吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2020年12月

 日本盤のアルバム・タイトルは、「美しすぎる遺作」だった。文字通りこのアルバムはジム・クロウチの遺作になったわけで、73年に彼はこのアルバムをレコーディングしてから一週間後に飛行機事故で亡くなっている。

 ぼくがこのアルバム、というかこの人の音楽を聴いたのは、その翌年74年が初めてだった。FM福岡でこの人の特集をやっていたのだ。
 まず声が当時好きだったジョン・デンバーに何となく似ていて、親しみを感じた。聴いていくうちにだんだんのめり込む。そしてその中の一曲『歌にたくして』を聞いて俄然気に入り、レコード屋に走ったのだった。。
 このアルバムの他に、彼のレコードは2枚ほど出ていたのだが、そのレコード屋さんには置いてなくて聴くことが出来ない。当時は今みたいにネットで手軽に聴くことも出来ない。結局この人の音楽は購入したこのアルバム一枚を聴くだけに留まっていた。

 あれから46年が経つ。Amazon Musicで彼の名前を見つけ、彼の音楽を聴きたくなったのだ。いちおうそこの会員になっているので、購入せずにストリーミングで聴くことが出来る。
 さっそく聴いてみると、このアルバムはもちろんのこと、その他のアルバムも良く、すごくリラックスできる。

 ということで、今日は彼の歌声をお供に、聴き歩きいたしました。

 お久しぶりです。元気にやってますか?
 こちらはあいかわらずで、あの頃とは違った住みにくさを感じながら過ごしています。あの頃は自我による住みにくさだったけど、今は年齢による住みにくさなのです。どちらも住みにくいことには変わりないけど、どちらかというと今の方が肩身狭く感じます。そちらの世界は自我がないらしいし、年も取らないと聞いているので、きっとそんなことはないのでしょうね。
 さてぼくは先日、大病と呼ばれている病気で入院したのです。しかしいたって元気という診断を下され、すぐに退院させられました。ということで、当分そちらに行けそうにありません。それでお願いなんですが、せめてぼくがそちらに行くまでは、こちらに戻って来ることはしないでください。あれからのことをじっくり聞きたいし、こちらもじっくり話したいし、こちらの世界でやっていたように、じっくり飲みたいですからね。
 それではまた、手紙書きますね。

 午後2時から聴き歩きを始める。最初に聴いていたのは、はっぴいえんどのアルバム「風街ろまん」だったが、10曲目の『颱風』のイントロのハーモニカの音を聴いた途端、ボブ・ディランのアルバム「Jhon Wesley Harding」が聴きたくなり、切り替える。

 高校時代からそうなのだが、ぼくは冬になると、なぜかボブ・ディランが聴きたくなる。そしていつも聴いている。もう40年以上もこれを繰り返しているのだ。ちなみに秋はビートルズだ。春夏は特にない。

 さて、そのアルバム「Jhon Wesley Harding」だが、これと言って好きな曲があるわけではない。強いて上げるとすれば『見張塔からずっと』ということになるだろうか。ぼくはそのタイトルでこのブログの記事を書いたことがあるわけで、いちおう意識はしている。
 ではそこまでお気に入りの曲がないのに、何で今日このアルバムを聴きたくなったのかというと、このアルバム全体の雰囲気が好きなのだ。アコースティックギター、ハーモニカ、ベース、ドラムだけのシンプルな楽器構成で何か落着くんだな。下手なエレキギターで音楽を乱してないのがいい。

枯葉2

 冬の訪れを嫌がるかのように、枯葉が枝にしがみついている。やっぱり冬は嫌だな。

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