2001年02月19日

キャンディーズ復活

今日の昼間、何気なくテレビを見ていると、「!!!!!」という出来事があった。
なんと、あのキャンディーズが復活するというのだ。
詳しく話を聞くと、三月にナベプロの同窓会をするというのだ。
参加者を見ると、クレージーキャッツ、ザ・タイガース、ザ・ピーナツ、キャンディーズなどであった。

たった一日だけではあるが、ぼくにとっては大きな意味がある。
10〜12歳はタイガースのファン、18〜20歳はキャンディーズのファンだったからだ。
まあ、タイガースについては以前再結成をしたこともあり、どうせ今回も瞳みのる(ピー)の復活はありえないだろうから、それほど大した事もないのだが、キャンディーズは違う。
今までで一番苦しかった時代(長い浪人生活参照)の唯一の希望だった。
キャンディーズがいたから、道を踏み外さずにすんだといっても過言ではない!

藤村美樹(ミキ)が登場する。
それだけでも大きな意味がある。
ランやスーも、しょっちゅうテレビには出ているのだが、歌はうたってない。
3人の歌が、後楽園球場以来23年ぶりに聴ける。
何を歌うんだろう?
やっぱり「春一番」か?
それとも「年下の男の子」か、「やさしい悪魔」か、「アン・ドゥ・トロア」か、まさか「わな」は歌わないだろう。
もう、今から期待に胸が膨らんでいる。
posted by 新谷雅老 at 21:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2001年03月16日

悲しいこと

今日何気なくテレビを見ていたら、介護の番組をやっていた。(教育テレビだった)
父親が娘の介護を受ける設定のショートドラマで、「困った、こんなときどうすればいい」という時に、先生のワンポイントレッスンが入る。
5分程度の短い番組である。

内容はともかく、その父親役を見て、ぼくは目を疑った。
なんと、石立鉄男がやっているのだ。
最近見ないと思っていたらこんな役をしていたのだ。
フーテンジャックが何やっているんだ!
あんたにはそんな役は似合わん!

石立鉄男といえば、「パパと呼ばないで」や「雑居時代」で一世を風靡した俳優である。
中でも雑居時代は、ぼくらの憧れであった。
「大原麗子みたいな女姓とあんな恋をしてみたい」と高校の頃友人とよく話していたものだった。
主人公のフーテンジャック(石立の役名「大場十一」のニックネーム)の生き方にも憧れたものである。
それが、なんと寝たきり老人とは…。
posted by 新谷雅老 at 13:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2001年03月19日

三平

さっきまで「昭和・爆笑王伝説」という番組を見ていた。
「やす・きよ」と「林家三平」の特集だった。

「やす・きよ」はともかく、ぼくは小学生のころ三平のファンだった。
当時はテレビでお笑い番組をよくやっていた。
とくに日曜日は、吉本新喜劇→大正テレビ寄席→新宿末広亭、と続けてお笑い番組があったと記憶している。
posted by 新谷雅老 at 13:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2001年04月15日

昨日吉本新喜劇を見た

昨日の話だが、テレビで「吉本爆笑アワー2001」というのを見ていた。
池乃めだかや石田靖、山田花子などが中心になって喜劇をやっていたのだが、ちょい役のじいさんが出てきたとたん、拍手が大きくなった。
よく見てみると、なんと岡八郎じゃないですか!
まだやっていたんだ。
「くっさー」や「えげつなー」といった一連のギャグも健在だった。
それにしても、同じ時期に活躍した花紀京や原哲男などは、まだテレビに出ているのに、どうして奥目の八ちゃんだけが出なかったんだろう。
そういえば、昔に比べてずっと老け込んで痩せたような気もしたが、病気でもしていたんじゃないのか。
とにかくぼくが小・中学生の頃、寛平ちゃんがブレークする少し前、吉本新喜劇といえば岡八郎だった。
これからもどんどん出てもらいたいものだ。
posted by 新谷雅老 at 11:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2001年08月23日

マツキヨのCM

おそらく福岡県だけのことだろうが、最近マツモトキヨシのCMが話題になっている。
喫茶店で若い男女(おそらく男がナンパしたんだろう)が会話している。
「彼女、出身博多なの?全然見えないなあ」
「私、東京長いから」
「博多といえばさあ、今度マツキヨができるんだって」
今まで気取っていた女が、突然目を輝かせ、大きな声で、
「エッ、ちかっぱビックリ・・・」と博多弁らしき言葉でしゃべりだす。
あっけに取られている男に、女は小さな声で、
「チョービックリ」と言い直す。
このCMはニュースの後や番組と番組の間などでやっており、たまに見る程度なので、会話はちょっと違うかもしれないが、だいたいこんな内容だったと思う。

これを見て感じたことがある。
一般に東京の言葉は冷たいといわれるが、それは違うと思う。
実際多くの東京人と接したが、冷たいと感じたことは一度もない。
冷たいと感じるのは、地方出身者の東京言葉ではないだろうか?
無理矢理なれない言葉を使うので、感情表現がうまくできずに、腹に力の入らない口先だけの表現になってしまうのではないだろうか?
それを傍で聞くと冷たく感じるのだろう。
このことは、メロディだけ知っていて歌詞を知らない歌を歌うのとよく似ている。
どうしても歌詞を追ってしまい、感情移入ができてないので、聞く側としては冷たく感じるものである。

二十年程前にぼくは東京に住んでいたが、東京言葉でしゃべるのが嫌いだったので、最初から最後まで北九州弁で通した。
しかし、それで不便するようなことはなかったし、友達もたくさんできた。
逆に東京の人間が、ぼくの北九州弁に感化されたくらいだ。
他の地方の出身者には、いつも「もっとふるさとの言葉を大切にしろ」と言っていた。
つまり「無理してなれない言葉を使うな」ということだ。

ところで「ちかっぱ(力いっぱい)ビックリ」は博多弁ではない。
大げさにビックリするところが、博多人らしいということだろう。
北九州の言葉でいえば「でたんビックリ」になる。
posted by 新谷雅老 at 17:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2001年08月26日

チューヤンはどうなったか?

そうか、今日巨人は負けたのか。
これでチューヤンは電波を降りるわけだ。
知らない人のために説明しておくと、先週の『進ぬ!電波少年』の終わりがけにT部長が登場、「8月26日の巨人VS中日戦にゲスト出演してくれ。でも、もし巨人が負けたら、チューヤンは電波少年クビ」という宣告をされたのだ。
で、今日負けてしまったので、宣告どおりチューヤンはクビになるわけである。

ある人が言っていた。
「巨人戦の視聴率が落ちたので、人気番組の“電波少年”を使って視聴率を上げようとしているんじゃないのか?しかも、『チューヤン、クビ!』というのがあるので、巨人ファン以外の電波ファンも見るだろうし」
そのとおりだろう。
日テレお得意の姑息な手段である。

だいたい巨人戦の視聴率が落ちたのは、イチローや佐々木がメジャーで活躍しているからというわけではなく、スカパーやケーブルTVの普及によるものじゃないのか?
「今までは仕方なく巨人戦を見ていたけど、全球団の放送やっているなら、好きな球団の中継を見よう」というのが実情なのではないだろうか。
それと巨人の人気にかげりが出たということもあるだろう。
「誰が努力もせんで優勝するチームなんか応援するか!」「どうせ今年も優勝するやろうけ、見らんでもいいやろ」「なんか!あの日テレの偏った放送は!」「選手も金で優勝したくせに、偉そうにしやがって」「来年はカブレラに金を使うんやないんか?」「パリーグのほうが面白いやんか」などなど、巨人に対する批判は多い。
チームやフロントの体質を変えないと人気はまだまだ落ちるだろう。

ところで、福岡は“進ぬ!電波少年”は地元放送優先のため、その週の土曜日に放映されます。
ということは、チューヤンに関しての情報は今日わからないわけです。
「“進め!電波少年”は今週で終わります」といい、予告なしで翌週から“進ぬ!電波少年”とタイトルを変えて始めたTプロデューサーである。
何か飛び道具を使うと思うのだが・・・。
うー、結果が知りたいなあ。
でも、土曜日まで我慢しよう。
もう見た人、お願いですから結果を言わないで下さい。
posted by 新谷雅老 at 17:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2002年01月13日

雷波少年最終章

日テレ系の「雷波少年」が3月いっぱいで打ち切りになるらしい。
ぼくは、仕事中にはよくテレビを見ているのだが、家に帰ってからはあまり見ることはない。
毎週決まって見ている番組といえば、「電波少年」「雷波少年」それと「ドラえもん」くらいなものである。
元日の特番で「ウクレレ」「鮒子」といった企画が終わってしまったので、次はどんな企画が始まるのだろうかと、今日の「雷波少年」を楽しみにしていたたのだが、新しい企画発表の前に、この発表があったのだ。
これでまた、毎週見る番組がひとつ減るわけだ。

さて、次にどんな企画が始まるかというと、日本の男性ミュージシャン・韓国の女性ミュージシャン・在日韓国人の男性のまったく知らない3人がバンドを組み、シンガポールから韓国ソウルまで車で旅をして、その間に納得のいく1曲を作り上げるというものだ。
そして目的地韓国ソウルで、3月23日にライブを行うという企画、題して「ラストソング」。
今回は、旅の模様を韓国でも放送するということで、けっこう盛り上がるだろう。

しかし、日本人と韓国人、はたしてうまくやっていけるのだろうか?
まあ、番組ではだんだん仲良くなっていく過程を映していくのだろうが、人のいい日本人が、自己主張が強すぎるきらいのある韓国人とうまくやっていく、というのは疑問が残る。
番組上では見せないかもしれないが、おそらく韓国人女性と在日男性が、日本人男性を仲間はずれにするだろう。
それほどに彼らは民族意識が強い。
ぼくが好きな韓国人女性呉善花さんが、ある著書で言っていたが、アメリカにいる日本人は地域に溶け込んで、いろんなところに住んでいるらしい。
一方、韓国人や中国人は、一ヵ所に固まって住んでいるという。
日本人が牧師をやっている教会は、いろんな民族の人が集まるが、韓国人牧師がやっている教会は、韓国人しか集まらないということである。
これを見る限りでは、韓国人というのは排他的な性格を持った民族だと言えるだろう。

これも本で読んだことがあるのだが、韓国人は、いいことはすべて韓国人の力だと思い、悪いことはすべて日本人のせいだと思うらしい。
韓国の浦項製鉄所建設の時、多数の日本人が技術協力をした。
しかし、開業の時、日本人は蚊帳の外だったという。
日本人に対する感謝の言葉は、一言も出なかったということだ。
韓国人は、日本が韓国の近代化の道を開いたと言っても過言ではないのに、そういうことには一言も触れず、日本に対する過去の恨み辛みばかり並べている。
恨みが高じてか、挙句の果てには「日本人のほとんどは在日韓国人だ」「万葉集の歌は韓国語だ」「剣道は韓国の武道である」などと言い出す始末だ。
今度のサッカーのW杯でも、わけのわからんイチャモンをつけてくるし。
「JAPAN・KOREA」「KOREA・JAPAN」、どっちでもいいじゃないか。
KOREAの字の色がちょっと違ってたって、別にかまわないじゃないか。
そんな細かいことを言うのなら、
「天皇」のことを「日王」と呼ぶな!
「日本海」を「東海」と呼ぶな!
「チョッパリ」と言うな!
こちらが「朝鮮」と言うことのどこが差別だ。
それなら「朝鮮日報」の名前を変えてしまえ!
「Nimda」を送りつけてくるな!

元々日本は「和」の国である。
一方の韓国は「恨」の国である。
「和」と「恨」、お互い深いところで、相容れない仲なのである。
文字だけを見ると、仲良くしようとする日本に対し、恨みで答える韓国、とも読める。
雷波少年最終章「ラストソング」はこういうことを踏まえた企画なのだろうか?
それとも、うわべだけのヒューマニズムを追及する企画なのだろうか?
結局は、韓国人の主張に流される日本人という、今の日韓関係そのままが浮き彫りにされていくのではないのだろうか。
とりあえずは、そういう視点から、今度の企画を見ていきたいと思っている。
posted by 新谷雅老 at 03:55 | Comment(1) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2003年04月18日

アホぼん

今日は休みだった。
おそらく、今月最後の休みになるだろう。
で、何をやっていたのかというと、朝は普通どおり起床し、昼までテレビを見ながら、昨日の日記を書いていた。
あとは予想通り、というか計画通りにずっと寝ていた。
昨日の作業で、心身共に疲れてしまったのだ。
背筋、胸筋、上腕筋など、上半身の至る所が痛い。
だが、不思議と腹筋は痛くない。
あんなことをやっても、腹の肉は落ちないということか。
改装中の作業で、痩せようとしたぼくが甘かった。
ということで、さすがに今日は一歩も外に出ていない。

ところで、午前中に何の番組を見ていたかというと、こちらで再放送をやっている『あかんたれ』である。
再放送というより、再再…放送なのだろうが。
もう、何回もテレビでやっている。
が、ぼくはこのドラマを見るのは初めてなのだ。
花登筐の作品は最初は面白いのだが、尻切れトンボなものが多い。
ぼくはそういうドラマを見るのがあまり好きではないので、基本的に彼の作品は見ないことにしている。
彼の作品で見たことのあるのは、西郷輝彦主演の『どてらい男』くらいだ。
これも最初は面白かった。
しかし、戦後編で急に話がおかしくなった。
「あの話はどうなったんだ?」と思われる部分が、随所に出てきた。
中尾彬なんかも出ていたのだが、この人も中途半端な話の流れから、突然出なくなった。
そのあとから始まった、柴俊夫『さわやかな男』は気がついたら終わっていた。

さて、その『あかんたれ』であるが、話の内容もさることながら、沢本忠雄演じる『安ぼん』を注目して見ている。
どこにでも、こういう人間が一人や二人はいるものである。
・すぐに人に騙される。
・店の金に手をつける。
・目先はこすいくせに、大きなところで抜けているために大損をする。
・仕事しようとせず、女のひもに成り下がる。
・楽して金儲けをしようとして、安易な仕事ばかり探してきては、あとで泣きを見る。
・たまに仕事をすれば役に立たない。
劇中『アホぼん』と言われているが、まさにアホである。
そのアホは、先天的なものもあるのだが、世間知らずという後天的な部分が大きく影響しているように思える。
世間知らずの原因の半分は、親にある。
親が甘やかして育てるから、子は世間を甘く見るようになる。
過保護に育てるから、意欲のない人間が出来上がる。
こういう人は、一度痛い目にあっても反省せず、再び同じ目に遭うことが多いものだ。

現在このドラマは、ステテコの偽物が出回っているところまできている。
あとどれくらい続くのかは知らないが、最終回まで安ぼんの活躍を追ってみようと思っている。
posted by 新谷雅老 at 13:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2003年05月16日

何だすて!?

「何だすて!?」
最近はまっている『あかんたれ』で、お決まりのように出てくる言葉である。
意味は説明するまでもなく「何ですって!?」だ。

ぼくはこの言葉を気に入って、ギャグとして使っている。
ぼくの地区を担当している取引先の人に、生粋の浪速っ子がいる。
先日その人が来た時、出し抜けに「何だすて!?」と言ってみた。
すると、その取引先の人は笑い出し、「えらく古い言葉を使ってますねえ」と言った。
「えっ、大阪の人ち、『何だすて!?』とか言わんと?」
「今時そんな言葉を使っている人なんていませんよ」
「そうなんね。てっきり今でも使いよるかと思った」
「うちの親父でさえ使ってなかったから、そういう言い方はそれ以前の時代の人たちが使ってたんでしょうね。それに、その言い方は元々商人言葉ですよ」
「でも、吉本とかも似たようなしゃべり方をするやん」
「ああ、あれは吉本の独自のしゃべり方ですよ。おそらく、商人言葉から流れてきたんでしょうね。一般の人はああいうしゃべり方はしませんよ」

なるほど、言われてみればそうである。
ぼくはよく『探偵ナイトスクープ』を見ているが、あれに出てくる一般の人は、関西独特のアクセントはあるものの、「わて」とか「だす」とか「おます」などとは言ってない。
やはり、取引先の人が言うように、古い商人言葉なのだろうか?

言葉の話が出たついでだが、ぼくは前々から興味を持っている言葉がある。
それは『〜やん』である。
「〜やん」は西日本で広く使われている言葉で、大阪でも使えば、九州でも使う。
しかし、この言葉、関東では使わない。
では、何と言うかというと、「〜じゃん」である。
以前、ネットで知り合った大阪の人が、「今度、東京で就職するんだけど、言葉が心配」と言っていた。
その時、ぼくは「別に心配しなくていい。堂々と大阪弁でしゃべればいい。決して『〜やん』を『〜じゃん』に言い換えるな」と言っておいた。
その人が音信不通になったため、まだ『〜やん』を使っているかどうかは知らない。

その『やん』をローマ字で書けば『YAN』となる。
もう一方の『じゃん』をローマ字で書くと『JAN』となる。
ここであることに気が付いた。
例えば、『JAPAN』という文字を英語で読めば『ジャパン』だが、ドイツ語で読むと『ヤパン』となる。
いやドイツ語だけではない。
ヨーロッパや中近東では、日本のことを『ヤパン』とか『ヤポン』と呼ぶ国は多い。
その際の『ヤ』の表記は、『YA』ではなく『JA』である。

それと似たのに、『Jesus Christ』がある。
これは英語だと『ジーザス・クライスト』である。
ミュージカルに『ジーザス・クライスト・スーパー・スター』というのがあるが、あれである。
最初、ぼくはこの『ジーザス・クライスト』というのが、何を意味するのかを知らなかった。
特に興味がなかったから、調べようともしなかった。
そのため、それが『イエス・キリスト』の英語読みだと知ったのは、つい最近である。
ぼくはクリスチャンでもないし、こういう言語に対しても無知なので、どちらが元々の発音かは知らないが、かのザビエルは「イエズス会」と名乗っているくらいだから、けっこう多くの国の人が『イエス』と読んでいるのだろう。

この場合も『イエ』は『YE』ではなく、『JE』なのである。
その表記に非常に興味をそそられる。
で、最初の『やん』に戻るが、この言葉をローマ字表示した場合、『JAN』と書くのが正しいかもしれない。
とすると、『じゃん』を使う地域は、英語を使う人たちの影響が大きかったのではないか、という憶測が生まれる。
もちろん『やん』地区は、イエズス会系ということになる。

ま、ぼくは学者ではないので、あくまでも憶測止まりで、これ以上の展開は望めないし、展開させる気もない。
ところで、『〜です』というのが『〜だす』となるのも、そのへんの絡みがあるのだろうか?
うう、興味は尽きない。
posted by 新谷雅老 at 13:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2006年05月08日

『パパと呼ばないで2』をやってほしい

日曜日に楽しみにしている番組がある。
それは『パパと呼ばないで』である。
もちろん現行のドラマではない。
スカパー!でやっている、再放送だ。
もう何度も見ているので、あらすじも覚えているのだが、それでも見てしまう。
内容はもちろんだが、古いドラマは、それをリアルタイムで見ていた頃の自分をも蘇らせてくれるからだ。

このドラマをやっていたのは、1972年だから、ぼくが中学3年の頃だった。
水曜日の夜にやっていたのだが、その頃、水曜日の夜というのは、面白いドラマが目白押しだった。
8時台がこの『パパと呼ばないで』で、9時台は『時間ですよ』があった。
この二つの作品は、ある共通点がある。
それは、どちらのドラマも脚本に向田邦子が携わっているのだ。

さて、その『パパと呼ばないで』もそろそろ最終回に近づいてきた。
下宿屋の娘の園子(松尾嘉代)がパパの右京(石立鉄男)に、「チー坊(杉田かおる)のママになりたいの」と言い、ハッピーエンドとなるわけだが、その時ぼくは、いつも思うことがある。
それは『パパと呼ばないで2』をやってくれないかなあ、ということである。
その後、右京と園子、そしてチー坊はどうなったのか。
それを知りたいのである。
下宿屋の親父(大阪志郎)と魚屋の親父(花沢徳衛)以外は健在だし、やってくれてもいいのではないか?

成人して『鳥の詩』というヒット曲を持つ歌手になったチー坊だったが、なぜか婚期を逃し、ずっと独身を通してきた。
ところが、30代後半になりあるお金持ちに見初められて電撃結婚。
しかし、すぐに離婚して戻ってきた、というところから物語を始めてもいいじゃないか。
「右京と園子の子が出来て、面白くないチー坊は次第にグレていき、中学で子供を産む」というエピソードを添えても面白いかもしれない。
とにかくやってほしい。
posted by 新谷雅老 at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2006年07月17日

キャンディーズ…

BSでやっていたキャンディーズを見ていて、思わず涙を流してしまった。
一曲一曲に深い思い出があるもんだから、ついその時代に戻ってしまったのだ。
テレビ見て涙を流すなんて、何年ぶりだろう。

さて、今日その番組を見て、これまで曖昧だった記憶がはっきりしたことがある。
それはキャンディーズがデビューした年である。
初めてキャンディーズが『8時だよ!全員集合』に出た時、ちょうどぼくは見ていた。
「今度デビューしました『キャンディーズ』です」
と紹介していたのだが、それがいつのことか覚えてなかったのだ。

今日やっとそれが73年だとわかったわけである。
もちろん解散した日は、はっきり覚えている。
78年の4月4日だった。
何で覚えているかというと、ぼくはその数日後に上京したのだ。

上京してからすぐに秋葉原に行ったのだが、早くも解散コンサートの模様をテレビで流していた。
何気なくそれを見ていたが、よくよく考えてみると、テレビで映していたということは、フィルムではなくビデオを使っていたのだろう。
ということは、その頃すでにビデオデッキ売っていたということだ。

その時使っていたデッキは、おそらくVHSやベータ以前のUマチックだったと思う。
テープ幅が1インチと広いかったので画質はよかったのだが、いかんせんテープが異様に大きかった。
そのため、VHSやベータに取って代わられたのだろう。

Uマチックで、もう一つ覚えていることがある。
それは、チャンネルが回転式だった。
あの頃は「すごい!」と思って憧れの目で見ていたが、今それを見たとしたら「ダサい」と思うに違いない。

それはそうと、キャンディーズである。
解散して28年になるが、本当にもう再結成しないのだろうか?
10代のキャンディーズは充分に堪能したから、今度は50代のキャンディーズを見てみたい。
ランちゃんは知らないが、スーちゃんは今でもカラオケに行けば、キャンディーズの歌をうたっているらしい。
ということは、すぐにでも歌えるのではないだろうか。

彼女らは、「解散」したことで、青春を終わらせたのだろうか
もしかしたら、まだくすぶっているのではないだろうか。
青春は終わらせたらだめである。
一度でいいから、3人揃ってキャンディーズをやってほしい。
posted by 新谷雅老 at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2006年08月22日

キャンディーズ…2

ちょっとショックなことがあった。
先月17日の記事に「50代のキャンディーズを見てみたい」と書いたのだが、あの時ぼくはかなり期待を込めて、その文章を書いた。
ところが2日前、その期待が崩れ去るようなことを聞いたのだ。
何と50代どころか、この先永遠に再結成はありえないらしいというのだ。

毎週日曜日の夜10時30分から、福岡放送で『ナイトシャッフル』というバラエティ番組をやっている。
その番組では毎週ゲストを呼び、地元で評判の店などに連れて行くコーナーがあるのだが、今週のゲストが元キャンディーズの田中好子だった。

そのコ−ナーの中で、スーちゃんはキャンディーズ時代の裏話をしていた。
面白かったのは、地方でホテルに泊まるとき、いつも三人いっしょの部屋だったらしく、そのために、いつも寝る時間が少なかったというのだ。
いや、別におしゃべりするからという理由ではない。
原因は風呂である。
部屋内のバスルームは狭いから、当然三人いっしょには使えない。
そのため、一人一人順番に風呂に入らなければならない。
もちろん女性だから、毎日頭を洗ったりする。
だから一人当たりの使用時間がけっこう長くなる。
というわけで、寝る時間が少なかったらしいのだ。

さて、そういう話があったあと、ぼくが一番聞きたかった部分をキャスターが突っ込んだ。
「キャンディーズの復活はないんですか?」
「ありません!」
即座にスーちゃんは答えた。
そのあとに、あの時代だからキャンディーズでいられた、というようなことを言っていたが、それでぼくの夢は潰えたわけだ。

だがその理由は、一部で囁かれている不仲とかいうのではなさそうだ。
なぜなら、彼女たちは今でも三人で集まっていると言っていたからだ。
その中で、「この間もランちゃんの家に集まった」という話をしていたが、「そこに突然、水谷豊が現れた」というような現実的(?)なことを言っていた。

しかしスーも年を取ったなあ…。
何とそのロケ中に老眼鏡をかけていたのだ。
日曜劇場「誰よりもママを愛す」に出ているランも、以前に比べるとけこう老け顔になってきたし…。
まさか、そういうこともあって、復活を拒んでいるのではないだろうか。

まあ、確かに懐かしの歌謡曲のような番組を見ていると、かつてのアイドル歌手がえらく太っていたり老け込んだりしていて、見るのも忍びなくなる時がある。
それを考えると、残るミキの顔を見るのが恐い。
やはり、あの時代だからキャンディーズ…、なんだろうなあ。
posted by 新谷雅老 at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2006年09月10日

金田、更新してない

インターネットを始めて7年くらい経つが、これまでドラマのサイトを見ることなどほとんどなかった。
ところが『結婚できない男』が始まってからは毎週見るようになった。
次回の予告が見たいからである。
その際、掲示板などを見ているのだが、回を追うにつれ書き込みが多くなっている。
ぼくと同じ世代の人の書き込みも結構あるので、読んでいて面白い。

さて、そのサイトを見るのは予告と掲示板だけで、その他のコンテンツはあまり見ない。
映画のメイキングを見ないのと同じ心理で、見るのが面倒くさいのだ。

ところが、今日たまたま他のコンテンツを見ていると、意外なものを見つけた。
信介(阿部寛)が劇中で見ていたサイトである。
これを金田(高知東生)をやっていて、信介が笑っていたんだった。

ここでぼくは思った。
「これがあるくらいだから、当然あれもあるだろう」と。
さっそく調べてみると、やはりあった。
アトリエ・ヒロである。
残念ながら、先週の「ちょっとボーリングにこっています。」から更新してはいなかった。
posted by 新谷雅老 at 14:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2006年11月12日

枠に収まらない

(1)
この頃、マンガが映画化やドラマ化にされることが多い。
今やっているドラマでいえば『のだめカンタービレ』や『鉄板少女アカネ!!』 などがそうだし、ちょっと前では『花より男子』がそうだった。
こういうドラマは話の展開がいかにもマンガチックではあるが、かつての実写版と呼ばれた映画やドラマほどは荒唐無稽でなくなっている。

とはいえ、元がマンガだと知っているものだからから、どうしてもそれと比較してしまい、結局は「原作のほうがよかった」というふうになってしまう。
ということは、元がマンガだと知らずにその映画やドラマを見たとしたら、つまり先入観を持たずに見たとしたら、案外新鮮みがあって面白いかもしれない。

(2)
今日、スカパー!で『ガラスの脳』という映画をやっていた。
他に見るものがなかったので、しかたなくそれを見ていたのだが、これがけっこういい映画だった。
最近は日本映画が全盛だと言われているが、なるほどこういう映画をやっているのだからそう言われてもおかしくはない。
などと納得しながらその映画を見ているうちに、おかしなことに気づいた。
なぜかぼくは、この話の展開を知っているのだ。

その映画を見るのは初めてである。
ということは、かつて原作を読んでいるということだ。
しかし、いつどこで読んだのかという記憶が定かではない。
では、その原作が誰のものであるかというと、それも思い出せない。
ただ、それは小説ではない。
ということはマンガだ。

ぼくが読んだ範囲でこういう生命・病気・愛をテーマにしたマンガを描くマンガ家は、一人しかいない。
手塚治虫である。
そこで、新聞の束の中に埋もれていたスカパー!の本を引っぱり出し、原作者を調べてみた。
やはりそうだった。
だとすれば、原作は家にあるということだ。
と、探してみると、あった、あった。
これには感動した。

いい作品というのは、マンガだとか映画だとかいう枠に収まらないものなのだ。
いかにもマンガチックという作品も楽しいが、やはりぼくは枠に収まらない作品のほうが好きである。

(3)
これはマンガではないが、美空ひばりの大ヒット曲に『柔』という歌がある。
実はこれ、同名のドラマの主題歌として作られたものだったのだ。
現在はそうではないが、当時はドラマの主題歌などは、歌としてのランクが低く見向きもされなかった。
ところが、『柔』はそうではなかった。
作品のスケールが大きすぎて、ドラマのテーマソングという枠に収まらなかったのだ。
その結果が、その年のレコード大賞だった。
posted by 新谷雅老 at 04:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集

2006年12月27日

再放送

毎年年末に、その年一番話題になったドラマを再放送をやることが多い。
で、今年はというと、フジ系はやはり『結婚できない男』だったようだ。
関東で25日から、関西では27日から再放送をやっているらしい。
全部で12話、どこも年内に終わらせるようだから、毎日2話から3話単位で再放送しているのだろう。

さて、こちらのフジ系TNCはというと…。
新聞のテレビ欄を見ては毎日落胆していた。
今週に入ってからは『山村美紗サスペンス』なんかやっているのだ。
いったい誰がそんな番組を見るのだろう。
そんなのはいつもやっているわけだし、せっかくの年末なんだから、もうちょっと気を利かせるべきだ。
他局(TBS系)は、ちゃんと『花より男子』の再放送をやっているのに、この差は何だろう。
やはり年末もスカパー!を見るしかないのか。
…などと、『結婚できない男』ファンのぼくは半分腐った気持ちでいた。

ところがである。
今日、嫁ブーがどこからか手に入れてきた週間番組表を見ていると、そこに『結婚できない男』の文字が見えたのだ。
おお、やるじゃないですか!
ちゃんと、こちらでも再放送をやることになっていたのだ。
それも何と30日と31日の二日間で。
30日は6時間、31日は5時間半、一挙に放送である。
最初からテレビガイドでも買っておいたら、腐らずにすんだわけだ。

これで何とか安心(?)したが、よく考えてみると、ぼくの場合、ついこの間DVDを見終わったばかりなので、特に見る必要もない。
しかし、こういうのは見ないと何か損するような気がするものだ。
そういうわけで、30日と31日は一挙に見ることにする。
posted by 新谷雅老 at 14:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・芸能 | 編集


Copyright(C) 2000-2022 しろげクラブ. All rights reserved.