吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

カテゴリ:頑張る40代! > 日記

 一昨日、年金の手続きに行った。あらかじめ年金事務所の方に予約を入れていたので、待たされることもなく、最初は『一時間程かかる』と言われていた手続きも、予約した時に色々聞いていたおかげで不備もなく、すんなり終った。
 しかし早期に年金を受け取る際は、限度額が現在の月収と合わせて月額28万円までと決まっているらしく、今回は大した金額は貰えないということだった。あとは企業年金が頼りだ。

(しかし、この日記を始めた20年前、まさかここに年金のことを書くとは思っていなかった)

 退院してから一ヶ月以上が経った。その間ずっと、どうして病気に至ったのかを考えていた。生活習慣の末に入院するはめになったわけだが、ではどんな生活習慣が良くなかったのか。
 ぼくは病気にかかる前、ある人に、
「ぼくの体は、コーヒーとレーズンパンと芋焼酎と餃子で出来てる」
 と言ったことがあるのだが、本当にこれか全てで、他に何を食べたという記憶がない。さらに水分をあまり取らなかった。つまり病気の原因は、栄養不足と水分不足の生活習慣にあったわけだ。ある日それに気づいてからは栄養配分に気を遣い、水分補給も充分にやっている。おかげで、血圧がかなり改善されている。

 さて、その生活習慣だが、その影響を受けるのは健康だけではない。自分の性格も生活習慣に培われてこうなったのだし、現在の我が家の経済状態だってそうである。ということは、栄養や水分の補給を変えて血圧が改善されたように、考え方や行動を変えれば、性格も経済状態も好ましいものに変わるということだ。
 そろそろ、あまり好ましいとは思っていない生活習慣性格を脱ぎ捨て、久しく続いている生活習慣貧乏から抜け出そう。

 退院する時、ぼくは医者に聞いた。
「いつから仕事していいですか?」
「いつからでもいいですよ」
「えっ、明日からでもいいんですか?」
「かまいませんよ」

 そこですぐの復帰を考えた。しかし、
『一週間ずつと寝てばかりいたので体力が続くかどうか心配』という思いと、
『まだ痛風が治ってない』という現実と、
『せっかく病人になったんだから、もう少し病人をしていようかな』というずるさと
『どいうしようかな』という弱い自分が、復帰の時期を延ばしたのだった。

 で、自宅で何をしているのかというと、ジッとしていても体力はつかないし、いらんことを考えてしまうから、外に出てウォーキングをやっている。痛風なのに歩けるのかというと、今回は足が腫れてない状態なので、筋膜炎用に買ったサポーターを付ければ歩けるのだ。

 ということで、日曜日は10キロ歩き、月曜日は15キロ歩いた。久々に長距離を歩いたので、筋肉痛になってしまった。
「しかしこれだけ歩けるなら、また痛風の影響が少ないのなら、今日から仕事でもよかったのではないか」
 と思っていると、ずるさが目を覚まして言った。
「仕事には、この痛みが取れてから行くことにしようよ」
「そうだね。うん、そうしよう」
 弱い自分は、そう答えた。

 入院して四日目の朝、看護士さんが来て言った。
「今日からお薬が一つ増えますんで」
「えっ、何の薬ですか?」
「しんたさんは、尿酸値が高いんで、それを下げる薬です。痛風になったことないですか?」
「今年の春に痛みがあったんですが、その時医者から痛風と言われました。実際は筋膜炎だったんですけどね」
「そうですか。でも放っておいたらダメですよ。今日からその薬も飲んで下さいね」
 ということで、その日から薬を飲み始めた。
 さて、翌朝のこと。朝起きると、右足親指の関節が痛い。そのことを朝の回診の時、医者に言った。
「ああ、これは痛風ですね。薬とか飲んでないんですか?」
「昨日、予防薬をもらって飲み始めたんですが」
「・・・、ああそうですか。じゃあしばらく様子を見ましょう」
 その日の夕方、看護士さんがもう一つの薬を持ってきて、
「炎症を治す薬を追加しておきます。今日から朝夕、この薬も飲んで下さいね」
 と言った。ということで、また一つ薬が増えたのだった。

 その翌朝のこと。朝食を終え、薬も飲み、リハビリの時間まで廊下で散歩していた。その時、知り合いになった他の患者さんが声をかけてきた。
「しんたさん、脳梗塞だったですよね」
「はい」
「最初に会った時は、普通に歩いていたようだったけど、今は足を引きずってますね」
「そうですか?」
「痺れが酷くなってきたんですか」
「いえ、痛くなったんです」
「えっ、痛くなった?それも脳梗塞からきてるんですか?」
「いえ、痛風です」

1,早起き
 朝5時に起きる癖が付いてしまっている。病院のベッドが縦も横も窮屈だったので、寝返りが打てず何度も目が覚めてしまう。時間の早いうちは、目を閉じているとまた眠れるのだが、空が明るくなると、もう眠れない。周りはまだ寝ているから、動き回るわけもいかない。しかたなくベッドの上に座り、スマホを眺めていた。8日間そんな生活をしてきたので、体が覚えてしまっているんだな。

2,感動
 昨日の夜、BSで山口百恵のラストコンサートを初めて見た。伝説になっているライブなのだが、彼女のファンでもなかったぼくは、リアルタイムの放送を見てないし、その後ビデオなどで見ることもしていない。唯一見たことがあるのは、彼女が『さよならの向う側』を歌い終わり、白いマイクをステージの上に置き、舞台を去っていく場面だけだ。
 そんなコンサートを、40年経って初めて見たわけだが、とにかく凄かった。中でも『曼珠沙華』は最高だった。あの歌を歌いこなせるのは、やっぱり彼女しかいないだろう。きっと彼女特有の「味」が、あの歌に合っているのだろう。というか、彼女の「味」があの歌を歌わせているのだろう。
 その二年前にあったキャンディーズの解散コンサートとは、また違った感動があった。

 1日に点滴治療が終わり、2日に検査が行われた。結果は良好で、主治医から、
「明日退院していいですよ」
 と言われた。
「えっ、もう退院ですか?」
「ええ、しんたさんの場合、すでに治療は終わっています。残るのはリハビリになるんですけど、これは実生活の中でやった方がいいと、私は思います。患者さんの中には、長く入院したがる方もいるんですけどね。あまりおすすめしません」
 もしかしたら、『後が詰まっているから、早く出てくれ』と言っていたのかもしれないが、主治医は好人物そうだったので、そうは思いたくない。
 入院生活がだんだん楽しくなってきたところだったので、何か物足りなさを感じる結末になってしまったな。しかしいったん退院してしまうと、『二度と入院などしたくない』となるに違いない。
 明日から、また日常の生活に戻る。

 高校の頃、野球部の友人が、ぼくのところにやってきて、
「しんた、ほら」
 と言いながら、ぼくの鼻の前に手を持ってきた。
「く、臭い。何の臭いかこれ?」
「カメムシ」
 今なら「パクチーみたいな臭い」と言えるが、当時はパクチーなんて知らなかったから、説明しようがなかった。とにかく臭いんですよ。そしてしばらく鼻の中に残るんですよ。
 犬に臭いにおいを嗅がせたとき、前脚二本で必死に鼻をしごいて、臭みを取り除こうとするが、その気持ちがよくわかった。

 二十数年前、市外のラーメン屋にチャンポンを食べに行ったことがある。駐車場に車を止め、外に出た途端、
「何か臭うな」
 と思い、息を止めて店の中に入った。
 食券を買い、窓ぎわのテーブルに座り、チャンポンを待っていたのだが、何気に窓を見てびっくりした。なんとそこには、カメムシがびっしり止まっていたのだ。外の臭いの根源はこれだったわけだ。
 店の人にそのことを聞いたのだが、
「今年は、カメムシが大量に発生しているんですよ。近くに果樹園が多いから、きっと影響受けてるでしょうね」
 と言っていた。

 入院というのは集団生活だ。生まれてからずっと少ない家族で暮らしてきたぼくにとって、集団生活で一番困るのがトイレである。小ではない。大の方だ。
 トイレの数が少ない所だと、人と被った時に困る。先に入っていて、ドアノックされると、焦ってしまい、出るものも出さずに退散してしまう。後から来た場合は前の人の臭いを嗅ぐのがいやだ。
 この病院はトイレの数が多いので、そういうことは気にしなくてもいいのだが、一点だけ困ることがある。それは音である。ぼくは、他人の「ブリブリ」を聞くのが嫌なのだ。逆にぼくの「ブリブリ」を他人に聞かせるのも嫌なのだ。
 ということで、今回は早朝誰もいないのを見計らって行っている。

 10年前の今日、いったいここに何を書いていたのかと調べてみたら、『やめといてよかった』というタイトルで、書き出しが「今日からタバコ代が値上げか」である。この国は、10年前も同じことをやっていたんだな。

 ぼくは2007年4月までタバコを吸っていたのだが、その時吸っていたタバコが〔マイルドセブンスーパーライトボックス(現メビウススーパーライトボックス)〕で、価格が260円だったのを憶えている。それが2010年に410円になったのだ。150円も上がったので、『やめといてよかった』となったわけだ。
 それが10年後には540円、ぼくが吸っていた時代からすると、倍以上だ。本当にやめといてよかった。

 ああ、もう10月じゃないか。中秋に入ったのか。入院していると、季節がわからなくなる。まあ、そう日にちは経ってないのだから、入院した日とあまり変わりはないと思うのだが、それでも少しは涼しくなってきているのではないかと思っている。

 さて、28日からリハビリが始まっているのだが、元気なしんたさんは、病室のある4階からリハビリ室のある1階まで、エレベーターを使わず、階段で下りて行った。
「しんたさん、無理しなくていいですよ」
「エレベーターだと、待たないとならないじゃないですか」
 わりと性急なぼくは、待つことが嫌なのだ。そもそも歩けないわけではないので、ここはリハビリも兼ねて歩くべきだろう。

 しかしリハビリの暇なこと暇なこと。あまりに暇だったので、ついでに筋トレもやっておいた。何せ元気なしんたさんだから。

 夕方、介護関係の方がリハビリの結果を聞くためにやってきた。彼もぼくを見るなり、『えっ!?』という表情をして、
「しんたさんは元気ですね」
 と言った。
 当分『元気なしんたさん』を演じなければならない。

 何年か前、地元の山の、山頂付近に住むお客さんの家に行ったことがある。車で登れる程度のさほど高くない山なのだが、それでも山道はつきもので、登って行くにつれて、カーブは多くなるし、道幅もだんだん狭くなる。最後は1台がやっと通れるくらいまで狭くなった。

 それに伴って変わっていったのが、場の雰囲気だった。平地とはまったく違うのだ。神域に入って行くというか、何というか。

 そのお客さんの家の造りは、平地にあるそのへんの民家と変わらないものだったが、家の中は何か神々しく感じた。お客さんもその家族も、何かおっとりした感じの方たちだった。きっと山の神に守られている家だったんだろうな。

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