2022年06月05日

もう一人の自分

 自分の心をどこまでも掘り下げていけば、別の人間にたどり着くのではないかと、常々ぼくは思っている。
 時々、現実とはまったく違った環境の中で、生活している夢を見る。なぜかその内容がえらく現実味を帯びていて、そこでの生活が自然に感じるのだ。その中に登場する人物も、現実では知らない人ばかりだが、夢の中ではえらく親しく懐かしい。

 そういうことを、ぼくは夢の中だけで体験しているのではない。ちょっと瞑想している時にだって体験している。ふと気づけばそこの人たちと、親しげに会話し盛り上がっているのだ。
 夢と瞑想、そのどちらの場合も、現実に戻った後には、すっかり内容を忘れている。だけど、そこで生活し、そこで会話したという現実味を帯びた感覚だけはしっかりと憶えている。これはいったい何なのだろうか。

 話は飛ぶが、地球空洞説というのがある。この地球は実は空洞であって、その空洞部分、つまり地球の内側に、別の世界が存在するという説だ。その説どおりだとすると、大地をどこまでも掘り下げていけば、別世界にたどり着くことになる。もしそうなっているとしたら、それはオカルト的なことではなく、未知の自然ということになる。

 心も自然のものなのだから、そういうことが当てはまりはしないだろうか。冒頭に書いたように、心を掘り下げていけば別の人の心に行き着くということだ。その人とぼくとは心の奥底で繋がっていて、夢だとか瞑想だとかいった現実を超えた次元で交信しているのではないか。そうであれば冒頭に書いた体験も説明がつく。
 もしかしたら、その別の人というのは、実はこの大地の裏側で生活する、もう一人の自分かもしれない。
posted by 新谷勝老 at 06:02 | 日記 | 編集


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