吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2010年12月

(1)大晦日
99パ-セントを超える
時間が経過いたしました。
1パーセント未満の時間の中で
出会うだろう幾人かの人に
「お世話になりました」と言えば
確実に過去は幕を閉じます。

99パーセントを超える
生活が通過いたしました。
1パーセント未満の生活の中で
行うだろう何度かの会話の終わりに
「よいお年を」と付け加えれば
確実に未来が幕を開きます。


(2)2010年
歯医者に二回、病院に一回
床屋に六回、区役所に二回
税務署は〇回、警察署も〇回
ハローワークは二回
銀行は月一、ファミレスも月一
デパートも月一、カルディは月二、
イオンは毎週、本屋も毎週
コンビニは毎日、トイレも毎日
通ったのでありました。

甘い言葉に釣られた
やる気のない国民から
選ばれただけのことなのに
さも革命でも成し遂げたかように
大騒ぎして、バカ騒ぎして
好き勝手して、あげくの果てに
この国を、崖っぷちまで持って行き
奈落の底に突き落とそうとしている。
どう思っているんだ、この国を。
どう見ているんだ、世の中を。
どう捉えているんだ、この時代を。
お前たちが簡単に転がせるような
そんなヤワな石ではないんだから、
大地に根を張った巌なんだから、
そんなひねくれた根性で頭を絞っても
お前たちには欠片の一つも転がせまい。
とっとと歴史の中から消え失せろ。

1,
二十代後半に出会ったのが
『大丈夫』という言葉だった。
その時、なぜかその言葉に
救われる思いがしたものだ。
その後、三十代あたりから
その言葉に頼ることが多くなり
以来とにかく何かあるたびに
『大丈夫』と思う習慣がついたのだった。
特に朝起き時、ついつい
会社や仕事のことを考えて
憂鬱な状態に陥るぼくを
この『大丈夫』が救ってくれた。

2,
『ゼロから数字を生んでやらう』
という高村光太郎の詩句が好きだ。
いつも自分らしさを追求しているのも
いつも自分の味を探しているのも
人のやらないことに興味をそそられるのも
不可能という言葉に挑戦したくなるのも
きっとこの言葉の影響に違いない。
『ゼロから数字を生んでやらう』
五十歳を過ぎた今でも
この言葉に心を燃やしている。

3,
二十代の後半だったが
佐藤一斎の言志四録にある
『ただ一灯を頼め』という言葉に
えらく感銘を受けたことがある。
文字の小さな文語訳本を読んだのだが
その言葉だけがはっきりと
浮かび上がって見えたのだった。
以降、その言葉が座右の銘になる。
三十代から禅仏教に興味をそそられて
関連書物を読みあさるようになるのだが
つまりはこの言葉の展開だった。
その頃に感銘を受けた臨済義玄の
『随処作主、立処皆真』
という言葉も同じ意味であり
それゆえに感銘を受けたのだろう。

とにかく眠たいのです。
ずいぶんと眠たいのです。
ちょこっと目を閉じると
そこはもう天国なのです。
夢に戻れる天国なのです。
人間関係という名の
ややこしいしがらみもなく
生活という名の
とてつもない重圧もなく
今という名の
曖昧な環境もないのです。
とにかく眠たいのです。
ずいぶんと眠たいのです。

街がどこかに流れて行く
街がどこかに流れて行く
お前の夢の場所はここじゃない
お前の行き着く先はここじゃない
そうつぶやきながら
街がどこかに流れて行く

街がこんなにちんけだから
街がこんなにちんけだから
癒やしてくれる猫さえも
いなくなったじゃないか
おかげで人も減ったじゃないか
街がこんなにちんけだから

華やかな彩りのネオンは
見た目だけのイルミネーションに変わり
温かさのなくなった街を映し出す
夢も見られなくなった街を映し出す。
青と白だけの無機質な
寂しい街を映し出す

街はきっと凍えているんだ
街はきっと凍えているんだ
あの時の夢はいつか終わったんだ
だから今は現実の生活に思いを馳せるんだ
気がつかないうちに気温が少し下がったんだ
だから街が凍えているんだ

昔、柔道をやっていたことがあって
その練習中に絞め技で落ちたことがある。
仮死状態になったわけだ。
その時、ぼくが見た風景はピンク色で
柔らかい日差しの中にぼくはたたずみ
遠くで子供たちが遊ぶ声が聞こえた。
えらく懐かしい思いで
その時を過ごしていたのだが
突然、ぼくを呼ぶ声が聞こえた。
その声の方向に顔を向けたとたん
ぼくは現実に戻ったのだった。
その瞬間ぼくは思ったのだった。
「何でこんなところにいるんだろう」と。
今でも落ちた時のことを思い出すと
優しい気持ちになるのは、もしかしたら
原点に回帰したからなのかもしれない。

それとは別に思うことがある。実は
ぼくはあの時点で死んでいて
現実と思って生きてきた道は
ぼくという自我がイメージした
架空の履歴ではないのかと。

風呂場のシャワーのパッキンが
いかれているのか
タン、タン、タタンと水滴が
リズム正しく落ちている。
このまま数千年も放っておけば
タン、タン、タタンの下には
スッポリと確実に穴が空いて
自然が描く不自然な
芸術が出来上がることだろう。
そうなると大変だと思ったのか
嫁さんはタン、タン、タタンの
下に折り畳んだタオルを置いて
水滴に芸術をさせないようにしている。
とはいえそのタオルは、よく持って
一年くらいのものだろう。
その先の数千年からすれば
一年のうちの数分間くらいの感覚だ。
そのタオルが尽きた頃には確実に
タン、タン、タタンが芸術し始める。

ということで、ぼくはこの先の数千年
霊になってこの風呂を眺め、
その芸術の完成を見ようと・・・・
いや、ダメだ。ダメだ。ダメだ。
霊になってもきっと忙しいはずだから
そんな悠長なことをやっていられない。
やっぱり修理することにする。

国境らへんにぼくらは立って、ぼくらは立って
この歌を歌って歌って、歌っていくのだ
国境らへんにぼくらは立って、ぼくらは立って
この歌を歌って歌って、歌っていくのだ

ギターの弦をぼくらは張って、ぼくらは張って
ジャカジャカジャカジャカ、やっていくのだ
ギターの弦をぼくらは張って、ぼくらは張って
ジャカジャカジャカジャカ、やっていくのだ

政治なんてつまらんものだ、つまらんものだ
思想なんてどうでもいいのだ、どうでもいいのだ
今ここにいることが大切なのだ、大切なのだ
今これをやることが大事なのだ、大事なのだ

ダイナマイトが弾ける前に、弾ける前に
ぼくらは行って行って、行っていくのだ
ダイナマイトが弾ける前に、弾ける前に
ぼくらは行って行って、行っていくのだ

休みの日になると決まって思うことがある。
『ヒゲを剃らんといかんなぁ・・』
例えば二連休の時などは二日続けてそう思っている。
つまり二日間ヒゲを剃らないということだ。
ちょっとの手間を惜しまずにやっておけば、
いらんことに心悩ますこともないし
仕事の日の朝は剃るヒゲの量が少なくてすむし
シェーバーにヒゲが引っかかることもないので
時間の短縮にも繋がるし、そのおかげで
朝の貴重な時間を有効に使うことが出来る。
剃り残しがあっても気になる長さではない。
等々と、色々いいことづくしなのだ。
しかし、休みの日にはそれをしない。
なぜか心と体がその手間を拒むのだ。

二十年以上前のこと
神奈川県の逗子に行ったことがある。
横須賀の叔父が亡くなった時がその時で
荼毘に付すためにそこに行ったのだ。
逗子という町はぼくにとって初めての場所だった。
何年間か東京に住んでいたことがあるのだが
その頃にも行ったことはない。

さて、荼毘に付した後、宴会が行われたのだが
翌日仕事のぼくは途中でそこを抜け出し
羽田に向かうことになった。ところが
初めての場所なので地理がまったくわからない。
そこでそのへんにいる人に聞いてみると
「まっすぐ行くと広い通りに出る。その
通りに沿っていけば京急の駅がある」と言う。

教えられたとおりに歩いて行くと
広い通りに出た。その時だ。
突然家の近くを歩いてる気持ちになったのだ。
『なんだろうこの気持ちは?逗子は初めてだし。
もしかしたらこれがデジャヴというものか。
であれば叔父の計らいなのかも知れないな』
そんなことを思いながらぼくは駅に向かった。

しかしおかしい。
デジャヴだとしたら何か違う。
その気持ちというのは、一度見たことのある
というような気持ちではなく、どちらかというと
そこで現在生活しているような気持ちなのだ。
そこでもう一度振り返ってその風景を見てみた。
あっ・・。なるほどそうなっていたのか。

一瞬でその理由がわかった。
その通りには釣具の『ポイント』があり
同じ並びに『ロイヤルホスト』があり
コンビニがあり、スタンドがあり
同じような車が走り、同じように渋滞し
信号風景もあまり変わらないのだ。つまり
家の近くと同じような構造になっていたわけだ。

エレベーターがこの階で停まっている。
2時間前にぼくが降りた時のままだ。
その間誰も乗らない状態で
ここに停まっていたのだろうか。
それとも色々な人が乗ったあげく
またここに戻ってきたのだろうか。

しかし夜とはいえ、まだ9時台なんだから
誰も乗らなかったということはないはずだ。
香水臭のする愛想のない兄ちゃんとか
これまた香水臭のするオバQ顔のおばさんとかは
帰ってくるのがいつも8時台だから
きっと乗っているはずだ。

また毎週火曜日や
毎月10日のWポイントデーや
20日30日のお客さま感謝デーになると
イオンの袋を両手一杯に提げて帰ってくる
デブのおばさんがエレベーターに
乗りこんでくるのは9時ちょこっと過ぎだ。

しかしそのちょいデブは
この階の住人ではないから
その後に乗った人がいるということになる。
さて誰だろう。
いつも塾が終わった10時台に帰ってくる
男先生が早上がりしたのだろうか。

いつも違う女性をお持ち帰りされる
あの紳士が早々とご帰還なされたのだろうか。
男遊びに狂ってなかなか家に戻らない
ヤンキー娘が男と別れて戻ってきたのだろうか。
それとも何年か前にこのマンションで・・・
いや、やめておこう。

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