吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2011年04月

何千何万という思いが
ジャングルジムのような形をして
心の中で重なっている。
そこからひとつひとつの思いを
ジャングルジムが崩れないように
素速くかつ慎重に抜き出して
それを人生という糸に変えて
丁寧に丁寧に紡いでいく。
そんなふうに五月を
描いていきたいと思っている。

惣菜店で買った唐揚げを
晩ご飯に食べたのだが
食べてからわりと時間が経っているのに
まだ胃の中にニンニクの臭いが残っていて
その臭いがさっきから臭覚を刺激している。
最近の唐揚げはニンニクが強いのかなあ。

昔は唐揚げを食べても
ニンニク臭を感じたことがなかった。
というかニンニクが入っているなんて
思ったこともなかったのだ。
昔は少しだけしか入ってなかったか
もしくは入ってなかったのかもしれない。

最近はニンニクさえ入っていれば
おいしいとでも思っているのか
何にでもニンニクが入っている。
例えばポテチなどのお菓子の中にも
ニンニクが入っているのがある。
おかげでいつも口臭を気にしている。

明日になってもゲップをすれば
ニンニク臭が出てくるのかなあ・・・。
明日も仕事なのに困ってしまう。
あとで牛乳飲んで口臭予防しておこう。
ニンニクを入れて悪いとは言わないけど
ちゃんと口臭対策をしておいて下さいよ。

もう五月じゃないか。
もう初夏じゃないか。
あと三日じゃないか。
それで長袖を着ていると
ジトッと汗ばんできたわけか。
それで窓を閉め切っていると
息苦しくなったわけか。
それで行く先々で
ツバメが飛んでいたわけか。
そうなんだ、そうなんだ。
五月なんだ。初夏なんだ。
あと三日でそうなんだ。
それでここ数日
二十度超えだったわけだ。
四月はいろいろありすぎて
季節が素通りして行ったので
全然気づかなかったけど
そうか、そうか、そうなのか
もう五月なのか。初夏なのか。
あと三日でそうなのか。

前々からぼくの中で
問題になっていたことがありまして。
それがまくら、マクラ、枕なんです。
合わんのですね、枕が。
おかげで肩や首が凝ってしまい
それが後頭部にまで延長して
頭の感覚がいつも真っ白なのです。

これではいかんと
その手の本を読んだり
ネットで調べたりしたのですが
どれも似たり寄ったりで
健康枕を使えと書いている。

健康枕、実は
寝疲れするようになったのは
それを使い出してからのことでして
十数年、寝違えて首筋を痛めた時に
整骨院に行ったのですが
「枕が合わんのじゃないか」と
そこの先生に言われ
「確かに」と思ったぼくは
けっこう値の張る健康枕を買い込み
それを使用するようになったのです。

ところがそれを使ってみると
えらく首が張る、肩が凝る。
最初は枕が慣れないためだろうと思い
使い続けてみたのですが
だんだん事態は深刻になっていき
ついには眠れなくなる状態にまでなり
とうとう他の枕に替えてしまったのです。

替えてしまったのはよかったのですが
一度ケチが付いたせいなのか
枕に対して余計な神経を遣うようになり
以来、『どの枕もダメ!』
という結果になってしまったのです。
人生の疲れの半分以上が寝疲れにある
と言っても過言ではない状態に
現在なり果てているのです。

そんな状態から脱却できる
健康枕ではない枕がないものかと
日夜探している次第でございます。
どうかよろしくお願いしますです。
南無大非観世音菩薩

本当は認めたくないんだけど
絶対に認めたくないんだけど
昭和五十三年四月四日ではなく
平成二十三年四月二十五日
そう今日が本当の意味での
解散だったんだ。
ランちゃんの、ミキちゃんの
そしてスーちゃんの
声、声、声、そしてメッセージ
今日がそうだったんだ。
最後のライブだったんだ。
四十年近くもの間
いろんな夢を見せてくれて
本当にありがとうございます。
ぼくたちは幸せでした。

とはいうものの
この解散はかなりきつい・・・

これまで何もしてこなかったって?
いや、決してそんなことはない。
何ひとつ自慢できるものがないだって?
いや、絶対にそんなことはない。
あなたは時代を作ってきたじゃないか。
あなたの時代を背負ってきたじゃないか。
今またあの時代を象徴しているじゃないか。
そう、充分運命に応えてきたじゃないか。
それはそれは立派なことだと思うよ。
決して卑下することではない。
絶対に絶対に自慢できることだ。
もし馬鹿にするような奴らがいるのなら
逆にそいつらを笑い飛ばしてやればいい。
そしてあなたの時代を叩き込んでやればいいんだ。

そこここの宇宙に周いている
大丈夫というエネルギーを
我々は糧として生きている。
大丈夫を与えてもらうために
我々は神という名の存在に祈り
大丈夫を与えてもらうから
我々は神という名の存在に感謝する。
決して難しいことではない。
祈れば分け隔てなく与えてくれるんだ。
何も難しいことはない。
感謝すれば何度でも与えてくれるんだ。

今日テレビやラジオの
スーちゃんの訃報の中で
何度も何度もキャンディーズの
『微笑みがえし』を聞いた。
何度も何度も聞いていくうちに
この歌が別れの歌なんだということを
改めて思い知らされたのだった。
そして何度も何度も聞いていくうちに
不覚にも涙が溢れてきて
それを止めることが出来なかった。

ああ、三十三年前の解散の時に
涙を流したこの歌で
今また涙を流している。
ぼくたちは何度この歌に
涙を流したらいいのだろう。

スーちゃんの死
ショック大きいな。
もう一度人生のどこかで
キャンディーズが見られると
期待していたのに・・・。
仮に今後そういう企画があるとすれば
太田裕美が入るのかな。
しかし、それではダメなんだ。
ラン・スー・ミキでキャンディーズなんだから。

ジョン・レノンが死んだあと
ボブ・ディランを入れて再結成、
ジュリアン・レノンを入れて再結成、
そんな噂が飛んだことがあったが
誰がジョンの代わりを出来るものではない。
やはり一世を風靡したグループは
オリジナルメンバーじゃないとね。

それにしても五十五歳は早すぎる。
人が死んだ時に、いつもぼくは思う。
その人の次のステージを
神さまが準備し終えたんだと。
またいずれかの人生で
彼女と出会うことだろう。
そう思わないと、やりきれない。

1,
今年初めてのツバメを見た。
のどかな日差しの中を
ほどよく吹いている風に乗って
気持ちよさそうに飛んでいた。

2,
そういうふうに見えたのだが、
それはぼくの勝手な思い込みで
実は彼らは眉間にしわを寄せて
必死に餌を探していたのかもしれない。

3,
二羽連携で飛んでいたので
おそらくつがいだったのだろう。
彼らはこれからこの国で巣を作り
卵を産み、子育てに励むのだ。

4,
彼らもぼくたちと同じく
この国に生まれて
この国で幼少時を過ごし
この国を故郷にしているのだろう。

5,
どうでもいいことだが
この春、姪が自分の可能性を求めて
故郷を離れた場所で職に就き
故郷を離れた場所で生活を始めた。

6,
ツバメは可能性とか考えるのだろうか。
生き抜くことと、種の保存で一杯の
本能というプログラムが組まれていて
可能性なんて考える暇がないのかもしれんな。

7,
きっと彼らはそれでいいのだろう。
どんな状況でも足ることを知っているので
いつも大丈夫な気持ちが満ちていて
いつも澄んだ気持ちでいられるのだから。

家からコンビニまでの距離の
およそ倍の距離を歩いた場所に
新しくスーパーがオープンする。
それをぼくたち夫婦は
首を長くして待っている。
大手なので品揃えもいいだろうし
価格もそこそこ安いはずだし
当分潰れる心配も無いし。
これほど嬉しいことはない。
さらに嬉しいことは
二十四時間営業なので
夜中に酒やお茶が切れた場合
値段の高いコンビニで
買わなくてすむようになることだ。

例えばキリンの氷結350mL缶だと
家からコンビニまでの距離の
およそ倍の距離を歩けば、40円
安く買えるようになるわけだ。
例えば三ツ矢サイダーの1,5LPETだと
家からコンビニまでの距離の
およそ倍の距離を歩けば、120円
安く買えるようになるわけだ。

そうそうスーパーゆえに生鮮食品も
揃っているはずだから、夜中の
酒のつまみに焼き肉や焼き魚
というのも有りということだ。
倍歩くということは運動になるし
健康にも良い。それに加えて
酒代の節約も出来るのだから
怠惰で浪費家のぼくたち夫婦にとって
そのスーパーは神様からの
最高の贈り物だということになる。
今月末にオープンだとか。

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