2001年02月18日

野生の動物

ぼくは風邪を引いているわけではないんです。
なんか唇が切れて、熱の花みたいになっているようです。
痛い!
でも薬は塗りません。
猫や犬はなめて治すから、ぼくもそれをやってみようと思います。
最近テレビで、野生の動物の生態をよく見ています。
彼らはいいですね。
着る物も、食べるものも、住む所も心配しない。
食べられなくても、「この先どうなるんだろうか?」なんて考えないだろう。
どこででも寝れるだろう。
メスにふられても悲観しないだろう。
本当に動物をうらやましく思う、今日この頃です。
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2001年03月06日

春の話題

昨日啓蟄の話をしたのだが、今日また春を見つけた。
車の中に紅茶花伝の空き缶を置いていたのだが、なんとそこにアリが集っていた。
春ですね。
それにしても密閉された車の中にどうしてアリが…?

そういえば去年の8月だったか、福岡ドームに行ったとき、やはり紅茶花伝にアリが集っていたことがある。
まさか、そのアリが車の中に巣を作って、そのまま冬眠していたのだろうか?
それなら早く退治しないと、蟻酸で車が錆びてしまう。
当分アリとの戦いが続きそうだ。
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2001年03月07日

アリの話

アリの話です。

今日も一匹見かけたので、そいつがエサを持って行ってくれることを望みながら、アリの巣コロリを仕掛けました。
アリの巣コロリは、同じ悩み(車にアリがいる)を持つ方からもらいました。
こんなことは自分だけかと思っていたけど、いるもんですね。

夜には見かけませんでした。
どこに行ったんだろう?
まさか一日足らずで全滅してしまうとは思えない。
だいたい、どこから出没するかがわからないから困ってしまう。
でも、今のうちに叩いてしまわないと、夏には車に乗れなくなってしまうし…。

みなさん、しんたさんの車でドライブしたかったら、アリ退治に協力してもらえませんか?
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2001年04月22日

今日会社(店)の表玄関に張り紙がしてあるのに気がついた。
行方不明の飼い猫を探してくれ、というものだった。
黄色の首輪をしていたとか、耳が欠けているとか、いろいろと猫の特徴が書いてあった。
「6sある」と体重まで書いてあったが、はたして歩いて(走って)いる猫を見て「おっ、あの猫は6sあるぞ」とわかる人がいるだろうか?
それに猫も動き回るわけだから、当然体重も減るだろう。
その張り紙にはご丁寧にその猫の写真までついていた。
写真に撮られるのが嫌なのか、大変迷惑そうな顔をしている。
「きっとその飼い主が嫌だったんだろう。それにこんなどこにでもいる猫を探し出すのは難しいやろう」と、ぼくは思った。

だいたい「猫を飼っている」というのは人間の勝手な思い込みに過ぎない。
猫は犬と違って「私は飼われている」とは決して思ってない。
おそらくその飼われている家を、体のいい住みかぐらいにしか思ってないだろう。

それにしても猫ぐらい待遇のいい動物はいない。
夏は涼しく冬は暖かいところに住み、毎日毎日餌をもらい、しかも自由に振舞える。
鎖に繋がれることもまれで、出入り自由、適当に遊んではねぐらに帰る。
文句をいわれても犬みたいにシュンとせず、どこ吹く風といった顔して寝ている。
まったく羨ましいですな。
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2001年04月23日

猫 その2

昨日に続いて猫の話です。
猫を飼っている人から聞いた話だが、今まで飼った猫は必ずと言っていいほど1〜
3ヶ月行方不明になったということだ。
そういえば、小学生の頃読んだ本にミステリーゾーンというのがあって、その中に
「猫修行」という項目があった。
先の人が言っていたとおり、猫は1〜3ヶ月行方不明になることがある、と書いていた。
その間猫は修行に行っているらしいのだ。
そこには場所も特定してあって、その場所はなんと「福岡県鞍手町八尋」と書いて
あった。
鞍手の八尋といえば、ここから車で30分もかからない場所である。
小さい頃何度か行ったことがあった。
それを読んだ時ぼくは「あんな所で修行しているのか。でもこの辺の猫なら近くていいけど、北海道の猫はどうやってここまで来るんだろう?」と馬鹿なことを考えていた。
ところで、いったい猫はどんな修行をするんだろう?
だいたい猫は修行という言葉が一番似合わない動物だ。
人に媚びないことでも修行しているのだろうか?
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2001年04月30日

体毛

最近テレビで動物の生態などをやっていると、つい見入ってしまう。
彼らが羨ましいんです。
何が羨ましいのかというと、あの体毛です。
不精者のぼくには、あの体毛が大変便利に思えるのです。
まず第一に、床屋に行かなくていい。例えば毛が伸びすぎて困っている猫なんか見たことがない。
第二に、着替えなくていい。衣替えも自動的にやってしまう。衣服に気を使う必要がない。
第三に、雨風をしのげる。当然傘なんか必要としない。
第四に、冬でも寒くない! これに尽きます。冬の寒い時にだって、髪のある頭は防寒しなくてもいいでしょう。これが全身にあれば当然防寒着は必要ない。

それにしても人間にも体毛に覆われた時代があったのに、どうして退化してしまったんだろう?
おそらく人類の生活スタイルが、体毛を必要としない方向に向かわせたからなのだろう。
それでも体毛が退化し始めた時には、「ははは、あのおっさん見てみろよ。尻が禿げているぜ」とか「最近お前、尻が薄くなってきたんじゃないか?」などという会話があったはずだ。
ぼくは、パンツは人類が身につけた最初の衣服だと思っている。
今のかつらと同じで、当初は禿隠しだったんだろう。

野生の動物は、余計なことを考えず、全精力を生きるということに傾けている。
自分のことは自分でやっているし、決して誰の助けも求めることはない。
そして死に際は泰然としています。素直に死を受け入れている。
こんなところにも、憧れを持ちます。
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2001年06月02日

ホタル

ぼくの働いている店がある地区で、今日と明日ホタル祭りが行われている。
無理矢理川をきれいにして、ホタルを養殖しているらしく、普通ならとてもホタルの生息できるような場所ではない。
この辺なら、皿倉山の麓の河内とか西区の香月にある黒川に行かないと、野生のホタルにはお目にかかれない。

ホタルで思い出すのが、小学4年生の頃、ぼくの校区の川が大変汚いと新聞で報道されたことがある。
それを読んだ田川の小学校の生徒たちが、「そんなところに住んでいるのならホタルなんか見たことがないだろう」と、わざわざゲンジボタルを持ってきてくれた。
小学校の図書室に暗幕を張って、一クラスごと順番に見に行った覚えがある。
このとき、ぼくは生まれて初めてホタルを見た。

中学の時、時間は夕方だったが、家の周りを光の集団が飛んでいたことがある。
「ホタルかな?」とは思ったのだが、時期は違うし、夕方とはいえまだ外は明るかった。
「何だろう?」
3m位上を飛んでいるので、何であるか見極めてやろうと思って、追いかけて行った。
家の裏にあった公園まで追いかけたが、結局見失ってしまった。
人を馬鹿にするように飛んでいたのだが、よく見ると光の集団は飛行機の形をして飛んでいたような気もするが、音もなかったし、3m上を飛ぶわけがない。
ラジコン飛行機かとも思ったが、それにしては薄っぺらだった。
一生の謎で終わるんだろうか?
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2001年07月09日

わしわし

朝方、突然「わしわし」が鳴き出した。
5秒ぐらいだったろうか。
すぐに鳴きやみ、もう鳴かなかった。
ひょっとして、「ちょっと早かったかのう。おれだけしかおらんやん」とでも思ったんだろうか?
そして「でも、土の中に戻るわけはいかんし、他の奴が出てくるまで待ち長いのう・・・」と途方にくれたか?
それにしても蝉は、成虫になってから1週間しか生きられないのを知っているんだろうか?
知らなくても、彼らのプログラムされた1週間は実にあわただしい。
1、まず人前で鳴かなくてはならない。
初めて人前で歌った時のことを思い出してほしい。
あんなに緊張することはなかったはずだ。
2、樹液の飲み方を覚えなくてはならない。
3、小便のひっかけかたも覚えなくてはならない。
4、外敵から身を守らなくてならない。
特に人間の子は、残酷でしつこいから要注意である。
5、そして女を見つけなくてはならない。
もし見つからなかったら、一生童貞になってしまう。
仮に見つけても、失敗は許されない。
ビデオで予備知識を付けるわけもいかないから大変だろう。
6、死に場所も考えなくてはならない。

ところで蝉は7年間も土の中で何をしているんだろうか?
その時点で彼女を探すわけもいかないし・・・
大変やのう、蝉は。
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2001年07月13日

ぼくの部屋はエアコンがないので、夏はいつも窓を開けっ放しにしています。
そのせいで、いつもいろんな虫が飛び込んできます。
天井を見ると、5、6年前に飛び込んできたカメムシの死骸がまだ貼り付いたままです。
この時期この部屋で、一番お目にかかる虫は「蚊」と「カナブン」です。
蚊の顔は異様ですねぇ。
あんな顔で人間ぐらいの背丈があったら、他の生物はみんな逃げて行くでしょうね。
昔マンガで、蚊の顔をしたエイリアンを見たことがあるのですが、見ていてあまり気持ちいいものではなかった。
一方のカナブンは、臭い。
最近まで気がつかなかったけど、部屋に飛び込んできたら、においでわかってしまうんです。
一種独特のにおいです。
それにしてもカナブンは、どうしてあんなにムキになって部屋に飛び込んでくるんだろう?
どこにでも体当たりでしょう。
痛くないんかなあ?
この間飛び込んできたカナブンは、照明器具の角にぶち当たって、体液まで流していた。それでもしつこく体当たりするんです。
畳の上に醤油色した体液が滴り落ちるし、大変でした。
ほっとくと翌日死んでいることが多いので、いつもカナブンが入ってきたら捕まえて外に逃がすようにしています。
さて、今も畳のヘリをカナブンが歩いています。
もうそろそろ追い出そう。
いいかげん臭い。
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2001年08月04日

昆虫の住む家

母親が急に大きな声を出すので、「どうしたんだろう?」と覗いて見ると、なんとムカデがいるのだ。
ぼくは新聞紙を丸めて、2,3度叩いて殺した。
それにしても、団地の3階なのにどうしてムカデがいるんだ?
壁を伝わって来たというのはわかるのだが、そんなに地上が住みにくくなったのだろうか?
この夏、とくに思ったことだが、ぼくの家は昆虫の宝庫になってしまっている。
蟻、カナブン、コガネムシ、てんとう虫、ナメクジ、蚊、蝿、ゴキブリ、トンボ、羽アリ、蝶、蛾、カメムシ、蝉、それに今回のムカデ、いったい何の用があって地上7〜8mの場所を選ぶのだろう。
何年か前に網戸を外してから、ずっとそのままになっているので仕方のない面もあるのだが、それにしても数が多すぎる。
昨日の話だが、さて寝ようかと思っていると、突然「ワーシ、ワーシ・・・」などと言い出した。
よく見ると、部屋の壁にクマゼミとまっているのだ。
トイレに行っている時に入ってきたらしい。
それからが大変だった。
捕まえるのに2,30分を要してしまった。
おかげで朝寝坊してしまい、今朝は遅刻寸前だった。
昼間は睡魔との戦いだった。
思い切って部屋にエアコンを付ければいいのだが、今のところそのつもりはない。
したがって部屋の窓は全開になり、この状態は続くだろう。
当分、昆虫達との共存を強いられるわけだ。
秋になった時、ぼくの顔は少し昆虫顔になっているかもしれない。
posted by 新谷勝老 at 16:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 動物日記 | 編集

2001年08月14日

アリの話

いつものように外でタバコを吸っていると、白い小さなものがゆらゆら動いていた。
「何だろう?」と覗いて見ると、一匹のアリが発泡スチロールを運んでいるのだ。
それも自分の体の数十倍もあるものを。
それにしても、何でよりによって発泡スチロールなんかを運んでいるのだろう。
食べ物でもないし、そんなにいい匂いがするものでもないのに。
おそらく、あんなものを巣に運んだら、仲間からひんしゅくをかうだろう。
「お前またー、何を持って来たんか!? 食い物でもなさそうやし。どうするんかこんな大きな物。こんなの巣の中に入らんやろうが! また女王に怒られるぞ。知らんけの」とか言われるんだろう。
アリがティッシュを好きなのは知っていたが、発泡スチロールが好きだったとは知らなかった。

しかしアリはよく働くなあ。
ほとんど一日中働いている。
「いつ寝るんだろう?」と余計ながら思ってしまう。
「ここに餌があるぞー」と誰かが合図を出すと、どこからともなくゾロゾロと集まってくる。
それも、ダラダラ歩くんじゃなく、足早に餌に向かっていく。
そしてせっせと巣に持ち帰る。
実に働き者であるが、ある学者の話によると、アリの中にも一生懸命働くアリと、そこそこに流すアリと、まったく働かないアリがいるそうである。
まったく働かないアリ ―みんなが餌にたかっている時、周りでウロウロしている奴らがそうか?
でも、奴らはボーっとはしてない。一応働く姿勢は見せている。
要領だけは心得ているようだ。
たまには、餌を持って帰ることもあるのだろうが、実戦で鍛えてないから勘が鈍り、ろくでもないのを持って帰ってしまうのだろう。
最初に書いたアリもその一派のアリなのだろう。
まあ、アリの巣コロリを持って帰るアリよりはいいかもしれない。
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2001年08月20日

動物愛護野郎を批判する

今日は台風の影響か、あまり暑くならなかった。
おかげで昼食時にはエアコンを入れずにすんだ。
会社の食堂のエアコンは壊れて温度設定が利かなくなっているので、暑過ぎるか寒過ぎるか両極端で、ちょうどいい温度にならない。
これはクーラー病にかかりやすいぼくにとっては大きな問題だ。
この温度差が本当の意味での頭痛の種になっている。
食後必ず昼寝をするのだが、エアコンが寒く感じる日には、そういう理由から車の中で寝るようにしている。

さて、今日はそのエアコンの恐怖もなかったので、ゆっくり寝れるなと思っていたところに、一人のパートさんが入ってきた。
そのパートさんが手に猫の餌を持っていたので、ぼくが「あ、猫飼っとるん?」と声をかけた。
ここから話が発展していき、寝ることができなくなった。
「猫は可愛いもんね」から犬の話になり、「だいたい、犬をしつけるというのはおかしいよね。あれは立派な動物虐待やん。お手をしつけられる犬の気持ちを考えたことがあるんやろうか?喜んでするとでも思っとるんかねえ。鎖につないで自由を奪うし。服を着せるなんかもってのほかやん。ちゃんと自然に対応できる体毛を持っとるんやけ必要ないやん。あんな暑苦しいもの着せられて、それこそ動物虐待よねえ」とぼくはまくし立てた。
相手は「ふんふん」と聞いているだけだ。
「動物愛護の人は、動物を飼ったらいけん。漁場のオオカミ的な存在のいるかを殺して何が悪い。顔がかわいいけ、いい動物とでも思っとるんやろうか。それよりも犬にお手をさせることに文句を言え!」と続けた。
さらにこの話は、アメリカ批判からユダヤ問題にまで発展した。
そして最後に行き着いたのは、「聖書の民は日本人だ!」だった。
今、ものすごく眠たい。
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2001年12月25日

犬の話

親戚から「今日パソコンを購入したので、いろいろ教えてほしい」との連絡があった。
ぼくが教えられることといえば、インターネットのつなぎ方ぐらいしかないが、とりあえず「行ってみよう」と言うことになった。
家に行ってみると、もはやパソコンは設置してあり、電話回線も午前中にNTTの人が来て、つないで帰ったらしい。
「別に教えることはないやん」と思っていると、「『ハリー・ポッターと賢者の石』のCD−ROMが見たいんだけど、“QuickTime Player”がないと見れない、と書いてある。どうにか見れるようにしてくれ」と言う。
それで、それをダウンロードして、インストールした。
ぼくがやった作業としてはそれだけだった。
あとは、メールの送受信の仕方や、検索の仕方などを教えた。

あ、今日はそういう話をするんじゃなかった。
今日の話は、犬の話です。
その家は、ミニダックスを飼っている。
ぼくが親戚の家に着き、その家の玄関の扉を開くと、突然「ワンワン」というご挨拶がきた。
かなり気の弱い犬のようだ。
後ずさりしながら吼えている。
いっときの間、彼はぼくを警戒している様子だった。

その後、ぼくがパソコンの作業を終えた頃に、彼はフォローにやってきた。
尻尾を振り、ぼくの足や股間を嗅ぎまわり、手や顔を舐めてきた。
ぼくが寝転ぶと、この白髪頭まで舐め回していた。
「ぼくの白髪はおいしいんだろうか?」などと思いながら、しばらく彼のしたいようにさせていた。
すると、彼はぼくを気に入ったのか、ぼくが帰るまでぼくのそばから離れようとしなかった。
トイレに行けば、トイレに付いてくる。
何と、トイレをノックまでしている。
「ぼくのどこが気に入ったんだろう?」と思っていると、彼はぼくの手を顎で、自分の体の下に持っていった。
「わかった!トキコさんだ」(エッセイ「トキコさんは48歳」参照)
彼はぼくの腕に前足を巻きつけ、腰を振ろうとしていたのだ。
そこでぼくは、彼の要求を受け入れないことにした。
手を後ろに持っていき、もう片方の手で、頭を軽く叩いてやった。
ぼくに拒否された彼は、寂しそうに自分の股間を舐めていた。

しかし、彼は懲りない。
何度も何度もやってくる。
ぼくが腕で体を支えて座っていると、腕をめがけてやってくる。
ひざを立てて寝ていると、ひざをめがけてやってくる。
そのつどぼくは、腕を引っ込めたり、ひざを伸ばしたりして対応した。
彼は、ぼくに拒否されるたびに、例の股間舐めを始める。
ぼくが帰る間際まで、彼はこの作業を繰り返していた。
そして、ぼくが帰る時彼は、靴を履くぼくの姿を恨めしそうに眺めていた。

ということで、ぼくは今日は犯されずにすんだわけだ。
帰りの車の中で思った。
「あほやのう、犬は」
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2002年01月05日

午年

中学2年の社会科の授業の時のこと。
何かの話から、先生が「この中で神様を信じている人はおるか?」と訊いた。
ぼくは躊躇せずに手を上げた。
「おう、しんたは信じるか。理由を言うてみ」というので、
「はあ、今年の夏休みに宇佐神宮に行ったんです。
『ここは太宰府天満宮に比べると、店の数も少ないし、参拝する人も少ない。面白くないのう」などと文句を言いながら境内を歩いていると、真っ白い馬がいました。
ぼくが近寄ると、「餌をくれ」と言うように馬が首を伸ばしてきたので、そこに売っていた餌を買って、与えました。
しばらく馬の首などをなでていたんですけど、突然馬が何かにとり憑かれたような表情になり、ぼくの腹をめがけて顔を伸ばしてきました。
ぼくはとっさに避けたんですが、へその下あたりを噛みつかれました。
その時『ああ、さっき文句言うたけ、神様が馬を使って噛みつかせたんだ』と思いました。
それで『やっぱり神様はいるんだなあ』と思いました」と答えた。
先生は「そうか、馬に食いつかれたけ、神様を信じるようになったか」と言った。
授業の後、友だちから「そんなことあるわけないやん」と言われたので、「じゃあ見せてやる」と言って、馬の歯型がついている腹を見せた。

しばらく忘れていたが、今年が午年だというので思い出した話である。
歯形はその後も残っていた。
最後に確認したのが、32,3の時だったろうか。
その時もまだうっすらとした傷跡を確認できた。
今日この話を思い出したので、仕事中にバックヤードに行って、十何年かぶりに確認してみた。
さすがにもう傷跡は消えたようだ。
しかし、その傷の箇所だけは、あの時の痛みとともに覚えている。

その後、神社などに行って悪口を言うのはやめることにした。
やはり神様はいると思っているから、バチがあたるのが怖い。
「あの時の馬のおかげで、敬虔なしろげしんたが出来上がった」、と言っても過言ではない。

馬の思い出というのは、この話くらいしかない。
なぜなら、あの出来事が、ぼくを馬嫌いにさせたからだ。
当然、競馬もしない。
テレビに馬が出ていたら、チャンネルを変える。
あの事件からこちら、まじまじと馬を見たのは、宮崎の都井岬で野生の馬を見た時ぐらいだ。
なぜ、まじまじと見たかというと、牡馬が雌馬に交尾を迫っていたからだ。
「こんなシーン、めったに見れん」と思い、しばらく眺めていた。
しかし、その牡馬は嫌われたのか、雌馬から足蹴にされた。
そのあとも何度か挑戦していたが、そのたびに足蹴にされる。
しかしそれを見て、ぼくは「ざまーみろ。バカやのう、馬は」とは思わなかった。
なぜなら、犬と違って、馬はバチがあたるからである。
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2002年02月14日

人間は夏向きの動物である

また眠ってしまっていた。
最近、休みの前の日はいつもこうである。
午前1時ごろからうつらうつらしだし、気がついたら4時5時になっている。
それから日記を書き始めるのである。
もちろん脳は寝ている状態であるから、日記を書くのも思うようには進まない。
今午前6時であるが、起きてからこの時間まで、ボーっとしていたわけである。
おそらく今日の日記の更新は7時を過ぎるだろうが、それからまた寝ようと思っている。
しかし、いつもすぐに寝たためしはなく、だいたい寝るのは午前9時を回っている。
そして起きるのが12時前後、そのまま夜を迎えてしまう。
結局睡眠時間というのは、合計で6時間ということになる。
しかし分割して寝ているわけだから、疲労回復にはならない。
こうやってぼくは疲労の取れないまま、老化の道を歩んでいるわけである。

さて、最近また野生動物の番組を見ることが多くなった。
この間は北海道の野生動物を追っていた。
印象に残ったのは野うさぎだったが、彼らはいったいあの寒さをどう感じているのだろうか?
あの体毛がどのくらい有効なのか、一度体験してみたいものである。
人間の場合、帽子などをかぶらなくても、頭はそれほど寒くないものである。
頭に鳥肌が立ったというのは聞いたことがない。
それよりも、いっぱい着込んで完全防御しているはずの体のほうが寒く感じる。
髪の毛というのは、きっと理にかなった防寒具なのだろう。
その理にかなった髪の毛が全身にあったとしたら、これはもう寒さ知らずである。

なぜ人間は全毛動物であることを捨てたのだろうか?
アダムとイブが食べた「禁断の果実」というのは、おそらく脱毛剤もしくは体に異変を起こす物質だったと思うのだが、きっとその頃は体毛を必要としないほど暑かったのだろう。

考えてみると、人間というのは基本的に夏向きの動物だと思う。
「いかに暑さに耐えるか?」という体の構造になっているからだ。
ということは、あくまでも夏向きに作られた昔の日本家屋と似ている。
日本人というのは、歴史時代以前の伝統を持っているといわれているから、もしかしたら脱全毛時代の記憶を家屋に反映しているのかもしれない。

逆に全身毛に覆われた動物は、冬向きだといえるだろう。
彼らは年中防寒着を着ているようなものである。
よく夏場に犬が歩いている姿を見かけるが、「ハアハア」言って、いかにもきつそうに見える。
しかし、冬場は溌剌としていかにも楽しそうである。
まあ、最近の犬は人間と一緒に生活をしているためか、暑さ寒さには弱いと聞くが、少なくともエアコンが普及する以前の犬はそうであった。
それを考えると、あのたてがみふさふさのオスのライオンなんかはたまらんだろうなあ。
ファミリーのメスや子から一歩離れているのも、案外「お父さんは暑苦しいからあっち行って!」と言われているからなのかもしれない。
まさに「獅子・・・」である。
posted by 新谷勝老 at 21:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 動物日記 | 編集


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