吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2011年11月

たとえば風邪を引いた時とか
たとえば腹が痛くなった時とか
ぼくはいつもそうなのだが
ある程度時間が経つと
「治った」という気がするのだ。
すると決まって病気は治っている。
胃痙攣を起こした時もそうだった。

二十代の頃だが、ある日突然
胃が痛くなったことがある。
最初は時間が経てば治る
と思っていたのだが
二日経ち三日経ってもまったく
治る気配がない。そこで意を決して
医者にかかろうと思ったのだった。

その日は這うようにして家を出た。
電車に乗っている時にも
駅から病院まで歩いている時にも
何度か痛みが襲ってきた。
その痛みと必死に闘いながらも
「もしかしたら悪い病気かも」などと
弱気の虫も出てきたのだった。

ところがである。
病院に着いたとたん、突然
「治った」という気がしたのだ。
それから痛みがなくなって
弱気の虫も消え失せた。
青白かった頬のあたりにも
赤みがさしている気がしたものだ。

とりあえず診察してもらったのだが
医者は「何をしに来たんですか?」
と言うような顔をしていた。
いろいろ検査をやってはみたが
症状は認められなかった。家に帰ると
それまでなかった食欲も出てきて
いったいあの痛みは何だったんだろう。

その状態が今日またやって来たのだ。
ここ数ヶ月話題にしている高血圧だ。
今朝ふと「治った」ような気がした。
そこでさっそく血圧を測ってみると
ほぼ正常値に戻っていたのだ。
これで筋トレも出来るようになるな。
自然治癒力というのだろう、感謝である。

無理に体を曲げようとすると贅肉が
邪魔をして気持ち悪くなってくる。
その気持ち悪さを我慢して我慢して
さらに無理して体を曲げると
何と腹筋が攣ってしまう。
これがかなり痛いのです。

若い頃はいくら柔軟運動をやっても
さらに腹筋運動をやったとしても
『攣る』ということがなかったから
深くショックを受けておりまして
「これも加齢のせいなのか」などと
ついつい嘆いてしまうのです。

だけど加齢のせいにしてしまうと
何でもかんでも加齢のせいになってしまい
いつしか加齢病に蝕まれてしまうのです。
だからぼくはそれを加齢のせいでなく
運動不足のせいにしてしまうのです。
だから柔軟運動を繰り返すのです。

とにかく『攣る』を怖れていたら
体は柔らかくならないのです。
血流も良くはならないのです。
そうなると老化が早くなるのです。
世間に爺姿をさらけ出すことになる。
ぼくにはそれが耐えられないのです。

ということで
今日も明日も明後日も
無理に無理に無理を重ねて
『腹筋が攣ってしまう』を怖れずに
そしていつか笑い話になるように
柔軟運動に精を出している次第です。

悪に悪を重ねれば
時に悪でなくなって
歪んだ善になっている

善に善を重ねれば
時に善でなくなって
わりと普通になっている

夢に夢を重ねれば
時に夢でなくなって
気持ち現実になっている

時間に時間を重ねれば
時に時間でなくなって
いつしか無限になっている

愛に愛を重ねれば
時に愛でなくなって
強い憎悪になっている

社会に社会を重ねれば
時に社会でなくなって
歪んだ個人になっている

この間、ある人が
「最近首とか肩とかが凝るんだけど
何でだろうと原因を探ったら、どうも
低反発マットのせいみたいなんよ。
あれ、合う人と合わん人がいるみたい」
と言っていた。おかげで寝起き感が悪く
酷い場合は頭がボーッとするという。

ぼくもけっこう長い期間
低反発マットを使ってきた人間だが
考えてみるとその人の言うことが
いちいち当たっているではないか。
そこでその夜から、低反発マットを
使うのをやめることにした。
その日妙に枕が楽な気がしたものだった。

さて翌朝若干の体の痛みはあったものの
寝起き感が違う。スッキリしているのだ。
それに気をよくして、それからずっと
低反発無しの生活をしている。
どうも血圧にもいいようで
徐々に改善しているようだ。
めでたしめでたし、だ。

えらく夢の時間が長いな
と思っていたら、必死に
この世と呼ばれる世界を生きていた。
ということで、もう何十年も
ぼくはこの世にいるわけだ。

ところでぼくはどの世界にいて
この世を夢だと思っていたのだろう。
この世にいてこの世を夢だと
思うわけがないんだし。
もしかして、

あの世と呼ばれる世界から
この世を見ているということか。
もしそうならば、
ぼくはいつもこの世とあの世を
往ったり来たりしていることになる。

あの日あの時にあった縁が
長続きしないままに
今この齢を生きています。
もしかしたら現世で再び
あなたと縁を持つことは
ないのかも知れませんね。
でも悲観することではないのです。
来世での縁の時間を現世より
長くすればいいわけですから。
誰が何と言おうと
何度でも何度でも
やって来る人生なのです。
それを信じてあの縁を
現世のいい想い出として
そして来世の期待として
さらにはその先の楽しみとして
生きることにしましょうよ。

家の前の公園に
白い紙のようなものが
何枚か落ちていて
それが朝から気になっている。
そこに行ってその紙が
何であるのか調べようと
思ってもみたが
そこまで行くのが
とてつもなく面倒だし
もしティッシュだとしたら
この上なく馬鹿らしいし
とにかくこのことは
たった今から放っておいて
成り行きを見守っていこうと
ぼくは思っている。

ウェブ日記を書いていた頃に
下書きで使っていた手帳を見つけた。
もう十年以上も前のものだ。
最初のページからしばらくは
ぎっしり文字が詰まっている。
ところが途中からは
まったく何も書いてない。
これで終わりなのかと思ったら
最後の数ページにゴニョゴニョと
力の入ってない汚い文字が埋まっている。
前に見つけた手帳もこんな感じだった。
このわけのわからない手帳の使い方、
きっとこれがぼくの性格なんだろう。

ああ、そうか
ようやくわかった
好調森福を引っ張らずに
最後の一人の場面に
攝津を投げさせたのは
ホークスが東北に向けた
メッセージだったんだ

タバコを吸うなと騒ぎ立てる
会社専属の女医がいた。
ありきたりの資料を見せては
「タバコは体に良くないから
やめましょう」とのたまう。
だけど全然説得力がないんだな。
そんなありきたりの資料じゃなくて
まず自分の体で実験し、
その生きた資料を示した上で
「ほら、この通りです。
私の肺に腫瘍が出来ましたよ」
と言うのなら、誰もが
「なるほど」と納得するだろう。
その点、タバコを長年吸い続け
四年前にキッパリやめたぼくには
生きた資料もあり説得力がある。
「ほら、この通りです。
ぼくの体は太りましたよ」

そろそろ眠たい夜だから
いつまでも本なんか読んでないで
さっさと寝床で横になろう。
今日は日本シリーズがないんだから
スポーツニュースを見なくていいし
面白いドラマがないんだから
寝ることに一つも躊躇しない。
仕事の日報なんかも後回しだ。
こちらの都合で週報にしたって
何も文句を言ってこないし、
だいたいあんな報告書の
どこを参考にしているんだ。
そろそろ眠たい夜だから
とりとめのない日記に執着せずに
さっさと寝床で横になろう。

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