吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2020年10月

休日の夕方、家の近くの川べりを歩いていた。
ぼくと同じように歩いている人も結構いた。
ところが、前を行く人、後ろから来る人、
すれ違う人、そのほとんどが、
犬の散歩、犬の散歩、犬の散歩だ。
さて、この辺は団地しかないのだが、
どこからやって来た人たちなんだろう。

 いろんな人から、「体調はどうですか?」と聞かれる。
 いやいや、体調は悪くないんですがね、問題はメンタル面ですわ。すぐ悪い方向に考えてしまうんです。
 まあ、病気した後すぐに、いい方向に考えるなんて、なかなか難しいことなんですけどね。しかし、そこをどうにかしないと。山にでも籠もって修行いたしましょうかね。

川道を歩いていてふと思った。
バッタも雀も白サギもネコも
ここに集う様々な動物たちは
みんな前を向いて進んでいる。
いや動物たちだけではなくて
ここの道沿いに咲く花だって
この川を流れて行く水だって
みんな前を向いて進んでいる。

火星が出ている。

 同じ病室に入院していた方と、付き添いの奥さんの会話。
「近所の人に、おれが入院したなんて言うなよ」
「じゃあ、蒸発したと言っておきます」
「ばか、蒸発したなんて言うな」
「じゃあ、なんて言ったらいいんですか?」
「主人はしばらく病院にいます、と言っておけ」

火星が出ている。

 この間入院していた病院の病室は、通りに面していた。入院中に同室の人が言った。
「この通りは救急車の往来が多いですなあ」

火星が出ている。

 東南に面した山の頂付近に、鉄アレイの形をしたオレンジっぽい灯りが見えた。ぼくは嫁さんに言った。
「あのオレンジの光、変やろ。形からしてUFOやないんか?」
「どの光?」
「あれあれ」
 と言って、ぼくはその灯りを指さした。
「あれって、ただの星やん」
「横に膨らんで、鉄アレイみたいな形をしとるやろ」
「膨らんでないよ。あなたの目がおかしんいんじゃないと?」
 そうだった、ぼくは乱視だった。

火星が出ている。

 昨日、12日ぶりに職場に復帰した。車の運転は、ドクターストップがかかっているため出来ない。そのため歩いての通勤となった。家から職場まで車で5分もかからない距離なので、歩いて15分もあれば着くだろうと思い、始業時間の20分前に家を出た。ところが職場に着いたのは始業時間を5分過ぎていた。つまり家から職場まで25分かかるわけだ。次の出勤は10日、始業時間の30分前に家を出なければ。10分差、ちょっときついかも。

 さて、仕事のほうだが、退院してからずっと歩き回っていたせいか、体力的な問題はなかった。筋肉痛が治ってないのがちょっと気になったくらいだ。しかし、暇だったなあ、あまりに退屈すぎて気持ちが疲れた。

 退院する時、ぼくは医者に聞いた。
「いつから仕事していいですか?」
「いつからでもいいですよ」
「えっ、明日からでもいいんですか?」
「かまいませんよ」

 そこですぐの復帰を考えた。しかし、
『一週間ずつと寝てばかりいたので体力が続くかどうか心配』という思いと、
『まだ痛風が治ってない』という現実と、
『せっかく病人になったんだから、もう少し病人をしていようかな』というずるさと
『どいうしようかな』という弱い自分が、復帰の時期を延ばしたのだった。

 で、自宅で何をしているのかというと、ジッとしていても体力はつかないし、いらんことを考えてしまうから、外に出てウォーキングをやっている。痛風なのに歩けるのかというと、今回は足が腫れてない状態なので、筋膜炎用に買ったサポーターを付ければ歩けるのだ。

 ということで、日曜日は10キロ歩き、月曜日は15キロ歩いた。久々に長距離を歩いたので、筋肉痛になってしまった。
「しかしこれだけ歩けるなら、また痛風の影響が少ないのなら、今日から仕事でもよかったのではないか」
 と思っていると、ずるさが目を覚まして言った。
「仕事には、この痛みが取れてから行くことにしようよ」
「そうだね。うん、そうしよう」
 弱い自分は、そう答えた。

 入院して四日目の朝、看護士さんが来て言った。
「今日からお薬が一つ増えますんで」
「えっ、何の薬ですか?」
「しんたさんは、尿酸値が高いんで、それを下げる薬です。痛風になったことないですか?」
「今年の春に痛みがあったんですが、その時医者から痛風と言われました。実際は筋膜炎だったんですけどね」
「そうですか。でも放っておいたらダメですよ。今日からその薬も飲んで下さいね」
 ということで、その日から薬を飲み始めた。
 さて、翌朝のこと。朝起きると、右足親指の関節が痛い。そのことを朝の回診の時、医者に言った。
「ああ、これは痛風ですね。薬とか飲んでないんですか?」
「昨日、予防薬をもらって飲み始めたんですが」
「・・・、ああそうですか。じゃあしばらく様子を見ましょう」
 その日の夕方、看護士さんがもう一つの薬を持ってきて、
「炎症を治す薬を追加しておきます。今日から朝夕、この薬も飲んで下さいね」
 と言った。ということで、また一つ薬が増えたのだった。

 その翌朝のこと。朝食を終え、薬も飲み、リハビリの時間まで廊下で散歩していた。その時、知り合いになった他の患者さんが声をかけてきた。
「しんたさん、脳梗塞だったですよね」
「はい」
「最初に会った時は、普通に歩いていたようだったけど、今は足を引きずってますね」
「そうですか?」
「痺れが酷くなってきたんですか」
「いえ、痛くなったんです」
「えっ、痛くなった?それも脳梗塞からきてるんですか?」
「いえ、痛風です」

1,早起き
 朝5時に起きる癖が付いてしまっている。病院のベッドが縦も横も窮屈だったので、寝返りが打てず何度も目が覚めてしまう。時間の早いうちは、目を閉じているとまた眠れるのだが、空が明るくなると、もう眠れない。周りはまだ寝ているから、動き回るわけもいかない。しかたなくベッドの上に座り、スマホを眺めていた。8日間そんな生活をしてきたので、体が覚えてしまっているんだな。

2,感動
 昨日の夜、BSで山口百恵のラストコンサートを初めて見た。伝説になっているライブなのだが、彼女のファンでもなかったぼくは、リアルタイムの放送を見てないし、その後ビデオなどで見ることもしていない。唯一見たことがあるのは、彼女が『さよならの向う側』を歌い終わり、白いマイクをステージの上に置き、舞台を去っていく場面だけだ。
 そんなコンサートを、40年経って初めて見たわけだが、とにかく凄かった。中でも『曼珠沙華』は最高だった。あの歌を歌いこなせるのは、やっぱり彼女しかいないだろう。きっと彼女特有の「味」が、あの歌に合っているのだろう。というか、彼女の「味」があの歌を歌わせているのだろう。
 その二年前にあったキャンディーズの解散コンサートとは、また違った感動があった。

 1日に点滴治療が終わり、2日に検査が行われた。結果は良好で、主治医から、
「明日退院していいですよ」
 と言われた。
「えっ、もう退院ですか?」
「ええ、しんたさんの場合、すでに治療は終わっています。残るのはリハビリになるんですけど、これは実生活の中でやった方がいいと、私は思います。患者さんの中には、長く入院したがる方もいるんですけどね。あまりおすすめしません」
 もしかしたら、『後が詰まっているから、早く出てくれ』と言っていたのかもしれないが、主治医は好人物そうだったので、そうは思いたくない。
 入院生活がだんだん楽しくなってきたところだったので、何か物足りなさを感じる結末になってしまったな。しかしいったん退院してしまうと、『二度と入院などしたくない』となるに違いない。
 明日から、また日常の生活に戻る。

 高校の頃、野球部の友人が、ぼくのところにやってきて、
「しんた、ほら」
 と言いながら、ぼくの鼻の前に手を持ってきた。
「く、臭い。何の臭いかこれ?」
「カメムシ」
 今なら「パクチーみたいな臭い」と言えるが、当時はパクチーなんて知らなかったから、説明しようがなかった。とにかく臭いんですよ。そしてしばらく鼻の中に残るんですよ。
 犬に臭いにおいを嗅がせたとき、前脚二本で必死に鼻をしごいて、臭みを取り除こうとするが、その気持ちがよくわかった。

 二十数年前、市外のラーメン屋にチャンポンを食べに行ったことがある。駐車場に車を止め、外に出た途端、
「何か臭うな」
 と思い、息を止めて店の中に入った。
 食券を買い、窓ぎわのテーブルに座り、チャンポンを待っていたのだが、何気に窓を見てびっくりした。なんとそこには、カメムシがびっしり止まっていたのだ。外の臭いの根源はこれだったわけだ。
 店の人にそのことを聞いたのだが、
「今年は、カメムシが大量に発生しているんですよ。近くに果樹園が多いから、きっと影響受けてるでしょうね」
 と言っていた。

 入院というのは集団生活だ。生まれてからずっと少ない家族で暮らしてきたぼくにとって、集団生活で一番困るのがトイレである。小ではない。大の方だ。
 トイレの数が少ない所だと、人と被った時に困る。先に入っていて、ドアノックされると、焦ってしまい、出るものも出さずに退散してしまう。後から来た場合は前の人の臭いを嗅ぐのがいやだ。
 この病院はトイレの数が多いので、そういうことは気にしなくてもいいのだが、一点だけ困ることがある。それは音である。ぼくは、他人の「ブリブリ」を聞くのが嫌なのだ。逆にぼくの「ブリブリ」を他人に聞かせるのも嫌なのだ。
 ということで、今回は早朝誰もいないのを見計らって行っている。

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