2002年05月14日

沖縄 その3

部屋に入ると、ホステスが口を開いた。
「あの店、こういうシステムになってるの。ごめんね。それで、3万円なんだけど」
「そんな金ない」
「今日じゃなくていいよ。何なら明日、泊まってるホテルに取りに行ってもいいから」
「ホテルに帰っても、そんな金はない」
「じゃあ、2万円でいいからさあ」
「しつこいねえ。ないもんはないんたい!!」
ぼくがかなり頭に来ていると気づいて、ホステスは困った顔をした。
ちょうどその時電話がかかった。
「ちょ、ちょっと待ってね」とホステスは電話に出た。
どうやら仲間からの電話のようだった。
方言、つまりウチナーグチでしゃべっているので、こちらはなんと言っているかわからなかった。
おそらく、「こいつ、金持ってないみたい」とでも言っていたのだろう。
しばらく電話でやりとりしていたが、突然「お友だちよ」と言って、受話器をぼくに渡した。

受話器の向こうはGさんだった。
「しんちゃーん、どうしょうか。おれ金ないよー」
「おれもないけど。もし金があってもせんよ」
「出ると?」
「当たり前やん」
ぼくは受話器を置いた。
「お友だち、何だって?」
「あんたに関係ないやろ」
「ね、どうする?」
「帰る!」
ぼくはそう言うと、ホテル代を置いて外に出た。

「さて、どうしようか」と思っていると、Gさんが出てきた。
続いてKさんも出てきた。
二人とも口々に「冗談じゃない。小倉のソープだって、1万5千円も出せば充分のに。ボリすぎやのう」などと言っている。
二人はどうもしたかったようだ。
「だけ、松山に行こうっち言うたやろ」とぼくが言うと、二人は黙っていた。
その時、突然雨が降り出した。
沖縄特有のスコールである。
もちろんぼくたちは傘を持ってない。
しかし、そこにいるのも変だから、歩いて宿舎に帰ることにした。
暗くてよくわからなかったが、ぼくたちが歩いている所は、どうやらソープ街らしかった。
歩いている途中に、何度か声をかけられた。
「3人さん、いい子いますよー」
怒りの収まらないぼくは、大声で怒鳴った。
「しゃーしい(せわしい)、黙っとけ。お前に用はないんたい!!」
びしょ濡れだったし、かなりすごい形相だったのだろう。
それまで威勢のよかった呼び込みのヤンキー風兄ちゃんは、急に声を落とし「すいません」と言った。

ホテルに帰ってから、ぼくたちはそのことをみんなに話した。
「この辺のタクシーはグルみたいやけ、気をつけとったほうがいいよ」
そんな話をしているところに、Sという男が帰ってきた。
ぼくが「そういえば、お前もあの店におったのう。あれからどうしたんか」、と言うと、Sはニヤニヤ笑うだけで、何も答えなかった。
「ふーん、そうなんか。やっちゃいましたか。お前はバカか」
その後、ぼくはSを見るたびに、「お前、病気もらってない?」と言うようになった。
Sはその話をすると、いつもニヤニヤしていた。
よほどいい思いをしたのだろう。

この旅行の帰り、那覇空港に行くバスの中で、またその店の話が出た。
「その店どこにあるんね?」
「知らん。タクシーが勝手に連れて行ったけ」
そんな話をしていると、バスがある店の前で止まった。
「お土産買う人はここで買って下さい」とガイドさんが言った。
お土産屋の前に、見覚えのある店が見えた。
その店の名前を見ると、『フェニッ○ス』と書いている。
「あの店の名前『フェニッ○ス』やなかったか?」
「そういえば」
ぼくは、大きな声でみんなに言った。
「おい、あの店、あの店。あれが例の店」
場所は那覇港の近くだった。
ということは、初日に泊まったホテルのすぐ近くじゃないか。
「タクシーの奴、こちらが知らんと思って、遠回りしたんか」
そう思うと、また頭にきた。

しかしそのことで、ぼくは沖縄を嫌いにはならなかった。
あの晩のことを除いては、いい思い出ばかりだったからだ。
最初に言ったとおり、風土も匂いもぼくに合っている。
「今度来る時は、民謡酒場のある場所をちゃんとチェックしておこう。
そこ以外には、絶対行かない」
そのことを肝に銘じた。

さて翌年、前年と同じく社員旅行は沖縄だった。
「今度こそ民謡酒場に行くぞ」、と意気込んで那覇の街に出た。
その時は5人で行動した。
那覇港にあるステーキを食べに行って、いよいよ松山の民謡酒場に行くことになった。
しかし、場所がはっきりしない。
1時間ほど探したが、それらしき店は見当たらない。
誰かが「もう時間がないけ、他のところに行こうや」と言った。
ぼくも民謡酒場に未練は残ったが、こうやっていても埒が明かないので、その意見に従った。
「じゃあ、どこに行こうか?」
すると、一人の後輩が「さっき、いい所がありましたよ」と言った。
じゃあ、そこに行こう、ということになった。

後輩はさっさと先頭を歩き、ある店の前で止まった。
「ここです」
唖然とした。
ぼくらは後輩に文句を言った。
「お前、沖縄に来てまで、こんな所に来んでもいいやろ。小倉で見ときゃいいやないか」
「いいじゃないですか。時間もないことだし。付き合ってくださいよ」
後輩の言うとおり、時間がない。
しかたないので、後輩に付き合うことにした。
その店の看板には、『本番、まな板ショー』と書いてあった。
そこは、どこにでもあるストリップ小屋だった。

翌年の社員旅行も沖縄だった。
夜になり、何人かの人が「しんちゃん、遊びに行こうや」と誘いに来た。
しかし、2年連続で後味の悪い思いをしているぼくは、夜の沖縄には行く気がしなかった。
「行かん」と言って、すべて断った。
夜は寝るためにあるものである。
それを沖縄は教えてくれた。
posted by 新谷勝老 at 22:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記 | 編集
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