吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2017年03月

1,
過去の自分にそこはこうしろ
という念を集中して送ったら
もしかしたら現状が変るかも
という実験をしているのだが
さて少しは変ったのだろうか
やたら我が強くなった自分が
ここに出来上っているのだが

2,
過去のあの人に自分の存在を
植付ける念を必死に送ったら
ある日ある朝目が覚めた時に
彼女が隣りに眠っているかも
という実験をしているのだが
いまのところ何の変化もない

夜、仕事を終えて家に帰ってくると、
他階に住む女の子が自動ドアを開け
マンションの中に入ろうとしていた。
ところが女の子は突然回れ右をして
そそくさと外に出ていったのだった。

おかしな子だなと思いながらぼくは
自動ドアを開けて中に入ろうとした。
「あっ!」なるほどそうだったのか
これに気づいたから回れ右したのか。
エレベーターの前を答が歩いていた。

あの女の子はこれがダメだったのだ。
ぼくたちがゴロちゃんと呼んでいる
黒褐色の生物、そうゴキブリである。
実はぼくも若干の恐れを抱いている。
とはいえ回れ右をするほどではない。

さてこの場面、ぼくはゴロちゃんの
運命にどう関わろうかと考えている。
家の外のことだから放っておくかな。
家の中ではないから踏み潰そうかな。
さてどうしよう、回れ右しようかな。

相撲に嵌っていた時期が四度ある。
最初は柏鵬時代。小学校入学頃で
その当時やはり大鵬が好きだった。
二度目は北玉時代。小学校高学年
玉の海が急死してから冷めたけど。
三度目は貴輪時代。中学生の頃で
貴ノ花輪島、どちらも好きだった。
四度目は飛んで若貴時代。四十代。
若貴ではなく舞の海が好きだった。

さて次は五度目になるのだけれど
そろそろやって来るかもしれない。
いやもうやって来ているのだろう。
実は昨年の琴奨菊優勝あたりから
ずっと相撲が気になっているのだ。
とくに横綱が一人増えた今場所は
初日からずっと大相撲を見ていた。
千秋楽は電器屋で見ていたのだが、
稀勢の里が優勝した瞬間、ぼくは
思わず声を出して喜んだのだった。

ということで十数年ぶりに相撲で
楽しめる時期がやって来たようだ。
だが稀勢の里だけじゃ物足りない。
あと一人いれば盛上がるんだけど。
あと一人。そう琴奨菊あんただよ。
稀琴時代と呼ばれるよう奮起しろ。
大関に復帰し横綱まで昇り詰めろ。
何しろ地元期待の力士なんだから。

衛星放送で水戸黄門をやっていた。
今更ではあるが思ったことがある。

例の「控えおろう」前の斬合いで
黄門側は刀の峰で敵を打っている。
刃で斬っているわけではないから
死んではいない。とはいうものの
倒れているのだから気絶くらいは
しているはずだ。ところがである
「控えおろう」のシーンになると
倒れている者はおらず何と全員が
土下座に参加しているではないか。

「ご老公の御前である。頭が高い。
控えおろう」は気絶している者も
土下座する魔法の言葉だったのだ。

この建物にはエレベーターが三基ある。
全てのエレベーターには荷物が満載で
とくに真ん中には仏像まで乗っていて
ぼくたちは乗ることが出来ないでいた。

そこでエレベーターの真ん前に立って
「とにかくぼくらは急いでいるのです。
もっと早く荷を下ろしてくれませんか」
とそこの兄ちゃんに懸命に頼んでみた。

「そう言われても、この量ですからね」
とそこの兄ちゃんは取り付く島もない。
「それなら手伝います」と言って十年
今なおぼくはその荷物を下ろしている。

「十年かかってまだ終わってないのか
おまえの例の急ぎの用はどうしたんだ」
「そう言われても、この量ですからね」
と今のぼくは取り付く島がないのです。

豆が嫌いだから豆は食べない。
特にグリーンピースがダメで
ピースご飯のにおいだけでも
吐き気を催してしまうほどだ。
そういう料理はたのまないか
豆は入れないでと言っておく。

ところがそう言っておいても
グリーンピースを乗せてくる
へそ曲がりな野郎がいるんだ。
箸をつけまいかと思ったけど
腹が減って仕方なかったので
豆だけよけて食べたのだった。

食事の後に豆を数えてみると
何と十三個もあるじゃないか。
こんなに多く乗っていたのか。
ああ、気分が悪くなってきた。
もしも間違って食べていたら
きっと吐いていたことだろう。

皿をさげに来たウェーターが
それを見て怪訝な顔を浮べる。
これくらい食べられるだろう
きっとそう思っているはずだ。
これくらい食べられないから
最初に言ったんだよ兄ちゃん。

この街がくもっているのは
石炭の昔から知っていたよ。
機関車だとかお風呂だとか
すべてが薄黒い煙を吐いて
街を薄暗くくもらせていた。

石炭が消えてしまった後も
なぜか街は燻り続けている。
市長は明るくしようとして
色々と手を尽くしているが
なかなかこの街は変らない。

いや変ろうとしないんだよ。
昔ばかり夢見ているんだよ。
きっとこの街が持っている
発展途上な気質なんだろう。
とはいえ何とかしないとね。

時おり妹の夢を見ることがある。
ぼくには妹なんていないのだが
夢ではちゃんとぼくに妹がいて
見慣れた顔と聞き慣れた名前が
いろいろな場面で登場してきて
いろいろな問題を持ち込むのだ。

今日も妹の佳奈は夢に出てきた。
そして様々な難題を突きつけた。
ぼくはこの野郎と思いながらも
可愛い妹のためにとその難題を
ひとつひとつ解決してやるのだ。
実に血とは恨めしいものである。

さて、佳奈とは誰なんだろうか。
潜在意識が妹として見いだした
そのへんにいる人なのだろうか。
だけど身近にはない顔なんだよ。
もしかしたらぼくの妹の佳奈は
夢の中に存在する妖精なんかな。

何気なく指の爪を見ていたら
何と右左の両方の手の薬指に
白い星が出ているではないか。
幼い頃これを星ヅメと呼んで
幸運が訪れると喜んだものだ。

そこで、どんな幸運がぼくに
訪れるというのだろうか、と
調べてみたら何と「恋愛運が
上昇しますよ」と書いてある。
恋愛、一体誰とするのだろう。

もし恋愛運がよくなるのなら
既婚者のぼくにとってそれは
幸運などではない。もちろん
気持ちは幸せになるだろうが
現実は地獄になるではないか。

ちなみにこれが小指に出ると
金銭運がよくなるのだそうだ。
今のぼくにとっては恋愛より
そちらのほうが幸運なんだが。
薬指と入れ替えてくれんかな。

サザエさんの第一回放映があった日、
ぼくはそれを昭和44年の7月だと
ずっとずっとずっと思い込んでいた
だけどそれはぼくの記憶違いだった。
実際は10月から放映が正しいのだ。

なんで記憶違いをしてしまったのか
それをいろいろと考えてみたのだが
7月にサザエさんテレビ放映決定の
記事を新聞で読んだのを憶えている。
それを見たせいで「7月から始まる」
という勘違いが起き、脳のどこかで
そのまま記憶になったのではないか。

サザエさんの放映のことは別として
不思議とその日のことは憶えている。
終日大降りの雨が降る日曜日だった。
雨が降ると雨樋からトントンという
音がしてきて憂鬱になったものだが
そういう時サザエさんの記事を見て
憂鬱が吹き飛んだ気がしたのだった。

その日に見た夢もぼくは憶えている。
なぜかぼくは化粧品屋の地下にいて
化粧品の濃い香りに悩まされていた。
そんな事はしっかり憶えているのに
どうしてサザエさんを間違えたのか。
それほど化粧の夢が重要だったのか。

何年前だったろうか、日本人離れした名前が
この国を牛耳っていたことがある。その年は
稀に見る大寒波がこの国をおそったんだった。
あれはぼくの人生の中で最も寒い冬だったな。

その最強の寒波はその冬だけのものではなく
春半ば迄雪を降らせて、夏は日射しを遮って
秋は早くから厚着をさせて、寒さは大晦日の
カウントダウンが終わるまで続いたんだった。

お願いだから今年だけはそれをやめてほしい。
桜の花はおだやかな日射しの中で見ていたい。
夏は汗をかきたいし、秋も半袖で過ごしたい。
何よりもこの大厄の年を暖かく乗り切りたい。

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