の本を読んでいた。
ぼくが「般若心経なんか読んで、どうかしたと?」と聞くと、その女性は「今、必死で覚えてるんですよ」と言う。
「何でまた般若心経なんか覚えるんね?」
「般若心経を唱えると、願い事が叶うと聞いたもんですから」
「ふーん」
「でも、意味のない言葉を覚えるのって難しいですね」
「いや、意味はなくはないんやけどね」
「へえ、意味なんてあるんですか」
「うん、あるよ。でも、願掛けには必要のないことやけ、別に読む必要もないけどね」
「しかし、私ってどうしてこんなに物覚えが悪いんだろう。一週間くらい前から取り組んでるんだけど、まだ二行も覚えてないんですよ」
「一週間で二行か…。もしかしたら、そのお経はあんたには向いてないんかもしれんね」
「えっ、お経に向き不向きとかあるんですか?」
「あるよ。学校の勉強でも好き嫌いがあるやろ。あれと同じ。好きな学科は何もしなくても頭に入ってくるやん」
「ああ、そうか」
「あんたに向いているお経なら、すんなりと覚えられると思うんやけどね。今その覚えることが障りになっとるんやけ、それは不向きだと思うよ」
「そうですか。じゃあ、私にはどんなお経が合ってるんですか?」
「そんなことわかるわけないやん」
「そうですよね。それならもっと短いお経にしようかなあ。何かないですか?」
「念仏とかお題目じゃだめなんね?」
「何か年寄り臭くて、カッコ悪いじゃないですか。お経がいいんですよ」
「お経だってカッコいいとは思えんけど…。そうか、短いお経か。ないことはないけど」
「えっ、あるんですか?」

そこでぼくは、紙に延命十句観音経を書いて、彼女に渡した。
「これ何ですか?」
「お経」
「えっ、これお経なんですか?」
「うん」
「たったこれだけですか?」
「たったこれだけ」
「効くんですか?」
「おれは効いたよ」
「本当ですか?」
「うん」
「じゃあ、このお経を覚えよう」
ということで、ぼくは彼女に読み方を教えてやった。

翌日のことだった。
彼女はぼくを見つけると、「しんたさーん」と言って走ってきた。
「どうしたと?」
「いや、昨日のお経、私あれを覚えることにします」
「昨日、そう言ったやないね」
「言ったけど、半信半疑だったんですよ。向き不向きとかいう話を聞いていたし…」
「それがまた、どうしてそうなったんね?」
「あれから家に帰って、紙に書いてもらったのを読んでいたんですよ。その時ふと、床の間のほうから誰かがこちらを見ているような気がしたんです。それで床の間のほうを見てみたんだけど、誰もいない。気のせいかと思って、またその紙を読んでいた。ところが、まだ誰かがこちらを見ているような気がするんですよ」
「何それ、霊でもおるんやないと」
「いや、そんなのじゃなかったんです。実は床の間に掛け軸がかかっているんですけど、こちらを見ているような気配はそこからしていたんですよ」
「何の掛け軸?」
「書なんですよ」
「漢詩か何か?」
「今までそう思ってたんです。それで気にもとめなかったんだけど、昨日なぜか気になって読んでみたんですよ。そしたら、何とそこに書いていたのは、昨日しんたさんに書いてもらったお経だったんですよ」
「へー」
「その時、このお経は私に合ってると思ったんですよ。それで真剣に覚えようと思って」
「縁があったんやね」
「そうですね」
そう言って彼女は喜んでいた。

その後、彼女は他の会社に移ったため、願が成就したかどうかはわからないままである。
だが、彼女はおそらく、延命十句観音経を一生持って行くだろう。
これも一つの霊験である。
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2006年06月02日

ライフワーク

前にも書いたことがあるが、かつて極度の鬱状態に陥ったことがある。
いろいろ手を尽くしたがなかなかその状態から抜け出すことが出来なかった。
ところが、ある時ひょんなことから『延命十句観音経』というお経を知り、結局そのお経に救われることになる。
その時ぼくは、やけになって「もしこの状態から解放してくれるなら、観音経を一人でも多くの人に紹介していく」ということを誓ったのだった。
ちゃんと、願いは聞き入れられ、ぼくはすぐに立ち直ることができた。

ところが、あれから20年近くも経つのに、まったくその誓いを果たしていない。
もしかしたら、働く場を失ったり、人から中傷を受けたり、腰が痛かったり、背中が痛かったり、すぐに虫歯になったり、太ったりするのは、そのせいなのかもしれない。

まあ、そういうことはさておき、実はこの日記を書き始めた頃から、意識の奥に「いつか、しろげしんたというフィルターを通した観音経のことを書いてみたい」というものがあった。
昨年、ある人から「来年はいろんな意味で転換期になります」と言われた
手相や四柱推命を観ても、そう出ている。
ということで、転換期にあたって、その『観音経』のことを書いてみたい。

けっこう深い経典なので、まったく素人のぼくにとっては、重すぎるのかもしれない。
が、そういうことを書いていくうちに、一つの方向が見えてくることだろう。
肩に力を入れずに、そういう過程を楽しんでいくようにしていったら、案外ライフワークになるやもしれない。
これからどんどん忙しくなるので、ブログのほうもたまにしか更新できないかもしれないが、この企画だけは切らさないでいこうと思っている。
posted by 新谷雅老 at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観音示現 | 編集

2006年06月08日

そしりを受けないものはない

法句経(法華経ではない)というお経がある。
上座部仏教の経典で、仏教の論語のようなものである。
東京にいた頃、仏教書を読んでみたいと思い、古書街を探し回って見つけたのが、その『法句経(友松圓諦師訳)』だった。

このお経、例えば般若心経のように空の理論を展開しているわけではない。
例えば観音経のように、御利益を羅列しているわけではない。
では何を書いているのかというと、人として生きる道を丁寧に説いているのだ。

例えば、
「『彼は私を罵った。私をなぐり、私を敗北させ、私から掠めたのだ』こうした考えに執着する人には、そのうらみは息(やす)むことがない」(友松圓諦師、現代語訳)
という句がある。
その通りである。
では、どうすればうらみが消えるのかというと、
「『彼は私を罵った。私をなぐり、私を敗北させ、私から掠めたのだ』こうした考えに執着しない人にこそ、そのうらみは消え失せる」のだ。
実にわかりやすい。
つまり、根に持つなということである。
しかし、頭ではわかっていても、心のほうが素直に言うことを聞いてくれないから困るのだ。
それを解決するためにいろいろと工夫・実践した結果が、「すべてを空と見よ」とした般若心経であり、「一心に観音を念じよ。きっと救われる」という観音経なのである。

あっ、今日はそんなことを書くんじゃなかった。
今日久しぶりに読んだその法句経に、興味深いことが書いてあったのだ。
「人は黙って座っているものをそしる。多く語るものをそしる。ほんの少し語るものでさえそしる。この世の中にそしりを受けないものはない」という言葉である。

小学生の頃のぼくは、実にしゃべり好きな人間だった。
よく「口から先に生まれてきた」などというが、そういうたぐいの人間だったのだ。
そのしゃべりがいつもギャグを含んでいたため、クラスではわりと人気のあったほうである。
ところが、それをよく思わない人間もいた。
彼らは、ぼくを見るたびに、いつも罵声を浴びせていたものだ。
ぼくも負けじと応戦していた。
結局、最後の最後まで、ぼくと彼らは打ち解けることはなかった。
中学卒業以来、彼らと会うことはないが、もし会うことがあったとしても、話をすることはないだろう。
なぜなら、いまだお互いに根を持っているだろうからだ。

それから三十数年後、つまり今だが、ぼくは余計なことはしゃべらない人間になった。
すると今度は、無口だの、暗いだの言ってそしられるようになってしまった。

「しゃべればしゃべったで敵が出来る。しゃべらなければしゃべらなかったで溝が出来る。いったい、どうしろと言うんだ?」
というのが、最近の悩みであった。
だが、今日その言葉を読んで、思わず「なるほど!」膝を打ったのだった。
つまり、「そういう声に反発するのをやめて、執着しないことに努めよ」ということなのだろう。
たったそれだけのことで、悩みというのは消えていくものなのだ。
なぜかというと、実のないこと、つまり『空』だからだ。
しかし、たったそれだけのことが難しい。
また新たな悩みになりそうである。
posted by 新谷雅老 at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 観音示現 | 編集


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