2022年05月20日

セルフイメージ

 確固たる自信のないまま生きてきたから、どうもセルフイメージがよくない。端から見ると、いかにも自信家でそつなく見えるかもしれない。だけどそれは表向きを繕うために編み出した、ぼくの忍法だ。そうだ、みんなは誤魔化されているのだ。ぼくはぼくの影を知っている。影にとらわれているのを知っている。だから忍法に頼るのだ。

 若い頃、知らない人からよく声をかけられることがあった。彼らは決まってこう言うのだ。
「あなた哲学やっているでしょう?」と。
 ぼくが「やってませんよ」と否定すると、
「嘘言ってもダメ。あなたの目はそういう目をしている」と曰う。
 なんだこの誤った自信は。確かにその当時は老荘が好きで、その関連書を読みあさっていた。だが哲学をやっていたわけではない。そこに書いてある処世術を学んでいただけだ。だからその当時のセルフイメージは、思いに耽る哲学者の姿ではなく、馬鹿のごとくボーッとしている姿だった。

 しかし哲学をしている目というのは、いったいどういうものなのだろう。今さらながら鏡を見ておけばよかったと思う。まさか焦点の定まらぬボーッとした目のことではないだろうな。それなら今もしている。
posted by 新谷雅老 at 19:01 | 日記 | 編集

漫画雑誌

 漫画雑誌を初めて自分で買ったのは小学二年生の時で、『オバケのQ太郎』目当てに買った少年サンデーだった。
 それからサンデーを定期購読するようになり、『おそ松くん』のギャグに笑い、『パーマン』のマスクに憧れ、『ミラクルA』『W3』や『伊賀の影丸』の活躍に胸躍らせていた。しかし『おそ松くん』が『もーれつア太郎』に変わった頃から、徐々にその熱は冷めていった。

 再び読み出したのが小学校六年の夏だ。その前の年に創刊された少年ジャンプ、『ハレンチ学園』『父の魂』『男一匹ガキ大将』『ど根性ガエル』等を楽しんでいた。
 またその頃創刊された少年チャンピオンも時々読んでいた。『あばしり一家』『夕焼け番長』等。

 中学に入ってから、『あしたのジョー』をやっていた少年マガジンを読むようになる。読んでいたのは、他に『天才バカボン』『男おいどん』『ワル』『空手バカ一代』『デビルマン』等だった。
 ジョーが終わったのが高校一年春で、その後しばらくマンガから遠ざかる。

 三度目のマイブームは二十歳の頃の少年チャンピオンで、『マカロニほうれん荘』『ブラックジャック』『がきデカ』『月とスッポン』『らんぽう』『エコエコアザラク』等を読み、東京の一人暮らしを楽しんでいた。
 またその頃、『1,2の三四郎』の始まった少年マガジンも購読するようになる。

 社会に出てからはビッグコミックオリジナル。『人間交差点』や『MASATAERキートン』の終了後は、『Happy!』のスピリッツへと移行して『20世紀少年』が終わるまで読んでいた。

 それ以来マンガ雑誌から遠ざかり、今なおそれは続いている。マンガ雑誌を読まなくなったのは、マンガに興味がなくなったからではなくて、興味を引くマンガがなくなったからだ。

 次またマンガ雑誌を読む時、ぼくはどんなマンガに興味を示しているのだろう。
posted by 新谷雅老 at 08:10 | 日記 | 編集


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