2019年05月18日

1978年4月、上京

1978年4月のことだった。キャンディーズの解散コンサートをテレビでしっかり目に刻んでから、桜前線を追うようにぼくは上京した。

東京駅で中央線に乗り換えて、降りた駅が新宿だった。この街がぼくの東京デビューとなった。まったく初めての街なのに違和感を感じなかったのは、ぼくの東京生活の中心がこの街になるという、潜在的な予感があったからなのかもしれない。

街には『迷い道』や『悲しき願い』が流れ、その歌に乗って現れるキャッチセールスたち。そのしつこいセールスたちをかわしながら、ぼくは地下道に降り、そこから丸井に入った。

丸井の地下は女性の下着売場だった。そこでぼくは生まれて初めて、ボディスーツというものを目にした。ファッションに疎かったぼくは、「東京の女性の間ではこんなものが流行っているのか」と、その窮屈そうな肌着を眺めていた。

その日は日曜日だった。新宿にはかなり多くの人が歩いていた。そこですれ違う女性を見ながら、「なるほど窮屈そうに歩いているな」と、ぼくは思っていた。
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2019年05月20日

夕方のにおい

ぼくが社会に出る頃まで、この辺りの家は石炭で風呂を沸かしていた。釜の中に石炭を敷き、その上に木切れなどを置き、新聞紙やチラシを丸めて火をつける。そして石炭に火が移るまで、紙や木を足していくのだ。石炭に火がつけばあとは火が消えないように、数十分置きに石炭をくべていく。
夕方になればどの家の煙突からもモクモクと、勢いよく煙が出ていた。その煙のにおいが町を覆う頃、夕方は夜に変わっていた。

時が流れて今は、ガスや電気で風呂を沸かす。いや沸かすのではなく、ほどよく沸いた湯を浴槽に張るだけでいい。便利な世の中になったものだ。
で、石炭はというと、この辺で使っている家は既にない。もしあったら、夕方のにおいを知らない人たちから、「異臭がする」などと抗議が出て、おそらく最後は撤去させられてしまうに違いない。
懐かしい風物は、こうやってひとつひとつ消えていくのだ。
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2019年05月21日

文系人間

小学・中学・高校と、ぼくは理科という教科が苦手だった。生物・化学・地学・物理、どれを取ってもぼくは駄目で、とくに生物にいたっては、高校時代に再試と追試の二つの試験を同時に受けたほどの腕前だ。
いまだに化学式もわからない。地学なんかは習ってもいない。ま、物理だけは何とか理解できたが、理科の括りということで、なるべく近寄らないようにしていたのだった。
数学も理科ほどではないものの、あまり得意な方ではなかった。

逆に社会は得意な科目で、国語も努力せずに点数が取れた。唯一苦手だった作文も、ある日突然出来るようになり、今ではこんなものまで書いている。

現在やっている仕事は、どちらかというと理系の仕事なのだが、やはり理系の知識を用いることは苦手で、そこを文系の常識でカバーしている状態だ。ぼくは文系人間なんだろう。
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2019年05月24日

ぼくらのアイドル

高校時代、クラスにアイドル的存在の女子がいた。
決して美人ではなかったが、かわいい顔立ちで性格もいい。爆発的な人気というわけではなかったものの、彼女に好感を持つ男子は、ぼくを含めて多数いた。
そういう彼女の夢は、「いい人を見つけて、早く結婚したい」というものだった。それを聞いて、きっと彼女ならいいお嫁さんになるものと思っていた。

彼女の結婚を聞いたのは、ぼくが社会に出て間もなくのことだった。相手はけっこういい家の御曹司らしく、「いい人を見つけて、早く結婚したい」という彼女の夢は叶ったわけだ。その後彼女は子宝に恵まれ、順調に主婦の道を歩んでいった。

彼女と再会したのは、つい最近だ。仕事の関係である人と話していると、その奥さんという人が現れた。『どこかで見たことがあるなぁ』と目をこらして見てみると、かつてのぼくらのアイドル、そう、彼女であった。
彼女はぼくだとは気づかなかったようで、主婦特有のせこさ、図々しい振る舞い、歯に衣着せぬ物言いで、ぼくに接してきた。
そんな彼女の言動が恥ずかしかったのか、ご主人は「まったく女って奴は…」というセリフを連発し、苦笑いしていた。

長い主婦生活が彼女を変えたのか、もしかして元々そういう性格だったのか、そのへんはわからない。ただ言えるのは、かつてぼくらのアイドルは、今では立派なおばさんになっているということだ。
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2019年05月25日

テレビ塔

山の上にテレビ塔が見える。地デジやFMの電波はあそこから流れてくるんだ。
ふと思う。今の文明がなくなって、まったく違った文明になった時、その時代の人たちはあのテレビ塔を見て、いったい何と思うのだろうか。さすがに自然の産物だなどとは思わないだろうが、結局訳がわからずに、古代宗教の遺跡として片付けられるのではないだろうか。

そうやって考えていくと、現在、古代宗教の遺跡となっているところが、実は違った目的の施設だったのではないかと思えてくる。
例えばギザのピラミッドも、実は王の墓などではなく、何か別の目的で造られたのかもしれない。案外、スフィンクスがテレビ局で、横にあるピラミッドは電波塔だったりして。
posted by 新谷勝老 at 09:53 | リライト | 編集

2019年05月28日

臭さ

 自分の人生の中で培われた考えがそっくりそのまま書かれている、そんな本に出会うことがたまにある。そういう時、「ああ、これを書いた人も、同じ生き方をしてきたんだな」と、まるで生涯の友にでも会ったような、大きな喜びを得るものだ。

 そういう本は、自分を変えてやろうと意気込んで読む、生き方だの思想だの哲学だのといった小難しいものには少ない。どちらかというとトイレなどで読み流すような、小説やマンガなんかに多いのだ。
 所詮は臭い考えということなのか?
 それとも臭さに意味があるということなのか?
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2019年05月29日

負けん気

小学生の頃までは人と競争することなんて、まったく興味がなかった。ただその日が面白ければ、それでよかった。かけっこで負けたって、ヒットが打てなくたって、悔しいなどとは少しも思わず、『これをどう笑い話に持って行こうか?』なんて考えている、変な少年だった。

ところが青春という時期に入ると、なぜか人目を気にするようになり、それが負けん気につながった。勝手に他人をライバル視しては、「こいつには負けたくない」なんて思うようになったのだ。成長ホルモンでも関係していたのだろうか、とにかく人に負けるのが、いや、イヤ、嫌なのだ。

それゆえ意地を張るようにもなった。「こいつらと同じ運命を歩いて行けるか」と、一人孤独を装ったり、意味なく部活を辞めたりしたものだ。果ては同じような理由で会社を辞めて、今なお続く波瀾万丈に繋がっていく。
ぼくのおかしな人生はきっと、青春時代から始まっているに違いない。
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2019年05月30日

失敗

むかしからコミックを買う時に、同じような失敗をしている。たとえば中学のころに揃えた『あしたのジョー』は7巻が二冊ある。『柔道部物語』は8巻が二冊、『バガボンド』は26巻が二冊、『二十世紀少年』は18巻が二冊、極めつけは『1・2の三四郎2』の1巻で、何と四冊もある。

何でこんなことになったのかというと、本屋に行った時に、自分が集めているコミックが平積みになっていたりすると、何の疑いも持たずに、それが新刊だと思って買ってしまうからだ。
『1・2の三四郎2』1巻に関しては、それに加えて、タイトルにもごまかされたのだ。

失敗に気づくのは、いつも家に持って帰ってからだ。それも途中まで読んでからで、「えっ、これ読んだことがあるやん」と書棚を探してみると、そこにそれがあるのだ。
「ダブって買ってしまいました」と間抜け面して返品に行くのも嫌なので、結局蔵書として残っているわけだ。

毎回その時は後悔して、「もう二度とこんなバカなことはしない」
などと思っているが、すぐに忘れてしまってまた同じことをしている。

新書や文庫じゃこんなことにはならない。問題はコミックをフィルムみたいなので包装していることにあるのだ。
立ち読みしない人間にとって、あんな不愉快なものはない。『おかげで初版発行日がわからないじゃないか!』と、新刊の発売日を調べることをしない、ものぐさ男は思っております。
posted by 新谷勝老 at 03:09 | リライト | 編集

2019年06月04日

半袖

今年の春は暖かい日が多かったので、わりと長い時間半袖を着てのんびりと過ごしてきた。
これから梅雨を経て夏を迎えるわけだが、もちろんこれからの季節も半袖を着てのんびりと過ごすことだろう。
だけど、のんびりと過ごせるのはそこまでで、半袖を着なくなる秋中旬からは神経を尖らせる日々が続くだろう。各種エネルギーの価格を背負った冬が、その頃から見え隠れするからだ。
冬は長袖でも身震いの毎日だから、のんびりと過ごすことは出来ない。
再びのんびりと過ごせるようになるのは、半袖が戻ってくる四月頃からだ。

ということは、のんびりと過ごすために必要なものは、快適な住居や設備などではなくて、実は半袖だということになる。
つまり脇を衣服で塞がずに、いつも呼吸をさせておけということだ。
posted by 新谷勝老 at 04:52 | リライト | 編集

2019年06月06日

戦犯

以前勤めていた会社は、遅くまで仕事をするのが美徳だと思っているようなところで、誰もが意味もなく、人件費や光熱費の無駄遣いをやっていた。
定時は午後7時だったのだが、午後9時10時帰りはざらで、酷い時には11時12時に会社を出ていた。おかげでその時代にやっていた、プロ野球ニュースより前の時間帯の、テレビ番組をぼくらは知らない。
それではいかんと始まったのが早帰り運動で、それは週に一度早帰りの日を決めて、その日は何があろうとも定時に帰ろう、というものだった。

ところがそこにその運動の意味が理解できない、ひとりの馬鹿な課長がいた。最初の頃こそ何も言わなかったのだが、早帰り運動が一ヶ月過ぎた頃から、彼は早帰りの日になると、「予算も行ってないのに何が早帰りだ」と言い出したのだ。
おかげで誰もが帰りづらくなり、結局週一度の早帰りの日は、週一度のサービス残業の日と成り果てた。

彼の努力で、会社は早帰りの日一日の人件費だけを浮かせることに成功した。ところが社員は、サービス残業の埋め合わせを、その他の日にするようになったのだ。そのせいで人件費や光熱費が、以前より遙かに増えてしまった。

それを受けてその馬鹿課長、今度は経費削減を口にするようになり、自分から早帰りを指示するようにもなった。
しかし、彼がそういうことを叫んでも何の説得力もなく、数年後に会社は潰れてしまった。
posted by 新谷勝老 at 02:18 | リライト | 編集

2019年06月07日

伏線

以前車を運転している時に、ふと「そういえばこの場合、ミッション車だったらこうするんだったな」と考えながら運転していた。それから間もなく車が故障し、修理に出す羽目になったのだが、やってきた代車が何とミッション車だった。それもクラッチの入りが悪い、えらくボロな車だった。

その後も同じようなことが何度かあった。その時もぼくは同じように、ミッション車のことを考えていたのだった。
「いらんことを考えているから、ミッション車を運転しなければならなくなるような事態に陥るのかも知れん」
そう思ったぼくは、ミッション車のことを考えるのをやめた。
それ以降、ミッション車を運転しなければならなくなるような事態は起きなくなった。

もしかしたら、何かを考えながら行動を起こすと、それが伏線になって、その考えに沿ったことが起きるのかもしれない。もしそうだったら、「こうやると、お金持ちになるかも知れん」と考えながら行動すると、それが伏線になって、収入が増えるに違いない。
さっそくやってみよう。
posted by 新谷勝老 at 02:03 | リライト | 編集

2019年06月08日

迷惑な自転車野郎

この間のことなんだけど、半感応信号の信号がなかなか変わらないのです。どうしてだろうと前の方を見てみると、先頭車の前、そうちょうどセンサーのかかる場所に、一人の自転車野郎がいるじゃないですか。
自転車だとセンサーが反応しないので、信号を変えるためには、ボタンを押さなきゃならない。そこで先頭車の人がボタンを押せと、しきりに自転車野郎に声をかけたり、クラクション鳴らしたりしているんだけど、ヤツはイヤホン音楽に熱中していて知らん顔。しかたなく先頭車の人は車を降りて、押ボタンを押しに行った。
自転車野郎は何やってるんだ風に、その人を冷ややかに見ておりました。
自転車野郎、おまえこそ何やってるんだ、ですよね。

自転車野郎といえばよくいますよね。信号無視する自転車野郎とか、携帯かけながら走っている自転車野郎とか、メール打ちながら走っている自転車野郎とか、イヤホンして音楽を聴いている自転車野郎とか。傘さして走っている自転車野郎とか、たばこを吸いながら走っている自転車野郎とか、無灯火で走っている自転車野郎とか、真下を向いて運転している自転車野郎とか。軽車両乗り入れ禁止の道を走っている自転車野郎とか、突然道路の真ん中に飛び出してくる自転車野郎とか、車道を逆走している自転車野郎とか、三人乗りしている中坊自転車野郎とか…。ヤツら本当に迷惑なんですよね。
おまえら自転車に乗る資格なんかない、目的地まで自転車を押してずっと歩道を歩いて行け!
posted by 新谷勝老 at 02:12 | リライト | 編集

2019年06月09日

田んぼの中の家

小学生の頃、どこまでも広がる一面の田んぼの中に、友だちの家があった。
夏の暑い日、友だちの家の庭に巣くっていたアリジゴクを観察しに行ったり、冬の寒い日、グリコアーモンドチョコレートの懸賞賞品だった「おしゃべり九官鳥」を見せてもらいに行ったり、数々の思い出の中に、田んぼの中のその家は登場する。

小学生の終わる頃、その友だちは引っ越してしまった。以来そこに通うことはなくなった。
それから数年後、ぼくの通わなくなったその場所で、国道のバイパス工事が始まった。道は街を作り、街は人を呼ぶ。当然のように一面の田んぼは消され、多くの建物がその一帯を彩るようになった。そしていつしか町名も変わってしまった。

先日その場所を妻と訪れてみたのだが、かつて通った懐かしい友だちの家はすでになく、跡地にはグルメ本にたびたび登場する洒落たパスタの店が建っていた。
ローマ字の「A」で始まるその店の名を、なぜかぼくは「アリジゴク」と読んでしまい、妻に笑われたのだった。
posted by 新谷勝老 at 04:40 | リライト | 編集

2019年06月12日

結婚生活に幸せを感じているか?

ある研究所の調べによると、寝室を一緒にする夫婦の多くが、結婚生活に幸せを感じているということだ。
寝室が一緒といえば、うちがそうだ。ただうちの場合、寝室で寝ているのは、ほとんどの時間嫁さん一人で、ぼくは別の部屋で趣味に打ち込んだり、そのままその場で居眠りしたりして、寝床に就くのはいつも朝方近くだ。

では幸せを感じてないのかというと、そうではない。
嫁さんはベタベタするのが好きではないし、ぼくの趣味によからぬ期待をかけているし、二人分の寝床を一人占めできるし、充分幸せを感じている。
ぼくもゆっくり趣味に打ち込めるし、嫁さんのいびきに悩まされることもないし、かかと落としの被害に遭うこともないし、充分幸せを感じている。

結婚生活をどう捉えるかの問題は残るけど、うちに関していえば、この調査結果は間違ってはいない。
posted by 新谷勝老 at 00:58 | リライト | 編集

2019年06月14日

学校帰りの校門で

高校2年のことだった。学校帰り、校門の前でぼくたちは、同じクラスの女子数人としゃべっていた。小春日和の穏やかな日で、外の日差しが妙に心地よかった。
その陽気に浮かれたのか、女子の一人がピョンと飛び跳ねた。その時だった。彼女が着地する一瞬を狙って、サッと風が吹き、彼女のスカートが見事にめくり上がったのだ。

着地した彼女は、慌ててスカートを押さえた。しかしすでに遅く、そこにいた男子全員の目に、白いものが映った後だった。
彼女は顔を真っ赤にして、ぼくたちに「見えた?」と聞いた。ぼくたちは無関心を装いながら、「いいや」と答えた。彼女はホッとした様子を見せながら、「ああよかった」と言って帰って行った。

ぼくたちはその後、脳裏に焼き付いた、あの白いものを消さないようにと、買い食いなどせずに、まっすぐ家に帰ったのだった。
posted by 新谷勝老 at 01:43 | リライト | 編集


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