吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2017年01月

山が高いのは
頂が視線より上にあるからさ
花が美しいのは、
そこに見る人がいるからさ

冬が辛いのは
暖かい部屋があるからさ
春を喜ぶのは
冬を耐えてきたからさ

夢が楽しいのは
楽しくない現実があるからさ
明日が不安なのは
今日を失うことを怖れるからさ

この街が好きなのは
きみがここに住んでいるからさ
きみを好きになったのは
ぼくの心に似合っていたからさ

午後十時のエントランスの
雨でくもったガラスのドア
指で描かれたドラえもんが
「おかえり」と出むかえる
何も考えずに疲れたぼくは
「ただいま」と返している

綿密に計画を立てたドライブだったけど
車を出すはずのあいつが予定時間を過ぎても来ない。
何度電話をかけても出ない。
一時間経ってもあいつは来ないので
仕方なくぼくの車を出すことにした。

とりあえず集まったメンバーを車に乗せて
ぼくは家の戸締まりをしていたのだが
その間に色々と野暮用が入ってしまい
なかなか車までたどり着かない。
ここでも三十分程時間がかかってしまった。

「一時間半の遅れだ」と焦ったのがいけなかった。
文庫用の書棚に足がぶつかってしまい
安定感のない書棚がゆっくりと倒れてきた。
とっさに手で押さえ倒れるのは食い止めた。
だが、かなりの量の本が落ちてしまった。
本を戻すためにまたもや時間を食ってしまう。
ようやく文庫本の片付けが終わった時
トイレを我慢していたのに気づく。

トイレを終えて駐車場へ行こうとした時だった
なぜか出発が遅れているのを知らないはずの
あいつが予定時間から二時間近く遅れて現れた。
「ちょっと用があって、今日は行けなくなった」
行けなくなったのなら、わざわざ来なくていい。
電話一本で済む話じゃないか。もっと早い時間にな。

困ったことにこいつは言い訳魔だったのだ。
連絡が遅れた理由をクドクドとしだした。
そのためにまた時間を食ってしまう。
『本当に間の悪い奴だ』
そう思いながらぼくは目を開いた。

もしもぼくのこの個の人生が
神の細工でなかったとしたら
きっとぼくは神という存在を
考えずに素直であったはずだ
それはどんなに気楽なことか

確かにぼくのこの個の人生を
神の細工と思っているが故に
きっとぼくは神という存在を
意識して素直になれないんだ
それはどんなに苦しいことか

彼の結婚披露宴でぼくが
拓郎のその歌を唄った時
彼はその場にいなかった
その宴が終わって彼から
「何の歌を唄ったんだ?」
と聞かれたが答えないで
「ビデオで見たらわかる」
とだけ言っておいたんだ。
あれから二十数年経つが
彼が歌の事を聞いたのは
披露宴の後の一度きりで
以降は何も聞いてこない。
きっとすぐに別れたから
触れたくないんだろうな。

おぼろげな部屋の片隅にある
深いブラウン色の机に向かい
赤い色のボールペンのシンと
黒い色のボールペンのシンを
取り出しては入れ換えながら、
七つの石橋でつながっている
七〇〇ヤードのレンガ通りで
七時から会う約束をしている
初見の人のことを調べている。

行動のひとつひとつに
「大丈夫!」と唱えてみる
嫌なことひとつひとつに
「ありがとう」と言ってみる

身に起きる事ひとつひとつを
夢につなげて考えてみる
日々の出来事ひとつひとつを
夢への過程だと思ってみる

今日が大吉であるために
『今日の占い』を見ないでおく
今日の大凶を避けるために
心に笑い話を用意しておく

これまでの人生を
幸せ視点で振り返ってみる
これからの人生を
その延長上に置いてみる

酔っ払ったぼくは
わけのわからないままに
タクシーに乗り
わけのわからないままに
行き先を伝えた。
「あそこを右に曲がったら
コンビニがあるでしょ。
そこでとめて下さい」

ところがここがわからない。
「そこはここですよねぇ」
「はい、そこはここというか
ここがそこなんですよ」
「きっとそうですよねぇ・・」
わけのわからないままに
支払いを終らせて
雪の残っている駐車場で
ぼくはタクシーを降りた。
『あ、この間ピース買ってた人だ』
見覚えのある顔がそこにいた。

タクシーが去っていったあと
空を見上げるとここのそこに
星がふたつ並んでいた。

数日前初詣でに行った時に
意外な事を知ってしまった。
今現在ぼくは男子三度目の
大厄の真最中だというのだ。
四十二歳を過ぎた時大厄は
終ったものだと思っていた。
ところが六十歳を挟んでの
三年間も男の大厄なのだと
神社の駐車場に立てている
大きな掲示板に書いてある。

六十歳を挟んでの三年間か。
ぼくの場合天中殺が終って
ホッとしていた昨年正月に
大厄に突入したことになる。
なんという間抜けな人生を
ぼくは歩んでいるのだろう。
しかし還暦という祝い年に
何で本厄をつけ加えるのだ。
よりによって神社が不幸を
煽るなんてもってのほかだ。

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