2001年04月28日

ちょっと怖い話

今日顔なじみの警察の方が来て、「昨日は大変やったよ。自殺志願者がおってねえ。ビルから飛び降りようとしたところを、取り押さえたんよ。下には消防署が来てマットを準備しとったけど、飛び降りられたら一生悔いが残るけねえ」と言っていた。
「昔住んでいた団地が、今自殺の名所になってるんですよ」とぼくが言うと、「それは霊が呼ぶんよ。以前○○公園の池の前にあった木で自殺者が出た。そしたら続けてそこで首吊る人が出てねえ。結局その木を切れということになって切ったけどね。飛び降りも同じ。霊が呼ぶんよ]]と言った。
木は切れても団地を壊すわけにはいくまい。

そういえば昨日、久しぶりに金縛りにあった。
目が見えるんです。目が! 
こちらが目を瞑ってても見えるんです。
思わず般若心経を唱えました。
すると消えていったんですけど。

幽霊を見る人は、霊を呼ぶ人だと聞いたことがある。
ぼくも霊を呼ぶ人なんだろうか?
となれば、自殺の名所に行ったら、お互いに呼んでいるんだろうか?
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2001年04月29日

ちょっと怖い話2

昨日の続きです。

1、ぼくは一度幽霊を見たことがあるのです。
中学に入る前だったか、家で昼寝をしていたんです。
玄関のほうで「トントン」という音がする。
誰か来たと思い、目を開けると目の前にモンペ姿のばあさんが立っている。
見たことがない人だったので、どうせ夢だろうと思い、また目を閉じた。
でも、「トントン」という音は続いている。
「夢じゃない!」と思い飛び起きると、まだそのばあさんが立っている。
「誰か?」と言おうとしたが声が出ない。
ぼくは力を振り絞って、そのばあさんを払いのけようとした。
現実に戻りました。
確かに客は来ていましたが、同級生でした。
あのばあさんはいったい何者だったんだろう?
昔住んでいたところは、今は駐車場になっています。
2年程前にあるじいさんがここにたくさんの霊がいると言って、その駐車場に毎日塩を撒いていました。

2、ラーさんは不思議な能力をお持ちの女性である。
何が不思議かというと、彼女が応援に行くと決まってダイエーホークスに不幸事が起こるのだ。
9回2アウト2ストライクまで勝っていた試合を、劇的な逆転ホームランでひっくり返されたり、昨日は昨日でおみくじで大吉を引いたらホークスが大逆転負けしたり、秋山選手が頬骨を骨折するという事態になったり、とにかく大変なのだ。
これは単なる偶然なのだろうか?

今日午後2時からテレビでダイエーVS近鉄戦の中継があった。
ぼくは売場のテレビで観戦していた。
3回の裏までで、3−0といい出だしだった。
4回の表だった。
今日休みのラーさんが家族連れでやってきた。
その時だった。
近鉄のローズにホームランを打たれたのだ。
さすがラーさんである。 期待通りの活躍だ。
その後も近鉄の攻撃は続いたが、ラーさんが帰ったとたんに近鉄の攻撃は終わった。
これを単なる偶然と言っていいものだろうか?
posted by 新谷雅老 at 12:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 霊異記 | 編集

2001年08月24日

霊の話 (霊を信じない人、ごめんなさい)

昨日フジテレビとTBSで陰陽師の特集をやっていた。
映画の影響なのだろうが、同じ日に二つの放送局でやるなんて、よっぽど流行っているのだろう。
どちらの番組も同じ陰陽師が出て除霊をやっていたようだ。
あまり詳しく見てないので、なぜ除霊をやっているのか、その後除霊をしてもらった人がどうなったのかはわからなかった。
アンビリーバボーに出ていた家族がその後どうなったか、知っている人がいたら教えて下さい。

だいたいぼくはこういう番組が好きで、心霊特集などをやる時はビデオに録るなどして極力見るようにしている。
昨日はたまたま新聞のテレビ欄を見なかったので、ビデオ予約をしそこなったのだ。
霊、もちろん信じています。
いや、信じているというよりも、自分自身も霊なんだから、これは手足と同じように普通にあるものなのだ。
脳をパソコンと思ったらわかりやすいだろう。肉体は周辺機器である。
パソコンがないと周辺機器は動かない。
しかし、パソコンがあっても、それを操作する「人」がいないとパソコンは作動しない。
つまり、脳というパソコンを操作する「人」が霊なのだ。
あんたもあたしもみんな霊。この世は霊のオンパレードである。

では悪霊とは何かといえば、このパソコンを盗もうとする悪「人」である。
「魔がさした」という言葉をよく使うが、これは悪霊にとり憑かれた状態をいう。
だから、霊を信じない人はこの言葉を使うべきではない。
そういう人が悪さをした時は「魔がさしまして」じゃなく、「根っからの悪人でして」と言わなければならない。
信じてもない霊のせいにするな。

霊は眉毛と同じだ。直接その目では見ることはできないけれど、確かにあるものである。
ただ、眉毛の場合は鏡で確認することができるが、霊の場合はその鏡がないので、信じない人が出てきたりする。
「霊なんかおるわけないやん。見たこともない。おるならここに連れて来い」という人がいるが、そう言っている本人が霊なのだから連れて来いもなにもないものだ。
「見たことがないから信じない」と言う人は、人間不信を暴露しているようなものである。
テレパシーがある人意外は、誰も他人の心を見たことがない。
ということは、そういう人は心の見えない他人を信じないということになる。

「こんな科学万能の時代に、霊なんかおるわけないやん」という人へ。
霊が科学を創造したんです。
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2001年10月27日

土曜日の怪奇現象

1、不思議な道
うちの店は午後8時に閉店するのだが、残務処理を終わらせて、店を出るのはだいたい午後8時20分頃だ。
通勤時間は車で約20分だから、午後8時40分には家に着く。
ここ数年、だいたいこのパターンである。
しかしこのごろ、おかしな現象が起こるようになった。
それは、土曜日になると決まって国道3号線の一区間が大渋滞するのである。
それはスペースワールドの前を過ぎたあたりから始まり、約1km先の桃園で終わる。
この1kmを通過するのに、10〜20分を費やす。
最初の頃は「事故でもあったんだろうか?」などと思い気にもとめなかったが、毎週続けて渋滞するので「これはおかしい」と思うようになった。
「スペースワールドの影響か?」とも思った。
しかし、ぼくが帰る時間は、スペースワールドはもう閉館したあとなのだから、その線はありえない。
新日鉄の出退勤の時間でもない。
桃園にあるボーリング場に入る車(ぼくの帰る車線からは右折しないと入れないが、右折車線はない)の影響かとも思ったが、そうでもなさそうだ。
いったい何がどうなっているんだろう?
そこ(桃園)を越えると嘘みたいに車が減るのだ。
桃園では左折する車もあるのだが、そう多くはない。
いったいあれだけ渋滞していた車はどこに消えたんだろう?
不思議なことである。
今日、家に帰り着いたのは午後9時であった。

2、勝手に録画するビデオ
毎週土曜日、午後7時からテレ朝系で「これマジ!?」という番組をやっている。
いろいろな怪奇現象を紹介する番組である。
以前、ぼくはこの番組を毎週予約録画して見ていたのだが、最近は見る時間がないので、何週か前の特番を機に予約を取り消した。
ところがである。今日家に帰ってビデオをチェックしてみると、ちゃんと録画されていたのだ。
「えっ?」と思い予約一覧を見てみたが、やはりこの時間帯の予約はない。
「前のヤツか?」と思ったが、ちゃんと今日の「電波少年(東京で21日放送した分。日曜の午後10時30分はローカルバラエティをやっている関係上、こちらでの放送は同じ週の土曜日の午後5時から)」のあとに入っている。
こんなことは今までなかった。
何が、どうなっているんだろう・・・?

3、これマジ!?
しかたなく、「これマジ!?」を見てしまった。
UFOのコーナーがあったのだが、そこでUFOの実写ビデオを流していた。
「おお! これと同じ物を見たことがある!!」
今日のUFOの形は三角形をしていた。
ぼくが見たのも、それと同じ三角形だった。
光り方もいっしょだった。
「そうか、あいつらまだ地球にいたのか。お前達は誰だ?宇宙パトロール隊か?地球侵略隊か?まあ、そんなことはどうでもいい。ひとつ頼みがあるんだけど聞いてくれるか?そんな田舎でミステリーサークルを作らなくていいから、アフガニスタンをどうにかしてくれ!!」
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2002年08月06日

化かされた話

よく狸や狐に化かされた話を聞く。
以前ここでも、そういう話を書いたことがある。
ある女性が山に行った時に女の子と出会い、その女の子と2時間ほど遊んでから山を降りてみると、大騒ぎになっていた。
その女性は2時間と思っていたが、実際は2日ほど経っていたのだ。
そのため、地域の人が大捜索を繰り広げていたらしい。
当の本人は藪などで引っかいた傷はあったものの、いたって元気だったということだ。

いつもと同じ道を歩いているのに、全然知らない場所に出た、とか、いくら歩いても、同じ場所に出る、とかいう話はよく聞く話である。
ちびまる子にもそういう話が載っていた。

こういう話は、田舎での話だと思われるだろうが、そうではない。
実際、繁華街でも起きているのだ。
かく言うぼくが、その体験をした。

何度もここで書いているので、ご存知の方も多いと思うが、ぼくの住んでいる地域の中心は黒崎というところである。
JR黒崎駅の乗降客は、博多、小倉に次いで多い。
JR福北ゆたか線の一方の基点で、私鉄や路線バスの基点でもある。
そごうや長崎屋の倒産などがあって、昔ほどの活気はないが、今でも多くの人が集まる場所に変わりはない。
そういう場所で起こった話。

ぼくの家は、その黒崎からバスで10分もかからない場所にある。
帰りは「小島方面」と書かれたバスに乗るのだが、黒崎からは同じ「小」のつく「小嶺」行きというバスがある。
「小島」は黒崎を挟んで北側、「小嶺」は南側に位置している。
高校の頃だったが、一度この「小島」と「小嶺」を間違えたことがある。
これは単なるぼくの勘違いだった。
それからは、バスに関してはわりと用心深くなり、ちゃんと路線番号と行き先を確認して乗るようになった。

その後、20歳の頃のことである。
いつものように、路線番号と行き先を確認してからバスに乗りこんだ。
しかし、なんとなくおかしい。
普段は3号線に出てから右車線を走るはずなのに、そのバスは左車線を走っている。
「右に入りそこなったんだろう」と軽い気持ちで考えていると、筒井という交差点で左に曲がってしまった。
ぼくの家に帰るには、その交差点から右に入らなければならないのだ。
「乗り違えたかのう」と思いながらも、すぐに降りるのは恥ずかしいから、2つ先のバス停で降りた。

さて、その数日後のことである。
友人と黒崎で会った帰りの話。
その友人もバスに乗って帰るのだが、ぼくの乗るバス停のある車線と逆の車線にバス停があった。
ぼくは時間を待たなければならなかったので、しばらく友人に付き合うことにした。
しかし、友人の待っているバスはいつまで経っても来ない。
ぼくの乗るバスのほうが先に来てしまった。
バスには、はっきり「小島方面」と書いてある。
それを確認して、ぼくは走ってバス停に向かった。
寸前のところで間に合った。
ところが、そのバスも数日前と同じようなルートを通っている。
「あちゃー」と思って、行き先をよく見ると、「小嶺」と書いている。
その日も恥ずかしいので、2つ先のバス停で降りた。
そのバス停から黒崎まで歩いて戻っていると、一台のバスがぼくの横を通り過ぎて行った。
そのバスには友人が乗っていた。
彼はこちらを見ていた。
家に帰ってから彼に電話すると、彼は「どうして小嶺行きに乗ったんね」と言った。
「おかしいっちゃねぇ。ちゃんと小島行きと書いとったのに」
「いや、小嶺行きやったよ。どうしてしんたが走ってバスに向かったのか、不思議に思ったんやけど」
だいたいつい数日前に同じ間違いを犯したのだから、こちらもかなり注意深くなっている。
慌てたとはいえ、ちゃんとぼくは「小島方面」と書いているのを確認したのだ。
普通ぼくは、この手の話は笑い話にするのだが、この話だけはミステリーにしてしまう。
なぜなら、ぼくは自分の目を信じているからだ。

そういえば、その日は満月だった。
いやに月が明るかったのを覚えている。
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2002年08月13日

洞穴

ぼくは昭和34年に、今住んでいる場所に引っ越してきた。
2歳の頃だから、当然その当時の記憶はない。
それ以前にここがどういう状態だったのかは、よく知らない。
聞いた話によると、それ以前ここは池であったとか、海の入り江だったとかいうことだ。

さて、今は団地が出来て跡形もなくなっているが、20年ほど前までぼくの家の裏には小さなハゲ山があった。
その山には洞穴があった。
これも聞いた話だが、その洞穴は防空壕だったということだ。
ぼくが小学生の頃には、その洞穴を探検に来る人が多くいた。
わりと遠方から来る人もいた。
みな手にろうそくを持って来ていたのを覚えている。
その洞穴は、入り口が幅2メートルほどあり、中に入ると直径5メートルほどの円形の空間になっていた。
その奥は通路が細くなっており、通路を10メートルほど行くと、山の裏側に出た。
ぼくが中学生の頃に、その穴は埋められてしまった。
理由は「危険だ」ということだった。

その穴が自然に出来たものでないことは、まだ幼かったぼくにもわかった。
では、いったい何のためにその穴は掘られたのだろうか。
長い間、そのことはぼくの中で疑問であった。
ぼくの住む一帯は埋め立てて住宅を作った場所であるため、そのことを知っている人もいない。
町の歴史にもそのことは書いていない。
仮に防空壕であったとしたら、「この辺も空襲にあいました」くらいのことは書いているはずだが、それもない。
実際、爆撃を受けていたとしたら、終戦後それほどたっていない時期だから、付近に空襲の傷跡が残っているはずだ。
しかし、長いことこの地に住んでいるが、そういう場所があるとは一度も聞いたことがない。

では、防空壕でないとしたら、その穴はいったい何のために掘られたのだろうか。
木の実がなるとか、果物が採れるとか、畑があるとか、そういう生産性のある山ではなかった。
だから、その穴が貯蔵庫に使われたという推理は立てにくい。
古墳などという歴史的なものでもない。
それなら、当然郷土史に書いてあるはずだ。
墓穴でもない。
そういう雰囲気を漂わせる山ではなかった。

やはり防空壕が妥当なのだろうか。
そうであれば、以前ぼくが、もんぺ姿のおばあさんの霊や、戦時中の格好をした子供の霊を見たことも納得がいく。
戦時中、ぼくの住んでいる場所は入り江で、防空壕付近で死んだ、子供や年寄りの遺体を、当時岬であった後のハゲ山から投げ捨てた。
そういう浮かばれない霊を、ぼくは見たわけだ。
また、こういう話もある。
2,3年前、ぼくと同じ団地に住むじいさんが死んだ。
そのじいさんは、死ぬ前に奇妙な行動をとっていたという。
団地内の駐車場に塩をまいていたというのだ。
近所の人が「何をしているんですか」と聞くと、じいさんは「ここにはたくさん霊がいるので、清めているところです」と言ったという。
その駐車場とは、今の団地に建て替える前にぼくが住んでいた場所である。
そう、ぼくが「もんぺ姿のおばあさん」の霊を見た、まさしくその場所である。
ぼくがその場所に住んでいた時、ばあさんの他にも、白い影や、誰もいないはずの階段に人の気配を感じたりしたものだ。

さて、あの洞穴は何だったのだろうか。
ぼくが見た霊に、何らかの関係があるのだろうか
この謎は年々、ぼくの中で深まるばかりである。
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2002年08月14日

ちょっと気になる話

(1)
小学3年の夏休みに、地元の河内貯水池の畔に当時あった、八幡製鉄所の保養所に行ったことがある。
その日、親戚一同が集まって、そこで宴会をしたのだ。
宴もたけなわ、名古屋から来ていた叔父が自慢のカメラを取り出して、写真を写しだした。
その時の写真は今でも残っている。
もちろん30年以上も前のことだから、カラー写真ではない。
全部白黒写真である。
その中に何枚か変な写真がある。
伯父と伯母とぼくの3人で横並びになって写っている、ありきたりの写真なのだが、何とその写真、ぼくたちの下半身が透き通っているのだ。
周りには光が飛び散り、しっかりと心霊写真の様相を呈している。
その後、ぼくたちに霊障が起きたということはない。
ただの失敗だと思うのだが、どうも腑に落ちない。
その後、その保養所は、ある短大の研修所になった。
何年か前に、「そこには出る」といううわさを聞いたことがある。

(2)
福岡県にも芦屋という地名がある。
兵庫県の芦屋と違って、ここは町である。
歴史や茶の好きな人は「芦屋釜発祥の地」、ギャンブルの好きな人は「芦屋競艇」のある所、と言えばお分かりいただけるだろう。
ここは昔から異質な場所であったと言われる。
古くは、陰陽師「芦屋道満」と密接な関係があったと言われる。
当時、兵庫県の芦屋は、筑前芦屋の出先であったとも言われている。
また、ここには「芦屋念仏」なるものがあったと伝えられる。
そういえば、今でも芦屋は人口のわりにお寺が多くある。
これもその言い伝えの裏づけになるのだろうか。

さて、その芦屋には城山という小高い山がある。
高貴な方の陵だとか、古戦場だったとか、いろいろな説がある。
霊能力のある人は、そこに行くと「何かを感じる」と言う。
地元の年寄りの話によると、そこに家を建てたりすると、その家は必ず滅びるらしい。
とにかく、芦屋は、その歴史の古さから、いろいろな伝説を抱えている場所である。

ぼくが小学6年生の頃だった。
ある話題が学校中を駆け回った。
その話題とは、芦屋で起きたある事件の話である。
ある雨の降っている夜のこと、バス停でバスを待っている一人の女性がいた。
運転手はそれを見つけバスを停めた。
女性が乗ってきた。
バスには他に2人のお客がいた。
つまり、女性を含めると、お客は計3人になる。
そのバスは「芦屋行き」だった。
途中で2人が降りた。
「残りはあと一人、あの女性だな」と思って、運転手がミラーを見ると、バスの中には誰も乗ってなかった。
そのせいで、そのバスの運転手はノイローゼになったと言う。

この話は有名な話で、ぼくが高校に上がった時、友人にこの話をしたのだが、みなその話を知っていた。
まあ、地域によって、天候やお客の人数やその後の運転手がどうなったかというのは違っていたのだが、その行き先はみな一様に、芦屋であった。
ぼくは社会に出てから、芦屋を訪れることが多くなった。
が、芦屋に行くと妙にその話が蘇ってきてしまう。
バス停を通り過ぎる時には、いつも「誰も立っていませんように」と祈っている。
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2003年02月05日

もしや心霊写真!?

今日も昔の写真を見ていたのだが、その中に変なものが写っている写真があるのに気がついた。
それは、小学校1年と2年の時のクラス写真である。
お見せできないのが残念だが、ぼくの頭の一部分に白く丸いものが写っているのだ。
見ようによっては、円形白毛症のように見える。
しかし、今のぼくの頭が真っ白だといっても、その当時から白髪があったわけではない。
『もしかしたら』と思い母に聞いてみたが、母の答は「そんな小さい時から、白髪があるわけないやん」だった。
それらは、別に心霊スポットと言われるような場所で撮った写真ではない。
だから細工をしてあるとは思えない。

いったいその白いものは何だろう。
考えられるのは、光の反射だが、ぼくにはそうとは思えない。
どちらも学校の玄関前で撮ったものだが、時間も違えば、並んでいる位置も違う。
それに光の反射だとしたら、なぜぼくだけが、それも2年続けて反射しているのか、という疑問が残る。

心霊写真ということも考えられる。
もし、心霊写真だとしたら二つの場合が考えられるのだが、その一つは、その霊が障りを起こす霊だということだ。
その写真に写っている霊がそれだとしたら、遅くとも何年か後に何らかの霊障があってもおかしくないのだが、それはなかった。
もう一つは、ぼくに何か語りかけている、もしくはぼくに助けを求めている霊だということだ。
しかし、霊は小学校の低学年のぼくに、何を語りかけ、何の助けを求めているというのだろうか。
また、その内容を、当時のぼくが理解できたとでもいうのだろうか。
仮に理解できるものだったとしても、その頃のぼくは友だちと遊ぶことで忙しかったので、拒否していただろう。
それに、もしそういう理由で出てきているとしたら、こちらが要求をのんでやるまで、毎年出てくるはずだ。
が、1,2年の写真には写り込んでいるが、3年から6年までの写真には何も写ってない。

ということは守護霊か。
「おい、しんた。ちゃんと守っているぞ!」とでも言って出てきたのだろうか。
3年からの写真に写ってないのは、守ることに飽きたということか。
もしそうだとしたら、ぼくの守護霊はぼくの性格と同じように、ムラのある性質の霊だということになる。
もしかしたら、ぼくの『追いかけて』(歌のおにいさん参照)という歌にある、
「まっすぐに歩いてきたけれど、
 いつもいつも、ぼくはつまずいているよ」
という歌詞は、守護霊が書かせたものかもしれない。
しかし、10年ほど前から、ぼくの守護霊は怠けなくなったようだ。
おかげで頭は真っ白になった。
posted by 新谷雅老 at 22:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 霊異記 | 編集

2003年02月09日

vs「何か」

昨日、日記を書いた後で、しばらく週刊文春に載っていた『八方クロス』というパズルをやっていた。
解き終えたのが午前2時頃だった。
それからすぐに布団に潜り込んだ。
ところが、なかなか寝付けないのだ。
仰向けになってみたり、横になってみたり、いろいろ体勢を変えてみたが、目は冴えていくばかりだった。
前に、寝付けない時に般若心経を唱えたら、快い眠りに落ちたことがある。
それを思い出して、般若心経を唱えてみた。

ところが、そのお経が何かを呼んだ。
一瞬、場が変わったような気がした。
部屋の中で「バシッ!」という音がする。
『もしかして、これはラップ音か?』
そう思った時だった。
急に体の力が抜け、何かが迫ってくる感じがした。
その途端、背中に布団の感触がなくなった。
体がフワフワして、だんだん上に登っていく。
布団に戻ろうとする意志が強ければそこに留まる。
しかし、気を抜くと上に浮かぶ。
『このままいくと天井に当たってしまう。もうだめだ!』
と思ったら、今度は下に降り始めた。
だんだん体が降りていって、背中に布団の感触が戻ってきた。
『今のは何だったんだろう?』
しばらく考えてみたが、結論は出なかった。

それから2,3分ほど経った時、再びラップ音がして、何かが迫ってきた。
布団の感触がなくなり、体が宙に浮いた。
そしてまた元に戻った。

その繰り返しだった。
5度ほどその状態になった時、ついにぼくは頭に来て、「いいかげんにせ!お前たちの相手をするほど、おれは暇やない!」と声にならない声で怒鳴った。
その途端、場が元に戻った。
窓の外から、バイクが遠ざかっていく音が聞こえた。
おそらく、新聞を配達するバイクだろう。
いったい何時なんだと時計を見ると、すでに4時半を回っている。
その頃には、早く寝ようという気持ちも萎えていた。
先ほどの体験で疲れたのだ。
いつの間にか眠ってしまっていた。

さて、朝になった。
眠気はないものの、頭の芯が痛い。
もしかしたら、あの何かが頭の中に入り込んだのか?
朝からこんな調子だと、一日が面白くない。
結局、今日は一日頭痛に悩まされた。
お客の相手をするのもおっくうだ。。
「早く帰って寝たい」
頭の中はそれしかなかった。

ところで、その『何か』とは何だったんだろう。
人の体を浮かび上がらせる妖力の持ち主。
妖怪か、はたまた霊か。
霊なら思い当たる節がある。
以前、この部屋で寝ていた時に、金縛りにあったことがある。
ぼくの枕元には、黄色い袈裟を身にまとったミイラ顔の坊さんがいた。
もしかしたらあいつか。
あの時は、ぼくの般若心経が勝っていたのか、サッと消えていった。
ということは、夜中のはリベンジか。

もしかしたら、今日また一戦交えることになるかもしれない。
もし、明日の日記が更新されていなかったら、負けたということだ。
その時は霊界あたりに飛ばされているのかもしれない。
まあ、万が一そうなったら、この日記を恐怖新聞にでも連載することにしますわい。
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2003年08月22日

前世の記憶

どこかでか見たことがある場所なのだが、それがどこかわからない。
どこかで経験したことがあるのだが、それをどこで経験したのかわからない。
そんな夢を見ることが、時々ある。

目が覚めて、「さて、どこで見て、どこで経験したのだろう」と記憶をたどってみても、それがどうも今の人生に繋がらない。
しかも、それらの夢に出てくる風景は、ひと時代もふた時代も昔の風景なのだ。
ぼくが知らない時代の風景なのに、実にリアルなのだ。
その夢が心を占めた時、なぜかカビ臭いモノクロ映画を見ているような状態になる。

何度かそういう夢を見たのだが、はっきり覚えているのは次の三つの夢である。
一つは、花街の夢で、真夜中、そこを屋根伝いに逃げているのだ。
月が辺りを照らしているが、街灯などは一切ない。
おそらく、かなり古い時代のものだろう。
二つ目は、昭和20年代の工場の風景で、当時の電気配線や作業着が、実にリアルに描かれていた。
夕方のサイレンが鳴り、友人たちと、「さて野球でもしようか」などと言っている夢だった。
三度目は、明治の頃だったろうか。
大きな風呂敷包みを背負い、どこかの街道を歩いている。
すると、急に雨が降り出したため、農家の軒先で雨宿りしている情景である。
どの夢も、どこかで見たことがある風景で、どこかで経験したことなのだ。

今日、そういうことを描いたマンガに出会った。
そのマンガによると、どうもそれは前世の記憶らしいのだ。
『生命というのは一種のエネルギーで、エネルギーは不滅だから、たとえある生き物が死んだとしても、その生命はすぐまた別の生命体にやどる』
そのマンガの作者である手塚治虫は、こういうふうに述べている。
ぼくが今までに見たその手の夢は、いつも時代が違っている。
もしかしたら、前世、前々世、前々々世の時代にぼくが経験したことが、ランダムに夢として出てきているのかもしれない。

ということは、今の人生の風景も、次の人生の中で夢見る可能性もあるということだ。
それはいったい、いつの頃の風景や出来事なのだろうか。
追試の勉強で焦っている姿や、浪人時代の夢などは見たくない。
いつも辛い思いをしていた、前の会社時代なんかの夢もだめだ。
日記のネタで苦闘している姿も見るのは嫌だ。
胃けいれんで死ぬ思いをしたこととか、歩道橋の手すりで頭をぶつけ流血したことも却下する。
また、虫歯の痛みを感じるような夢もだめだ。
願わくば、高校時代の一番輝いていた時期のことを、夢見させてほしいものである。
posted by 新谷雅老 at 11:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 霊異記 | 編集

2003年08月23日

金縛り

数日前の話。
日記を途中まで書いて、急に眠たくなった。
もうどうしようもないので、日記は朝に書くことにして、とりあえず寝ることにした。
ところが、床についてからしばらく眠られずにいた。
「あの眠たさは何だったのだろう」
そんなことを考えていると、耳の中に「シーン」という音が広がった。
こういう状態になる時、決まって金縛りにあう。
ぼくは、そうはさせじと、力を振り絞って金縛りにかからないように踏ん張った。
が、無駄な抵抗だった。
場が変った。
体は動かずに、神経だけが、ピリピリと研ぎ澄まされていく。
目を閉じているはずなのに、周りの状況がわかる。
その時、ぼくの上を何かが通っていった。
通り過ぎた後の風が、ぼくの手に触れる。
「今のは何だろう?」と考えていた時、ぼくは肝心なことを思い出した。
息をしてないのだ。
いや、息が出来ないのだ。
胸筋に力を入れて息を吐き出そうと試みたが、出ない。
「このままでは死んでしまう」と思ったぼくは、下腹に力を込めることにした。
気管に空気が通るまで、しばらく時間がかかった。
「フーッ」
やっと鼻から息が漏れた。
すると、元の場に戻った。
ぼくは目を開けた。
いつもと変らぬ、寝室の風景が目に映る。

ぼくが金縛りにあう時はいつもこんな具合である。
しかし、今回のように、何かがぼくの上を通り過ぎるなどという体験は初めてである。
息が出来ないことを考え合わせてみると、あれは死神だったのかもしれない。

ぼくは、死神から何度か命を狙われたことがある。
最初にぼくの前に現れた死神は、からし色の袈裟を着た、ドクロだった。
彼は、そのへんにいた死霊を集め、ぼくをその世界に誘い込もうとした。
ぼくは般若心経を唱え、必死に抵抗した。
すると、金縛り状態は解け、いつもの場に戻った。
しかし、場に戻った時、呼吸は乱れ、心臓は高鳴っていた。
金縛りに合っている最中、おそらくぼくは死んでいたのだろう。

よく、霊を見たという話を聞く。
しかし、その話を聞いた時、ぼくはいつも疑っている。
なぜなら、霊といういうものは肉眼で見えるものではなく、心の目で見えるものであるからだ。
ある専門家は、「幽霊を見た時、あなたは一時的に死んでいるのだ」と言っていた。
つまり、同じ次元でないと、物事は見えないということである。
幽霊と同じ次元といえば、死後の世界である。
死後の世界が見えるということは、その人は死んでいるということになる。

「何か白い影が見えた」
いったいどの目で見たのだろう。
肉眼で見たというのなら、残念ながら、それは目の錯覚である。
ただ疲れているだけである。
本物の幽霊を見たいのなら、一度死んでみるがいい。
そのへんにウヨウヨしているはずだから。
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2004年06月28日

最近、金縛りに遭ってない

ここ2週間ばかり金縛りに遭ってない。
少し前まで毎日のように金縛りに遭っていたのが嘘のようである。
しかも、その金縛りに遭っていた時によく聞こえていた、「バシッ!」というラップ音も聞こえなくなった。

ぼくは以前、この「金縛り」を疲労や寝不足からくるものだと思っていた。
確かに、疲れていた時や夜更かしした時に、金縛りに遭うことは多かった。
しかし、ここに来て「その認識は間違っていたのではないのか」と思うようになった。
その理由は、充分に休養をとっても金縛りに遭っているし、早く寝ても襲ってくることがあったからだ。
それに金縛りが疲れや夜更かしに関係あるのなら、ラップ音もそういうことと関係あるのだろうか?
ラップ音は幻聴とは違ったものである。
疲れているから、夜更かししたからと言って聞こえるものではない。
気力の充実した朝にも聞こえることもあるのだ。
ということで、今またぼくは、金縛りを霊現象だと思うようになった。

では、この2週間ばかり金縛りに遭ってないのは、何か特別なことをやっているからかといえば、そうではない。
2週間ばかり、詳しくいえば6月15日からである。
その前の数日間は、続けて金縛りに遭っていたのだが、その日を境にいくら寝不足であっても金縛りに遭わないのだ。
その日何があったのか。
今月16日の日記を読んでもらったらわかるが、15日にぼくは宗像大社に行っている。
実はこの時、二つのお札を買ったのだ。
一つは『天照大神』と書かれたお札で、もう一つは『宗像大社』と書かれたお札である。

いや、別に金縛りから逃れたくて、これらのお札を買ったのではない。
昨年だったか、嫁さんの姪からマンション用の神棚をもらっていたのだが、ずっと神様が不在だったのだ。
宗像大社に行った時、そのことを思い出して、お札を買ったわけである。
さっそく家に帰ってから神棚を取り付け、お札を奉った。
で、その夜から金縛りから解放されたのだ。

しかし、神社のお札にこういう力があるとは思ってもいなかった。
だいたい霊封じのお札というのは、梵字やお経が書かれていなければならないのだと思っていたのだが、どうもそうではないようだ。
そういえば、何年か前の年末に、母が交通事故に遭った。
その翌年の正月、一時退院した母と、宗像大社に厄払いに行った。
本殿に入った時だった。
急に母が「あれ?肩が軽くなった」と言った。
その感触はぼくにもあった。
知り合いに霊感の強い人がいるのだが、その人がかつて「宗像大社は非常に霊格が高い神社だ」と言っていたのを、その時思い出した。
おそらく、霊格の高い神社に入ったため、憑きものが取れたのだろう。

それほど霊格の高い神社のお札を寝室に奉ったため、金縛り霊が来なくなったのだろう。
そういえば、金縛りとは無関係なのだが、寝てる時に何かが寝室の入口から入ってきて、そのままぼくたちの上を通り西側の窓に抜けるようないう気配をよく感じていた。
ところが、最近はそれもなくなっている。
これもお札のおかげだと思いたい。
なぜなら、神棚を取り付けたのが西側の窓の上だからである。

さて、ぼくを金縛りに遭わせることの出来なくなった霊や、寝室を抜けていくに入ることの出来なくなった霊は、いったいどこに行ったのだろうか?
金縛りに遭ったり気配を感じたのはいつも夜中だった。
もしかしたら、行き場を失った霊は、この日記を通じて皆さんのところに行っているのかもしれない。
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2005年04月11日

得体の知れない何か

最近また変な現象に悩んでいる。
寝ている時に体が浮く現象は、前にも書いたことがあるが、最近その現象が、さらにパワーアップしているのだ。

前回、その現象に悩まされた時は、ぼくもいろいろと対策を立てた。
例えば、枕元に般若心経の経本を置いて寝るとか、疲れがたまらないように、なるべく早く寝るとかである。
さらに、その現象を引き起こすであろう『得体の知れない何か』が登場する時には、決まって「バシッ」というラップ音が聞こえる。
そこで、それをふまえて、その音が聞こえるとすぐにぼくはある呪文を唱えて、体が浮くのを拒むことにした。
その呪文とは他でもない、般若心経の「ぎゃーてい、ぎゃーてい、はーらーぎゃーてい」である。
時に「ひーふーみーよーいーむーなーやーこーとー」や「とーかみえみため」といった、言霊を唱えることもある。
それら呪文の効果は抜群で、それを唱えている間は、変な現象を起こさせる『得体の知れない何か』がぼくに寄りつくことはない。
と、しばらくの間、それでよかった。

ところが、その『得体の知れない何か』も対策を練ったようで、ぼくがその呪文を唱えなくなった時、そう寝入りばなにやってくるようになったのだ。
こちらが無防備な分、その威力にはすごいものがある。
体が浮くと同時に、ぼくの呼吸を止めてしまうようになったのだ。
ぼくは最初、このことに気がつかなかった。
体が浮くのは慣れているので、時間がくれば収まるだろうと思っていた。

しかし、今回はどうも様子が違うのだ。
「何か忘れているような…。あっ、苦しい…、息をしてないやないか!」
そのことにようやく気がついて、すぐに呼吸をしようとするのだが、自分の意思で呼吸を止めたわけではないので、呼吸が回復するまでに時間がかかってしまう。
つまり、息を止めている時というのは、その1秒1秒が長く感じる、ということである。
悠長に苦しい思いにつき合っておれない、ということで、必死にもがくことになる。
ようやく呼吸が出来るようになる頃には、かなり体力を消耗してしまっている。
その頃、奴はすでにどこかに行ってしまっている。
しかし、油断してはならない。
いつまたあいつが現れるかもしれない。
と、再びぼくは呪文を唱え始めるのだ。
翌朝はもちろん、寝不足である。

ところで、この現象はいったい何なのだろうか?
呼吸をしないのだから、無呼吸症候群というやつに当てはまるのだろうか?
だが、無呼吸症候群は、息をしていないという自覚がないと聞く。
ということは、無呼吸を自覚しているぼくは、無呼吸症候群ではないということになる。
もしかしたら、例の『得体の知れない何か』というのは、実は死神で、ぼくのもとにやってきて、魂を抜き取ろうとしているのかもしれない。
今はまだ、体力があるからいいようなものの、病気をしたり年を取ったりして体力がなくなった時は危ない。
あんがい過労死をした人というのは、この死神との闘いに敗れた人たちなのかもしれない。
気をつけなければならない。
posted by 新谷雅老 at 03:10 | Comment(1) | TrackBack(0) | 霊異記 | 編集

2005年06月02日

信じなくても、否定はするべきではない

先日、取引先の人と「ほたる狩りの季節やね」という話をした。
いろいろとほたる狩りスポットを上げていたのだが、一番ほたるが多いと言われる場所の名を言った時だった。
急に取引先氏が変なことを言いだしたのだ。
「ああ、あそこですか。あそこはあまり行かんほうがいいですよ」
「どうして?」
「いや、霊感の強い人から、あそこは霊の通り道という話を聞いたことがあるんです」
「えっ、そうなん。前に行ったけど、何も感じんかったけど…」
「ぼくやしんたさんが感じんだけで、霊感のある人にはちゃんと感じるらしいんですよ」
「へえ」
ぼくは、こういう話を聞いた時、「そんなの嘘だ」とか「霊なんかおるはずないやん」などと否定はしない。
感じる人がいる以上、それは本当のことだと思っているのだ。

ido.jpg例えば、井戸には水神様が宿ると言われている。
そのため、井戸を掘る時や井戸を塞ぐ時には、お祓いが必要となるらしい。
それを怠ると、災いが降りかかるということなのだ。
これまで井戸と直接関わりを持ったことのないぼくにとっては、ピンとこない話である。
とはいうものの、それを否定するつもりは毛頭ない。
昔からの言い伝えというのは、それなりに根拠のあることである。
だからそのことに対して、「自分が体験していない」という単純な根拠だけで、頭から否定するのは馬鹿なことだと思う。
「そういうこともあるんだ」くらいで、とどめておいたほうが無難である。

ところで、その水神様だが、先日嫁ブーから興味深い話を聞いた。
嫁ブーの母方の実家には、二つの井戸があったらしい。
そのうち一つの井戸を塞いだ時は、ちゃんと言い伝え通りに空気穴を開け、さらに神主を呼んで丁重にお祓いしたという。
そのせいか、その時には何事も起きなかったそうだ。
ところが、もう一つの井戸を使わなくなった時は、最初の井戸のように空気穴を開けたり、お祓いをしたりせず、ただ蓋をしていただけだそうだ。
まあ、蓋をしただけの時は何もなかったのだが、そこに何か物を置いた時に、不思議なことが起こったという。
それはそこに住む人にではなく、嫁に行った娘とか親戚の人に降りかかった。
嫁ブーの母親、つまり義母が、ある時えらく夢見が悪いことが続いた。
おかしいなと思って実家に電話してみると、何事もないという返事だった。
何事もないのに変な夢を見るはずがない。
そこで、義母は「あんた、まさか井戸のところ変なことしてないやろね?」と聞いてみた。
すると、蓋の上に荷物を置いているという。
さっそくそれを除けさせた。
案の定それが原因だったらしく、それ以降義母は変な夢を見ることがなくなったという。

別の時、義母の姉にも同じようなことが起きたという。
その時は夢見が悪いのではなく、両膝が痛みだし歩けなくなったらしい。
病院で見せても、何の異常もない。
そこで、義母と同じように実家に電話してみると、その時も井戸の蓋の上に何か置いていたという。
それを除けさせると、ひざの痛みは嘘のように引いていったらしい。

こういうことも信じない人には、ただの偶然と思えるのかもしれない。
しかし、先にも言ったように、自分が信じないからといって、それを否定するのは馬鹿である。
そういう体験をした人がいる以上、それは事実なのだから。
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2005年06月12日

神様にいらんことをすると、罰が当たるぞ!

【1】
終戦後、進駐軍が羽田空港拡張のため、そこにあった神社を移転させようとした。
ところが、ご神体は無事移転できたのだが、鳥居だけはできなかった。
鳥居を動かそうとすると、事故が起きるのだ。
そのため、鳥居だけはそこに残すことになったという。
きっと神様の怒りに触れたのだろう。

ぼくが通った高校のグラウンドの隅に、大きな磐がある。
そのため、グラウンドをいっぱいに使うことができなかった。
その磐は、猿田彦を祀ってあるのだという。
グラウンドを作る時にそれを退けようとしたらしいのだが、羽田と同じく事故が起きたという。
それで、そこに残してあるのだと、先輩が言っていた。

同じく隣の区のある場所に、なぜか道路を塞いでいる祠がある。
取り除けば道はまっすぐになるのに、その祠のせいで、そこだけ道はロータリーのようになっている。
地元の人に、「どうして、あんなところに祠があるんか?どこかに移転させればいいのに」と言うと、「昔、あの祠を退けようとして、バチが当たった人がいるらしく、それで退けられないんよ」と言っていた。
ぼくの住む区にも、道の真ん中にしめ縄をした樹木があるところがある。
当然、道はその樹木をよけるように作られている。
そこも、先の話と同じような言い伝えがある。

こういう話を信じない人にとっては、「偶然そうなっただけ」だとか、「馬鹿らしい。迷信じゃないか」ということになるのだろうが、実際にそういう人たちの言う「偶然」や「迷信」を根拠に人が動いているのだ。
これを否定することは出来ないだろう。

こういうことはどうして起きるのだろう。
それは、そういったものがあるところが、然るべき場所だったからだと、ぼくは思う。
神社や祠というのは、日本全国いたる所に存在する。
しかし、それは意味なくそこに建っているのではない。
それなりに由縁があるものだ。
まあ、何でその地域にそういうものがあるかなんて、調べるのも大変である。
また、それを取り除こうとすると、どうしてそういった災いが襲いかかるのかというのも、今の科学ではわからない。
然るべきところにあるものだから、そっとしておくのが然るべきことなのだろう。

【2】
ところで、古い神社というのは例外なく、「ある法則に基づいて建てられている」ということを、かつてある本で読んだことがある。
その法則とはどんなものかというと、地形の高い所(山や丘陵だけでなく、森の一番高い木のこともある)と高い所を結ぶ線上にあるということである。
その線上のことを、その本では『イヤシロチ(弥盛地)』と呼んでいた。
そういう場所は決まってマイナスイオンが発生するのだという。
神社に行くとすがすがしく感じるのは、そういう土地だからだそうだ。
そういった場所は神社に適しているだけではなく、農作物もよく育つらしい。
農作物がよく育つということは、神に祝福されている土地ということである。
つまり、『イヤシロチ』というのは、神の宿る場所だということになる。

だからこそ、昔の人は神を宿らせようとして、つまり豊作を願うために、『高み』をたくさん造っていったのだろう。
それが日本各地に残っている人工造山ということになる。
人工造山といえば、エジプトのピラミッドもそうであるが、あれもそういった理由、農作物の育成のために造られたのではないか、とぼくは思っている。
信仰のためだとかお墓だとか言われているが、要はやせた土地を肥やすがために造られた、いわば古代のマイナスイオン発生機だということだ。
ちなみに、「ピラミッドは日本人の祖先が造った」と密かに語り継がれているという。
posted by 新谷雅老 at 09:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 霊異記 | 編集


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