十日ほど前のこと。仕事から帰ると嫁さんが、
「家の中に何かおるんよね」と言う。
「何かおる?霊か?」
「いや、そんなのじゃなくて、生き物」
「ネズミか?」
「いや、もっと小さかった」
「じゃあゴキブリか?」
「じゃない。灰色っぽくで尻尾があった」
「え、尻尾?もしかして、ヤモリか?」
「暗かったから、よくわからんかったけど。そうかもしれん」

 そういうやりとりがあってから十数分後、嫁さんがテレビ上の壁を指さし、
「ほら、そこそこ」
 と言った。見ると体長5センチほどのヤモリが、トコトコと壁をよじ登っているではないか。
「やっぱりヤモリか。でも閉め切っているのに、どうやって家の中に入って来たんかなあ?」
「もしかしたら、私が洗濯物を取り込んでいる時に、入ってきたんかも」
「ヤモリは縁起がいい生き物だから、このまま家の中に居てもらってもいいんだけど、家の中には餌がいないし、死んだら可愛そうだ」
 ということで、各部屋の窓を少し開けて、ヤモリの逃げ道を設けておいた。それと同時に、そのヤモリ君に、ぼくは『チョロちゃん』という名前を付けた。ヤモリのことを、こちらでは『かべちょろ』と呼ぶからである。

 ところが翌日、家に帰ってみるとそのチョロちゃん、テレビの前にいるではないか。
「あ、出て行ってない」
 ぼくの声が聞こえたのか、彼は早足でテレビ台の下に潜り込んで行った。しかたなく、エアコンの冷気を逃さないために閉めておいたテレビ横の窓を、少し広めに開けておいた。その日はもう、姿を見せなかった。

 そのまた翌日、
「チョロちゃん、出て行ってなかった。さっき私の部屋におったよ」
 と嫁さんが言った。そこでまたその部屋の窓を開けておいた。

 さらに翌日の夜。今度はぼくの部屋にいるではないか。とりあえず、ぼくはチョロちゃんに近づき、記念にその姿をカメラにおさめておいた。そして、チョロちゃんに向かって言った。
「チョロちゃん、この家の中におっても餌はないよ。悪いことは言わんから、ここから出て行った方がいい」
 ぼくは部屋の窓を全開して、照明を落としておいた。

 それ以降、ぼくたち夫婦は、チョロちゃんの姿を見てない。おそらく空腹に耐えかねたのだろう。ぼくの説得に応じて、家を出て行ったようだ。

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