吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2018年06月

家の排水点検をするとかで
七月の第何週目の日曜日に
家に居てくれという通知が
一階のポストに入っていた。

こういう時土日に休めない
仕事は困る。四、五年前に
一度断ったたことがあるが
「全員参加なので居てくれ」
日時変更もできないと言う
「では早朝に来てください」
となり、早朝来てもらった。

今回は時間も指定している。
「お宅には午後訪問します」
午後なんかいよいよ無理だ。
どうしても留守する場合は
身内を立会人に立ててくれ。
とたわけた事を書いている。

ぼくは連絡係の嫁さんに「
身内は皆他界しているので
『どうしても』と仰るなら
あの世から呼びましょうか。
でも終った後の除霊だけは
絶対に忘れないで下さいね」
と連絡してと言っておいた。
嫁さんどう伝えるんだろう?

メガネをかけるには根気がいるようだ。
必要に駆られて買ったメガネだったが、
メガネが必要なのは運転する時だけで
それ以外で使うことは考えてなかった。
ところがメガネが出来上がったときに
二ヶ月かけたままでいてくれと言われ
ちょっと憂鬱な気分になってしまった。

「えっ二ヶ月もかけたままなんですか」
「いやすぐに慣れるから大丈夫ですよ」
すぐに慣れるのなら二ヶ月も必要ない。
しかも時間がかからなかったとしても
物に慣れるという精神的な時間は長く
けっこう地獄だったりするものなのだ。

実はメガネをかけて立ち上がった時に
船に酔った時の様にクラクラしたのだ。
かけっぱなしでいると毎日が船酔いだ。
古いメガネを使用しない理由がそれだ。

また二ヶ月もかけ続ければ体の一部だ。
白い頭よりメガネの方に印象が移って
メガネ爺呼ばわりされるかもしれない。
しかしぼくが描いている人生の絵図に
メガネをしている自画像は存在しない。
例えば死んだ時にメガネ爺さようなら
と棺桶にメガネを入れられるのも嫌だ。

とはいうものの、今回のメガネ生活は
決して悪いことばかりではない。いや、
ブルーライトをカットするヤツなので
目の疲れはかなり軽減されるはずだし、
ドライアイを防ぐ効果があるらしいし、
更にサングラス代りにもなるというし、
今ぼくが抱えている目の問題をすべて
解消してくれる。色々と大変そうだが
二ヵ月間頑張ってみようと思っている。

全く眼中になかった男だったのに、
何で女は再会すると目を見開いて、
運命的な驚き方をするのだろうか。
しかも「君」づけで呼んだりして。
うぶな男はそこに騙されてしまい、
ただそこにいただけのおばさんを、
運命の人だと思ったりするのです。

夏至の日は晴れてないとありがたみがない。
一番長い陽の光を拝めないのが口惜しくて。
雨が夜を急かすので日没すらもわからない。

七夕の夜は晴れてないとありがたみがない。
幼いころからの夢を雨はいつも流してまう。
織姫と彦星の恋を一度も味わえないでいる。

先週木曜日に博多に行った時の話だが、
あの日は三時間以上運転したのだった。
田園地帯を通り抜けて行くドライブは
実に快適だった。が到着間際になって
なぜか目に異変が起きてしまったのだ。

道路標識、前の車、企業の看板、草木、
見える物すべてがダブって見えだした。
長時間運転の疲れが目に来たのだろう。
『こりゃいかん』と思い近くにあった
コンビニで車を止めて休むことにした。

『どうも乱視が酷くなっているようだ。
そろそろメガネをかけないとヤバイな』
古いメガネと久々の対面があったのは
そういうことを考えていた日のことだ。
メガネを見つけた時ラッキーと思った。

だが古いメガネはやはり古いメガネだ。
まだ軽い症状の時に作ったものだから
今の症状で見るとただの伊達メガネだ。
色々考えてみたが今のままだと危ない
ということでメガネを買うことにした。

先週の木曜日は仕事で博多に行った。
同じく金曜日は買物で宗像に行った。
両日とも高速道路など利用しないで
一般道路をのんびりと走って行った。
走行距離は200㎞近くいっていた。
その他通勤などの距離を合わせると
一週間で400㎞を優に超えていた。

毎週火曜日にガソリンを入れている。
燃費10なので今週は40リットル
と思っていたら30もいかなかった。
車は主に通勤用に使っていて、週の
走行距離は多くても250㎞前後だ。
ところが通常と今週のガソリン代は
若干多かったがほとんど変わりない。

確かに遠出すれば燃費がよくなるが
ここまで違うとは思っていなかった。
おそらく普段は赤信号とか工事とか
事故とか、そういった無駄な渋滞に
ガソリンを奪われているのだろうな。

前の休みに机の中を整理していたら
チタンフレームのメガネが出てきた。
平成に入ったばかりの頃だったかな、
メガネなど全く縁のなかったぼくが
生まれて初めて作ったメガネである。

読書の虫になった十代後半の頃から
薄暗い部屋で本を読んでいたせいで
乱視を伴った軽い近視になっていた。
日常の生活に支障はなかったのだが
免許更新時に失敗したら困るからと、
とりあえず一本作っておいたものだ。

購入当初はせっかく作ったメガネだ、
更新まで寝かせるのももったいない。
とメガネのある生活を試したのだが、
初っぱなからレンズに酔ってしまう。
慣れるまでの辛抱ですと言われたが
メガネのない生活の方が楽だと思い
日常生活にメガネを用いるのはやめ
予定通り更新時だけ使うことにした。

ところがその免許の更新時、係員が
「裸眼でやってみて」と言ったので
裸眼で測ったみたら「はいOKです」
「メガネは」「しなくていいですよ」
この一言でせっかく買ったメガネを
使用する目的がなくなってしまった。

ということで人生初めてのメガネは
机の奥の奥に追いやられて、この度、
久々の対面ということになったのだ。

ぼくの心が勝手に体験を作り出し、
ありもしない青春を楽しんでいる。
行ったことのない海辺のドライブ。
繋いだことのない彼女の手の感触。
ほのかに香るシャンプーのにおい。
心は全てを鮮明に描き出している。

数日前の朝、小鳥から頭に
糞を振掛けられてしまった。
糞害は左のまゆ毛まで達し
瞼に若干の温もりが走った。
朝からついてない日だ、と
今日の蠍座をうらんだのだ。

そのことを同僚に言ったら
ラッキーじゃないかと言う。
空から糞が降ってくるなど
めったにあることではない。
めったにないということは
実はめでたいことなんだよ。
しかもウンがついたんだろ。

ということで調べてみたら
小鳥の糞が降ってくるのは
神様がくれたプレゼントで
もちろん吉兆だということ。
その日良いことはなかった
が良い夢を見れたのだった。

一秒後の私の幸せに、十秒前の心は喜んでいる。
二秒後の心の喜びに、九秒前の私は笑っている。
三秒後の私の笑いに、八秒前の心は迷っている。
四秒後の心の迷いに、七秒前の私は困っている。
五秒後の私の困惑に、六秒前の心は焦っている。
六秒後の心の焦りに、五秒前の私は憤っている。
七秒後の私の憤りに、四秒前の心は嘆いている。
八秒後の心の嘆きに、三秒前の私は怒っている。
九秒後の私の怒りに、二秒前の心は悔いている。
十秒後の心の悔いに、一秒前の私は泣いている。

お昼の定食は映え鳥町二丁目の『ゴキ』
焼き肉は戸影町にある『焼き肉の丹椿』
すしはやっぱり藪加商店街の『耳寿司』
弁当は荷負坂トンネル手前の『お弁処』
ラーメンは道祖神前の『本場の陳さん』
カレーは佐灘武歯科前『プリプリーゲ』
パスタは根墨通り沿いの『ポ・コンチ』
スイーツは陀尼駅前の『和菓子の亀蒸』
居酒屋は庄弁横丁の『さけ処右足の爪』

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