吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2020年05月

 先日、駐車場のハトのことを書いたが、その続きである。
 二、三日前にぼくが車を止めている外の駐車場から、社屋に入ろうとしたら、突然一羽のハトがぼくの後ろから飛んで来た。そして客用駐車場に入っていった。
 そこまで行ってみると、上の方から「クークー」という鳴き声が聞こえてきた。見てみると、そこに数羽のハトがいた。奴ら、ここで生活しているのだ。それで外の駐車場から立ち去らないのだ。
 床には複数の糞が落ちていた。またイライラしてきた。いつか追い出してやる。

 今日は時折小雨の降る一日だったのだが、これが普通に感じて、憂鬱な気持ちにはならなかった。最近、朝晴れていたりすると何か落ち着かない。逆に曇りや雨だとなぜか安心するのだ。朝方に見る夢は、曇った世界だったり、雨の記憶だったりだし。
 一月にテレビのコロナ関連の報道が始まってから、ずっとぼくはこうなんだ。きっと『コロナ報道ウイルス』が、心の中にはびこっているんだろうな。

雨の臭いのこもる教室で、ぼくは授業を受けていた。
授業の内容はおろか、その科目が何であるのかすら
わからないまま、その場所に置かれていたのだった。

「何でこんな場所にいるんだ。雨の臭いのこもった
教室の時代は、何十年も昔に終わってるはずなのに。
今さらこんな場所にいる必要なんてないじゃないか。
一刻も早くこの湿気った場所から逃げ出さなければ。
このままこの教室に居続けると人生が狂ってしまう。
授業が終わったら直ぐにこの教室から出てしまおう」

雨の臭いのこもる教室で、ぼくは机の上に肘をつき、
講義を聞くふりをしながらノートの角に地図を書き、
教室の時代から抜け出す計画を立てていたのだった。

 もう何回目になるんだろう。今週も抽選から漏れ、シャープさんのマスクが買えなかった。当選の確率は相変わらずらしいから、おそらく来週も駄目なんだろうな。

 そのことで落胆しているのかというと、そうではない。色んな所からかき集めたおかげで、我が家の使い捨てマスクのストックは、現在200枚ほどある。すでにぼくは使い捨てマスクから布マスクに切り替えているので、その200枚は全部嫁さん用となるわけだ。

 では、何でシャープ製マスクにこだわっているのかというと、国産だからという理由ではない。希少価値があるからという理由でもない。国産について言えば、国産の布マスクなら何枚も持っている。希少価値から言えば、非売品のEDWINやLEEのロゴ入りデニム地マスクを持っている。だから、そんなことにこだわっているのではない。

 実は身近にシャープ製マスクの抽選に当たった人がいるのだ。その人がことあるごとに、
「シャープのマスクはいいよ。国産だし、安心できるからね」
 なんて自慢するから、それが悔しいわけだ。

 その人には、ぼくが国産や希少価値のマスクを持っていることは言ってない。シャープ製マスクが当たった時に、そういった布マスクを見せびらかせて、
「シャープのマスクもいいけどね、こういうマスクの方がいいよ。洗って何度も使えるし、シャープ製以上に希少価値もあるし、使い捨てマスクにないファッション性もあるしね」
 と言ってやりたいのだ。実に大人げない話だが。

 コロナウイルスの影響で、時短勤務になっている。帰る時間、まだ日は落ちてない。そのせいで、スズメやハトもまだ会社の駐車場にたむろしている状況だ。彼らは一体何をしているのだろう。
 スズメはわかる。駐車場のフェンスの所に多くの雑草が生えているのだが、そこに生息する虫たちを物色しているのだろう。

 問題はハトだ。奴らは別に雑草をあさっているわけではない。ただ、駐車場のアスファルト上をウロウロしているだけだ。
 人間を見ても警戒しない。人間が近づいても逃げようとしない。逆に向かってくる奴もいる。逃げるのはいよいよ間近に来た時だけだ。それも飛ぶのではなく、首をふりふり歩いてだ。

 おそらくどこかの人間が餌をやったりしているのだろう。そのせいで人慣れしているのだ。いや、人間を舐めているのだ。
 しょっちゅう車に糞を落としているのも、その大きさからして奴らだ。何でハトが平和の象徴と言われるのだろう。ぼくにとってはイライラを増長させるだけの生き物に過ぎない。

「次の人生、初恋は小学1年の時だ。同じクラスの女の子に。キスしちゃうんだな。しかし、それが最初で最後、彼女は転校し、その後会うこともなくなり、おまえの初恋は儚く終わる。

 高校1年の時に、ある女性と出会い、それからその人のことをずっと思い続けることになる。その思いは、歌となる。そしてずっと歌い続けることになる。ただその人とは結ばれることはない。その人は他の人と早々と結婚してしまうのだから。

 結婚は遅い。25歳の時に一人の女性と付き合いだすが、くっついたり分かれたりを繰り返す。結局結婚まで出会いから15年かかってしまう。しかし、結婚運は悪くはない。夫婦仲も良く、そこそこの幸せを味わうだろう。

 以上がおまえの、これからの人生で味わう大まかな恋愛と、結婚ついての話だ。まだまだいろんなことがあるが、すべて語ってしまうと面白くないだろう。それは現場で味わってこい」

 神様にそう言われて、ぼくはこの世に送り出された。

就業、移動、買物、外出時はずっとマスクをつけているので、一日の半分近くはマスクをつけていることになる。その間、鏡があった時にはマスクの位置を直したりしているわけだが、マスクを外した自分の顔を見ることはない。
家に帰ってからようやくマスクを外すわけだが、それから自分の顔を鏡で見ることもあまりない。
そのせいで、ぼくは今、自分の顔の詳細を忘れかけている。
「あれ、こんな所に、ぼくろがあったっけ?」
「法令線、こんなに長かったなぁ?」
「ん?わりと鼻が赤いやん」
といった具合だ。
ちゃんと今の顔を覚えておかないと、また同じような日記を書くことになる。

 小学校4年の2月の終わり頃だったか、クラスの人間が10人近く休んだことがあった。担任の先生が「流行り風邪」と言っていたので、きっとインフルエンザだったのだろう。当然この大量の欠席者は学校内でも話題になり、我がクラスの学級閉鎖が決定した。

 当分の間学校に行かなくてよくなるので、ぼくたちは喜んでいた。ところが、誰かが、
「学級閉鎖になったクラスは、春休みがなくなるらしいぞ」
 と言い出したので、クラス中が騒然となった。
『春休みがなくなる』
 ただでさえ短い春休みだ。それを減らされると困る。

 ということで始まったのが、その原因を作った欠席者たちへの苦情だ。
「だいたいあいつらが休まんかったら、こんなことにならんですんだんだ。あいつらだけ春休みをカットしたらいいやんか」

 我がクラスの学級閉鎖は三日間だった。幸い、懸念されていた春休みカットにはならなかった。
「こんなことなら、一週間の学級閉鎖でもよかったな」
 何か損した気がしたものだった。

青空を遮断する灰色の雲が
笑顔で指揮棒を振っている

さりげなく笑顔で近づいて
彼らに『愛』をうたわせる

さりげなく風を吹かせては
彼らに『平和』を語らせる

さりげなく雨を降らせては
彼らを『正義』に走らせる

さりげなく青空を垣間見せ
彼らに『銃』をかつがせる

時代はスカスカ、今年もスカスカ
前世もスカスカ、来世もスカスカ

夢見はスカスカ、希望もスカスカ
理想もスカスカ、現実もスカスカ

都会はスカスカ、田舎もスカスカ
会社はスカスカ、仕事もスカスカ

学校はスカスカ、勉強もスカスカ
お店はスカスカ、お客もスカスカ

自分もスカスカ、他人もスカスカ
お犬もスカスカ、お猫もスカスカ

ヨハネ、マヤ暦、ノストラダムス
末法思想、何度滅びたことだろう

人生スカスカ、スカスカスカスカ
とてもいい感じに流れております

先日、専門家が「コロナ前の日常には戻れない」と言っていたが、それはマスクの常用というのも含まれるのだろうか。
もしそうならば、「今日はこの服着るから、このマスクにしようかな」というのが日常になるんだろうな。

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