吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2014年08月

夏がこないままに夏が
終わってしまいました。
今頃不完全燃焼の子供たちは
国語算数理科社会の宿題に
追われ追われ追われ追われて
目を腫らしていることでしょう。
目を腫らしていることでしょう。

ケロケロ800,風が吹く
ワシワシ800,耳を裂く
ミンミン800,肌を焼く
ケロケロ800,雨も降る
ギイギイ800,風が吹く

例えば、若い頃好きだった女子と再会し
その後、いろんないきさつから
一緒に暮らすことになったとしたら
ぼくはその人を素直に
受け入れられるだろうか。

その人はすでに孫がいて「お婆さん」
と呼ばれる身分になっている。すなわち
それは彼女は心の中に「孫がかわいくて」
「目の中に入れても痛くない」といった
『お婆さん枠』を持っているということだ。

ところが、子供のいないぼくは「お爺さん」
と呼ばれる身分にはこの先もならないし、
更には自分のことを『おっさん』などと
これっぽっちも思ってない。心の中には
つねに『兄ちゃん枠』を持っているのだ。

婆ちゃんと兄ちゃんとの愛・・・・
ああ、受け入れられない。

このところずっと
雨が続いている。
そのせいでこの夏が
どういう夏なのか
わからないでいる。
太陽が出てないだけで
本来の暑い夏なのだろうか、
蒸し暑くはあるけれど
本当は冷たい夏なのだろうか、
次から次に吹きまくる台風の
当たり年の夏なのだろうか、
水を恋しいと思わない
魅力のない夏なのだろうか、
この人生においてどんな
意味を持つ夏なのだろうか
わからない。わからない。
わからない・・・・。ああ──
夏音痴になっている。

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