吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2012年06月

就職活動をしていた頃の話だ。
電車の中でウトウトしていると
どこからともなく聞き覚えのある
しわがれた声が聞こえてきた。
「兄ちゃんよ、その道は駄目だ。
そのまま行くと生き急ぎになるぜ」
なぜかこの言葉が気にかかった。
その後ある企業に就職したのだが
本当に生き急いでいる状態に陥り
管理職についていたものの
未練なくキッパリ辞めてしまった。

それから半年ほど休んだのち
別の企業に勤めるようになった。
すると再びあの声が聞こえたのだ。
「兄ちゃんよ。その道も駄目だ。
先がまったく見えないぜ」
前のことがあったので
『きっとこれは天の声だ』
と思った。だけど決まったばかりの
仕事を簡単に辞めるわけにはいかない。
そこで十数年過ごしたのだったが
なんとぼくの居場所がなくなった。

いよいよ働く場所がなくなってきた。
企業はもう駄目だと諦め、本当に
先の見えない仕事をぼくは始めた。
その時だ。またまたあの声が聞こえた。
「兄ちゃんよ、その道は正解だ。
その道はあんたそのものだ」
しわがれた声がそう語りかけた。
あれから数年経っている。そろそろ
その結果が見える頃だ。

今朝は晴れているな。
六時半か。これからどうしよう。
軽く目を閉じると三十分が過ぎる。
少し夢が入ると一時間経ってしまう。
そうこうしているうちに朝ドラが始まって
仕事に行くための体と心の準備に追われる。
この余裕のなさがいやなんだ。

やはりこのまま起きていようか。
この暑苦しい布団から這い出して
この間買った本でも読んでいよう。
だけどそれをやってしまうと後が心配だ。
最後の最後で眠ってしまうことは
よくあることだが、それだけならいい。
目が覚めた時出勤時間を過ぎていることが
過去に何度かあったんだ。それが怖い。

今朝は晴れているな。
六時半か。これからどうしよう。
またここに戻ってしまう。

二週間前に風邪を引きまして
その際の鼻のかみすぎで
熱の花というのが出来てですね
鼻の下が赤くなってヒリヒリして
あげくの果てにジュクジュクして。
さすがに患部を外気に触れさせたり
手で触ったりするとまずいと思い
しばらくマスクが離せなかったです。

マスクをしていてわかったんですけどね
一日中マスクをしていると
口周りの肌に潤いが出るんです。
ぼくはけっこう乾燥肌タイプなので
その潤いが実にいい感じでしてね。
しばらくマスクが離せなかったのも
実はそのいい感じをずっとずっと
味わいたいというのがあったです。

たとえばですよ、
学生時代に好きだった人と
二人で会う機会があったとしたら、
いったい何を話したら
いいんでしょうね。

学生時代の思い出といえば
『好き!』という感情がその
大部分を占めているために
客観的な部分に話がいかないし、
その後の経歴を披露するにせよ
どうせ自慢話か馬鹿話に
始終することだろうし、
共通の知り合いの近況を
報告しあったとしても
他人のことゆえにすぐに
飽きてしまうことだろうし。

そういった話を羅列したとしても
どうしても断片的になるわけで
きっと間が持たなくなるに違いない。
間が持たなくなるのなら
最初から会わなければいい。
とはいえやっぱり会いたいし・・。
実に妙な気持ちになってしまう。
たとえばなんですけどね。

人は大丈夫のまま
生まれてきたのに、
そして大丈夫のまま
生きていけるのに、
いつのころからか
自分は大丈夫じゃないと
勝手に思い込むようになる。
これが間違いの始まりだ。
「大丈夫じゃない!」
と思うから悩んでみたり、
「大丈夫じゃない!」
と思うから焦ってみたり、
不自然な不愉快な生き方を
ついつい選択してしまう。
すべては大丈夫なんだから
大丈夫のまま大手を振って
生きていけばいいんだ。
絶対に大丈夫なんだから
大丈夫にまかせて躊躇せず
生きていけばいいんだ。

勝手に黒い雲を掃除機で吸い取ってみる
勝手に分厚い雲を脱水機にかけてみる
勝手に雲の中で除湿機をかけてみる
勝手にダムにだけ雨を降らせてみる
勝手に梅雨明けの日を決めてみる

勝手に消費税の価値を試算してみる
勝手にあの政治家から課税してみる
勝手に議会の議題を変えてみる
勝手にあの法案を通してみる
勝手に放射能の基準値を決めてみる

勝手に彼の家を停電してみる
勝手にあの新聞だけ休刊にしてみる
勝手にドラマの結末を変えてみる
勝手に小説のあらすじを変えてみる
勝手にあの歌手を復帰させてみる

勝手に古代の歴史をすり替えてみる
勝手に邪馬台国を琵琶湖に埋めてみる
勝手に日本海の中に首都を置いてみる
勝手に太平洋上に大陸を作ってみる
勝手に先の戦争はなかったことにしてみる

勝手に阿弥陀仏を十字架に掛けてみる
勝手に少年ジャンプを経典にしてみる
勝手にお化け屋敷を日本の霊場にしてみる
勝手に政治家たちに霊を送り込んでみる
勝手に野良猫を環境大臣にしてみる

停電したらテレビがつかない。
停電したら録画ができない。
停電したらパソコンが使えない。
停電したら携帯電話が充電できない。
停電したらブログの更新をしたくない。

停電したら掃除ができない。
停電したら洗濯できない
停電したらエアコンが使えない。
停電したら除湿ができない。
停電したら空気清浄できない。

停電したら氷ができない。
停電したら麦茶が冷えない。
停電したらスイカがぬるい。
停電したらチンできない。
停電したらご飯が炊けない。

停電したら固定電話がかけられない。
停電したら鏡が見えない。
停電したら夜景にならない。
停電したら融通が利かない。
停電したら家出してみる。

この傘を奪われてはならない。
この傘にはぼくの過去と未来と
そして現在が詰まっているのだから。

このエスカレーターを降りたあと
やつらはこの傘を狙ってやってくる。
計画ではぼくを前と右と後ろから
攻撃することになっているらしい。

先程エスカレーターを降りたやつが
すでに出口の右側に回り込んでいる。
正面にはリーダー格の男が
朝からずっと張り込んでいる。
もう一人はぼくの背後にいる。
三人後ろにいる黒い喪服のあの女だ。

ぼくの行く道は当然左側しかない。
だけどそこには逃げるための道がない。
そこで出口の強行突破しかないと
ぼくは今覚悟を決めているところだ。

もうすぐ長いエスカレーターが終わる。
ヒタヒタと三つの足音が聞こえてきた。
やつらの顔も次第にはっきりしてきた。

昔は最初の雨の一粒一粒が
地を穿ち、石を跳ね、穴を掘り
そこに後続の雨の一粒一粒が
溜まるようになっていた。
今や地表はアスファルトに覆われ
最初の雨の一粒一粒も
後続の雨の一粒一粒も
地を穿つことが出来ず
地面いっぱいに広がっていく。
地を踏みしめて歩く人には
大変歩きやすい地表なのだが
車だと速度を上げると車体は浮いて
ツルリツルリと滑ってしまう。

多くの車の人はそうならないように
速度をゆるめて慎重に走っている。
ところが中にその理屈のわからない
頭のたいへん悪い輩がいて
奴らがこの世の和を乱している。
奴らには天気なんて関係なく
いつもと変わらぬ走りをし
他車にもそれを強要する。
それで全体の流れが狂ってしまう。

雨の日に車が渋滞するのは
頭のたいへん悪い輩たちが
実は原因になっているのだ。

煤けたような灰色の雲が
まだらな雨を落としている。
この狭い狭い谷間の町に
艶抜けした黒い機関車が
まるで白く見える煙を吐き
体を揺らせながら入ってくる。
行き交う人の姿は傘に隠れ
男女の見分けすらつかぬ。
その中を薄茶色の紬女が
傘もささずに歩いている。
わめきながら歩いている。

ぼわあ・・ぼわあ・・ぼわあ・・
ありし日の昭和の雄叫びが
この狭い狭い谷間の町の
かすれゆく記憶の中に
今もこだましている。

この街にあるのは
鬼太郎カラスの輪唱と
電線ムクドリの合唱と
夕闇にはびこる喧噪だ。
こんな殺風景な風景を見て
ぼくたちは心和ませている。

だけどだけど駄目なんだ。
こんな風景で和むようでは
いつまでどこまで経っても
いつまでどこまで待っても
前に進めないに違いない。
だからぼくたちはいつも
次の夜を焦らせている。

我々は夜の静寂という
無粋さを好む生物である。
だから早く、もっと早く
あの赤を絞り出してしまえ。
そして抜け殻と化した夕日を
手に持ったその長い猟銃で
さっさと撃ち落としてしまえ。

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