2021年10月08日

言葉をつま弾く - プロローグ

 中学の頃フォークブームというものがあった。例えば吉田拓郎さんの『イメージの詩』のように、自分の言葉に曲をつけて語る、という新しいスタイルが登場したのだ。
 そういうブームに触発されて、曲はともかく、言いたいことを書くだけなら何とかなるだろうと、ぼくは言葉の挑戦を始めた。それがようやく形になり始めたのが、高校一年の夏頃だった。

 言葉が書けるようになると、今度は欲が出てきて曲に挑戦したくなった。そのためにはギターが必要だと思い、その年の秋、親戚に頼んで古いギターをもらった。
 楽器といえば、ハーモニカやリコーダーくらいしかやったことがなく、ギターは初めてだった。ぼくはさっそく教則本を買ってきた。それでコードやストロークなどの基本を学び、当時流行っていたフォークソングのギター伴奏を耳コピするなどして、必死に練習した。その甲斐あって、高校二年の夏には、そこそこの演奏が出来るようになった。

 ギターを練習する合間に曲作りもやっていたのだが、こちらはなかなか進歩が見られなかった。ようやく「これは!」という曲が出来たのが、高校二年の春休みだった。曲が出来たというより、曲が落ちてきたと言った方が正しいだろう。そんな体験をしたことがなかったので、その時すごく興奮したのを覚えている。
 譜面の書けないぼくは、その曲を忘れないように、さっそくラジカセに録音したのだった。
 ここからぼくの、言葉をつま弾く旅が始まった。
posted by 新谷勝老 at 23:00 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月09日

言葉をつま弾く - 春一番

 その最初に落ちてきたのが、『春一番』という曲だった。言葉の方は適当で、古語辞典にある言葉や、言い回しを組み込んでみた。

『春一番』

顔を洗って、風が肌を潤すとき
誰かがささやく、変わったねあなたも
うん、もう春だもの
春一番、ほらもう冬を忘れてる

風の光に白い山が笑うとき
誰かがささやく、長くなったね髪も
うん、もう春だもの
春一番、ほらもう冬を忘れてる

温かい風に川の水も温むとき
誰かがささやく、変わったね声も
うん、もう春だもの
春一番、ほらもう冬を忘れてる

春風がまわりの冬を追い払うとき
誰かがささやく、どこに行くの冬は
あなたのいないところに
春一番、ほらもう冬を忘れてる

 → ♫春一番

 この歌が出来たのは、1975年3月上旬だった。キャンディーズの『春一番』が入っていたアルバムの発売が、1975年の4月だったから、こちらのが少し早かったわけだ。ま、自慢にも何にもならないことなんですけどね。
posted by 新谷勝老 at 01:00 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月11日

言葉をつま弾く - 暗闇の向こう

『春一番』を作ってから二ヶ月後、ぼくは生まれて初めて恋愛詩を書いたのだが、ギクシャクして何かまとまりがなかった。この『暗闇の向こう』は恋愛詩第二弾ということになる。

 夜になると、二階にあるぼくの部屋から、いつも遠くにある街の灯りを眺めていた。その街には、当時ぼくが好きだった人が住んでいたのだ。

『暗闇の向こう』

暗闇の向こうに君がいる
月も出てない夜だけど
君がいるのがわかる
暗闇の向こうに君がいる

夜はすべてを隠し
冷たい壁が君を包む
暗闇の向こうに君がいる
ふと気づくと後ろにぼくがいる

大きな影がぼくを惑わし
たしかに今が夜だ
暗闇の向こうに君がいる
何も見えないけど誰かが呼んでいる

暗闇の向こうに君がいる
月も出てない夜だけど
君がいるのがわかる
暗闇の向こうに君がいる

 → ♫暗闇の向こう

 実はこの詩はまだ長かったのだが、いろんな矛盾が見えていた。何度も書き直したが、うまくできない。ということで、その部分はカットした。ただ、そのカットした中に、
 暗闇の向こうに君がいる、
 いつか聴いた歌が流れてる
という部分があったのだが、そのいつか聴いた歌が、次に作る歌のヒントになったのだった。

 ちなみに、現在その「暗闇の君」が住んでいる町は、ぼくの住む町からだと、小高い丘の向こうに隠れていて、昼も夜も街の灯りすら見えません。つまり今も君は暗闇の向こうにいるのです。
 実はこの君が、昨日書いた『運命』の人なのです。
posted by 新谷勝老 at 08:49 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月12日

言葉をつま弾く - いま

 当時音楽や詩をやっていた人の多くは、一度はビートルズにハマったことがあるようだ。ぼくの周りもそんな人ばかりだったし、ぼくもその一人だった。
 ぼくがビートルズにハマったのは、比較的遅く、高校3年の春だった。それまでビートルズで知っている曲は10曲に満たなかった。
 そんなぼくがビートルズに目覚めたきっかけは、こちらのFM局で、ビートルズ解散5周年的な放送を聴いた時だ。そこでかかった曲は、ほとんどが聞いたことのある曲で、「えっ、これもビートルズの曲だったのか」と、いちいち感動したものだった。それ以来、友だちからレコードを借りてはテープに録音して、受験勉強もせずにずっと聴いていた。
 その結果が、『いま』という歌だ。

『いま』
 
いま、いやな時が続いています。
早くここから抜け出したいのです。

時の続く限り少しの夢が欲しいのですが、
時は冷たく過ぎ去っていきます。

 いま、いやな雨が降り続いています。
 もう傘には穴が開いているのです。

 ちょっとだけ傘を直す時が欲しいのですが、
 雨はいつまでも降り続いています。

いま、いやな時が続いています。
そして時は冷たく過ぎ去っていきます。

 → ♫いま

 これを聴いた誰もが、「これ、ビートルズの歌にそっくりやん」と言う。それでいい。曲も歌詞も、そういう意図で書いたからだ。
 書いたのは、高校3年の6月だった。さっそく当時作っていたバンドでこの歌を、2学期頭に開催する文化祭で歌おうと意気込んだのだが、バンドは夏休みに解散してしまい、文化祭には出なかった。
posted by 新谷勝老 at 00:56 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月13日

言葉をつま弾く - いつまでも続く階段

 高校3年の夏休み、文化祭に出るためにバンドを作って練習していたのだが、そのメンバーの一人が、受験勉強に集中したいという理由で離脱した。それがきっかけになりバンドは解散した。
 そういう時期に作った曲です。
 
『いつまでも続く階段』

群がる虫たち その一粒のぼく
転ばないように気をつけて いつまでも続く階段
帰らせておくれ もう帰れないことを知っているから
このへんで休もうか 先はまだ長いから

いつかここに座って ため息をついた
幾度も幾度も 過去を振り返りながら
帰らせておくれ もう帰れないことを知っているから
もう足も動かないよ 目の前も真っ暗だ

このままここに 座っていたっていいんだ
誰も止めることは出来ないし 何が変わるわけでもない
帰らせておくれ もう帰れないことを知っているから
だけどもう歩き始めた 先はまだ長いから

 → ♫いつまでも続く階段

 昨日『湖上』で書いたとおり、高校時代に作った歌はほとんど歌ってこなかった。この歌もそういう歌の一つだが、この歌を録音した時、えらく気持がよかったのを憶えている。きっとこういう歌が自分に合っていたのだろう。もしこの路線で展開していたら、その後の人生は変わっていたかもしれない。
 いや、今からでもまだ遅くない。手相を見る限り、先はまだ長いんだから。

 ところで、「帰らしておくれ〜」と歌っているが、これ方言なんですね。作った当時はそんなこと知らなかった。この録音は今から15年ほど前にしたのだが、その時もそんなこと知らなかった。
posted by 新谷勝老 at 00:48 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月15日

言葉をつま弾く - ネズミ通り15番地

 高三の夏休みの終わりに、『いつまでも続く階段』を作った後、けっこう多くの曲を作ったのだが、これといったものが出来なかった。
 曲だけではなく、肝心の詩の方がダメだった。その原因になったのが押韻だ。これはボブ・ディランの影響だった。ディランの詩は韻を踏んだものばかりで、それを彼は気持ちよく歌っていた。ぼくはそれをいいものだと思い、真似たのだった。だが、それがいかんかった。言葉遊びに明け暮れてしまい、内容のない詩しか書けなくなってしまったのだ。
 そういう状態から脱出したのは、12月の寒い日にこの歌を作ってからだった。

『ネズミ通り15番地』

 部屋の灯りが消える
 おれたちの世界が始まる

小さな穴から抜け出して
大きな箱を横切って
台所の街に急ぐんだ

寝坊したらおしまいだ
もうご馳走は残ってない
今日一日は飯抜きだ

 ここはおれたちの天国
 誰にも邪魔されない
 ネズミ通り15番地

ところでメリーはおれの生きがい
みんなが彼女を狙っている
彼女の家は戸棚の向こう

犬の遠吠えが激しくなると
そろそろメリーのお出ましだ
みんな彼女のご機嫌を取る

 ここはおれたちの天国
 誰にも邪魔されない
 ネズミ通り15番地

本当は誰もメリーを愛してないんだ
ただ彼女と一発やりたいだけ
でも、おれの愛は本物だ

 ここはおれたちの天国
 誰にも邪魔されない
 ネズミ通り15番地

 → ♫ネズミ通り15番地

 この歌を作ってから、しばらくの間ガンガン歌っていた。それはある事情があったからで、そのことが解決してからは、あまり歌わなくなった。出だしで、苦しそうに声を張り上げているのがその証拠で、あまり歌ってきてないから、声が出なかったのだ。
posted by 新谷勝老 at 00:38 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月16日

言葉をつま弾く - 人生のほらふき

 曲というのは、どこで落ちてくるかわからない。今日紹介する『人生のほらふき』という曲、実はトイレのドアの閉まる音が頭の中で曲化したものなのだ。当時住んでいた家は、トイレが一階にあった。その曲が落ちてきたので、ぼくはラジカセの置いてある二階の部屋に駆け上ったのだった。その時、あまりに慌てたために、階段を踏み外し、向こうずねをしたたか打ったのを覚えている。

『人生のほらふき』

山高帽子をかぶって
楽しそうに振る舞うんだ
おれは人生のほらふき
そう、ほらふきだから

ポケットに手を突っ込んで
寂しそうに振る舞うんだ
おれは人生のほらふき
そう、ほらふきだから

 雨が降っても寂しくはないよ
 いつも心の中は嘘だらけ
 風が吹いても恐くはないよ
 人生をごまかしているから

おれはいつも一人だよ
誰の手も借りないよ
おれは人生のほらふき
そう、ほらふきだから

金も持ってないくせに
酒に酔ったふりをするんだ
おれは人生のほらふき
そう、ほらふきだから

 闇に浮かんだ月が笑う
 ちっぽけなはにかみ屋さん
 通りがかりの風が歌う
 もうお帰り、寂しがり屋さん

おれはいつも一人だよ
誰の手も借りないよ
おれは人生のほらふき
そう、ほらふきだから

 → ♫人生のほらふき

 これも『ネズミ通り15番地』と同じ時期、高校三年の12月に書いたものです。「ネズミ」と「ホラ吹き」を作ったことで、なんとなくスランプから脱出出来たように思えたぼくは、その年が明けてから卒業をテーマにしたものを書くようになり、それが3月末まで続くのでした。
posted by 新谷勝老 at 00:30 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月17日

言葉をつま弾く - 卒業

 今回紹介するのは、『卒業』です。卒業をそのままテーマにした作品です。この曲は高三の2月に作ったものです。詩を読んでもらったらわかるのですが、内容が若いですね。このころボブ・ディランの詩をよく読んでいたせいで、その影響が詩に現れています。さて、曲は・・・・
 ──とここまで書いて、困ったことに気がついた。どこを探してもちゃんとした録音がないのです。
「仕方がない、この歌の紹介はやめておくか。だけど、これを紹介しないと次に進めないしなぁ・・」
 ということで、いくつかのいい録音ではないファイルの中から、一番録音がいいと思われる、失敗作をお届けします。

『卒業』

雪は残り花は遅れていた
しかし彼らは知り尽くしていた
一つの旅が終わったことを

みんなどこでもいいから吹き飛びたいと言った
というのも彼らの行くところはなかったから
一つの旅が終わった時に

 薄暗い空から雨も降り始めていた
 でもちょっと見回すと晴れ間も見えていた

誰かが死んでもいいと言った
でももう死ぬところもないだろう
一つの旅が終わっているから

何か一つ元気が欠けた
大人たちは喜んだ
一つの旅が終わっていた

 薄暗い空から雨も降り始めていた
 でもちょっと見回すと晴れ間も見えていた

雪は残り花は遅れていた
しかし彼らは知り尽くしていた
一つの旅が終わったことを

 → ♫卒業

 ね、最後の方、噛んでるでしょ?前にも書いたように、高校時代の作品は、あまり重要視してなかったので、「備忘録的に録っておけばいいや」と思って、録り直しをしてないのです。数十年後に紹介することがわかっていたら、その時録り直しをしてたのに。残念です。
 あっそうか、今から録音し直せばいいわけか。しかし・・。それはすぐには出来ない。なぜなら、ここ数年まともにギターを弾いてないから、いい録音にしようと思ったら、数ヶ月はかかってしまうわけで・・・・。
 いや、やりましょう。他に録音してない歌も上げる予定なので、やるしかない。幸い声は出ているんだし。
posted by 新谷勝老 at 00:30 | 言葉をつま弾く | 編集

言葉をつま弾く - 卒業U

 今回紹介するのは、もう一つの『卒業』です。前回の分と違って、こちらは恋愛詩になってい ます。

『卒業U』

ついさっき雨はやんでしまったばかりなんだから
もうこれ以上ぼくを苦しめないでほしい
いつも同じように君はぼくを窺っている
でももうぼくの目には君の顔なんて映らない
君と話し合えた時、もっと打ち明けるんだった
同じ言葉を二度と使わないぼくなんだから

ぼくがあの川のふちに座っていた時、君は言った
二人で人生を語り合えるなんて素敵なことね
ぼくは狂った。そこから飛び込もうとした
でも小さな鳥は羽を広げて誘い込んだ
二つのカードを握り、火の中に投げ入れるんじゃなかった
確かにそれがぼくの、いつもの損なんだから

 というわけで、ぼくも今では小さな鳥
 古い巣の中からはばたこうとしている

心の中に小さく君の面影しまい込んで
新しい巣の中に飛び込もうとしている

 → ♫卒業U


 高校一年の頃から好きだった彼女のことを、ぼくは卒業を機に忘れたかったのです。それが『もうぼくの目には、君の顔なんて映らない』という強がりになったわけですが、その後ずーっと忘れることは出来なかった。

 ということで、言葉をつま弾く(高校編)は、これでおしまいです。次回から(浪人編)に移ります。高校時代、まだまだ曲は作っているのですが、録音が見つからないのです。もし見つかったら、また紹介いたします。
posted by 新谷勝老 at 14:00 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月18日

言葉をつま弾く - 赤いエプロン

 古い歌ばかり紹介してきたので、比較的新しい歌を紹介します。

 前の記事で、25歳の時にずっと好きだった人のことを断ち切った、と書いたが、実は23歳の時にぼくは今の嫁さんと出会っている。その時の模様を『詩風エッセイ集 赤いエプロン』に書いているのだが、今日の歌は、その詩風エッセイに曲をつけたものだ。

『赤いエプロン』

就職をした頃のこと
職場の掃除をやっていると、
後ろから「すいません」という
小さな声が聞こえた。

振り向くとそこにいたのは、
初めて見る同期の女性。
その時突然ぼくの目に、
浮かんだ一つの映像…

 赤いエプロンを着けて、
 台所の向こう側で、
 笑顔でうなずきながら、
 料理している彼女の姿。

その時はただの幻覚と、
気にもとめなかったけれど、
なぜか偶然が重なって、
二人はつきあい始めた。

その後ぼくたちは結ばれ、
二人で生活を始めた。
居間でくつろぐぼくの目に、
映った一つの光景…

 赤いエプロンを着けて、
 台所の向こう側で、
 笑顔でうなずきながら、
 料理している彼女の姿。

出会った頃は幻覚と、
気にはしてなかったけれど、
あのとき浮かんだ映像は、
未来の一コマだった。

 赤いエプロンを着けて、
 台所の向こう側で、
 笑顔でうなずきながら、
 料理している彼女の姿。

今もぼくたちは二人で、
ありふれた生活をしている。
テーブルのイスにさりげなく、♫
かかる赤いエプロン。

 → ♫赤いエプロン


 嫁さんはぼくより5歳下で、出会った頃はまだ18歳だった。すでに大人の歳に達していたぼくは、未成年者と付合う気はさらさらなかった。しかもまだ高校時代に好きだった人のことを諦め切れずにいたのだ。
 嫁さんと付合うようになった理由は、帰りの方向が一緒だったので話すようになったのだが、そのやりとりが不思議と自然なのだ。何も気を遣うこともない。とにかく一緒にいることが楽なのだ。さらに、嫁さんの友だちとも馬が合う(これは大事です!)。
 おかげで、25歳の頃には高校時代の人のことを断ち切れる状態になっていた。そういう時に高校時代の君の結婚を聞いたのだった。
 それからぼくは、嫁さんと付合うようになった。まあ、これが縁というものでしょうね。
posted by 新谷勝老 at 22:30 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月20日

言葉をつま弾く - 空を翔べ!

『空を翔べ!』という詩を書いたのは、三十代後半だった。テレビで鳥の巣立ちのドキュメントをやっていたのだが、それを見ている時に、湧いてきた言葉を書きとめたものだ。曲は19歳の頃に作ったものを充てた。
 この歌、過去に何度かブログに上げたことがあるのだが、いつもすぐに消してしまう。今回上げることにしたのは、その時にこの歌を聴いたある方から、
「あの歌を聴きたい。あれを聴くと元気が出るから上げてくれ」
 と頼まれ、それで上げることにしたのだ。

『空を翔べ!』

漠然と思い浮かべてた 大切な一日が
今日風に乗って おれのもとにやって来た
空には大きな雲が
雨はおれを叩きつける
悪いことを考えている 
「出来るんだ。空を翔べ!」

運命の一日だと 誰かが言った
おれの人生は今日に かかっているんだ
今までやってきたことは
すべて正しいと信じるんだ
決して逃げ出してはいけない
「前を向け。空を翔べ!」

今日がうまくいけば 何が始まるんだろう?
そんなことが頭の中を グルグルと回っている
時間は刻々と迫っている
おれの出番は間近だ
「大丈夫だ。空を翔べ!」

幼い頃から 今日という一日が
どんなに大切な日か わかっていたんだ
弱虫なんか吹き飛ばせ
過去のことは忘れてしまえ
将来(さき)のことは考えるな
「行けチャンスだ。空を翔べ!」

 → ♫空を翔べ!

 元気を出して下さいね。
posted by 新谷勝老 at 18:00 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月21日

傾きかけた日々

 高校2年の秋、その頃付き合い始めた人と初めてデートした。場所は太宰府だった。
 小雨の降る中、天満宮を二人で歩いたのだが、なぜか彼女がよそよそしい。あまり喜んでないようなんだな。話しかけても、素っ気ない返事を返してくるだけだったし。何の進展もないデートだった。
 「この付き合いは失敗だったかも」と感じたぼくは、その後だんだん彼女と距離を置くようになり、付き合いは自然消滅したのだった。
 それと前後して、ぼくは停滞期に入っていき、運気に活発さがなくなっていった。再び活発になるまでおよそ5年かかってしまう。

 今日のタイトルである『傾きかけた日々』という詩は、運気が再び活発化した5年後に、その太宰府前後のことを思い出して書いたものだ。

『傾きかけた日々』

傷ついた部屋に閉じこもって
ぼくは何気なくマッチをすった
前からやっていたような気もするけど
これが初めてのような気もする

 その日太宰府は雨の中にあった
 ただいつもと違うことは傘が二つ
 小さな梅の木はただ雨の中に
 そうやっていつも春を待つんだろう

マッチをすっては何気なく消して
また新しい火を起こしながら
うつろに風を眺めている
だけどそれも何気なく忘れて

 騒ぎすぎた日々と別れるように
 今日太宰府は雨の中にあった
 もう今までのようなことはないような気がする
 あるとすれば次には君がいる

 → ♫傾きかけた日々

「小さな梅の木はただ雨の中に・・・」
 結局、なぜ彼女がよそよそしかったのかは、わからないままだ。実は馴れ合いで付き合いだした二人だったから、彼女の心の中にぼく以外の人がいたのかもしれないな。かく言うぼくも、心の奥底に忘れようとしていた人がいたのだから、もしかしたら彼女もぼくのことをよそよしく感じていたのかもしれない。お互い、心の内を傘で隠すことが出来なかったということだ。
posted by 新谷勝老 at 20:30 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月23日

スポットライト

 二十代の半ばから、頻繁に友人知人の結婚披露宴に招かれるようになった。そこでいつも歌のリクエストがかかる。最初の頃こそ、カラオケでありふれた歌を歌っていたが、だんだんそれに飽きてきて、ギターを持って参加するようになった。
 そこで歌った歌は、高校時代に流行ったフォークソングや、小学生の頃に流行ったグループサウンズものが主だったが、そのうち『それではあまりに能がない』と思うに至り、あまり他人に聞かせたことのないオリジナル曲を歌うことにした。

『スポットライト』

暑ければ上着をとりなさいよ
今日もお日さまが笑ってるんだから
君に贈る言葉が見当たらない
幸せそうに君も笑ってるんだから

彼は頼れる人なんだから
困ったときは何もつつみ隠さずに
口に出すのがもどかしいのなら
そっと彼の目を見つめてみなさい

 そうしていれば彼の愛が
 君をきっと受けとめてくれるんだから
 そんな彼のもっとそばに
 寄り添って

何も心配はいりませんよ
無理に泣き顔作ることもない
彼はきっと君を幸せにしてくれるんだから
君はそう、いつまでも笑ってなさいよ

 → ♫スポットライト

 この歌もその中の一つだ。この詩を書いたのは、二十代前半だった。東京にいた頃に行動をともにした友人が結婚すると聞いて、書いたものだ。
 実はその時、その友人の結婚式に呼ばれていたのだが、場所が東北だったのであまりに遠すぎる。しかも12月の繁忙期ということで休みも取れない。ということで祝電だけで終わってしまい、この歌は宙に浮いてしまった。
 しかし、今考えるとこの詩はちょっとおかしい。上着をとったら、下着だけになる。
posted by 新谷勝老 at 00:30 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月24日

追いかけて

 三十代半ばのこと。元同僚から、
「結婚するので、披露宴で歌を歌ってくれ」
 という依頼がきた。仲のいい人だったので、心安く引き受けたが、なかなか歌う歌が決まらなかった。人の結婚式で歌ったことは何度もあったのだが、同じ歌を歌ったことはない。それが、その人に対する自分なりの誠意だったのだ。
「仕方ない。新しい曲を作るか」
 ということで出来たのが、この曲だった。

『追いかけて』

まっすぐに歩いてきたけど
いつもいつもぼくはつまずいているよ
起き上がる時にはいつも
いつも君のことを想っているよ

過ぎ去った数々の罪が
心奪う、そんな時にだって
いつも心のどこかでぼくは
君のことを想っているよ

 追いかけて 君の想いを
 追いかけて 君の言葉を
 追いかけて 君の心を
 追いかけて 君のすべてを

明日からの暮らしの糧に
ぼくは君のことを想っていくよ
君を想うぼくのために
いつも君をぼくは想っていくよ

 つかまえて 君の想いを
 つかまえて 君の言葉を
 つかまえて 君の心を
 つかまえて 君のすべてを

 → ♫追いかけて

 後日、この歌を聴いた人から聞かれた。
「あのー、宗教か何かされているんでしょうか?」
「えっ?」
「あの歌、神や仏を追いかけてるっていうことでしょう?」
「いやいや、あの歌は恋の歌ですよ。好きな人のことを思って書いたものです」
「そうなんですか?とても深い内容なのに」
 とんでもない深読みをする人だった。
posted by 新谷勝老 at 09:00 | 言葉をつま弾く | 編集

2021年10月25日

ひとりぼっち

 ぼくは20歳から22歳まで東京に住んでいた。
 20歳の春にまったくの未知だった東京に飛び込んでから一年、ようやく東京生活に慣れた頃だった。それとなく仲間が出来、その仲間と飲みに行ったり、ドライブに行ったり、彼らの家を泊まり歩いたりして親交を深めていった。
 ところが、彼らと別れた後、楽しい気持のまま帰宅するのだが、下宿に戻るとなぜか物悲しい。何かが違うんだな。しっくりこないんだな。そして最後には、
「それはやはりぼくが東京の人間ではないからだ」
 という結論に到った。そういう時に書いた詩がこれだ。

『ひとりぼっち』
 
気がついてみれば、いつもひとりぼっち
気楽につきあっていけそうな皆さんですがね
振り向いてみれば、誰もいなくなってね
そんな毎日がぼくをつつんでる

寂しいというのが、本音なんだけど
いつもひとりっきりで強がってみてね
ひとりぼっちなんですね、もともとが
そうそう、どこへ行ってみたってね

だから今だけは、笑っていましょうよ
ね、今夜はとてもビールがおいしいんだから
ひとりぼっちの部屋で乾杯してね
青春、ああこれがぼくの青春でしょうよ

寂しげな街が、ぼくによく似合う
なんてかっこいいこと言っているけど
つまり、ひとりぼっちのいきがりでしてね
さよなら、また明日逢いましょうよ

 気がついてみれば、いつもひとりぼっち
 そんな毎日がぼくをつつんでる

 → ♫ひとりぼっち

 結局ぼくの中の『ひとりぼっち』は、東京を離れるまで解消できなかった。しかし今は、それがいい思い出になっている。
 ところで、詩の中にある「ビールで乾杯」だが、当時飲んでいたのは日本酒で、一度開けると飲み切らなければならないビールと違って経済的だったからだ。ということでバイトでお金が入れば一升瓶(二級酒)を買っていた。詩に「ビール」と書いたのは、つまり、ひとりぼっちのいきがりでしてね。
posted by 新谷勝老 at 00:30 | 言葉をつま弾く | 編集


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