2022年05月14日

夜は寝るためにあるものだ(3)

 部屋に入ると、ホステスが口を開いた。
「あの店、こういうシステムになってるの。ごめんね。それで、3万円なんだけど」
「そんな金ない」
「今日じゃなくていいよ。何なら明日、泊まってるホテルに取りに行ってもいいから」
「ホテルに帰っても、そんな金はない」
「じゃあ2万円でいいからさあ」
「しつこいねえ。ないもんはないんたい!!」

 ぼくがかなり頭に来ていると気づいて、ホステスは困った顔をした。ちょうどその時電話がかかった。
「ちょ、ちょっと待ってね」とホステスは電話に出た。
 どうやら仲間からの電話のようだった。方言、つまりウチナーグチでしゃべっているので、こちらはなんと言っているかわからなかった。おそらく、
「こいつ、金持ってないみたい」とでも言っていたのだろう。

 しばらく電話でやりとりしていたが、突然「お友だちよ」と言って、受話器をぼくに渡した。受話器の向こうはGさんだった。
「しんちゃーん、どうしょうか。おれ金ないよー」
「おれもないけど。もし金があってもせんよ」
「出ると?」
「当たり前やん」
 ぼくは受話器を置いた。
「お友だち、何だって?」
「あんたに関係ないやろ」
「ね、どうする?」
「帰る!」
 ぼくはそう言うと、ホテル代を置いて外に出た。

「さて、どうしようか」と思っていると、Gさんが出てきた。続いてKさんも出てきた。
 二人とも口々に、
「冗談じゃない。小倉のソープだって、1万5千円も出せば充分のに。ボリすぎやのう」などと言っている。二人はどうもやりたかったようだ。
「だから、松山に行こうと言ったやろ」とぼくが言うと、二人は黙っていた。

 その時、雨が降り出した。スコールである。もちろんぼくたちは傘を持ってない。しかし、雨宿りする場所もなく、歩いて宿舎に帰ることにした。
 暗くてよくわからなかったが、ぼくたちが歩いている所は、どうやらソープ街らしかった。歩いている途中に、何度か声をかけられた。
「3人さん、いい子いますよー」
 怒りの収まらないぼくは、大声で怒鳴った。
「うすさい、黙っとけ。お前に用はないんたい!!」
 びしょ濡れだったし、かなりすごい形相だったのだろう。それまで威勢のよかった呼び込みのヤンキー風兄ちゃんは、急に声を落とし「すいません」と言った。

 ホテルに帰ってから、ぼくたちはそのことをみんなに話した。
「この辺のタクシーはグルみたいやけ、気をつけとったほうがいい」
 そんな話をしているところに、Sという男が帰ってきた。ぼくが、
「そういえば、お前もあの店におったのう。あれからどうしたんか」と言うと、Sはニヤニヤ笑うだけで、何も答えなかった。
「ふーん、そうなんか。やっちゃいましたか。お前はバカか」
 その後、ぼくはSを見るたびに、「お前、病気もらってない?」と言うようになった。Sはその話をすると、いつもニヤニヤしていた。よほどいい思いをしたのだろう。

 この旅行の帰り、那覇空港に行くバスの中で、またその店の話が出た。
「その店どこにあるんね?」
「知らん。タクシーが勝手に連れて行ったんやけ」
 そんな話をしていると、バスがある店の前で止まった。
「お土産買う人は、ここで買って下さい」とガイドさんが言った。
 お土産屋の前に見覚えのある店が見えた。その店の名前を見ると、『XXX』と書いている。
「あの店の名前『XXX』やなかったか?」
「そういえば」
「おい、あの店、あの店。あれが例の店」
 場所は那覇港の近くだった。ということは、初日に泊まったホテルのすぐ近くじゃないか。
「タクシーの奴、こちらが知らんと思って、遠回りしたんか」
 そう思うと、また頭にきた。
posted by 新谷雅老 at 16:01 | 日記 | 編集

気になる言葉

(1)
 最近気になる言葉があって、それがことあるごとにぼくの頭の中をよぎっていく。どんな言葉なのかというと、「ゆっくり、ゆっくり」だ。
 どういう意図があって、こういう言葉がよぎるのだろう?焦っている自分を戒めているのだろうか。
 そういえば、その言葉が頭の中をよぎる時は、決まって緊張感が漂っているような気がする。

 しかし気になる。ということで、今日それが何を意味しているのかを確かめる実験をやってみた。
「ゆっくり、ゆっくり」を行動に移してみたのだ。つまり、すべてのことをゆっくりやってみたわけだ。
 歩くのもゆっくり、動作もゆっくり、考え事もゆっくりである。すると、面白い結果が出た。

 歩いている時のことだが、ゆっくりを実践していると、不思議と信号などに引っかからないことがわかった。信号にさしかかった時にタイミングよく青になって、待たなくてすんだり、信号のないところでも、道路を渡ろうとすると、車がまったく走ってなかったりした。つまり、すべてが順調に流れたわけだ。

 そういうふうにやっていくと、仮に信号で引っかかったとしても、「この流れに意図があるので引っかかったんだ」とか、「ちょっと焦っていたんだ」などと思って、そのことに腹を立てたり、落胆したりということがなくなるだろう。

 運というのはタイミングだと聞くが、もしかしたら、この「ゆっくり、ゆっくり」の呼吸が、ぼくの幸運のタイミングなのかもしれない。
 きっと神とか宇宙意識とかいうものが、それを教えてくれたのだろう。

(2)
 昔、本で読んだのだが、ある武士が殿様から「霊験あらたかな金言を探してこい」と命じられ、諸国を巡る話があった。
 長い時間をかけて探したあげくに、ようやく武士はその金言を見つけた。その金言とは
「待ったり、待ったり」だった。

 さて、その言葉を見つけ、久しぶりに我が家に戻った彼は、家の窓に不審な影を見た。妻一人しかいないはずの家の中に、もうひとつの影があるのだ。それはどう見ても男の影で、二人は仲むつまじく寄り添っているではないか。

 カッと来た武士は、刀を抜いて家の中に飛び込もうとした。その時だった。彼は例の金言を思い出したのだ。
「待ったり、待ったり」
 さっそく、それを実践してみることにした。

 ひと呼吸置き、心を落ち着けてから家の中に入ってみると、そこにいたのは妻の父親だった。自分が長いこと家を空けて帰ってこないので、心配して様子を見に来ていたらしい。
「待ったり、待ったり」のおかげで、大事に至らずにすんだというわけだ。
posted by 新谷雅老 at 06:29 | 日記 | 編集


Copyright(C) 2000-2022 しろげクラブ. All rights reserved.