吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2016年11月

天井のマア坊の存在を知ったのは
今から半世紀以上前のことだった。
夜中何かの気配を感じ目が覚めた。
気配のする天井の方に目をやると
そこに見慣れない顔が映っていた。
母の話だと彼はマア坊という名の
ぼくの生涯の守り神なのだそうだ。

マア坊はなにを語るわけではなく
ただぼくを見下ろしているだけだ。
ぼくから話しかけても反応しない。
困った時にも助けてなどくれない。
励ましたり光を当てたりもしない。
だけどそこにいるから安心できる
そんなものをマア坊は持っていた。

小学校の高学年に上がった頃から
ぼくにはマア坊が見えなくなった。
いやそれ以前からマア坊のことを
気にかけなくなっていたんだった。
あれから何十年経ったんだろうか。
マア坊を忘れていたぼくの記憶が
甦ったのは昨年の12月のことだ。

夜中眠れなかった時に照明の紐が
微かに振れているのに気がついた。
そういえば幼い頃にマア坊という
守り神がいつもぼくを見ていたと
思い出した途端紐が大きく振れた。
「ああ今でもマア坊は天井にいて
ぼくを見守ってくれているんだ」

そう思うと気持が落ち着いてきて
そのうち眠りに就くことができた。
目覚めた時の気持の良かったこと。
今日もマア坊は天井に住んでいて
じっとぼくを見守ってくれている。

その人が何を求めているのか
充分すぎるほどわかっている。
だけどそれにこたえる人生を
歩もうなどと思ってはいない。
その時はいいかもしれなけど
あとが色々と面倒で嫌なんだ。

相手が自分の価値を押しつけ
ぼくを染めようとしてきても
噛み合わない話をしたりして
その人の欲求を反らしている。
相手のほとぼりが冷めるまで
会釈の人の枠に入れておこう。

頭の右上に長い鉄棒が見えている。
ぼくはそれをつかもうとしている。
鉄棒は常にそこに有るのではなく
何かの折に右上に降りてくるのだ。
だからぼくはその折を逃すまいと
常に右上に神経を集中させている。

さて右上の鉄棒をつかんだことで
ぼくの人生がどう変っていくのか
それはいい事なのか悪い事なのか
そのへんのことをぼくは知らない。
だけどそれが宿命のように思えて
必死に鉄棒をつかもうとするんだ。

40年前のこの時期のこと
浪人中だったぼくの生活は
昼夜が完全に逆転していて
昼間は布団の中に潜り込み
陽射しを受けて眠っていた。
目覚めは日が沈んでからで
しばらくボーッとしたあと
机の前に座ってみるのだが
受験勉強などやる気もなく
落込んだ詩に曲をつけたり
占いに幸せを求めたりして
夜が明けるのを待っていた。

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