2004年02月25日

Bフレッツ

昨日、Bフレッツの工事を行った。
工事と言っても、ADSLのモデムを取り外し、新たに光ファイバーのモデムを取り付けるだけの簡単なものだったが。
取り替えるだけなら、誰にも出来そうなものだが、NTTの人に言わせると「そうではない」そうだ。
「接続に専門的な知識が必要なので…」ということだった。

で、実際にその工事を見てみると、接続したのは電話回線とLANケーブルだけだった。
「この二つを接続するだけなのに、専門知識が必要なんだろうか?」とは思ったが、工事代がただなので、余計なことは言わないことにした。

最後に工事の人は、自分のパソコンを取りだして、モデムに繋いでいた。
「45Mbps出てます」
「速いですねえ!」
「プロバイダの関係で少し落ちるかも知れませんけど、それでも40メガは出ると思いますよ」
今までADSLで出ていた速度は、せいぜい2Mbps止まりだった。
40Mbpsといえば、その20倍は出るということである。
最近、歌のダウンロードやアップロードを頻繁にやっているので、通信速度は速ければ速いほうがいい。
マンションタイプなので、同じ光ファイバーでも100Mbpsは出ない。
このタイプの最高速度は50Mbpsだということだ。
40Mbpsなら上出来である。

工事の人が帰ったあとで、さっそくパソコンの電源を入れ、速度を測ってみた。
「え!?…」
何と、測定の結果は6Mbpsではないか。
工事の人が言っていた速度の、およそ7分の1しか出ていない。
これでは局から近い場所の、ADSLの速度と変らない。
「これはおかしい」と思い、パソコンやその周辺をいろいろ調べてみた。

「ああ、そうか!」
そういえば、このパソコンはADSL向きにチューニングされている。
これをBフレッツ向きに替える必要がある。
ということで、チューニングを替えてみた。
再び速度を測ってみると、今度は約倍の13Mbpsになった。
測定サイトに書いていることをよく読んでみると、「ウイルス対策やファイヤーウォールソフトが常駐している場合は、計測速度が著しく低下する場合があります」と書いてあった。
そこで、常駐のソフトを外してやってみると、今度は15Mbps出た。
が、40Mbpsにはほど遠い数値である。

その後も何度かやってみたが、速度は13Mbpsと15Mbpsの間を往ったり来たりした。
やっているうちに、馬鹿らしくなって「もういいや」という気分になってきた。
そこで測定を中止し、現状に満足すること努めた。

が、なかなか諦めきれるものではない。
その後いろいろ調べてわかったことだが、25Mbpsの損失は、どうもルータに原因があるらしい。
今使っているルータは30Mbpsが限度なのだ。
そこで今日、NTTに電話し、「これに代わる、もっと速いルータはないか?」と聞いてみた。
が、答は「ない」ということだった。
せっかくの光ファイバーだ。
せめて20Mbpsは出てほしいものである。
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2004年03月03日

『くまってます』

先日、嫁さんのもとに一通の封筒が届いた。
嫁さんの出身高校からのものだった。
中身を読ませてもらうと、「卒業生名簿を作りたいのだが、消息のわからない人がいます。もし知っている方がいましたらお知らせ下さい」と、いうようなことが丁寧に書いてあった。
その消息不明の人の名前が羅列してあったが、けっこう多数いる。
ぼくが、「お前んとこ学校は、行方不明者が多いのう」と言うと、嫁さんは「しかたないやん、女子高なんやけ。結婚したら家を出るし、もし実家が引っ越しでもしていたら、わからんようになるやん」と言った。
なるほど、そのとおりだ。

そういえば、10年ほど前だったか、ぼくの出身校の同窓会本部から、同じような手紙が届いたことがある。
ぼくの高校は共学だったため、さすがに女子高よりは消息不明者が少なかった。
ただ、その時の文書は、嫁さんの学校のように丁寧なものではなく、何とオヤジギャグが書かれてあった。
熊のイラストが書いてあり、その熊に「行方がわからないくて、くまっています」と言わせていた。
『くまってます』である。
ぼくはこれを見た時、急に不機嫌になったのを覚えている。

『くまってます』
こういうのはやめてほしい。
同じ時期を同じ空間で過ごしてきた者にとって、このギャグは実に寂しい。
こんなダジャレを書くくらいなら、真面目に書いたほうがましである。
おそらく、『くまってます』を考えついた人の中では、大ヒットだったのだろう。
思わず声を上げて笑ったのではないだろうか。
「これで笑いを取れるぜ〜」とでも思ったのではないだろうか。
しかし、結果はぼくを不機嫌にさせた。
いや、ぼくだけでなく、多くの人が、この『くまってます』で不機嫌になったはずである。

在学中に先輩から聞いたのだが、ぼくたちの高校は、周辺の高校に比べると、ギャグのセンスが高いということだった。
その時は、何を言っているのかよくわからなかったが、卒業後にそのことを充分にぼくは理解した。
他の高校出身者のギャグでは、笑えなかったのだ。
おそらく、それを感じたのは、ぼくだけではなかっただろう。
それなのに、『くまってます』である。
おいおい、伝統を汚すなよ、である。

こういう文書の中で、もしギャグを入れるなら、もっと気の利いたものにしてほしい。
充分に練ったギャグでないと、ギャグセンスの高いOBは納得しないぞ。
posted by 新谷雅老 at 17:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 編集

2004年03月10日

パーな一日

何日かに一度、パーになる日がある。
今日はどうもその日らしい。
パソコンの前に座っても、何も考えることが出来ず、時間だけが無為に過ぎていく。
気がつけば、もう寝る時間になっている。
「今日の日記、どうしようか?」
「休もうか?」
「いや、朝しようか?」
などと、一人で問答しているが、手は一向に進まない。

その手は何をしているかと言えば、日記とはぜんぜん関係のないことをやっている。
ちなみに今日は、重要なメールのバックアップなんかをやっていた。
この前のパーの日には、ギターを弾いていた。
その前のパーの日は、新しいソフトを入れて、何度もパソコンを再起動させていた。

そういう時は、なぜか気が焦ることもない。
何かのんびりしているものだ。
「そうか、明日も仕事だったなあ」
「忙しいかなあ」
「そんなことはないだろうなあ。やっぱり暇だろうなあ」
「次の休みは、何しようかなあ」
「ああ、疲れるわい」
やはり、パーな日なのだ。
建設的な思考が停止している。

なぜ、こういうことが起こるのだろう。
もちろん、パーな日なのだから、その日には、そういうことはわからない。
ということで、パーでない日、つまり脳の活発な日に、そういうことを考えてみたことがある。
その時得た解答は、「仕事が忙しい日に、パーになる」ということだった。

そういえば、今日は棚卸し準備のために、朝からタバコを吸う間も惜しんで、一生懸命働いていた。
主に肉体労働だった。
重たい物を移動させたり、積み重ねたり、とにかく力を使った。
そのせいで、帰る時、水筒を持つ手が細かく震えてしていた。
ということは、パーにならないためには、働きすぎないことが肝要だ、ということになる。

しかし、棚卸しは明後日に迫っている。
いやでも働かなくてはならない。
しかも明日は、商品の大量入荷日ときている。
つまり、明日もパーな一日になるということだ。
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2004年03月15日

資生堂パーラーのチーズケーキ

先月のバレンタインデーに、久しぶりに多く(一桁だが)のチョコレートをもらった。
もちろん義理ではあるが、それでも悪い気はしない。
しかし、喜んでばかりはいられない。
バレンタインデーにチョコレートをもらうということは、ホワイトデーにお返しをしなければならないということである。

平年は近くのコンビニで適当にお返しを買うのだが、今年はホワイトデー前日が休みだったため、ちょっと指向を変えてデパート(井筒屋)で買うことにした。
井筒屋には、ありきたりのクッキーやキャンディーが数多く並べてあった。
しかもホワイトデーの前日と言うこともあり、かなり多くの人がいる。
その多さにうんざりしながらも、ぼくは何か物珍しいものはないかと探した。

しかし、物珍しいものなんて、なかなか見つからない。
「しかたない。この辺で妥協するか」と諦めかけた時、後ろのほうで嫁さんが、「え、これ、ここにも売ってるんか」と声を上げた。
「何かあったんか?」とぼくが聞くと、「これこれ」と嫁さんはショーケースの中を指さした。
中には他で売っているものと何ら変わらない、何点かのお菓子が並べてあった。
「普通のお菓子やん」
「いいや、これね、銀座の資生堂パーラーで売っているものでね、こちらでは福岡の三越じゃないと手に入らんとよ」
「おいしいんか?」
「うん。すごくおいしいよ」
「じゃあ、これにするか」と、値段を見てみると、予算をはるかにオーバーしている。
「ちょっと高いのう」
「そうやねえ」
と、いったんは諦めた。
とはいえ、他にこれと言ったものが見つからない。
「しかたない。これにするか」
と、人数分をつつんでもらった。

さて、ホワイトデー当日。
ぼくは持って行ったチーズケーキを、バレンタインでお世話になった人たちに渡した。
「ああ、しんちゃん、ありがとう」と、いうお礼の言葉はもらったものの、「え、これ資生堂パーラーのやん」という声はなかった。
おそらく、みな知らないのだろう。
家に帰って、嫁さんから「反響はどうやった?」と聞かれたが、「あげた人、誰も資生堂パーラーを知らんかったぞ」と答えるしかなかった。

ところが翌朝、会社に着いて、休憩室でコーヒーを飲んでいると、休憩室奥にある女子更衣室から、「昨日しんちゃんからもらったチーズケーキおいしかったねえ」という声が聞こえた。
一人が出てきて、「しんちゃん、昨日はありがとう。すごくおいしかったよ、あれ」と言った。

その人が出て行った後、更衣室にいた、もう一人が出てきた。
「あれ、おいしかったねえ。うちはみんなで取り合いやった。普段ああいうものを食べないお父さんまでが食べたもんねえ」

売場に行くと、「昨日のおいしかったよ。私が半分食べて、残りを娘にあげようと思って、テーブルの上に置いてたら、犬に食べられたっちゃねえ。おいしい物は、犬にもわかるんやねえ」と、パートさんが言う。
他にあげた人は、その日は休みだったため、感想は聞けなかった。

それにしても、あげた物が喜んでもらえることは嬉しいことである。
予算をオーバーはオーバーしたものの、これだけ喜ばれると買った甲斐があるというものだ。
ということで、今後も、こういう時のために、普段からおいしいものをチェックしておこう、と思ったことだった。
しかし、犬に喜ばれたのは、初めてだ。
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2004年03月18日

学校は進路指導をしないのか?

昨日、公立高校の合格発表があった。
うちの店の従業員の中に、受験生を持つ母親が何人かいるが、ぼくの知る範囲では、その人たちの子はみな合格したそうだ。
めでたし、めでたしである。

ところで、その母親の一人が受験前に、「塾の先生から『あの高校なら大丈夫』と、太鼓判押されたけね」と言っていた。
それを聞いて、ぼくは「学校は何やっているんだ?」と思った。
ぼくたちの時代も、確かに塾はあったが、進路はすべて学校で決めていた。
ぼくの場合、中学3年の2学期末に行われた三者面談で、「この成績だと、T校なら70パーセント、C校なら80パーセント、M校なら90パーセントでしょう」と担任から言われ、さんざん迷ったあげく、女子の多い80パーセントを受けることにしたのだ。
その選択が良かったのか、悪かったのか、今もってわからないが、担任の意見を参考に志望校を絞ったのは確かである。
それが今では、塾の先生頼みとは。
学校の先生たちは、自分たちを教育することに精一杯で、受験どころではないのだろうか?
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2004年03月19日

エッセイ人生

ふと思ったことだが、ぼくは生まれてこの方、ずっとエッセイを書いてきたような気がする。
生まれてこの方、というのは大げさだが、その日常がずっとぼくの記憶の中に留まって、それが、ある時は文章となり、ある時は詩となり、またある時は歌という形になっていったのだ。

文章はわかるが、詩や歌というのは違いじゃないか、と思われるかもしれない。
だが、どうもぼくの詩や歌というのは、エッセイとしか思えない部分が多々ある。
別にそういうことを意識して、詩や歌を書いてきたわけではないのだが、振り返ってみれば、ぼくの書いたものは想像の産物ではなく、すべて日常に即した日記的なものばかりだ。

作曲もそうだ。
長い間、意識的に聴いたり、無意識に耳の中に入ってきた音楽が自分の中で熟成され、何気ない日常生活の中で、ポツンポツンとちょっとずつイメージとして落ちてきたに過ぎないのだ。
あとは曲作りの経験で、一つの曲としてまとめ上げただけの話だ。
文章を書くのと、何ら変わらないことだ。
つまり、表現方法こそ違うものの、それらはすべてエッセイだということである。

そういうことに気がついたので、今日から、何でもいいからエッセイしてみようと思い立った。
想像ではなく、自分のたどってきた道を表現するだけのことだから、あとはそういうものをうまくまとめるだけの話である。
「こんな楽なことはない」と、さっそく身の回りにノートやギターを用意した。
ところが、いざそういうものを目の前にすると、何も出てこないものである。

しかし、焦ることはないんだ。
最近ぼくの手相に、創造線がくっきりと現れてきている。
おまけに、運命線もいい状態に伸びてきている。
おそらく、運命はぼくに、エッセイする能力を授けてくれたのだろう。
そう思うことにしよう。
そう信じることにしよう。
そうでないと、ぼくはただのしがないサラリーマンで終わってしまう。
そういう生き方を、ぼくは望んでないのだ。

運命が後押ししてくれる。
そう信じて、あとは好きなだけエッセイしていこう。
さあ、エセッイ人生の幕開けだ。
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2004年03月30日

花見

ラジオでダイエー戦の中継を聴いると、「今日、福岡市に桜の満開宣言が出た」と言っていた。
今日たまたま福岡に行く用があって、昼から出かけたのだが、仰々しく「満開宣言」するほども桜は咲いてなかった。
いったいどこを基準にして、満開などと言っているのだろう。

ぼくは毎年観梅に行くほど、梅の花には興味を持っているのだが、桜の花には、まったくと言っていいほど興味を持っていない。
だから、花見なる行事には、あまり参加したことがない。
「出たがり」だった小学生の時ですら、花見には一度しか参加したことがない。
それは小学3年生の時に、親族一同で行った花見で、強制的に連れて行かれたのだ。
「行かんのなら、一人で留守番しときなさい」と言われ、渋々ついて行った。
それ以外にも、何度か花見に誘われことがあるのだが、友だちに誘われても、子供会の行事であっても、参加はしなかった。
中学や高校の時も、花見だけはしなかった。
というわけで、社会に出るまで、花見をしたのは、小学3年生の時の一回きりだった。

社会に出てからは、二度花見に参加している。
一度目は社会に出た翌年だった。
会社行事で参加したのだ。
もう一度は3年前、仲間内での花見だった。
さすがに3年前のことは覚えているが、20代の時のことはすっかり忘れてしまっている。
興味がないから、花見の印象が残らないのだ。
したがって、花見ネタは、ぼくには書けない、ということになる。

とはいえ、ぼくは別に花を見ることが嫌いなわけではない。
ただ、あの「花見」と銘打った宴会が嫌なだけなのだ。
元々野外で酒を飲むのは趣味ではないし、ゴザ敷いて弁当広げるのも好きではない。
しかも、桜咲く春より、梅ほころぶ春を喜ぶ人間であるため、桜の花を見ても浮かれた気分になれないときている。
桜を見ても何も感じないぼくには、車の中から愛でるくらいがちょうどいいのかもしれない。
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2004年04月02日

パソコンの前に座って

【ギター生活、その後】
今日は、一日パソコンの前に座っていた。
しかし、パソコンを打っていたわけではない。
パソコンの前に座って、ギターを弾いていたのだ。
以前日記で書いたとおり、2月からギター生活を再開したわけだが、もう1ヶ月半近くが過ぎた。
毎日少しでもいいからギターを触ろうとした試みは、さぼることなく続いている。

指先は、ギター弦を押さえるものだからへこんでしまい、そこにタコができてカチカチになっている。
こういうのも久しぶりで、20代以来のことではないだろうか。
ただ、あの頃は、まだひどい状態だった。
何せ、毎日最低でも2時間はギターを弾いていたものだから、指先がざらざらしていた。
そこを毎日ヤスリでこすっていたので、指先はいつも白くなっていた。
また、弦を押さえる部分は、ギター弦のギザギザが刻印されており、そこに弦の油がしみて黒くなっていた。

しかし、そこまでやっても、ギターの腕は上がるものではなかった。
指は思うように動かないし、押さえた弦もはっきり音が出ない。
もっとも、プレイヤーのギターコピーをやっていたのは20歳頃までだったから、それ以上の腕の向上は望めなかった。
しかし、ギタリストを目指して始めたギターではなかったので、ぼくとしてはそれで充分だった。
じゃあ20歳以降は何のためにギターを弾いていたのかというと、オリジナル曲の伴奏のためである。
年を追うごとに増えてくるオリジナル曲を忘れないためにも、毎日の練習は欠かせなかったのだ。
おかげでオリジナル曲の伴奏は、今でも全部覚えている。


【自画自賛】
そういえば、パソコンの前に座って、もう一つやっていたことがあった。
以前の日記を読み返していたのである。
これは時々やっていることだが、誤字脱字や表現におかしい箇所がないかのチェックをしているのだ。
しかし、最初は真面目にチェックしているものの、やっているうちに、ついその内容に心を奪われてしまう。

ぼくは、いつも時間に追われながら日記を書いているので、書いたらそこで終わりなのだ。
つまり、じっくり読み返すことがないということだ。
そのため、どんなことを書いたのかすらも忘れてしまっている。
こうやって読み返してみると、けっこう面白いことを書いているではないか。
その表現に、思わず「おっ」と唸る部分もある。

これはぼくにとって、まさに奇跡である。
なぜなら、普段では書かない、いや書けない文章を書いているからだ。
普段ぼくが書く文章は、抽象的で、何を書いているのかわからないものが多い。
以前は、よく計画書や報告書などを会社に提出していたが、「抽象的すぎる」という理由で、何度突き返されたことだろう。

そうやってみると、つくづく「人間せっぱ詰まると、普段の力以上のものが出せるんだなあ」と思ってしまう。
もし、時間に追われることがなく、じっくり腰を据えて書いていたとしたら、この日記に書いているような文章は、とうてい書けないだろう。
それは、計画書や報告書のみならず、日記の下書きや、昔ノートに付けていた日記を読んでもわかる。

とは言うものの、時間に追われる毎日というのは、やはり嫌なものである。
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2004年04月07日

深刻、寝不足問題

最近、また寝不足が続いている。
そのせいで、朝は「不機嫌そうな顔」(パートさん談)をして出勤するわ、仕事中は居眠りするわ、人とは話したくないわで、まったくペースが狂ってしまっている。

今日の昼食時のこと。
弁当を開いた後に、お茶を入れていた。
ところが、お茶を入れた先は湯飲みではなく、何と灰皿だった。
あふれ出してからようやく気づき、慌ててテーブルを拭いた。
が、ヤニの臭いが漂ってしまい、弁当の味がまずくなってしまった。
いったい何を考えていたのだろう。

昨日、布団に潜り込んだのは、午前3時だった。
それからしばらく寝つかれなかった。
うつらうつらし出すと夢を見る。
その夢でまた目が覚めてしまう。

いったいどんな夢を見ていたのかというと、幽体離脱をする夢だった。
幽体が肉体を抜け出すまではいいのだが、そのあとで「この壁を通り抜けてみよう」と試み、失敗する。
何度も何度も挑戦するのだが、やはりだめである。
そこでドロップキックの要領で、足から通り抜けようとしてみた。
すると、「ドーン」という音とともにはじき返された。
そこで目が覚めた。
どうも寝ながら足で壁を蹴ったようで、隣に寝ている嫁さんが目を覚まし、「今の音、何の音?」と聞いた。
ぼくは「知らん」と言って、再び目を閉じた。
ところが、また同じ夢を見るのだ。
先ほど壁を蹴って、かかとの部分を痛めていたのだが、その記憶が蘇り、再び目が覚める。
結局、完全に寝入るまで、かなりの時間を要したのだった。

さて、どうして寝不足なのかということだが、別に日記の更新のせいではない。
逆に日記は、影響を受けている方なのだ。
最近、どうも日記の更新が遅れがちになるのだが、その原因が寝不足なのである。
思考能力が低下してしまい、ちょっとした単語さえも思い浮かばないことがある。
その単語を思い出そうとして必死になってしまい、時間が過ぎて行くのだ。
一行書くのに、30分かかることも希ではない。

では、どうして寝不足なのかというと、それは例の『プレイヤーズ王国』である。
2月から始めた『プレイヤーズ王国』であるが、曲数も10曲近くになったため、ひとまず休止しようかと思っている。
そこで、最後に一発、強烈な歌を登録しようと思い、今必死に練習しているところなのだ。
曲のほうは、以前『歌のおにいさん』で公開していたから、知っている方もいると思う。
そのまま登録してもいいのだが、やはり最後だから、新しい録音で、ということで練習しているのだ。

その登録が終わったら、また本業の日記屋に専念し、ネタの提供をしていきたいと思っている。
また、頑張るリストから日記を拾うのは大変だろうから、気に入ったものをエッセイで取り上げようとも思っている。
『プレイヤーズ王国』のほうは、おそらく月一の更新になるだろう。
やはりぼくは、二足のわらじが履けない人間なのだ。
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2004年04月20日

飲みごと

今日は、久しぶりに飲みごとがあった。
会社の新年会以外では、半年ぶりである。
20代から30代前半にかけて、ほとんど毎日のごとく飲み歩いていたのが、ここ数年は年間数えるほどしか飲みに行かなくなった。
現在やっている飲みごとと言えば、年数回やっている高校の同級会のようなものと、長崎屋でアルバイトをしていた頃いっしょに働いていたメンバーの集い、あとは会社の忘年会や新年会くらいである。

その理由は、もちろん車で通勤するようになったからということもあるのだが、最大の理由は飲みごとで楽しむことが出来なくなったからだ。
まあ、会社の催し物を除いては、気心知れた連中と飲むわけだし、毎回ゲストの登場があったりして、楽しいものである。

では何で楽しめなくなったのかというと、昔よくあった「しんちゃん、今日一杯やるか?」というやつに原因がある。
そういう飲みごとに行くと、決まって相手からグチを聞かされるのだ。
グチを言って発散している相手は、それなりに楽しんでいるのだろうが、こちらはたまったものではない。
面白くもない他人のグチを聞かされた上に、「ね、そう思うやろ!?」などと同意を求められる。
否定すると話が長引くので、適当に「うん、そうやね」と相づちを打ってやらなければならない。
こういう飲みごとは、実に疲れる。
一度や二度なら、そう気にもならなかっただろうが、毎回これだからやりきれなくなってしまった。

しかも、そういう人は、なぜか酒に弱いものである。
グチを言っているうちはまだいいのだが、だんだん酒に飲まれていき、しまいには人事不省に陥る。
介抱するこちらはたまったものではない。

そのうち、そういうお誘いは断るようになった。
「しんちゃん、今日一杯やるか?」
「え、今日ですか?残念ですねえ。今日は用があるんですよ」
「最近冷たくなったねえ」
「また今度誘って下さい」
これを何度かやっているうちに、相手もグチの発散先を変えていくようになる。

そういうことで、飲み会は、今の年数回に落ち着いたわけだ。
まあ、若干の寂しさはあるが、そのおかげで、夜の貴重な時間をこの日記に費やすことが出来るわけだから、良しとすることにするか。
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2004年05月03日

同級会の打ち合わせ

またこの出だしで始まるが、今日、友人のオナカ君がやって来た。
彼は営業職なのだが、暇になるとぼくの店にやってくる。
オナカ君もぼくと同じで、このゴールデンウィークは休みではないらしい。
ということで、今日も暇つぶしか、と思ったが、どうやらそれだけが目的ではなく、次の同級会の打ち合わせも兼ねていたようだ。
前にも話したが、次の同級会は女子が来るのだ。
ぼくが「おい、今度はどこでするんか?」と聞くと、オナカ君は「まだ決めてない」と言う。
シ「そうやのう。人数がまだ定かではないし。この間のところだと手狭だし」
オ「そういうこと」
シ「いっそ、黒崎にカニでも食いに行くか」
オ「カニか」
シ「ああ、そうか。お前カニがだめやったのう」
オ「だめじゃないけどの。ただ剥くのが面倒なだけ」
シ「マルちゃん(同級会のメンバーで、一番大人しい)に剥いてもらえばいいやないか」
オ「剥いてもらうのは悪いけ、マルちゃんが剥いたカニを盗ることにしよう」
シ「同じことやないか」

シ「ところで、この間、解散した後にマルちゃんに捕まってのう。マルちゃん、駅で40分ばかり一人でしゃべりっぱなしやった」
オ「マルちゃんが?」
シ「おう、解散した後、マルちゃんはコンビニでビール買いよったけのう。あれ飲んでからおかしくなった。かなり酔っとったのう」。
オ「そんなに酔っとったんか?」
シ「おう。それで、しまいにはいっしょにタクシーで帰ることになって…」
オ「いっしょにっち、逆方向やろうが」
シ「そう。別々のほうが安いと言うのに、さっち(必ず・やたらという意味の方言)『いっしょに帰る』ち言うけのう」

シ「ところで、女子は誰が来るんかのう?」
オ「マサヨが呼んだだけ来るやろう」
シ「マサヨが何人呼ぶかやのう」
オ「そうやの。でも、もしマサヨが誰も呼べんかったら、マサヨ本人も来んかも知れんぞ」
シ「さすがに一人では来にくいやろのう」
オ「お前、同じ中学の奴がおったやろうが」
シ「おう。2年時は、5人が同じクラスやったのう」
オ「そいつら呼べんとか。Y子とか」
シ「Y子か。結婚して、どこに住んどるかわからん」
オ「実家が近くやろうが。そこで聞いてみたらいいやないか」
シ「ええっ? 前も電話したけのう。お母さんが出たんで、『あのう、Y子さんと、小学校・中学校・高校といっしょだった、しんたと言いますけど、Y子さんいらっしゃいますか?』とか言うたのう。そしたら、『ああ、お名前はうかがってます。せっかくですがY子は結婚しましてねえ…』と言われた」
オ「また言えばいいやないか」
シ「もう、言いたくないわい」
オ「お前なら言えるやろう」
シ「じゃあ、『あのう、Y子さんと、小学校・中学校・高校といっしょだった、しんたと言いますけど、Y子さんいらっしゃいますか?』と、高校の同級生だったオナカ君に言えと言われたんで電話したんですが、Y子さんいらっしゃいますか?と言うてみろうか?」
オ「おれの名前を出すな」

シ「そういえば、お前、今体重何キロあるんか?」
オ「最近量ってないけど、90キロはあるんやないか」
シ「ものは相談やけど、今度の飲み会に高校の制服着てこんか?」
オ「誰が着てくるか。おれあの頃、体重は62キロやったんぞ」
シ「おれも、そのくらいやったのう。いいやないか、おれも着て来るけ」
オ「お前、今何キロあるんか」
シ「74キロたい」
オ「お前は12キロですむやろうけど、おれは28キロ減らさないけんやないか」
シ「出来るやろ」
オ「出来るわけないやないか」
シ「出来んかのう?」
オ「当たり前やないか」
シ「じゃあ、一年後に着てくることしようか」
オ「いやっちゃ」
シ「いいアイデアやったのにのう」
オ「お前だけ着てくればいいやないか」
シ「お前は、友だちがいのないやつやのう」
オ「勘弁してくれ」

ということで、話し合いは終わった。
が、何一つ決まらないままだった。
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2004年05月04日

さて何をしようか(上)

今日は休みだった。
ということは、日祭日に休みが取れたということである。
昨年は改装の関係もあり、休みはなしだった。
その前の年も、たしか日祭日は休みを外したと思う。
というとこで、今日は久しぶりのゴールデンウィークをしたわけである。

とはいえ、天気は雨。
外に出る気もしない。
特に家でやるようなこともない。
嫁さんは仕事なので、からかう相手もいない。
日中に日記を書く気もしない。
「さて、何をしようか」と考えたが、何も考えつかず、とりあえず寝た。

実は昨日の日記を書き上げるのにかなり時間を要してしまい、寝たのは午前4時を過ぎていた。
しかし、朝は嫁さんを会社まで送っていかなければならなかった。
そのため、普段どおりに起きて、普段どおりに家を出て、嫁さんを送っていった。
帰ってきたのは午前10時だったか。
「何をしようか」と考えていたのは、その時間だった。
そして、どっと眠気がさしたのもその時間だった。

起きたのは午後1時頃だった。
そこでまた、「さて、何をしようか」と考えた。
とりあえず昼飯を食った。
嫁さんがいないので自炊である。
自炊と言っても、自分で作るわけではなく、嫁さんの弁当の残りをレンジで温め、あとはチキンラーメンにお湯を注いだだけである。
他にすることがないので、その準備を時間をかけてやった。
食べたのは2時過ぎである。

そしてまた、「さて、何をしようか」と考えた。
が、次がないのだ。
新聞のテレビ欄を見るとダイエー戦をやっている。
が、このところ負けが続いているので見る気もしない。
そこでまた、「何をしようか」と考えた。

いろいろ考えていくうちに、また眠たくなってきた。
そこで布団に潜ろうと思ったのだが、この間買った雑誌にちょっと気になることが書いてあったので、それを読むことにした。
読むこと30分、その記事に怒りを覚えながら眠ってしまった。

目が覚めたのは午後5時前だった。
「さて、何をしようか」
とりあえずテレビをつけてみると、まだダイエー戦をやっていた。
寝る前に見た時は5点差つけて勝っていたのに、追いつかれているではないか。というより、こちらが追いついたんじゃないか。
「見なくてよかったわい」と、テレビを消した。
やっぱり見なくてよかった。
やっぱり負けたわい。
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2004年05月05日

さて何をしようか(下)

「さて、何をしようか」と最終的にやったことは、今度プレイヤーズ王国で発表する歌の録音だった。
前回の『月夜待』が思ったほど反響がなかったので、起死回生の一発を、というような大げさなものではなく、ただの繋ぎの曲である。
夏に、2曲ほど上げようと思っている曲があるのだが、その間に上げる曲が見つからない。
実は、ぼくはこの季節の歌を持ってないのだ。
そのため今回は、季節感のない歌を選んだ。

その録音だが、今回から、また一発録音でやることにした。
なぜかと言うと、前回の『月夜待』の時は、慣れない多重録音だったため、もう一つ乗らなかったためである。
ぼくの場合、多重録音といえば、ギターを最初に録音して、そこに歌をかぶせていくやり方だ。
それをやる場合、歌の録音の時に、最初に録音したギターの音が入らないようにしなければならない。
そのためにヘッドフォンを用いるのだが、それが嫌だった。
いい歳をしたおっさんが、ヘッドフォンをして、背中を丸めて黙々と歌をうたっている。
しかも第三者的に見ると、その空間にはおっさんの歌以外に音はないのである。
実に異様な光景だと言わざるをえない。
その反省を踏まえて、今回から、昔のスタイルに戻し、一発録音をするようにしたのである。

その一発録音であるが、一発録音であるがゆえ、例えば間違った部分のやり直しがきかないのだ。
もちろん、全部録り直せばいいことである。
しかし、それをやるには、その箇所以外は最高のできだった場合、一から録り直すのがもったいない。
また、その時間がもったいなくもある。
それに比べると、多重録音は、間違った部分だけ取り直しすればいいだけだから楽である。

そういう理由から、一発録音というのは、誰も聞いてはないとはいえ、緊張するものである。
以前は間違えても聴くのはぼく一人だったから、少し間違ったくらいで気にはならなかった。
ところが、プレイヤーズ王国で歌を公開しだしてからは、たとえそれがつなぎの歌であっても、間違いが許されなくなった。
以前の一発録音でも多少緊張感はあったが、それとは比べものにならない。
とにかく、咳払いも出来ないのだから。

通常、録音が終わると、それにエコーを入れたり、音質をいじくったりするわけだが、今回はなるべく原音に近づけることにした。
ぼくが、頑張る40代を書いている部屋で歌っている雰囲気を出したかったからだ。
音のごまかしがないから、雑な演奏があらわになったが、音自体はわりとクリアに仕上がっている。

ということで、「さて、何をしようか」の結末は、新曲の録音に行き着いた。
おそらく、後年この日を振り返る時は、「ああ、つなぎの曲を録音した日か」ということになるはずだ。
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2004年05月09日

法事の後

【バスから見る風景】
昨日、法事から抜け出したぼくは、そのまま市内最大の本屋がある黒崎へ直行した。
最近開通したばかりの急行バスでの移動となった。
嫁さんの実家へ行く時にしょっちゅう通っている道なのだが、さすがに自分の車の中から見る風景と、バスの中から見る風景とは、違っている。
自分の車から見る風景は歩く時と同じく、せいぜい家の屋根しか見えないのに対して、バスの中から見ると、街全体がよく見渡せる。
つい30年ほど前まで、そのへんは小高い山(一説によると古墳群)が続いて、車も通れないような辺鄙な所だった。
その山を切り開いたのは、産業医大が開校した頃だった。
その後、大字が付いていたその土地は、名前を変え、一大住宅地に変貌した。
バスの中からだと、その山を切り開いて造った宅地が、見事に建物で埋まっているのがよくわかるのだ。
かつては、国道沿線に出ないと見ることのできなかった都市的な街並みが、その辺鄙だった場所に展開されている。
逆に国道沿線は、建物の老朽化が目立ち、所々に空き地も見える有様である。
これも時代の流れだろう。

【本屋にて】
さて、黒崎に着いたぼくは、そのあたりにいたユニセフの募金小僧たちには目もくれず、本屋に向かった。
目的はただ一つ、買いそびれていた雑誌『諸君!』を買うことにあった。
それを買ったら、すぐに家に帰ろうと思っていた。
ところが、それを買った後で、あることを思い出した。
「もしかしたら、『20世紀少年(浦沢直樹)』16巻が発売されとるかもしれん」
このマンガはコミックで読むことにしているため、連載しているスピリッツはまったく読んでいない。
そのため発売日がわからない。
だが、だいたい3ヶ月に1巻のペースで出ている。
15巻の発売が1月か2月だったので、もうそろそろだと思ったわけである。

さっそく、3階にあるコミック売場に行ってみた。
読みが当たった。
やはり出ていたのだ。
いつ発売されたのかはわからないが、しっかり山積みされていた。
そこで、もう一つのコミックも出てないかと探してみたが、それは出てなかった。
そのコミックとは、『格闘探偵団(小林まこと)』の2巻である。
1巻が発売されたのが昨年の9月だから、いくら何でも、もうそろそろ出ていい頃である。
小林さんは連載を怠っているのだろうか。

しかし、「まあ、『20世紀少年』も手に入れたことだし、良しとするか」と、ぼくは本屋を後にした。
法事から解放された喜びと、『20世紀少年』を買えた至福感に包まれて、ぼくは家路を急いだのだった。
posted by 新谷雅老 at 15:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 編集

2004年07月02日

7月2日(曇のち晴)

【昨日の日記】
昨日の日記を読み返したのだが、どうもとりとめのない内容になってしまっている感がある。
きっと、一連のことをそのまま書いただけなので、そうなったのだとは思うが、どうもしっくり来ない。
そこで書き直そうかと思ったのだが、書き直すとなるとどうしても脚色しなければならない。
そういうことで、昨日の日記はこれで終わっておくことにする。

また、読みようによっては携帯電話とR奈に、何かつながりがあるようにも思えるかもしれない。
が、それはない。
R奈が警察と聞いたとたんソワソワしたのは、きっと他に理由があるのだろう。
心当たりがないことはない。
それはR奈は未成年のくせに‥‥
やっぱりやめた。
そのこともこのまま終わっておくことにする。


【南の旅】
さて、今日久しぶりにプレイヤーズ王国でオリジナル曲を公開した。
『南の旅』という曲である。
この歌についての説明というか想い出は、2002年8月3日の日記に書いている。
ということで、今日は説明や想い出は書かずに、録音風景でも書いていくことにする。
録音は今年の1月で、例によって一発録りである。
元々この曲を発表する気などなかったから、適当に弾き語りしているのだ。
おかげで、音は外しているし、ハーモニカも心許ない。
この曲を公表しようと決めた時、新たに録音し直すか、もしくはボロ隠しに他の音を入れてみようかと思った。
が、面倒臭いのでそれはやめ、結局緊張感のないものをそのまま上げることにした。
その根底にあったのは、「ディランも拓郎も、たまに音をはずしているし、ハーモニカも適当だから、素人のぼくが音をはずしたりハーモニカが心許なかったりしても、別にかまわんだろう」というものだった。
ま、次を期待して下さい。


【読書】
最近よく本を読んでいる。
というより無茶苦茶な読み方をしている。
歴史関係の本を2冊、月刊誌最新号を2冊、週刊誌最新号を3冊、携帯文庫を3話、ついでにマンガを2冊、これらすべてを掛け持ちで読んでいるのだ。
今日は休みだったから、午前中は布団に寝ころんで、午後からは半身浴をしながら本を読んでいた。
おかげで、かなりの量を読むことが出来た。
しかし、これだけの本を読むとなると、一行一行をゆっくりと読んでいては間に合わない。
そういうことなので、今読んでいる本は、ほとんどが流し読みなのだ。
「えっ、流し読み?それでは内容がわからんやん」と思われるかもしれない。
ぼくも最初はそう思った。
ところがそうではないらしい。
ある本に、そういう読み方が脳細胞の活性化のためにはいい、と書いてあった。
そこで今回の無茶読み実践になったわけだが、なるほどそういう読み方をしても、ちゃんと内容は頭の中に入っているではないか。
しかもどの本を開いても、すぐにその世界に入っていけるのだ。
まったく不思議なことである。
ということは、逆に一行一行ゆっくりと読むことで、脳細胞は停滞してしまうのだろうか。
これもやってみなければわからないが、脳細胞が停滞すると困るので、この実践はやめることにする。
posted by 新谷雅老 at 23:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 編集


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