吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2012年12月

美空ひばりも江利チエミも
三波春夫も村田英雄も
志村喬も三船敏郎も
石原裕次郎も赤木圭一郎も
小津安二郎も黒澤明も
坂口安吾も遠藤周作も
三島由紀夫も寺山修司も
手塚治虫も長谷川町子も
赤塚不二夫も石森章太郎も
藤子・F・不二雄も
松下幸之助も本田宗一郎も
ハナ肇も植木等も谷啓も
いかりや長介も荒井注も
紙芝居屋のじいちゃんも
駄菓子屋のばあちゃんも
亡くなってかなりの時間が
経過している。ということは
各々の霊魂はすでにこの世に
生まれ変わっているはずだ。
つまり未来の昭和がどこかで
始まっているということだ。
その人たちの成長をぼくは
未来の子供の目で見てみたい。

どこかの寺の住職が
腕組みしながらスタスタと
年末の中を歩いている。
黒い僧衣と白い足袋
チラチラ覗くふくらはぎ
なんまいだぶつあみだぶつ
それではこの世は寒かろう
三千世界は地獄だろう
知ってか知らずか住職が
さも忙しげに歩いている。
なんまいだぶつあみだぶつ
つくつくぼうしほうほけきょ

世の中がヒーヒー言いながら
今年を店じまいしてしまいました。
いろいろな人の思いに振り回されて
それで息切れした一年でしたから
きつかったでしょうね。可哀想に
最後は脂汗なんか流してましたよ。
ま、私個人としてはいいことが
たくさんたくさんあったんですがね。
何せ世の中がヒーヒーだったから
それがなかなか表に現れないんですよ。
だけどそれもあと二日で終わりです。
この年が終わってしまえば、世の中も
元気になるに違いありません。
ヒーヒー言いながらも最後の最後で
希望を見せてくれていますからね。
ようやく私は表に出られそうです。

鼻の奥がチクチクと痛く
小さな風にも反応してしまう。
それがだんだん気になって
ぼくには大病になっている。

実は大した痛みではない。
いや、まったく痛くない。
なのにチクチクと痛むのは
魔物が悪さをしているからだ。

魔物はお留守の時に忍び込み
棲みついてしまったわけだから
痛みを治せるのは医師ではなくて
魔物を追い出す意志でしかない。

「鼻の奥がチクチクと痛く・・」
まずはそこから正していこう。
痛みはないことにしておこう。
そしてそれを続けてみよう。

小さな小さな汚れのついた
小さな小さな自動車の
小さな窓のすきまから
小さな小さな日が差して
小さな睡魔が襲うのです

小さな睡魔が意地悪く
小さな波のように小刻みに
小さな誘惑を繰り返すので
小さな呪文を唱えながら
小さな睡魔を散らすのです

小さな睡魔はそれでも諦めず
小さなしつこさで攻めてくる
小さな頃の子守唄とか
小さな居眠り言葉とかを
小さなラジオを通じて流します

小さな呪文はこれに負けじと
小さな脳に働きかける
小さな脳は渋々腰を上げ
小さな眼を潤そうと
小さな欠伸を出すのです

小さな小さな汚れのついた
小さな小さな自動車の
小さな窓のすきまから
小さな小さな日が差して
小さな睡魔が襲うのです

今年のミカンは傷みが早い。
正月用にと四、五日前に箱入りを
スーパーで買ったばかりなのに
もう何個かがブヨブヨになっていて
白いカビが生えている。それだけ
今年のミカンは甘いのだろうが、
このままいけばこれらのミカン
正月までは持たないだろう。
早く食べてしまわないと
白いカビが伝染してしまう。
ということで、今ぼくは
正月のために買ったミカンを
正月までに食べなければならない
という重刑を受けているところだ。
ミカンミカンミカンミカンミカン
すでにうんざりしている。

そろそろ眠たい夜も過ぎ
そろそろ眠たい朝が来る。
夜は雪が降るかもしれないと
気になり何度も目を覚ましたが
なぜか寒い寒い夜に月は冴え
信号だらけの街を照らしている。
もし太陽の光と同じように
月の光にも温もりがあれば
地球の夜は年中温暖ではないかと
この寒い寒い月の冴えた夜に
ぼんやりぼんやり考えています。

さて次の予言は何だろう。
いつものありふれた年末が
いつもの気ぜわしさ呼んでいる。
いつもより少し寒い気はするが
特別な冬というわけではなく
毎年毎年やって来るいつもの冬だ。

さて次の予言は何だろう。
あと何度いい思いをするのか
あと何度嫌な思いをするのか
そのへんはまったく読めないが
おそらくはこのまま何ごともなく
年明けを迎えることになるだろう。

さて次の予言は何だろう。
この世が終わるのではないかという
心の奥底に軽い不安を抱きながらも
妙な期待を抱いていた一年だったが
またしても肩すかしを食ったようだ。
さて次は誰の何という予言だろう。

時折雨音が軽くなることがあるのだけど
きっと雨が雪に変わっているのだろう。
今日の風は冷たいからそうに違いない。
それにしてもここ数日は本当に寒いから
いつ雪が降ってもおかしくはないのだ。

ところで、そんな寒い寒いさなかでも
たまに気持ち暖かな日が差すことがある。
それはすぐにすぐに去って行く。だけど
その一瞬だけのほのかな春が訪れると
生きていることが楽しく思えるものだ。

多くの人が春を好むのは、きっとこの
生きている楽しさを味わえるからだろう。
それを考えると人が寒さに耐えられるのは
決して暖房器具や防寒具のおかげだけではなく
春の希望というのもあるのではないだろうか。

ぼくの家は駅と港から
さほど離れていない
場所に位置しているために
昔は汽車や船の汽笛の声が
いつも聞えていたのです。

夜になると騒々しい周囲の
工場の音が消えるので
汽車や船の汽笛の声は
包み隠さず幼いぼくの
耳に届いていたのです。

そしていつしかその声が
ぼくの子守唄代わりになり
確実にその声で育ったぼくは
汽車や船に乗って旅をする
夢を見るようになったのです。

ぼくの家は駅と港から
さほど離れていない
場所に位置しているために
昔は汽車や船の汽笛の声が
いつも聞えていたのです。

『この人とは友だちになれるだろうな』
そんな感覚で私は一票入れるのであります。
もちろん具体的な政策や高尚な思想は
大切であるとは思うのでありますが、
要はその人の持つ人間性じゃないですか。

先日ある方と話をしておりまして
「某候補は東大を出だから立派なんだよ」と
その方は言っていたのでありますが、
東大出というのは履歴の一つじゃないですか。
そこに何ら人間性は見えてこないのであります。

とにかく思考が世間とかけ離れた人ではなく
見るからに偉そうに振る舞っている人ではなく
私たちと同じような普通の生活をしていて
友だちのような気楽さで付き合っていけそうな
そんな人に私は一票入れるのであります。

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