2000年12月01日

トキコさんは48歳

トキコさんは48歳。149cmとやや小さめ、顔はモンゴル系と言われる。
夫は貴金属職人、2歳年下である。
最近48年が何であったのかをよく考える。
友人は多いほうだが、そういう話はしない。
夫はそういう話とは無縁の人である。

トキコさんはパート勤めをしている。
自宅の近くにあるスーパーだが、トキコさんはそこのチーフが嫌いであった。
よく歳のことをからかわれるし、何よりも彼のことをセクハラ男だと思っているからだ。
とにかく言うことがエッチなのだ。
戦後まもなく生まれたトキコさんは、元来そういうこと話が苦手であった。
それを見越して、そのチーフはその手の話をする。
そこが嫌いなのだ。

トキコさんは犬を飼っている。
小さなお座敷犬だ。
生まれて二ヶ月の時にもらってきたのだが、最近気になっていることがある。
性欲が旺盛なのだ。
ほとんど毎日腰を振っている。
トキコさんも最初は「こんなもんだ」と思って気にしていなかったのだが、例のセクハラチーフに「それは異常だと言われてから気になりだした。
そのことがあってから、その最中に思うようになった。
「頼むから私の腕を使ってしないで欲しい」
ちなみにトキコさんは指も貸している。
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2000年12月02日

モリタ君

【1】
以前勤めていた会社にモリタという男がいた。
ぼくがその会社を辞める1年前(今から10年前)に、中途採用された。
当時ぼくは、楽器とCDの二つの販売部門をまかされていた。
その前の年にリニューアルで、この二つの部門が1Fと2Fに分割されたために、ぼくは1Fと2Fを行ったり来たりしなくてはならなかった。
これは重労働だった。

当時のぼくの部下は計8人。振り分けは1F(CD他)7人、2F(楽器)1人だった。
1Fはともかく、2Fはその一人が公休だったり、食事をとる時には、ぼくが入らなければならなかった。

楽器部門は専門分野であるために、その一人がいる時でも呼び出されることが多かった。
『このままでは身が持たん』と思い、「2Fにもう一人入れて下さい」と上司に頼み込んだ。
そこで募集をかけ、採用されたのがモリタ君だった。

【2】
面接の時はぼくも立ち会った。
一見すると、堅いサラリーマン風の男で、楽器をやるようには見えなかったが、履歴書を見ると、特技のところに「キーボード演奏」と書いてある。
『よかった』とぼくは思った。素人だったら、教え込むのに時間がかかってしまう。
「明日から来てくれ」ということになり、面接は終わった。

そのあと、ぼくはモリタ君を楽器の売場に連れて行き、打ち合わせをした。
「それにしても特技がキーボードというのは頼もしいね。バンドで演奏でもしよったんね?」とぼくが聞くと、間を置いてモリタ君は「いいえ」と言った。
「なら、ピアノかエレクトーンでも習っとったんね?」と聞くと、また少し間を置いて「いいえ」と答える。
ぼくは「?」状態になった。

角度を変えて聞いてみることにした。
わざわざ特技はキーボード演奏と書くのだから、ヤマハ,ローランド,コルグいずれかのシンセサイザーぐらいは持っているだろうと思い「機材は何を持っとるんね?」とぼくは聞いてみた。
モリタ君は、よくぞ聞いてくれたとばかりに目を輝かせ、今度は素早く「カシオトーン(当時39800円位のやつ)です」と答えた。
「カシオトーン?」
「そうです」ときっぱり言った。
『おいおい、カシオトーンが弾けるくらいで、特技なんかにするなよ。そのくらいのレベルなら趣味の欄に書けよ』とぼくは思った。
しかし贅沢は言ってられない。「まあ何とかなるだろう」と思い直し、その日はモリタ君を帰らせた。

【3】
翌日からモリタ君は登場した。
まず2〜3日つきっきりで、会社のシステムや接客のいろはなどを教え込んだ。
が、モリタ君は物覚えが悪い。
さらに困ったことに人の話を全然聞いていない。
例えば、「主任、これはどういうことですか?」と聞いてきたので、「これは・・・」と教えようとすると、急に歩き出して質問とはまったく関係ない物を手にとって珍しそうに眺めている。
「あんた人にものを尋ねとって、他のことをせんでもいいやろ!」というと、「ええっ? ぼくが何か言いましたかねぇ」
と言う。

また、こういうことがあった。
ぼくが「今日メーカーから電話が入るはずやけ、もしかかったら電話を(1Fに)回して」と頼んだ。
モリタ君は急に怪訝な顔をして、少し間を置いて「しゅ、主任! 電話を回すとはどういうことですか?」と言った。
ぼくは唖然として近くにあった電話の受話器のコードをつかみ、受話器をグルグル回しながら「電話を回せとは、電話を取り次げということ!」と大声で怒鳴った。
『こいつは馬鹿だ』とぼくは思った。

【4】
当時ぼくは32歳だった。
ある日雑談の中で「モリタ君はいくつかねぇ?」と聞いた。
モリタ君はムッとした顔をして「言いたくありません」と言った。
「どうして言いたくないんね?」
「恥ずかしいですから」
「はぁっ? 何で自分の歳を言うのが恥ずかしいんね? 男やろ、何歳になったんね?」
ぼくがちょっと声を荒げて言うと、モリタ君はしぶしぶ「29歳です」と言った。
「29歳のどこが恥ずかしいん?」と聞くと、モリタ君は吐き捨てるように「独身ですから」と言った。
ぼくは頭に来たふりをして言った。
「あんた、おれを馬鹿にしとるんか?29歳の独身が恥ずかしいんなら、32歳で独身のおれはどうなるんか!?」
モリタ君はブスッとして「すいません」と言った。
その後もことあるたびに、ぼくは意地悪く「モリタ君はいくつかねぇ?」と聞いてやった。

【5】
ある日モリタ君が「主任、もうそろそろ呼び捨てで呼んでくれてもいいんじゃないですか?」と言ってきた。
ぼくが「えっ、誰のこと?」と聞くと、モリタ君は「わたしのことです・・・」と答えた。
ぼくがモリタ君のことを、他の社員のように呼び捨てではなく、「君」付けで呼ぶので距離を感じたのだろう。

ぼくは「なんと呼ぼうと、おれの勝手やろ?モリタ君はモリタ君やろ?ちがう?」と言った。
「そうですけど、もうそろそろいいかと思って・・・」
「この会社でおれのこと主任と呼びようのは、あんただけやろ。他はみんな『しんちゃん』と呼びようよ。あんたが『しんちゃん』と言うたら、おれも考えてやってもいいよ」
「いや、それは・・・」
ぼくはその後もいっとき『モリタ君』で通した。

ある日「モリタ君」と言うのが面倒臭くなった。
そこでぼくは「モ」と呼んだ。
「モはないでしょう?」とモリタ君は言った。
「あんた以前、呼び捨てで呼べっち言うたやん。モでよかろうがね」
「モはやめてください」
「いいや、モでいく」
ぼくはそれから会社を辞めるまで『モ』で通した。

【6】
モリタ君はよく遅刻をしてきた。
並みの遅刻じゃない。
10時開店の店だったので、みんな遅くとも9時半には店に入っている。
遅刻しても10時には来ている。
ところがモリタ君は違った。
午後1時、2時にノコノコとやってくる。
ひどい時には5時に来たこともある。

その5時に来たときの話だ。
その日の前日、モリタ君は他の部門の人間から飲みごとの誘いを受けていた。
ぼくはそのことをある人から聞いて知っていた。
モリタ君が飲みに行くメンバーは、モリタ君とそう親しいわけではない。
ただモリタ君を酒の肴にしてやろうと思って誘ったのだ。
モリタ君の遅刻の言い訳は「熱が出ましただった。
「熱が出たんなら、別に無理して出てこんでもよかったのに。今頃来ても何も仕事はないよ。帰り!」とぼくは言った。
モリタ君は「熱はもう下がりました。仕事をさせてください」と泣きそうな顔をして勝手に売場に行った。

その日は急遽全員残業になった。
帰りは9時を回りそうだ、ということだった。
ぼくはモリタ君に「熱があって遅れたんやったねぇ。残業せんでもいいよ。今日は早く帰り。明日また遅刻されたら困るけ」と言った。
モリタ君は「しゅ、主任、もう熱は下がりました。残業させて下さい」とまた泣きそうな顔をした。
ぼくは認めなかった。
声をわざと荒げて「さっさと帰れ!」と言った。
モリタ君は不機嫌そうに「はい、わかりました」と言って、みんなが残業している場所には現れなかった。

でもぼくはモリタ君が帰らずに売場にいることはわかっていた。
トイレに行くと言っては、わざと2Fの売場を通って行った。
人影が見えたが、わざと気づかないふりをしていた。
ぼくが30分おきにそれをやったので、今度はトイレの裏の倉庫に隠れた。
たまたまそこを通りかかったやつに、「おい。ここに誰かおらんかったか?」と聞いた。
「いや、誰もいませんでしたよ」とそいつは言った。
ぼくは「ふーん」と言ってその場を去った。

結局残業が終わったのは10時を過ぎていた。
モリタ君は10時までトイレの裏の倉庫に隠れていたことになる。
でも、ぼくが残業を終えて倉庫を覗いた時には、もうモリタ君はいなかった。
ぼくが倉庫を覗くちょっと前に店を出たそうだ。
そして、メンバーと待ち合わせて飲みに行ったということだった。
だが、懲りたのだろう。
その翌日からモリタ君はあまり遅刻をしなくなった。

【7】
モリタ君には変な特徴があった。
興奮すると、おでこにタンコブのような突起物が出るのだ。
ぼくはこのことは知らなかったが、他の人が教えてくれた。

社内でバイキング形式の宴会があった。
立食だったが、テーブルとイスが何セットか用意されていた。
たまたまそのテーブルにMちゃんという子が座っていた。
Mちゃんという子はきれいな顔をしていたので社内でも人気があった。
その日はミニスカートで登場していた。

誰かがMちゃんの前にモリタ君を無理矢理座らせ、「Mちゃん今日はミニスカートだ」と耳打ちした。
みんなはモリタ君のおでこのことを知っていたので、どういう反応をするか注目していた。
モリタ君は次第に鼻息が荒くなっていった。
そして体をのけぞらせ、テーブルの下に視線を落とした。
すると、見る見るおでこが膨らんでいった。
会場は大爆笑になった。
が、モリタ君は相変わらず体をのけぞらせた状態で、鼻息は荒くおでこは膨らんだままだった。

【8】
宴会といえば、モリタ君はよく歌わされていた。
ヘタだった。
間の取り方が悪く、彼が歌うとちぐはぐな歌になり、大爆笑になった。
歌い終わったあと「モリタ君、歌うまいやん。歌手になれるよ」などと声がかかると、「それほどでも」と気障な笑みを浮かべていた。自分ではうまいと思っており、歌に関してはかなりのプライドを持っていたようだ。

【9】
朝礼時はいつもラジオ体操をやっていた。
モリタ君はその時も、みんなの前でやらされていた。
体が堅く動きがぎこちなかった。ロボコップが体操をしているように見えた。
みんなはそれを見たいため、いつもモリタ君を体操当番に指名した。
店長が「今日の当番は誰か?」と聞くと、決まって「モリタ君ですと言う声が聞こえた。
店長もそれを見たかったのだろう。「そうか、モリタか」と言いながら嬉しそうな顔をしていた。
体操が始まると、誰も真面目にせずにモリタ君の手や足の動きを見ていたものだった。

【10】
モリタ君がぼくの部門にいたのは半年ぐらいだった。
組織の変更に伴い、ぼくは楽器部門を離れた。
同時にモリタ君は商品の荷受けのほうにまわされた。

そこでのエピソード。
お客さんが買っていった商品に不良が出て、配送の人が交換して持って帰ってきた。
「おい、モリタ。不良品ここに置いとくぞ」と配送の人が言った。
「はい。これは不良品ですね。わーかりましたっ」とモリタ君は元気よく答えた。
それから2,3時間ほどして、その商品の部門の人が商品を引き取りに来た。
「モリタ君、さっき配送の人が不良品を持って帰ってきたと思うんやけど・・・」と聞くと、モリタ君は「知りません」と答えた。
そこでその部門の人は、配送の人に問い合わせた。
「確かにモリタ君に渡したよ」と配送の人は言ったが、モリタ君は「そんなこと知りません」と言った。
でも、不良品を持って帰った時のやりとりを見ていた人がいたので、モリタ君の嘘はすぐにばれた。
モリタ君は不良品の行方の追求を受けることになった。
結局不良品は捨てたということだった。
モリタ君はみんなからボロクソに言われ、弁償することになった。

この事件から少ししてぼくは会社を辞めた。
ぼくの送別会にはモリタ君も参加していた。
しっかりヘタな歌を聴かされた。
その後モリタ君と会うことはなくなったが、ある時風の噂でモリタ君が会社を辞めたと聞いた。
コックになると言っていたそうだ。
おそらく、履歴書には「特技:料理」と書いたのだろう。


                  完
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2001年01月24日

ラーさん

うちの職場にラーさんという女性がいる。
彼女がホークスの応援に行くと決まって負けるという、いわくつきの女性だ。
彼女のエピソードはたくさんあるが、ここでは言わない。
今日は、彼女の出た小学校が廃校(?)になるといって嘆いていた。
ラーさんの出た学校の名前が笑える。
「魚目(うおのめと読む)小学校」というらしい。
中学も魚目中学校だったらしい。
なんとも痛い9年間だったようだ。
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2001年02月01日

芸能人、おカズ

うちのパートさんで、おカズさんという人がいる。
もちろん女性である。
この方は、芸能活動二十年のベテラン歌手である。
今日おカズさんと話しているとき、面白い発見をした。
ぼくは昔東京にいたことがあるので、芸能人をよく見かけたことがある。
普通の人ならそういう時は「今日、歌手の○○を見た」とか言うでしょう。
でも、おカズさんぐらいになると違うのです。
このお方は「今日、○○さんに会うた」と言われるのです。
おお、これは大人物だ!
さすが芸能生活二十年!
伍代夏子も中村美律子もばってん荒川も、みんなともだちだー。
おーっと、今のうちにサインもらっとかんと。
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2001年02月05日

ラーさんの事件簿

ラーさんの身の回りで事件が起きたそうだ。
先日、ご主人が帰ってくるなり、「お前、今日弁当入れたか?」と聞いたそうだ。
ラーさんが「ちゃんと入れたよ」と言うと、「じゃあ、盗られたんだ」と言った。
ラーさんのご主人は某大手企業に勤務している。
外部から出入りする人はいないので、おそらく内部の犯行だろう、と言っていたそうだ。
それにしても、今時人の弁当を盗る人がいるなんて・・・
その人はよっぽど腹が減っていたんでしょうね。
さもなくばラーさんの味見なし弁当を食べてみたかったのか?

今日、昨日の日記に書いた「Dug」に行って来ました。
マスターから、皆さんに「よろしく」とのことでした。
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2001年02月07日

おカズ、後日談

今日、おカズがぼくの顔を見るなり、意味ありげにニヤニヤしながらよってきた。
「しんちゃん、日記読んだよ。あんなの書かんで!日本中の人が見るやん」
そう言いながらも、顔は嬉しそうだった。
「いいやん。宣伝になるよ。そうだ!電話番号教えて。HPに『音楽事務所おカズ、出前コンサートいたします』と書くけ。そしたら電話が殺到するよ」
「またあ、やめて」と言いながらも、まんざらでもなさそうな顔をしていた。
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2001年02月08日

ラーさん、カレーを作る

タイトルを見て、「カレーぐらい誰でも作るやん」と思った人もいるでしょう。
でも、ラーさんは違うのです。
実はラーさんは大のカレー嫌いなのです。
匂いをかぐのも嫌らしく、ぼくが昼食でカレーを食べると、いつも文句を言ってきます。

ラーさん一家はどうかというと、ラーさん以外はみなカレー好きらしいのです。
だから、ラーさんもたまにはカレーを作らなければならない。
もちろんカレー嫌いのラーさんのこと、カレーを作る時は鼻をつまんで作る。 
しかも味見すらしない!
そして2月8日は、その「たまにはカレーを作る」日になったのだ。

夕方、ラーさんからこんなメールが届いた。
 > だーーーいニュース!!今日ラー家は、味見をしないカレーだ〜★
ぼくが「日記に書く!」と返信したら、
 > たいした事ではなーい。子供達の反応が楽しみだー!
しんた「子供達、明日ラーカレーを食べたせいで、体調を崩したりしないか?」
 > 実は、私もそれが心配なのだ。
  ヒェー! あまりのカレー臭さに、窓を開けてまわったら寒いと怒られたー。

午後10時を回った頃、ラーさんからのメールが届いた。
 > お仕事お疲れ様でした。
  子供達『カレー』に関する感想を‘発表,いたしまーす。
  娘…「階段上がってきよったらカレーのにおいがするけ、どっかカレーやな〜と思ってたらうちやったぁー!今日何か記念日?」なんだそりゃぁ〜★
  息子…「うん。ちゃんとカレー味やね!」なんじゃそりゃー☆
  な、な、なんと旦那は−味見しないカレー3ばいもおかわりしたぞーーー!!
  明日が恐いよ〜♪
ということでした。
ラー家のみなさん、本当にお疲れ様でした。
それにしても、2月9日が心配である・・・
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2001年02月21日

おこあんさん

今日おこあんさんが、最近アヤボの書き込みがないといって嘆いていました。
アヤボ、照れずにカキコして下さい。
にいちゃんも待ってます。
書かないのなら、アヤボのカキココーナー作るぞ!
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2001年02月22日

みりんの目が腫れている

みりんの目が腫れている。
お風呂のお湯で目を洗ったのが原因らしい。
ひどい形相だった。
にもかかわらず、目をいじくるので治るものも治らない。
おまけに目をいじった手で携帯を触るのだ。
今日雪だるまさんが目が痛いと言っていたが、おそらくみりんの携帯を触ったかなにかして、眼病をうつされたのだろう。

ところで、みりんは目薬の注し方を知らないらしい。
今日もオデンさん(みりんの上司)から叱られながら目薬を注されていた。
でも、すぐ目を瞑ってしまうので、薬が目に入らない。
まぶたを洗っているだけだ。
この調子で行けば、明日はどんな顔になってしまうのだろう?
あ、ぼくは明日休みだった。
明後日、みりんの顔を見るのが怖い…。
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2001年03月30日

みりん退団

みりんが今日でバイトを終えました。
いよいよ4月2日から就職です。
バイトとはまったく違う職種になるので、とーちゃんとしては心配です。

ぼくがみりんと話し出したのは、去年の春だった。
みりんのPHSが盗られた頃だったと思う。
それ以来、みりんはぼくのことを「とーちゃん」と言い、ぼくは会う人ごとに「娘です」と言って(誰も信じなかったけど)紹介した。
あれから一年か。
なんか、あっという間だった。

みりんにはちゃんとした幸せを掴んでもらいたい。
ぼくみたいな中途半端な人間にはなってもらいたくない。
がんばれ!
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2001年04月13日

万引きじじい

明日は休みなので、今日は少し多めにお酒を飲みました。
ちょっときています。
眠い。
居眠りをしながら書いているので、なかなか進みません。

さて、今日万引きを捕まえた。
74歳のじいさんだった。
盗ったのはカセットテープで、ジャンバーのポケットに入れていた。
捕まえて事務所へ連れて行こうとすると、じいさんは「買おうと思っていた」と言って財布を出したが、「お金は事務所で払って下さい」と引っ張っていった。
警察が来て取調べを始めたが、「買おうと思っていたのに、店員が無理矢理ここに連れて来た」などと言っていた。
警察の人から「買おうと思ったらポケットに入れるんか?」と言われ黙ってしまった。
結局そのじいさんは常習犯だったので、そのまま警察に連れて行かれた。

普通はこれで終わりです。
でもそのじいさんはちょっと違った。
警察から出てきたあとで、再びうちの店にやってきて電池を買ったということだ。

そういえばあのじいさん、近くの神社のお賽銭も盗っているらしい。
よっぽど貧しいのか、すごいケチなんだとぼくは思う。
posted by 新谷雅老 at 11:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 筋向かいの人たち | 編集

2001年04月23日

不勝神話の持ち主

昨日劇的な負け方をしたホークスだが、実はあの不勝神話の持ち主ラーさんが観戦に行っていたらしい。
勝てるわけないやん。
9回2アウト2ナッシング、ここまではホークスの力。その後の逆転3ランホームラン、これはラーさんの力だった。
さすがラーさん!人が呆然とするような負け方を演出してくれる。
ところで、そのラーさんの近くに座っていたおじさんが「ここに十何回応援に来たが、一度も負けたことがなかったのに。今日は疫病神が来ているらしい」と言っていたそうだ。
ラーさんは顔を上げることができなかったという。
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2001年05月20日

マルチな話

前の会社にいたとき、楽器販売の担当をしていた。
よく学生(特に高校生)が遊びにきていたが、その中で特に目をかけていた奴がいた。その才能はすばらしいものだった。
長渕にあこがれていたようだが、曲作りなども独自のものがあって、ぼくは将来を楽しみにしていた。
彼は高校を卒業して、長渕と同じ大学に入ったが、卒業したのか中退したのかわからないままに音信不通になった。
それが何年かしてひょっこりぼくの前に現れた。
「しんたさん、いい話があるんですよ」とぼくが休みの日に連絡してきた。
近くのファミレスであったが、そのいい話というのが、あのマルチ商法で有名なAというところの話だった。
彼は、いかにAがいいところかということを資料を見せながらぼくに説明し、「決してネズミ講なんかじゃない。ちゃんと商品を販売するんだから。しんたさん、一緒にやりましょうよ」と言った。
なんかうさん臭さを感じていたぼくは、「おれは別にしたいことあるけ」と言って断ったが、執拗にぼくに絡み付いてくる。
「したいことも金がないと出来ないでしょう?」「きれい事言ってもやっぱり金ですよ」「金があれば何でもできるんですよ」などと御託を並べていた。
結局ぼくは断ったが、その後何度か会社に訪ねてきて、近況報告をしていった。
「ぼくは今、その辺の企業の部長以上に稼いでますよ」「天神の近くのマンションに住んでますよ」とか自慢話ばかりしていた。
会社の他の従業員にも声をかけていたようだが、だんだん彼は誰にも相手にされなくなっていった。
自慢話をする彼の目はどこか寂しそうだった。
その後、ぼくは会社も変わり彼と会うことはなくなったが、「今どうしているんだろうか?」と思うことがある。
「金、金・・・」に走った彼は、それを使う側にいる「人」というものを舐めてしまい、何よりも大切な「友情」とか「人の和」という、何ものにも代えがたいものを失ってしまった。
その後も何度かその類の話をぼくに持ってくる人がいたが、そのつどぼくは断っている。
そして、そういう人たちとは、その後の付き合いをやめるようにしている。
「そういう人と友達になりたくない!」というのが一番の理由である。
posted by 新谷雅老 at 18:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 筋向かいの人たち | 編集

2001年09月06日

“拓郎”君

ぼくは、KBCの和田安生アナウンサーのしゃべりが好きで、通勤時にはいつも“びっくりパワーシャベル”というラジオ番組を聴いている。
この人は、とにかく切り返しのうまい人で、共演の宮本アナウンサーへのいびりとも受け取れるやりとりが大変面白い。
それはさておき、この番組には毎週テーマがあるのだが、今週のテーマは“あぁ 青春のポップス”である。(この企画で、先日チューリップの財津和夫が出ていたわけだ)
さて、今日はその絡みからか、放送開始のしょっぱなから、吉田拓郎の“ペニーレインでバーボン”を流していた。
ぼくとしては「おっ!」という感じだったが、それにしてもこの歌がかかるとは。
拓郎世代のぼくとしては、すんなり入れる曲なのであるが、はたして今の若い人たちはこの歌を聞いてどういう受けとめかたをするのだろう?
和田アナは「思わず口ずさんでしまいました」と言っていたが、そうだろう、彼はぼくと同い年なのだ。
おそらく若い宮本アナは「なんだ、この曲?」だったのではないだろうか?
この歌は、拓郎が言いたいことをがなっているだけの歌であるからだ。
こういう歌は、`70年代を体験してきた人にはよくわかるのだが、それ以外の人はおそらく「?」なのではないだろうか。

“ペニーレインでバーボン”、この歌が流行ったのは高2の時、ちょうど修学旅行の頃だった。
この歌のおかげで、原宿のペニーレインは修学旅行生であふれていたらしい。
残念ながら、ぼくたちの学校は東京には行かなかった。
ぼくはバスの中でギター片手に“ペニーレインでバーボン”を歌いながら、「東京に行きたかったなあ」と思ったものである。

まあ、修学旅行の想い出は別の機会に語るとして、今日は“びっくりパワーシャベル”のゲスト(?)として、春日市の美容師さんが出演していた。
夫婦で拓郎ファンらしく、美容院の名前は“ペニーレイン”、長男の名前は“拓郎”ということであった。
「そういえば・・」とぼくはHさんという人のことを思い出した。
前に勤めていた会社に親会社から出向で来ていた人だったが、無口で愛想がなく、いつも怒ったような顔をしていた。
大酒飲みで、いつも二日酔いで会社に来ていた。
時には、実演中の洗濯機の中に吐くこともあった。
このHさんの息子の名前も“拓郎”だった。
Hさんも大の拓郎ファンで、子供の名前も吉田拓郎からとったということだったが、“拓郎”という名をつけたのは単に「拓郎ファンだから」という理由だけではなかった。
実は、拓郎のコンサート(篠島コンサートの時か?)に行っていたH夫妻が、コンサートの最中に急に催して、その場でやってしまったらしいのだ。
“拓郎”と名付けたのは、その時の子だから、というのもあるということだった。
拓郎も後のコンサートで「ぼくのコンサートで興奮してしまい、やっちまった奴がいる」と言っていたから本当のことだろう。
それにしても、その「やっちまった奴」が同じ会社のHさんだったとは!
Hさんの家はぼくの家と同じ方角にあったので、たまにいっしょに帰ることもあったが、あまり拓郎の話は出なかった。
そのうち彼は、他の店に転勤していった。
無口で無愛想でいつも怒った顔をした大酒飲みのHさんは、「やっちまった奴」でもあった。
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2001年09月07日

若い人コンプレックス

先日取引先の人が来て、愚痴をこぼしていた。
その人は30代なのだが、突然「20代の人と、どうも話が合わなくて。やっぱり年ですかねえ」などというので、ぼくは「別に若い人に迎合せんでもいいやん。逆に自分の世代をしっかり自慢したらいい」と言った。
でも彼はしっくりしない顔をしていた。
いったい何を基準に生きているんだろうか?
何か20代に合わせなくてはならない理由があるのだろうか?
合わなかったら合わないでいいじゃないか。
ぼくなら絶対に自分から合わせるようなことはしない。
逆にそいつらがこちらに合わせるようにするだろう。
ぼくは若い人に何の引け目も感じてないし、別に気に入られようとも思っていない。
無視されても、「こちらが興味がないのだから、あちらも興味を示さないんだろう」くらいにしか思うわない。
相手にいくら実力や才能があろうとも、こちらには一日の長があるのだ。
それだけ「生きる」という悩みを経験しているのだ。
ぼくは何のとりえもない男だが、その自信だけはある!

「あんたもしかして、カラオケに行ったら、最近の歌ばかり歌うんやないんやろうねぇ?」と聞くと、意外だという顔をして「はい、ほとんど最近の歌を歌いますけど・・・」と言った。
「何で、自分たちの世代の歌を聞かせてやらんとね」と言うと、「いや、みんな知らないだろうから。場が白けると思って・・・」と答える。
『かー、こいつはあほか!』 
ぼくは最近の歌を単に知らないというのもあるが、知っていても気に入らない歌なら絶対に歌うことはない。
だいたい今の歌は、ぼくたちの世代の歌があったからこそ生まれたものである。
今の歌の原点を聞かせて、何で白けることがあるだろう?
若い人は、みんなが同じ歌ばかり歌うから、逆に白けるのではないのだろうか?
ちゃんと自分たちが一番輝いていた時代の歌を聞かせてやれよぉ。
若い奴も、きっとそれを望んでいるんだろうから。

しばらくの会話のあと、彼は帰って行った。
結局彼はいつまでも“若い人コンプレックス”から抜け出せないだろう。
後姿に、何も誇るものがないように見えた。
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