吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2013年03月

中学のある日、昼寝をしている時に
「トントン、トントン」という
玄関のドアを叩く音が聞えた。
すぐさま起き上がろうとしたのだが
何でだろう、体がまったく動かない。
おかしいなと思い目を開けてみると
見知らぬモンペ姿の老婆が立っていた。
『誰?』とは思ったが、あまり気にせず
『きっとこれは夢に違いない』と
勝手に決めつけて昼寝の続きをした。

しかし「トントン」音は止まない。
再び起き上がろうとしてみたが
相変わらず体は動かないし
相変わらず老婆は立っている。
この状況を打破しないとと思い
ぼくは力を振り絞って
目の前にいる老婆を払いのけた。

その瞬間老婆は消え、場が変わった。
相変わらず「トントン」は続いていた。
玄関から外を覗いてみると、そこには
同級生がいた。もちろん老婆ではない。
いったいあの老婆は何者だったのだろう。
数十年経った今もその謎は解決してない。

家の近くの小さな丘に
小さな赤い鳥居が立っている。
いつ頃出来たものかは知らないが
そんなに古いものとは思えない。
ただぼくが物心ついた時には
既に立っていたので、少なくとも
半世紀は経っているということだ。

そこに何があるのかというと
鳥居があるから当然中には神社
あるいは祠があるはずなのだが
残念ながらぼくは知らない。実は
その中に入ったことがないのだ。
苔むしたその丘自体が不気味で
近寄りがたい雰囲気があるからだ。

中学生の頃だっただろうか
友人がその鳥居の話をしていた。
彼は新聞配達をしていたのだが
早朝彼がそこを通っていると
大勢の人がそこに列を作って
無言で並んでいたというのだ。
「すごく気味が悪かった」らしい。

何をしていたのかと聞いてみると
「詳しくはわからないけど
人の話ではコックリさんに
取り憑かれた人たちがお祓いを
受けに来たみたい」と彼は言った。
それを聞いてからぼくはその丘の
前すら通らなくなった。今もだ。

世の中には実に多くの猫がいるんだから
そのスペースを空けておかねばならない。
いくら人間のほうが多いからといっても
寝返りを打てないほどにスペースを
使い切っているわけじゃないんだから
車が入り込めない駐車場の隅っこや
人が利用しない公園のベンチの下に
猫たちのスペースを作っておくべきだ。
更に猫には決して干渉してならない。
猫が猫であるためにこれは必要なことだ。
世の中には実に多くの猫がいるんだからね。

ここからおよそ一キロ先にある
踏切りを渡ってトコトコ行くと
小高い丘にたどり着く。そこは
おそらく大昔の都だった場所で
多くの為政者がその小高い丘で
このクニの政治を司っていた。
いやいや政治を司ると言っても
後世に信長たちがやったような
天下に号令を下すものではない。
このクニに巣食うヤル気のない
おっさんたちをいかに働かすか、
星の配置や亀の甲で占いながら
その対策を練っていたのだった。

耳の奥からウンウンと
聞えてくる低いこの音は
疲れからくる音なのだろうか
生きる証しの音なのだろうか

日中鳴っているのだろうか
夜中だから聞えているのだろうか
生まれた頃から聞えているのか
加齢で聞えるようになったのか

男であるから聞えるのだろうか
女であると聞えないのだろうか
ぼくを邪魔する音なのだろうか
ぼくに味方する音なのだろうか

この地球のため息なのだろうか
この宇宙の息吹きなのだろうか
たまには違う音にならないのか
春に鳴く鳥の声にならないのか

耳の奥からウンウンと
聞えてくる低いこの音は
疲れからくる音なのだろうか
生きる証しの音なのだろうか

森を外から眺めてみると
所々桜の花が咲いている。
眺めているうちに段々と
白に近い淡紅色の花々が
初老の頭に見えるてくる。
白髪はただの老化だけど
桜の花は年度の始まりだ。
もしかしたら頭の白髪を
淡紅色に染めてしまえば
年度末から新しい年度に
人生が変わるかもしれぬ。

『まほろ駅前番外地』
先に映画を見ていて面白かったので、迷うことなく視聴決定したのだが、映画よりもずっと面白い。
ここまで放映した回は、すでに5回は見ている。
とにかくツナギ(多田)と革ジャン(行天)のコンビというのが、ぼくの青春心をくすぐったのであります。
いやいや、行天(松田龍平)みたいな友だちがいたもんで。
ところで、もう一方の主役である瑛太は、『ラッキーセブン』の新田よりも、『最高の離婚』の濱崎よりも、こちらの方が好きですね。
ちなみに主題歌の『ビューティフル・ドリーマー』はケータイのメイン着信音にしています。

『泣くな、はらちゃん』
岡田惠和さん脚本ということで、見始めました。
この方の作品は外さないです。
はらちゃんと越前さん、最高です。
そういえば越前さん、麻生久美子は博多大吉といっしょにCMに出ているけど、何となく感じが違う。
ちなみに挿入歌『私の世界』はケータイの第二着信音にしています。

『最高の離婚』
昨年の『最後から二番目の恋』以降、フジ木曜日午後10時のドラマはリアルタイムで見続けています。どちらかというと大人向けなんですね。
この『最高の離婚』に関して言えば、内容も当然良かったのだが、何よりも音楽が良かった。
そういえば、瑛太と真木よう子は前述の『まほろ駅前番外地』で、尾野真千子と綾野剛は昨年の『カーネーション』で共演しているんですね。
だからどうだというわけではないですが。

『いつか陽のあたる場所で』
NHK火曜日午後10時のドラマはずっと録画しているのだが、このドラマはよかった。最初は録画で見ていたのだが、見ているうちに次週が気になるようになって、4回目くらいからリアルタイムで見るようになった。
先々週最終回だったけど、いかにも最終回的で、途中経過がないまま、さっさとハッピーエンドになってしまった。

十句経がすごいなと思うことは
例えば「あれをしなければならない。
嫌だ、嫌だ」と思っていたとする。
いろいろ考えるとややこしくなるので
十句経にそのことを任してしまうのだ。
任す。何も考えずただひたすら十句経を
口の中で転がしていく。転がしていく。
そうやっていくうちにだんだんと
「嫌だ、嫌だ」がなくなってしまい
「あれ」が楽に片付いてしまっている。
ということで、十句経を知って以来
端から見れば波乱気味なぼくの人生も
本人にとっては何の苦にもなってなくて
いたって楽な人生を歩んでいるのです。

気がつけば、なんと私が一番の
悪者になっているではないですか。
いわゆる欠席裁判というやつですね。
いや彼ら、私の前ではぬけぬけと
「こちらが悪者になっておきましたので」
などと言うのですが、企業なんですよ。
利益にならないことをするはずがない。
悪者のあとに『実は』を添えたのです。
そして私が悪いように仕向けたのです。

今となっては弁解することが出来ないから
あとは残った人たちの解釈に任せるしかない。
だけどね、もう考えるのが面倒なんです。
おそらくこれから私はあの人たちと二度と
関わりを持たないで生きて行くでしょう。
一方的に悪役にされるのは嫌ですが、
とりあえず今回は一歩下がって客観的に
この案件を眺めることに致します。そして
いつか笑い話にする所存でございます。

遅くなったけど、昨日ようやく彼岸の墓参りに行った。
コストコオープンで渋滞を覚悟していたけど、さほど渋滞もしてなく、ちゃんと早い時間に帰ることが出来た。


『まほろ駅前番外地』、今週も面白かった。
来週最終回か。続編やってくれんかなぁ。

「ああ、仕事が見つからん」
七年前、勤めていた会社を辞めてから
ぼくはけっこう長い時間個人で
いろいろなことをやっていたのだが
それがにっちもさっちもいかなくなり
しかたなく就職を探している頃のことだ。

すでに五十才を超えていたために
そうそう仕事は見つからない。
資格を活かそうと、その方面の仕事を
探ってみたが、雇ってもらえない。
体力があるほうなので、力を使った仕事の
面接も受けてみたが、年齢を理由に断られる。

それからのことを考えると気になって
夜も眠れない。そういうことが何日か続いた。
ある日、ぼくはとにかく眠ろうと必死に
かの十句観音経を唱えていた。
一時間くらい唱えた頃だったか
ようやくぼくは眠りに着くことが出来た。

翌朝、コンビニで仕入れてきた求人誌を
手に取り、パッと広げたページの記事を見て
ぼくは思わず笑ってしまった。そこには
ぼくの愛車と同じ車のイラストが描いてあり
その前にぼくと同じ柄のネクタイを締めた
男の画が描いてあったのだ。

そこに載っていた仕事は、ぼくの専門分野で
一度はやってみたいと思っていた職種だった。
「これだ」と思ったぼくは、さっそく先方に
電話した。数日後、面接を受けてその場で
就職は決まった。それも好条件で。
ぼくにとっては久しぶりの霊験だった。

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