吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2019年08月

 夏休みの終わり頃、空はいつも雲が覆っていて、少し湿った風が吹いていた。クラゲの出ている海にはもう行けないし、プールも少し肌寒い。夏休みが始まった頃、頻繁にやっていた草野球も、すでに飽きていた。
 やることがないのかというとそうではなく、今まで手をつけなかった宿題が机の上に積み上げてある。これをやらなければならない。
 しかしぼくは、『宿題、宿題』と思いながらも、夏休みに習慣となってしまった、モーニングショーやお昼のメロドラマなどを見ていた。

幼い頃は手塚さんが描くような、都会のにおいがしてくるマンガが好きだった。『おそ松くん』を読んでからは、当時の貧乏のにおいがしてくるような、生活に密着したマンガが好きになり、『ゲゲゲの鬼太郎』を読んでからは、生い茂った草木のにおいがしてくるような田舎の地蔵的なマンガが好きになった。

その後、『あしたのジョー』を読み始めたのだが、それ以来、古い畳のにおいがしてくるような裏町的なマンガも好きになった。『あしたのジョー』と裏町は結びつかないかもしれないが、連載を読み始めたのは、ちょうどジョーがドサ回りをしている時期だった。そこで描写していた旅館の雰囲気が、えらく気に入ったのだ。

貧乏、草木、そして古い畳。それらのにおいが、つげさんを連れてきた。最初は一度読むだけで充分だと思っていた。だが、一度読むとやめられない。何度か読むと抜けられない。そして、そこに住んでしまうのです。

 とりあえず色々な人がそこに入っていく。最初のうちは抜け道なんかもあるので、誰もが気楽にやっているわけですが、そこにはいつでもやり直しが利くという感覚もあり、自分でもなかなか見極めがつかないのです。

 そこで人生は様々な場面で、一つ一つハシゴを外してくるわけです。そこにきてようやく挫折する人なんかが出てくる。しかし、それをやるために生まれてきた人は、自ずと本気を出し始め、そこに人生を見いだすようになる。

 そういう人がその世界で一端の人、さらには一流の人になっていくわけです。まあ、それが天から職を与えられた、選ばれた人ということになるんでしょうね。

 昔、柔道をやっている時に、絞め技で落とされたことがある。仮死状態になったわけだ。
 その時、ぼくが見た風景はピンク色で、遠くで子供たちが遊ぶ声が聞こえた。柔らかい日差しの中にぼくはたたずみ、えらく懐かしく優しい気持ちでその時を過ごしていた。
 それからしばらくして、どこからともなくぼくを呼ぶ声が聞こえた。その声の方向に顔を向けたとたんに、ぼくは現実に戻った。その瞬間、「何でこんなところにいるんだろう」とぼくは思ったのだった。
 今でも、落ちた時のことを思い出すこことがあるが、なぜか優しい気持ちになる。それはあの場所が、生命の原点だからではないのだろうか。

 それとは別に思うことがある。実は、ぼくはあの時点で死んでいて、現実と思って生きてきた道は、ぼくという自我がイメージした架空の履歴ではないのかと。

 小学生の頃、ぼくの周りでは、サイダーといえば三ツ矢サイダーという認識だった。近くにスーパーマーケットなどなく、駄菓子屋がすべてだった時代、その他のサイダーなんて見たこともなかったし、その存在すら知らなかった。
 後年、サイダー分類されていると知ったキリンレモンは、レモンが入っているからという理由で、ぼくたちの間ではサイダー認定をしていなかった。だから今でもキリンレモンはサイダーではないのだ。

 小学四年のある日、ある番組が始まってから、レモンの入ってない、サイダーらしきものがこの世にあるのを知ることになった。もちろん古くからある飲み物なので、他の地方や地区には流通していたかもしれない。だが、ぼくたちの住む世界には、その飲み物は存在しなかった。
 その番組とはアニメ、いや当時はまだアニメとは言わず、テレビ漫画と言っていた。『ゲゲゲの鬼太郎』である。
その不気味な主題歌と前後して流れてきたのが、「リボンちゃん、リボンシトロンよ…」という初めて見聞きするコマーシャルだった。
 ぼくたちの間で、宇宙ものでも怪獣ものでもなかった鬼太郎は、当然のように話題になったが、それと同時に初めて見るリボンシトロンも話題になった。
「リボンシトロンとは何ぞや?」
 ぼくの周りにはその存在を知る者がいなかったので、最初はどんな飲み物かもわからなかった。
 そんなある日、クラスの一人が「リボンシトロンというのはサイダーみたいな飲み物らしい」という情報を仕入れてきた。それでようやく、世の中にはもう一つサイダーがあるのを知ることになったわけだ。

 さて、ぼくが実際にリボンシトロンを見たのは、いや飲んだのは、それからどのくらい経ってからだろうか。確かに飲んだ覚えはある。しかしそれがいつだったのか、どんな味だったのか、一向に思い出せないでいる。

 ぼくの中でリボンシトロンは、それほど存在感のない飲み物となっている。今でもあまりお目にかからないし、飲みもしない。ただ、鬼太郎のまんがを見た時とか、鬼太郎という文字を見た時とかに、その存在を思い出す程度だ。ゲゲゲゲゲ、ゲゲゲゲゲ…。

 二十数年前のある日、職場に昔のギター仲間T君がという人が遊びに来た。
 ずいぶん久しぶりの登場だったのだが、彼は挨拶をすることもなく、突然、
「やる気ありますか?!」
 と言った。
「えっ?」
「やる気ありますか、と聞いているんです」
「何のやる気?」
「もういいです」
 何がもういいのかわからない。それよりも、何で年下のT君から、頭ごなしに「やる気ありますか?」なんて言われなければならないのか。そのことにぼくは腹が立った。
「何が『やる気ありますか?』だ。ちゃんと筋道立ててしゃべらんと、何が何だかさっぱりわからんやろ」
 ぼくの怒り口調に引いた彼は、「すいません」と言って、その話を始めた。

「いい話があったので、勧めようと思って・・」
 そのいい話というのが儲け話で、その方法というのがマルチ商売だった。何でも『あのミスター・イノウエ』という人物までが注目している新手の商売らしく、彼はそのミスター・イノウエという名前が決め手になって、その商売を始めたということだった。
 ある大手のマルチは、かつてのダイエー総帥中内功氏までが注目している商売だと言って洗脳し勧誘していた。著名人の名前を出すのは、その手の商売をする人の常套手段らしい。彼の言う『あのミスター・イノウエ』という人物も、中内氏類の人物のようではある。だが、ぼくはその『あのミスター・イノウエ』という名の人物のことをまったく知らない。
 ということで、ぼくはその『あのミスター・イノウエ』という人物のことを彼に聞いてみた。すると彼は、
「えっ、『あのミスター・イノウエ』を知らないんですか?」
 と急にバカにしたようなような口調になって、勝ち誇ったように『あのミスター・イノウエ』を讃え始めた。

 彼が帰った後、周りの人間にその話をすると、そこにいた人間すべてが、ぼくと同じ疑問を抱いたのだった。
「『あのミスター・イノウエ』という人は何者なんですか?」
「知らんけど、有名な人らしい」
「その商売はどうでもいいけど、『あのミスター・イノウエ』にはぜひ会ってみたいですよね」

 あれから二十年以上経つが、その後そのマルチ商売が成功したという話は聞かない。ということは、その商売に注目していた『あのミスター・イノウエ』氏も失敗したのだろうか。それとも、その商売に注目はしたものの結局参加はしなかったのだろうか。
 T君のことはどうでもいいのだが、ぼくは今『あのミスター・イノウエ』氏のことが心配になっている。

 高校時代、ある人から「飯を食わずに運動したら筋肉が付くよ」と聞いて、部活のある日には昼食をとらなかった。そのせいなのか、脂肪が溜まらず、厚みのない皮膚の下にいる腹筋くんが、しっかり顔を出していた。
 今、そういう体に戻そうと、昼食を抜いて腹筋運動をやっている。だが、厚みのある皮膚の下にいる腹筋くんは、なかなか顔を現さない。

友だちが習っているのを見て、
面白そうだと始めたそろばん。
珠をパチパチ弾きたい、ただ、
それだけだったんだね。結局、
計算だとか指の動きだとかは、
どうでもいいことだったんだ。
その後二年通うことになるが、
実は最初の三日で飽きていた。
だからうまくもならなかった。

ニ十数年前、当時上司だった人と初めて飲みに行った時の話だ。
タイトルは忘れたが、ぼくがカラオケである歌をうたっていると、急に彼が、
「ぼくの歌を取ったらいかんだろう。それはぼくが先輩からもらった歌だ」
と憤慨して文句を言った。
『ぼくの歌』って、初めて飲みに行った人の十八番なんて、ぼくが知っているはずがない。それにそんなに大切な歌なら、先にうたっておけばいい話で、そうすればぼくも同じ歌なんかうたわない。

その文句で充分白けさせられたのだが、彼はさらにぼくを白けさせてくれた。文句を言ってから十分後、彼はろれつの回らない口で、
「君はこういう歌を知っとるかね。これはぼくが先輩からもらった歌だ」
と言い、先ほどの歌をうたい出した。最初は皮肉でうたっているのかと思ったのだが、その酔い方からして、どうも記憶が飛んでいる様子だった。
ま、それはともかく、とても『ぼくの歌』と呼べるような歌にはなってなかった。それはそれは下手くそだったのだ。
それ以降ぼくは、彼と二人で飲みに行くことはしなかった。

 いつも今日からが楽しいのであって、決して今日までが楽しいのではない。これからのことを考えるとワクワクもするが、これまでのことを考えてもワクワクはしない。
 だからいつまでも過去にこだわらずに、今からのことを考えていくんだ。と、毎日毎日同じことを自分に言い聞かせている。
 だけど、いつまで経ってもこの体の中に住みついている若干老いがかった人が、そこに行き着いてくれようとはしない。過去の住人になったらお終いなんだと、いったいいつになったらわかってくれるんだ。
 とりあえずその人の影響の及ばない所だけでも初期化して、そこに新たなデータを刷り込んで、そこだけに意識を持っていくことにしよう。そうすれば中に住んでいる頑固な人だって、いつかはそこに行き着いてくれるはずだ。日に日に新たにを実践してくれるはずだ。

 小学生の頃、ぼくは窓際の席になることが多かった。夏は日光をもろに受けるし、冬はすきま風が入ってくるし、けっこう苦労したものだ。
 とはいえ、窓際生活も悪いものではなかった。のどかな外の風景が見えるので、退屈な授業でクサクサしている時の気分転換には持ってこいだった。

 ある日のことだった。退屈な授業中、いつものように気分転換していると、窓にハエが止まった。そのハエを追い出そうと、ぼくは息を吹きかけた。ところが運悪くそれが口笛になった。
「誰か、授業中に口笛吹く奴は!?」
 先生の怒号が飛んだ。すかさず「しんた君です」という声が聞こえた。告げ口魔のリエだった。
 先生はツカツカとぼくの横に来て、頭を思いっきりひっぱたいた。
「またお前か、廊下に立ってろ」

 その後も何度かリエから被害を受けた。そのたびにぼくは『復讐してやる』と思ったものだ。だが、その年の暮れ、リエはどこかに転校して行った。
 結局復讐は出来なかった。いや、思いが天に通じたのかもしれないな。ピー♪

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