吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2015年10月

「お前にいいことを教えてやる」
仕事に行こうと急いでいる時に
電線のカラスが語りかけてきた。
もしかしてそれは本当のことで
ためになる話かもしれない。が
ヤツはそれに時間を割いている。
だからそれでいいんだろうけど
こちらはそれを聞く時間がない。

更にヤツは違う次元にいるから
こちらにはヤツのかん高い声が
カァカァとしか聞こえないのだ
これでは腹の内が見えてこない。
本当にそれがいいことなのなら
カァとしか聞えない人ではなく
大きな空に向けて語ってみろよ。
聞いてくれるカモがいるはずさ。

エスカレーターのある場所は
大がかりな機械が動いている
危険極まりない場所であって、
親が「その辺で遊んでなさい」
とほったらかす場所ではない。
また監視役の爺さん婆さんが
エスカレーターで遊んでいる
孫に目を細める場所でもない。

上りエスカレーターは階上に
移動するための機械であって
「ヨーイドン」で駆け下りる
ゲームのための遊具ではない。
下りエスカレーターは階下に
移動するための機械であって、
駆け上がって足や腰を鍛える
トレーニングの器具ではない。

月乱れる、月乱れる、月乱れる。
漆黒の大きなスクリーンの上に
すでに五日ほど歳をとった月が
なぜか乱れた画像になっている。
ぼくらはアンテナの向きを変え
月のあるべき姿をスクリーンに
映そうと懸命に努力するのだが
月は思うように映ってくれない。
上の部分がスッパリ切れている。
中の部分がひどくゆがんでいる。
下の部分が微妙にかすんでいる。
これは月と呼ぶべき姿ではない。
奇妙で不気味な光のかたまりだ。
月乱れる、月乱れる、月乱れる。

その線より前を見ると心は暗くなる
その線より後を見ると心は重くなる
その線上にいる時だけ心は楽になる
とりあえずそこに気づくのが大切で。
そこがこの山の一合目となるのです。

その線上に居続けると心は楽だけど
その線上に居続けるのはむずかしい。
だからそこに居続けるためのコツを
つかもうと工夫していくのが大切で
そこがこの山の二合目となるのです。

その線上に居続けることが出来ると
悩みは熱した鉄板に落ちる水の如く
ひとつひとつが瞬時に蒸発していき
悩みに心を奪われることがなくなる。
そこがこの山の三合目となるのです。

悩みに心奪われることがなくなると
そこに幸せを感じられるようになる。
その幸せが感じられるようになると
人に伝えようという使命感が生れる。
そこがこの山の四合目となるのです。

まずその線の存在を人に教えていき
その線上にいることの大切さを説き
その線上に居続ける工夫を指導して
その線上に居続けるコツを伝授する。
そこがこの山の五合目となるのです。

1,
その高校は市の中央にそびえる
山の中腹に建っている。バスを
麓で降りて、そこからは歩いて
狭く長い坂道を登ることになる。
春や秋は様々な花が咲いていて
長い坂を忘れさせてくれるけど
夏や冬はその坂道が地獄と化す。
夏は所々の急な勾配と陽射しで
朝から汗まみれになってしまう。
冬はさらに酷くて、雪が降ると
坂は凍結してしまい、ちょっと
バランスを崩すと転んでしまう。
だからだろうか、女子の制服の
スカートは他校よりも少し長い。

2,
通りは朝方と夕方は生徒たちの
行き帰りで賑わっているものの
それ以外の時間帯は付近に住む
お年寄りが歩いているくらいで
人を見かけることはあまりない。
だから学校を抜出ても住民から
通報されることはほとんどない。
ただお年寄りも男女交際だけは
敏感で、おたくの生徒が通りで
いちゃいちゃしてましたぞとか、
バス停でキスしてましたぞとか
通報してはことを荒立てている。

3,
その坂道の一つ向うの通りには
江戸期の有名な上人が建てたと
言われている寺が存在している。
そのため通りは門前町風造りで
山門前まで商店が連なっている。
その近くにあられ工場があって
終日その香りが街を覆っている。
その香りに包まれて生徒たちは
急な坂をダラダラと登っていき、
その香りに包まれて生徒たちは
坂をいちゃいちゃと下っていく。

車のガラスに蝿がとまっている。
秋のゆるやかな陽射しを浴びて
気持ちよさそうにとまっている。
居眠りでもしているのだろうか
一向に動く気配が感じられない。

ところで彼らにはこのガラスが
どんな風に見えているのだろう。
やっぱり人と同じく向こう側が
見通せる透明な物なのだろうか。
それとも表面がガサガサとして
向こうが見えにくい物だろうか。
いずれにしろそこに人がいても
逃げないから向こう側と隔てる
物としての認識はあるのだろう。

さて蝿のお腹を見ているうちに
段々と不快になってきたぼくは
ガラスを指で弾いて振動を与え
ヤツをその場から立ち退かせた。
何とその跡には置土産があった。
黄色っぽい液体の粒だ。ヤツは
気持ちよくやりやがったんだ─。

ぼくの歳から母親の歳を引いてみると
マイナス25になる。この25の中に
戦前と戦中と戦後といった時代がある。
そのマイナスを経験せずにすんだから
よかったじゃないかと言う人がいるが
ぼくとしてはこのマイナスが羨ましい。
今よりも綺麗だった戦前の都市風景を
イメージとは違っていた戦中の史実を
戦後混乱期に流れていた明るい音楽を
自慢げに何回も聞かされたものだから
経験したくなったのだ。ぼくにとって
マイナス25はあこがれ年数なのです。

葬式なんて、あの世から見たら
「何ばかげたことやってるんだ
もうすべては終わっているのに。
無駄な演出が多すぎるんだよ…」
なんだろうな。さらに坊主には
「浄土を見たこともないくせに
知ったかぶりなんぞしやがって
何偉そうに説教を垂れてるんだ
お前の浄土はお布施の御殿だろ」
なんて言っているにちがいない。

「ヘビ」
おれなんて胴体一本だけで
生きている動物だろう。だから
こうやって体をくねらせないと
前に進めないんだ。たまに
くねらせるタイミングが狂って
わき腹が攣ることだってある。
腹一杯だと体はくねらないし不便なものだ。
ムカデ君よ、その点君は楽でいいよな。
足がそんなにたくさんあるんだから。

「ムカデ」
何をおっしゃいますか、ヘビさん。
私はこれだけ足を持っているから
困っているんです。ここまで足が多いと
なかなか足並みが揃わないんですよ。
だからその一歩に時間がかかってしまう。
その一歩が出ないから、人から襲われる。
何度も何度も叩かれて亡くなった方を
私は知っています。足は取れ頭はもがれ
体はねじ切れ、それはもう悲惨でしたわ。

「ハエ」
その点ぼくは飛べるから楽ですね。
問題は生れた場所なんです。ぼくは
何度か転生してますけどね、今世が
一番悲惨だった。生れた所が糞の中ですよ。
しかもそれが郷愁になってしまって、
糞の臭いについつい誘われてしまうんです。
気がつけば、気が狂ったように糞と戯れ
糞まみれになって喜んでいる自分がいる。
この人生がぼくには我慢できんのです。

『大丈夫』という文字を
こころの中に書き込んで
何かあるたびにそれを観る
何か思うたびにそれを観る
何か触れるたびにそれを観る
何か感じるたびにそれを観る
何か耳にするたびにそれを観る
何か目に映るたびにそれを観る
人が何かを言うたびにそれを観る
人が何かをするたびにそれを観る
人から批難されるたびにそれを観る
人に傷つけられるたびにそれを観る
気になることがあるたびにそれを観る
朝から晩までいつもその時それを観る

そうやって毎日をヒョロヒョロと
うたっているのもいいんだけどね
そろそろ冬支度をしたらどうだい
そんなに肥えた土地でもないのに
人間が草を刈っていくもんだから
食糧はもうほとんどなくなったし
雨や風から身を防げなくなったし
人や鳥から身を守れなくなったし
いったいどうしていくつもりだい
お隣に棲んでいるご主人のように
外に出て食糧を集めてまわるとか
そんなこと出来ないというのなら
草の残っている場所に引越すとか
あんた本当に何とかしておくれよ
ほらまたヒョロヒョロうたいだす
この状況がわかってるんだろうね?

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