吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2010年07月

カラコロという音がすると
縁側で寝ている猫が
首をもたげて「ニャー」と鳴く。
「何でこの猫は
下駄の音に反応するんだ?」
「それは幼い頃に
下駄で尻尾を踏まれたからだよ」
「なるほど。それでこの猫の
尻尾の先は曲がっているんだ」
「あー、触っちゃダメだよ」
「何で?もう痛みなんて
とっくに引いているはずだろ」
「そうじゃない。この猫は今でも
尻尾のことで恨みを持っているんだ」
「えっ。恨みって、猫が?」
「そうだ。だから尻尾を触られると
下駄に踏まれた昔を思い出して
恨みを晴らそうとするんだ」
「まさか取り憑くわけじゃないだろうな」
「そのまさかだ。こいつももう高齢だ。
もし取り憑いたら大変なことになるぞ。
そっとしておけ、そっと…」
外からは相変わらず
カラコロと下駄の音がする。
縁側の猫は相変わらず
首をもたげて「ニャー」と鳴く。

今日やるべきことは今日やろう。
明日やるべきことが出来なくなる。
そうなると毎日目白押しの
いい運気が滞ってしまう。
時機を逸した運気は
旬を逃したスイカといっしょで
水も足りなきゃ甘みも足りずで
ロクなものじゃない。
とにかく今日やるべきことは
われわれの運気を司る神様が
今日やるために用意したものだから
決して蔑ろにしてはならない。

いいか、今日の仕事が
どんなにきついものだったとしても
今日つけるこの日記は
明日の日付では生きてこないのだから
ちゃんと今日書いて寝るんだ。

ぼくが鬼太郎を知ったのは小学4年生の時
そうテレビマンガ『ゲゲゲの鬼太郎』が始まった時だ。
当時のぼくは少年サンデーばかり読んでいて
少年マガジンにどんなマンガが載っているのか
まったく知らなかった。それゆえに鬼太郎は
テレビで見たのが初めてということになる。
ぼくの周りも圧倒的にサンデーファンが多かったので
鬼太郎に関しては、巨人の星などと同じく
テレビから入っていった人間がほとんどだった。

とはいえ、ぼくは鬼太郎のことを
まったく知らないわけではなかった。
大正生まれの伯父が「子どもの頃、紙芝居に
『ハカバキタロウ』というのがあったけど
あれは面白かったぞ」と言っているのを聞き
キタロウなるものに興味をそそられ
それが潜在意識にインプットされていたのだ。
そのせいか、テレビで『ゲゲゲの鬼太郎』が
始まった時は敏感に反応し
「大正生まれの伯父が子どもの頃から
昭和43年の今までキタロウを描いているなんて
作者はいったい何歳なんだ?」
などという疑問を抱きながら
ちゃんと初回から見たのだった。

その後、コミックで鬼太郎を見ることになるのだが
鬼太郎はテレビで見るのと違って大人のマンガだった。
少年マガジン連載分のでさえそう思ったのだから
中学生の頃に読んだ『鬼太郎のベトナム戦記』は
なおさらだった。政治や戦争や思想
さらには娘の初潮シーンまで描かれていて
えらく刺激が強かったのを憶えている。

さて、戦前のキタロウと戦後の鬼太郎が
別物であるのを知ったのは今から十数年ほど前で
作者のエッセイにその旨のことが書いてあった。
鬼太郎もののコミックは、けっこう持っているし
母が捨ててさえいなければ
実家に少年マガジン版もあるだろうし
例の『鬼太郎のベトナム戦記』もあるはずだ。
現在持ってないものもあるが
いちおうはすべて読んでいる。
読んでないのは、子供向けに描かれた
『ゲゲゲの鬼太郎』くらいか。
しかし、70年代以降のアニメに関しては
ほとんど見てない。
すでに大人になっていたわけだ。

歯を磨く時
いつも血が出ていた。
学生時代からそうで
いつしかそれが当たり前になり
別に気にもしてなかった。
たまに歯槽膿漏や歯周病の
コマーシャルを見て
「もしかしたら」と思うこともあったが、
その間何度か通った歯医者で
とくに何も言われなかったし、
きっと歯ブラシが合わないのだろう…
というところで落ち着いていた。

先月のことだった。朝起きると
歯茎が腫れているように思えた。
だが、それはよくあることだ。
そこで指でマッサージをしていると
突如そこから血が流れ出した。
これまたよくあることなので
最初は放っておいた。ところが
今回は珍しくなかなか止まろうとしない。
しかも流れているのはどす黒い血だ。
「そういう時は出し切った方がいい」
と、何かの本に書いていたのを思い出し
血が止まるまで吸い出した。
おかげで血は何とか止まった。しかし
翌日も、そのまた翌日も同じ目にあった。
原因は何かわからない。しかし
五月に歯医者に行ったばかりなので
しばらく歯医者に行くのは嫌だ。
ということで、前に買っておいた
歯周病に効く薬を試してみることにした。

その薬は少量を口に含めて
クチュクチュやるタイプのものだ。
夜寝る前、歯を磨いたあとに
口に含め、説明書に書いているとおり
力強くクチュクチュやった。
初日はさすがに血が出たものの
二日目から効果が現れた。
血が出なくなったし、腫れが少し引いた。
そして一週間後には腫れが完全に引いた。
治ったのでこれでやめようと思った。だが
またあんなどす黒い血が出るのも嫌だ。
ということで、以来ずっと続けている。

おかげで歯の調子がすこぶる良い。
歯磨きの際の血まで出なくなったのだ。
…と、あることに気がついた。
歯磨きの際の出血が
薬で止まったということは
あの出血は歯ブラシが合わないせいではなく
歯周病だった可能性が高いことになる。
もしそうであれば、ぼくは学生時代からずっと
病気だったということだ。
困ったな、生命保険の審査の時に
「病気なんてしたことがありません」
と豪語したのが嘘だったことになる…

若いカップルを見るたびに
「ああ、この人たちもいずれ結ばれて
いろいろな修羅場を迎えるんだろうな」
などと、自分の歴史に照らして思っている。
男というものは常に
そこまでを見据えて行動する動物で、
それゆえに淡泊な生き物だといえる。
女というものは常に
そこからを見据えて行動する動物で、
それゆえに執着心が強い生き物だといえる。
そういう視点の違った動物が
騙し騙し生活をやっていくわけだから、
修羅場にならないわけがない。
ケンカするのが修羅場ならば
協調するのもある意味修羅場だ。
口を利かないと修羅場になるし
口を利いても修羅場になる。
素っ気ない態度は修羅場を呼ぶし
優しい態度が修羅場を呼ぶこともある。
時々そういった相談を受けることがあるのだが
「気になる存在だからそうなるんだ」
と、ぼくはいつも答えている。
そう考えれば修羅場も楽しめるだろうし、
おそらくは気にしているだろう
相性というものにも傷は入らない。
素直にそう考えられるようになるまで
とにかく精進しなさい。

ぼくらが小学生の頃
サイダーといえば三ツ矢サイダーという認識で
その他のサイダーなんて見たこともなかったし
その存在すら知らなかった。後年
サイダー分類されていると知ったキリンレモンは
レモンが入っているからという理由で
ぼくらの間ではサイダー認定をしていなかった。
だから今でもキリンレモンはサイダーではない。

小学四年生のある日、ある番組が始まってから
レモンの入ってない、サイダーらしきものが
この世にあるのを知ることになった。
もちろん古くからある飲み物なので
他の地方・地区には流通していたかもしれない。
だが、ぼくたちの住む世界には
その飲み物は存在しなかった。

その番組とはアニメ、いや当時はまだ
そう呼んではなかったから、こう書いておこう。
テレビまんがの『ゲゲゲの鬼太郎』だ。
その不気味な主題歌と前後して流れてきたのが
「リボンちゃん、リボンシトロンよ…」
という初めて見聞きするコマーシャルだった。
ぼくたちの間で、宇宙ものでも
怪獣ものでもなかった鬼太郎は
当然のように話題になったが、それと同時に
初めて見るリボンシトロンも話題になった。

「リボンシトロンとは何ぞや?」
近所にもクラスにも
その存在を知る者がいなかったので
最初はどんな飲み物かもわからなかった。
そんなある日、クラスの誰かが
「リボンシトロンというのは
サイダーみたいな飲み物らしい」
という情報を仕入れてきた。
それでようやくもう一つサイダーがあるのを
知ることになったわけだ。

さて、ぼくが実際にリボンシトロンを
見たのは、いや飲んだのは
それからどのくらい経ってからだろうか。
確かに飲んだ覚えはある。しかしそれが
いつだったのか、どんな味だったのか
一向に思い出せないでいる。

ぼくの中でリボンシトロンは
それほど存在感のない飲み物となっている。
今でもあまりお目にかからないし
飲みもしない。ただ
鬼太郎のまんがを見た時とか
鬼太郎という文字を見た時とかに
その存在を思い出す程度だ。
ゲゲゲゲゲ、ゲゲゲゲゲ…。

夜、花火大会をやっていたようだ。
七時過ぎからドンドンという音が
この辺一体に響いていた。ところが
音のする方向に花火は見えない。
ちょうどの所に小さな丘が被っていて
それが花火を隠していたのだ。
知り合いのおばちゃんが住んでいる
中学校の横にある高台のマンションなら
周りにさえぎるものがないので
充分に花火を満喫できただろう。
というか、目の前の小さな丘が、
右か左に十メートル程ずれてくれれば
この家からでも、花火が
スカーッと見えていたはずだ。
毎年この時期になると
音がするのに見えない花火のために
本当にイライラしてしまう。

ちなみに知り合いのおばちゃんは
夜遅くまで仕事だったはずで
同じく見られなかったことだろう。
ザマーミロである。

先日祭りに行ってきた。
昨年は梅雨まっただ中で
時折雨にたたられたけれど
今年はきれいに晴れ上がり
星空の下に多くの人たちが集まった。
街は久しぶりに人で賑わい
ネオンも活気を取り戻していた。

さて祭りになると、若い女性は
この時とばかりに浴衣を着てくる。
しかし最近はその浴衣姿に
色気を感じることがなくなった。
理由の一つに着こなしの下手さが
上げられる。浴衣といえば
昔は親が着せていたものだが
今はその親たちが着慣れてないので
うまく着せられないでいるだろう。
ニューハーフのお姐さんたちのほうが
よほどうまく着こなしていたわいな。

まあ、着こなしはともかくも
一番色気を損なわせているものが
香水のにおいだ。浴衣といえば
やはり石けんのにおいでしょ。
高温多湿の日本の夜には
香水臭は似合わない。男衆の汗の中に
ほのかに香る石けんのにおいこそ
日本の夜には似合っている。
それこそ色気の極みと言っていい。

ぼくは今生、
百二十歳まで生きることにしている。
というわけで現在五十代前半なのだが
実質は二十代後半の人生を歩んでいる。
そういえば名目二十代後半の頃は
何もわからないくせに「人生とは」
などという大それたことを考えていた。
実質は十代前半だったぼくに
実際何がわかったというのだ。
語呂がいいというだけで
論語や老荘の言葉を、ただ
追っていただけじゃないか。
その論語や老荘が、現在
何かの役に立っているのだろうか?
何にも役に立ってない気がする。
まだまだ先は長いのだ。もう一度
「子曰く」からやり直してみるか。

六月を過ぎてからこちら
やることなすことが増えてきて
かなり忙しい日々が続いている。
表向きそのことをグチってはいるも
実は苦にせず、楽しくやっている。
思えば以前はそういうことが
とてもとても面倒くさく思えて
本当にグチってはそれを避けていた。
ところが、ある目標を定めてから
自然にそう思わなくなった。
いや、そう思えなくなったのだ。
すべてのことが目標への過程だと
思えてくるようになり、確実に
やることなすことを消化することで
次の舞台に進むことが出来る、
そんな気がしてきたわけだ。
次の舞台があるというのは
実に楽しいことで、目の前の
やることなすことを楽にこなせる。
それを知ったことに
大きな喜びを感じている毎日だ。

梅雨明けがあったり
猛暑が続いたり
三連休とかもあったせいで
すでに夏休みに入っていると
一昨日まで思い込んでいたが
まだ始まってなかったんだ。
21日の今日から、ようやく
夏休みが始まるらしい。
ということで、ぼくが
小学生の頃と何ら違わない。
日割りになっているわけだ。
違っているのは暦のほうで
「海の日」などという
夏休みのおまけ的な祝日なんて
あの頃はなかった。今では
それをハッピーマンデイという
ラップにくるんで
土曜日に持ってきてくれるんだ。
何かうらやましい。


夜明け時に目を覚まし
この日記を書いている。
すでに早起き鳥は歌をうたい
セミの「ジー」も始まっている。
それらが空の薄紫と相まって
幻想的な夏色を醸し出している。
そう、この夏色の感動を
この風景を目に納めたいがために
ぼくは無理矢理目を覚ましたのだ。
と書いておくか。
昨日遅くまで飲んでいたので
気分が悪くて目が覚めただけだ。


いつも朝ドラを見ているせいか
とうとう夢の中にまで
鬼太郎が出てくるようになった。
このままだと目玉とかネズミ男とかも
出てくるようになるだろう。
ま、あまりいい内容の夢ではないが。
彼らの実写を見られるのはうれしい。

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