吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2012年10月

日曜日にドラマを見ていたら
懐かしい音楽が流れていた。
『ビートでジャンプ』じゃないか。
小学生の頃に聞いたことがある曲で
その当時のテレビやラジオで
よく流れていたものだ。
非常に印象深い曲で、ぼくの
お気に入り曲の一つでもある。

昨年、携帯をスマホに替えた時に
着信音にしていた曲がコレだった。
ぼくはつい最近までこの曲を、当時の
コカコーラのCM曲だと思っていた。
後年、コカコーラのCM曲集を聞いた時
それが間違いだということがわかった。
よく似た曲だが、所々で違っているのだ。
つまり・・・・。まあ、いいか。

夜中になると腹が減る。
何か腹に入れたいのだが
食べてしまうと体型崩壊が始まり
それと併せて健康崩壊も始まる。
そのことが重々わかっているから
懸命に我慢しようとする。
ところが懸命に我慢すればするほど
心に隙が出来てしまい、そこに
『少しくらいならいいや』
という気持ちが入り込む。
これが危険なんだ。

この『少しくらいならいいや』が
今日だけ『腹一杯食うか』に変わり
二、三日なら『大丈夫』に発展し
えっ『いつの間に』となってしまう。
そして一年かけてスリムにまとめた体型が
転がるように以前のメタボった
醜い体型に戻ってしまう。
「いいのか、それで」ぼくはいつも
自分にそう言い聞かせている。

あのー、
教えてもらいたいことがあるんですけどー、
わたしは生きているんでしょうかー。
生きているって思い込んでいるだけで、
本当は生きてないんじゃないでしょうかー。
今持っている色々な幸せだってー、
今抱えている様々な問題だってー、
現実のことだと自分勝手に思い込んでいるだけでー、
本当は生きてない自分の妄想ではないでしょうかー。
ねえ、わたしは生きているんでしょうかー。
本当に生きているんでしょうかー。
本当に本当に生きているんでしょうかー。

最近『何を今さら』という夢をよく見る。
例えば学生時代の恋愛が成就した夢だとか、
例えば希望していた会社に就職した夢だとか。
五十代半ば、病気や老後や年金を気にする
今となってはほとんどどうでもいいことだ。
そんな理想の過去の夢を見させるくらいなら
どうしてその時に成就させてくれなかったんだ。
そのことを考え、執着することで、かえって
現実の問題が強調されてしまうじゃないか。
と、夢を恨んでみたりもする。

信号待ちしている時に
何という虫だろうか、
変な虫が飛んできて
フロントガラスに貼り付いた。
車が発進してからも
彼はずっと貼り付いていた。
風にあおられて時折
足の半分が浮いていたのだが
そのかっこうがおかしくて
つい馬鹿笑いしてしまった。
窓を開けていたのでおそらく
隣の車の人にはその馬鹿笑い声が
聞こえたことだろう。

「ところで・・」とぼくは考えた。
ぼくたち人間は笑う動物だが
はたして虫が笑うことはあるんだろうか。
いや、犬や猫といった動物も
笑うことがあるのだろうか。
もしそうだったとしたら、その時彼らは
どういう表情になるのだろうか。

「ここから落ちたらどうなるんだろうか。
少なくとも捻挫はするだろうな」
そんなことを考えながら脚立の上に乗っていると
なぜか怖くなった。そのうち怖さが怖さを呼んで
急性の高所恐怖症になってしまった。
そうなってしまうと足が震えて仕事が手につかない。
その時だった。数十年前の記憶が蘇った。

中学生の頃、ぼくは友だちとよく学校を抜け出していた。
抜け出すには2メートルちょっとの高さのある
石垣を飛び降りなければならなかった。
足は底の薄い上履き、もしくは裸足だ。
だけどその時は「ここから飛び降りたら・・」
なんて考えなかった。
ただ早くそこから抜け出したかったんだ。

それがよかったんだと思う。
早く抜け出したいという強い気持ちが
恐怖心を吹き飛ばしてしまい、飛び降りる時に
無心でいられたわけだ。そのおかげで
「少なくとも捻挫」すらしなかったんだと思う。
そうだ。ここから落ちそうになった時は
落ちまいと無理に力まないようにしよう。

「学校を抜け出したい」という気持ちを蘇らせて
思い切って飛び降りてみることにしよう。
『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』という
言葉もあるくらいだ。よしそうしよう。
そんなことを考えていたら同僚から
「いつまでやっているんだ」と文句を言われた。
その瞬間ぼくは脚立から飛び降りた。

天国だって?
そんなものあるわけがない。
気がつけばそこに
ポツンと現実があるだけだ。
誰もそれを認めたくないものだから
いい感じにあの世を語っているだけだ。

いやいやあの世がなくなるのではない。
ただ現実に戻るだけなのだ。
だから今を天国だと信じていれば
あの世も天国だということだ。
逆に今を地獄だと思っていれば
あの世も地獄だということだ。

この世と違った世界があるのではない。
この世と同じ現実があるだけだ。
この世と同じ現実があるだけだ。

ぼくがパソコンで使っている
音楽プレーヤーは、
どういう基準で曲順を
決めているのか知らないが、
ビートルズの歌の後になぜか
マグマ大使の主題歌がかかってしまう。
これはこれで面白くはあるのだが
気分がビートルズのバラードである時に
勇ましく「行くぞ、ゴア!」
というのもなんだか・・。

朝、床屋に行くと
二人の人が待っていた。
ぼくの行きつけの床屋は
一人でやっているので
三番目ともなれば終わるまでに
軽く四時間はかかってしまう。
店に着いたのは午前九時だから
終わるのは午後一時だ。
今日は休みだとはいえ
ぼくもそこまで暇ではない。
ということで
今日の床屋は取りやめて
明日行くことにした。

ところで、その床屋には
寝起きの勢いで行ったので
上は半袖のTシャツ一枚だった。
店まで来てようやく
今日が寒いと気がついた。
明日は少し厚着をして行こう。

「一つのことを引きずって
いつまでもクヨクヨと悩まない」
これがこのところのぼくの
重要な課題となっている。
とにかくちょっとしたことを
気にしすぎる傾向があるのだ。
そういう自分をやめよう
と決心したわけである。

それでいったい
ぼくが何を引きずって
いつまでもクヨクヨと
悩んでいるのかというと
「一つのことを引きずって
いつまでもクヨクヨと悩む」
という、ちょっとしたことを
気にしすぎる傾向である。

前の車との車間を
適度に空けて走っていると、
何を焦っているのか知らないが
決まって馬鹿が割り込んでくる。
そこで今度はそいつとの
車間を空けなきゃならない。
それはまあいいにしろ、
そういう馬鹿に限って
前の車にベタ付きし、
しょっちゅうブレーキを踏むんだ。
車間を空けないで走れるほど
運転に自信があるんだろうけど
万一の事故をもらってはかなわんからと
ぼくはさらに車間を空ける。
するとまた別の馬鹿が割り込んでくる。
そして同じことをやっている。
そんなこんなで気を遣う毎日であります。

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