吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2009年04月

ぼくの住むマンションの入口や
エレベーターにある掲示板には
管理組合からのお知らせが、
回覧板代わりに何枚も何枚も貼っている。
そこにはエレベーターの点検や、
マンション廊下のワックスがけなどの
実施予定日時が書かれていて、
その都度都度に貼り替えられている。
何枚も貼っているおかげで、
嫌でもそれが目について、
嫌でもそれを読んでしまう。
おかげで外出や商品搬入などの予定が立つし、
わりと役に立っている。

それはそれでいいのだが、
その都度都度に目を疑うことがある。
一月も二月も三月も、その他のどの月も
「梅雨の候」で文章が始まっているのだ。
最初にそれを見つけたのは一昨年末で、
それから毎度同じ出だしなので、
「梅雨の候」というのがマンションお知らせ文章の
慣例となっているのかと思ったほどだ。

おそらくは「お知らせフォーマット」があって、
そこに行事や日時を書き入れていくだけで、
時候の挨拶などは無視してしまっているのだろう。
おかげでぼくの住むマンションは、
年がら年中梅雨の盛りだ。

初めて交通事故を見たのは三十年以上前になる。
道路に飛び出してきた女の人を乗用車がはねたのだ。
女の人はまるで柔道一直線の二段投げのように、
軽々と宙を飛んでいった。
その人がどうなったのかはわからないが、
その光景だけがぼくの心に焼き付いて、
今なお心の中で再現する。
時代は交通戦争真っ盛りで、
ぼくはその後も何度かそういうシーンを目撃し、
その都度その光景が心に焼き付いた。

最近は安全に対する教育が徹底されたせいか
人をはねるシーンを見ることはなくなった。
だけどそれに代わって
車同士の衝突シーンを見ることが多くなった。
そりゃ車同士の衝突だから見た目も派手で、
その損傷も酷いものだ。
しかしそういう事故では人が見えないために、
心に焼き付くことは滅多にない。
とはいえ、
「何であそこでアクセルを踏んだんだ?」
「何であんなハンドルの切り方をしたんだ?」
などと考えさせられることはよくある。
おそらくは事故の当事者も、
普通じゃ考えられない自分の行動に
「何で?」と首をかしげているに違いないが、
いつまで経っても答は出てこないだろう。
それは運命の範疇なんだから。

あ、そうだった。
「何で?」と思っても、
首をかしげられない場合もあるな。
…それもまた運命の範疇だ。

小学三年生の頃、
ひょんなことからじゅげむを覚えた。
当時はその程度の文字数なら
何の苦もなく覚えられたのだ。
徐々にきつくなったのは中高生の頃で、
歴史の年号や数学の公式などに
いつも手こずっていたものだ。
社会に出てからさらに酷くなった。
深酒やたばこやストレスが老化を早め、
次第に脳が暗記を拒むようになったのだ。
おかげで般若心経程度の言葉でさえ
覚えるのに一週間以上を費やす始末だ。
ついでに覚えようとした観音経に至っては
数行覚えるのが精一杯で
結局は断念してしまった。
以来暗記物はまったくだめだ。
そのせいで結婚式のスピーチなんかは
いつも即興でやっている。
最初は緊張があるものの、
次第に言葉に酔ってきて、
最後はいいスピーチだったなと思うに到る。
ところが後でチェックしてみるとこれが最低で、
実に無茶苦茶な内容になっている。
そういえば、
じゅげむは意味のない言葉の羅列だし
般若心経だって音読みだけだと
何を言っているのかわからない。
きっとぼくの脳細胞は
そういうものばかり覚えてきたせいで
意味のない羅列になってしまったのだろう。

薄型テレビを買おうと思っているので、
薄型テレビの情報収集に忙しい。
ブルーレイも買おうと思っているので、
ブルーレイの情報収集に忙しい。
ついでに車も欲しいので、
ついでに車の情報収集に忙しい。
そのためにお金を稼がなくてはならないので、
そのためのお金を稼ぐ情報収集に忙しい。
今の夢が成就すればお金が入ってくるようなので、
今の夢を成就させる術の情報収集に忙しい。
手っ取り早く夢を成就させたいので、
手っ取り早く夢が叶う神社の情報収集に忙しい。
今は姪がメキシコに留学しているので、
今は豚インフルエンザの情報収集にも忙しい。
かつて祖父がかかったことがあるので、
かつて祖父がかかった結核の情報収集に忙しい。
こうやって情報収集ばかりやっているので、
どうやって情報収集するかの情報収集に忙しい。

ぼくが社会に出る頃まで、
石炭で風呂を沸かしていた。
釜の中に石炭を敷き、
その上に紙や材木を置き、
新聞紙やチラシを丸めて火をつける。
そして石炭に火がつくまで、
紙や木を足していくのだ。
石炭に火がつけば、
あとは火が消えないように、
何十分か置きに石炭をくべていく。
夕方になれば、
どの家の煙突からもモクモクと、
勢いよく煙が出ていた。
その煙のにおいが町を覆う頃、
夕方は夜に変わっていた。

時が流れて今は、
ガスや電気で風呂を沸かす。
いや沸かすのではなく、
ほどよく沸いた湯を
浴槽に張るだけでいい。
便利な世の中になったものだ。
で、石炭はというと、
この辺で使っている家は、
すでにないようだ。
もしあったとしたら、
夕方のにおいを知らない人たちから、
異臭がするなどと抗議が出て、
最後は撤去させられてしまうだろう。
懐かしい風景はこうやって、
ひとつひとつ消えていくんだ。

この辺りの学校の校歌に必ず名前が出てくるので、
この地域の人なら誰でも知っているのだけれど、
半数以上の人がその場所を正しく答えられない、
不思議な山がある。

ぼくも場所を正しく知らない一人だったわけで、
高校の校歌の中に、
その山を背に置いていると謳っているために、
てっきり学校の裏山がその山だと思い込んで、
長い間調べることもしなかった。

それが間違いだったのを知ったのはつい最近で、
防災マップを見ている時に、
高校の裏山の横にある小さな山に、
その名前がついているのを見つけたのだ。

何のことはない、
幹線が渋滞した時の抜け道として、
週に何度も走っている山だ。
中腹にはぼくの通った自動車学校があるし、
そこにはご先祖様のお墓まである。

高校を卒業して数十年経つけど、
何と長い間騙されていたことだろう。
そもそも校歌が嘘をついちゃいかんだろう。
ああ、そうか。校歌を作詞した人もぼくと同じく、
その場所を正しく知らない一人だったということか。

ゴールデンウィークとは無縁な仕事に就いているもんで、
今年の休みがどうなっているのか知らなかった。
なるほど暦通りであれば4月は29日、
5月は2日から6日までが休みなのか。
メーデーなんていうのもあるから、
それを含めると5月は、
1日から六連休ということになる。
明日から6日まで休みだと言う人もいる。
まるで小学校の春休み並みだ。
それが終わってお盆が来たら、
また休み。
そういえば今年から、
秋のゴールデンウィークというのもあるんだった。
正月、GW、お盆、GW…、
年中休みだらけということか。
まあこれだけ休めば
ストレスもほどよく解消されて、
酒で紛らわすこともなくなるだろうから、
裸で暴れたりもしないだろうな。

小学生の頃、
野球を見に行くと、
決まってコーラを注文していた。
特にコーラが好きだったのではない。
アルバイトの兄ちゃんの
コーラの注ぎ方がかっこよく、
それが見たかったからだ。
片手で栓を抜いて、
素早く紙コップをかぶせて、
そのままビンを逆さまにすると、
コーラが下のほうから湧いてくる。
その一連の作業を素早くやってのける
兄ちゃんたちがまぶしくてまぶしくて、
まるで魔術師のように思えたものだ。
あれから数十年経った今
球場でコーラを頼むと、
缶から紙コップに地味に注ぐだけで、
かっこよさの欠片もない。

そういえば最近、
ビンのコーラを見かけなくなった。
そこにはいろんな理由もあるのだろうけど、
実はかつてコーラを片手で
かっこよく注いでいた兄ちゃんたちが、
還暦を迎える年になったから
…かもしれないな。

夜、
嫁さんと居間でテレビを見ていると、
ぼくはそのまま寝てしまう。
目が覚めると嫁さんはいない。
さっさと一人で布団に入って、
大きないびきをかいている。
それを見てぼくも電気を消して、
布団に潜ろうとするのだが、
何となく夜がもったいない。
そこで自分の部屋に行き、
パソコンをスリープから起ち上げる。
最初は眠気で見えない文字も、
次第に細かく見えるようになってくる。
それからが長いのだ!
毎日寝不足だ。

小学生の頃までは人と競争することなんて、
まったく興味がなかった。
ただただその日が面白ければ、
それでよかった。
かけっこで負けたって、
ヒットが打てなくたって、
悔しいなどとは少しも思わず、
それをどう笑い話に持って行こうか…
なんて考えている変な少年だった。
ところが青春という時期に入ると、
なぜか人目を気にするようになり、
それが負けん気につながった。
勝手に人をライバル視しては、
「こいつには負けたくない」
なんて思うようになったのだ。
成長ホルモンでも関係していたのだろうか、
とにかく人に負けるのが、
いや、イヤ、嫌なのだ。
それゆえ意地を張るようにもなった。
「こいつらと同じ運命を歩いて行けるか」と、
一人孤独を装ったり、
意味なく部活を辞めたり、だ。
果ては同じような理由で会社を辞めて、
今なお続く波瀾万丈に繋がっていく。

ああ、ぼくのおかしな人生は、
青春時代から始まっているのだ。

夢の中で知らない人が、
しきりに「井上陽水風料理、
井上陽水風料理」と叫んでいた。
それを聞いてぼくは「うんうん」と、
納得して、理解して、
深くうなずいていた。
ところが目が覚めてみると、
井上陽水風料理の
意味がさっぱりわからない。
いったい何を暗示しているのだろう。

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