吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2020年04月

このまま9月入学になったら、卒業は6月頃になるのか。
ということは、さだまさしさんの『つゆのあとさき』の世界になるわけだ。

何年後か何十年後かは知らないが、そう遠くない未来に、
「はいはいコロナ感染ね。あんなのXXを飲んだらすぐに治るよ。そんなこと子供でも知っているよ」
という時代がきっと来ると思う。

さて、今の時代には、未来から来たタイムトラベラーが幾人もいるらしい。
その人たちに聞きたい。
「もしそういうことになっているなら、子供でも知っている、そのXXを教えてくださいよ」

 12月、家の中に、使い捨てのマスクが110枚(全て未開封)ほどあった。
 1月、コロナ問題が中国全土に広がった時に、福岡市に住む姪が、
「香港にいる友だちから、マスクがあったら分けて欲しいと頼まれたんだけど、余ってない?」と聞いてきた。
 姪に甘いぼくたち夫婦は、
「あるよ」と言って、70枚を姪に送った。手持ちは40枚ほどになった。

 2月中旬、たまたま行っていたホームセンターで、運良く50枚を手に入れた。
 2月下旬、職場でのマスクが必須になり、そこからマスクの減りは早くなった。

 3月、マスクを探しまくるも手に入らず。
 3月下旬、ストックが10枚を切る

 4月頭、会社からの支給で数枚手に入る。
 4月上旬、「コストコで売ってたよ」と人から聞いて足を運んだが、「昨日はあったんですけどね」と言われ買えなかった。
 4月21日、シャープさんに望みをかけるも、サーバーダウンで買えない。
 4月23日、家にあるマスクは6枚(内未開封2枚)。未開封じゃない4枚は、洗って再利用しているやつだが、繊維が毛羽立ってしまい、鼻の内外をくすぐって気持ち悪い。
 4月24日、ブログに『マスク事情』という記事を書く。
 ついでに、『だいたいコロナ問題さえなければ、マスクが手に入らないと嘆かなくてもすんだのだし、不織布の繊維で鼻をくすぐられることもなかったんだ』というグチも書く。

ということで猫になったわけだが・・
「えっ?」
どうしてぼくは、
猫になったなんて思うんだろう。
元々猫だったよなぁ。

そういえば昔、いや、
ついこの間までだったか。
もっと目線の高い所で、
今みたいな地を這う生活とは違った生活を
ぼくはしていたような気がするんだけど。
あれは何だったんだろう。
夢だったのかなぁ。妄想だったのかなぁ。

それにしても腹が減った。
コンビニでなんか買ってこようかな・・
「ん?」
コンビニって何だったっけ。
思い出せない。

やつらの弱点に気付いた人が
トンネルを越えてやって来た。
その日からこの街は一変した。
至る所にはびこっていた塊が
心の中から消え去っていった。
街はまた動き出したのだった。

後世の人から、今年2020年はどういう年だと呼ばれるのだろうか?
1973年の『石油パニック』みたいに、『コロナパニック』と呼ばれるのだろうか?
2008年の『リーマンショック』みたいに、『コロナショック』となるのだろうか?

その年号をどう覚えるかだが、いい語呂が見当たらない。
強いて言えば、
「こまるこまる(こ○こ○)コロナ感染」?

さて、年末恒例の今年の漢字は何だろう?
密閉、密集、密接の3密がらみで、『密』だろうか?
臨時休校や休業要請の、『休』だろうか?
デマが飛び交ったから、『偽』だろうか?『嘘』だろうか?『噂』だろうか?
クラスターがらみで、『群』だろうか?『集』だろうか?『集』だろうか?

流行語大賞は、『3密』『不要不急』『クラスター』あたりか?

今年の春の甲子園の優勝校はどこでしたか?
志村けんは生きていますか?
今年の春節も中国人観光客は多かったでしょうかか?
今年も『月曜から夜ふかし』で花見の個人的ニュースをやったのでしょうか?
春ドラ初回視聴率ランキング1位は?
東京オリンピックは予定通り行われるのでしょうか?
国会は相変わらずモリカケとか桜をやっているのでしょうか?
「不要不急」という言葉を知っていますか?
マスクは売っているのでしょうか?
渋谷とかの人通りは多いのでしょうか?

 自分の読書の歴史をたどってみると、十代前半まではとにかくマンガだった。少年サンデー『おそ松くん』で始まり、少年マガジン『あしたのジョー』の最終回まで続いた。印象に残っているのは、手塚治虫の『W3』だ。特に最終回の展開は、その後のぼくの発想の基本になっている。

 十代後半は歴史小説やエッセイや詩集。歴史小説は特に吉川英治ものが多かった。『三国志』にいたっては十数回読み直した。
 エッセイは遠藤周作の狐狸庵シリーズ。詩集は中原中也、高村光太郎などをよく読んだ。

 二十代は中国の古典やマンガ。孔孟老荘など教養ものや、『菜根譚』などの処世ものをよく読んでいた。
 特に老荘への関心が強かった。これが三十代の禅思想への関心へと続く。
 マンガは、少年チャンピオン、少年マガジンや少年ジャンプをよく読んでいた。特にチャンピオンは鴨川ツバメもの、マガジンは小林まことものをよく読んでいた。

 三十代は禅関連やマンガ。どちらかというと処世的な老荘から、内面的な臨済へと関心が移った。その臨済が禅思想や仏教思想へのきっかけになった。そこで得た成果は、『般若心経』や『延命十句観音経』を暗唱できるようになっただけだったが。
 一方マンガは、二十代後半から三十代にかけてのビッグコミックオリジナル。きっかけは『人間交差点』で、当時自分が抱えていた悩みとシンクロした作品が多かった。浦沢直樹ものを読むようになったのもこの頃からだ。特に『Happy!』は最高だったな。

 四十代、五十代は日本史関連やマンガ。実は小学生の頃から日本史が好きだった。その興味に火がついたのが近隣諸国問題への関心だった。『何で日本は、近隣諸国に謝らなければならないのか?』という疑問が、近代以降の歴史書に繋がった。そこで得た結論は「ふざけるな!」だった。
 マンガの方は三十代の延長で、ビングコミック系をよく読んでいた。それに加えて、つげ義春ものをこの頃から読み出した。その『つげもの』と『ゲゲゲの女房』の影響から、水木しげるものを読みあさるようになる。

 で、今はその延長上にある。(続く)

「あの国の人たちは、自分たちのしでかしたことを、他人のせいにする性格なのではないか?」
 と思うようになったのは、数十年前に近代史の勉強をしていた時だ。そのことを踏まえて勉強することで、近代史がよく理解できた。そして、ぼくはそれが正しい歴史だと認識したのだった。

「あの国の人たちは、きっと同じことをやるだろう」
 と思ったのが今回の武漢の問題で、案の定彼らは米軍のせいだと言いだした。やがて盧溝橋や南京と同じように、彼らはそれを正しい歴史だと認識するのだろう。

緊急事態宣言など
どこ吹く風と
不要不急の兄ちゃんが
スマホを覗き込みながら
ダラダラダラダラ歩いている。

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