吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2012年05月

学生の頃から
読んできた本がある。
通学や通勤時には
手持ち無沙汰の友となり
車で通勤するようになってからは
渋滞時の友となっていた。

何ということのない本で
とくに大したことが
書いているわけではない。
ただ他の本と違うところは
その本を読んでいる時には
いつも「今この時間は
この本を読むためにあるんだ」
と教えてくれる点にある。

転職した頃だったから
五、六年前になるだろうか
その本はわけあってぼくの
生活から欠場してしまった。
以来その本を開いたことはない。
おそらく今この時間は
その本を読むためにないのだろう。

人より早くそのことを気づいた人が
いまだそのことを気づいてない人に
そのことを気づかせてやるのが友人で
そのことで一生感謝される

人より早くそのことを気づいた人が
いまだそのことを気づいてない人に
そのことをひけらかすのがエリートで
そのことで陰口をたたかれる

人より早くそのことを気づいた人が
いまだそのことを気づいてない人に
そのことを生半可に教えるのが教育で
そのことで信用を失っていく

人より早くそのことを気づいた人が
いまだそのことを気づいてない人に
そのことを売って儲けるのが宗教で
そのことで警察に検挙される

人より早くそのことを気づいていても
いまだそのことを気づいてなくても
そのことを気にしないのが今風な人で
そのために何の進歩もない

眠らない妖怪と
眠れない妖怪がコラボして
今日という日を作った。
眠らない妖怪が次々と
仕事を探してきては
眠れない妖怪がそれを
せっせとフォローする。
その繰り返しに時間を費やし
あっけなく朝となった。
気がつけば眠らない妖怪と
眠れない妖怪は去っていて
抜け殻になったぼくは
少し頭の痛みを覚えながら
今日をどう乗り切ろうかと
悩んでいた。

すでに初夏に入っていて
すぐに梅雨がやって来る
そんな季節の中にいます。
この時期、時々街で見かける
分厚いジャンパーを着込んで
ボーッと上気した顔をしながら
歩いている痩せぎすのおじいさん。
見ていて暑いです。辛いです。
想像して重いです。臭いです。
余計なお世話かも知れませんが、
この時期、歩いている間だけでも
その分厚い分厚いジャンパーを
脱ぎましょうよ。脱ぎましょうよ。

生き神さまになるのに
特別な力なんていらないよ。
うまく人間関係が構築出来て
図太く世間を渡れる人間には
その資格が充分にあるんだからね。
すべてのことは自分で構築した
高弟身分の人たちがやってくれる。
奇跡は高弟の手が起こしてくれる。
幸せは高弟の口が招いてくれる。
安心は高弟の技が与えてくれる。
高弟はみな自分の利益になるから
馬鹿げたことでも懸命にやるんだ。
要は生き神さまも人間関係の
中で生きているということだ。

山には天狗がいるから
決して一人で行かない方がいい。
バキッと木の裂ける音がするのは
天狗がさらおうとしているのだ。

川には河童がいるから
決して一人で行かない方がいい。
その流れに見とれてしまうのは
河童が引き込もうとしているのだ。

森には狐狗狸がいるから
決して一人で行かない方がいい。
いいにおいがしてくるのは
狐狗狸が化かそうとしているのだ。

街には人間がいるから
決して一人で行かない方がいい。
時折ゴホゴホと音がするのは
人間が菌をばらまいているのだ。

夢には女が出てくるから
決して一人で見ない方がいい。
一晩中いい思いをする夢は
女が生き霊となって現れているのだ。

日が暮れてしばらくすると
あいつが黒い箱からゆっくり
ゆっくり降りてくる。そして
おれを見つけると、決まって
『チッチ』と舌打ちしやがる。

舌打ちをした後あいつは決まって
『ミーコ』と言っている。どうやら
おれに付けた名前のようだ。
だけど、おれはおれであって
ミーコではない。絶対違う!

だけど何でおれがミーコなんだ。
ミーコ顔でもしてるんだろうか。
そんなヘンテコな名前はやめてくれ。
付けるならもっと気の利いた
英語の名前を付けてくれよ。

しかしこのままでは悔しいな。
そうだ、おれもあいつに変な
名前を付けてやろうじゃないか。
何にしようかな。やっぱり
チッチと言うからチッチがいい。

あ、チッチが帰ってきた。
いかん!見つかってしまった。
『ミーコ、ミーコ』と近づいてくる。
「馬鹿チッチ、糞チッチ。どっか行け。
ミーコなんて二度と呼ぶな!」

おれは声に出して言った。
間違いなくチッチは馬鹿だ。
おれの言うことがわかってない。
あっそこまで来た。わっ満面の笑みだ。
「失せろチッチ。気持ち悪い!!」

ぼくは知っている、
この人をうまく動かすと
何もかもがうまくいくことを。
だけどこの人を動かすには
ある呪文が必要になってくる。
この人は朝晩就寝時問わず
常にひねくれている人だから
そのひねくれを取り除く
強い強い呪文が必要になってくる。
おそらくそれは誰もが知っている
簡単な言葉なのだと思う。
だからいつでも唱えられるのだ。
うまくその呪文を見つけた人は
うまくこの人を動かして
莫大な利益を得ているという。
だけどぼくはいまだにそれを
見つけられないでいる。

何かことが終わる時は
小説の最終章のような
自分勝手な括りはなくて
ドラマの最終回のような
仰々しい予告もなくて
実にあっさりと自然に
終わっていくものだ。

ぼくが病院を好まないのは
勝手な括りを示してみたり
最終回の予告をしてみたり
迷惑至極な存在だからだ。
この世あの世を意識せず
あっさりゆったり気持ちよく
生死の呼吸をぼくはしたい。

一人の人間として大人として
いろんな出来事と格闘しながら
いろんな人と出会いながら
ぼくはこの世で生活している。
これまでぼくはそう思っていた。
だけどそれは勘違いだった。

実はまだぼくは胎児で、今は
まだ母親のお腹の中にいるのだ。
勘違いに到ったわけは
前世を精算する過程でいったん
蘇る記憶を胎児のぼくが
現実だと捉えていたことによる。

だからもう同じ記憶が
二度と蘇ることはない。
あの出来事も、あの人のことも
すべてこれで終わるのだ。そして
前世の精算が終わった瞬間に
ぼくは次の世の光を見るのだ。

いいかげんな性格なくせに
真理を追求したりしているから
あなたに無理を感じてしまう。
あなたの今のその姿は
あなたが昔追求していた
小さな小さなギャグに過ぎない。
授業中に笑いを取ろうと
突然大声上げたり歌ったり
そんな類いに過ぎないんだ。
本当に真理を追究するなら
小難しい本に書いてあることを
受け売りするのではなくて、
いいかげんな自分の性格を
掘り下げてみることから
始めてはどうだろう。
それが一番手っ取り早いし
何よりあなたの真理だからだ。

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