吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2007年09月

本当の友だちなんだから、
おみやげなんて
持っていく必要はないんだよ。
ぼくたちの笑顔を見れば、
それで充分なわけだから
気を遣うことはないんだよ。
彼もきっとそのことで、
文句を言ったりはしないんだよ。
本当の友だちなんだから、
本当の友だちなんだからね。

今読んでいる本に、午後11時から午前2時までは睡眠に充てたほうがいいと書いてあった。
その代わり朝は早く起き、運動をしたほうがいいらしい。
人間の体は、そうすることによって、健康が保たれるように出来ているということだ。
なろほど、それで野生の動物は天寿を全うできるわけか。
じゃあそうしようかと思ってみたが、待てよ、人間の天寿というのはだいたいいくつくらいなんだ。

で、今度はそれを調べてみると、人間は120歳は生きるらしい。
さらに今後は150歳まで伸びるという。
150歳ということは、今の40代後半は、将来の感覚でいえば80歳あたりか。
ということは、その頃の人間は80歳過ぎてからリストラにあったり、老後のことを考えたりしだすわけか。
年金も、120歳くらいにならないともらえなくなるだろうから、定年が100歳とすれば、どこかで20年間働かなければやっていけない。
求人広告も、「18歳以上100歳まで」というふうになるのだろうか。

ま、とにかく、その時代の40代後半というのは、「最近の若い奴は…」という年頃だろう。
だいたい40代後半が初老などというのは、今の時代の価値観に過ぎないのだ。
価値観なら変えられる。
40代後半を「最近の若い奴は…」の年頃ととらえればいい。
そうすることにしよう。

ということで、ぼくは間もなく50歳になるが、人生はこれからだ。
あと100年間、何をして生きていこうか?

罪のない世界があればいいのに、
もうつくづくいやになってきたのです。
人の吐く言葉のひとつひとつが、
嫌味三昧に聞こえてならないのです。

変に心が悩み始めて、
思い出一つに照らします。
とにかく終わりのない悩みが、
情けない男を綴ります。

 リンゴの食べかすが落ちてます。
 きみの言葉を思い出します。
 だけどあの言葉は似合わない。
 しぐさがどうも不自然で

奇妙な歌を歌い始めて、
もう夜も明けてきたのです。
何かやろうとは思うのですが、
もうつくづくいやになったのです。

最近、テレビは特番ばかりやっている。
番組改編時期なのでしかたないのだろうが、これが面白くない。
特に、それまでやっていた番組が面白かったりした場合は、なおさらだ。
野球も終わってしまったし、今週はスカパー!でやっている『ミナミの帝王』もお休みだし、次のドラマが始まるまでしばらくこの状態が続きそうである。

というわけで、面白くない秋の夜長に、何をしているのかというと、また『結婚できない男』を見ている。
やはりこのドラマは何度見ても面白い。
さすがに平成ドラマのベスト2位(日経エンタテインメント調べ)に、選ばれただけのことはある。
特番の時期こそ、くだらんバラエティなんかしないで、こういう面白かったドラマのスペシャルをやってもらいたいものだ。

ここにおいでよ、年取った女がうたう
ちっぽけな石っころに、あんたつまずいただけなんだよ
手探りの旅は、もう終わってるんだよ
いつまでも下を向いてちゃいけないよ

 悲しけりゃ、声を上げて泣けばいい
 寂しけりゃ、もっと前を向けばいい
 苦しけりゃ、そこから歩けばいい
 そうすれば、いつか笑えるんだよ

人間ひとつ、悲しみなんてちっぽけなものさ
人間ひとつ、寂しさなんかいつか消えるものさ
苦しさだって、耐えればたやすいものさ
だけど男だからって、無理をしちゃいけないよ

 辛ければ、泣き通せばいい
 男でも女でも、同じことさ
 涙なんて、そこだけのものさ
 涙が尽きれば、終わりなのさ

どんな時でも、夢を捨てちゃいけないよ
捨てなけりゃ、いつかは叶うものなのさ
どんな時でも、夢を忘れちゃいけないよ
忘れなけりゃ、いつかは叶うものなのさ

目を開けておくと、目の奥が痛くなり、それが頭に響いてくる。
しかたなく、今日は神社や買い物で外出した以外は、家で寝ていた。
しかしなかなか寝付けない。
ここ数日、風邪を治すために睡眠を取ったので、寝不足からはほぼ解放されている。
だが、寝付けないのはそのせいではない。
寝汗だ。
昼間、外は暑かったものの、家の中はさほと暑くなかった。
それで寝汗をかくのだから、やはり熱があったのだろう。
そこに風を当てると、かなり寒く感じた。
それがまた風邪を悪化させる。

「風邪を引いたからといって、受け身の姿勢を取ってばかりいてはダメだ。風邪に攻撃を仕掛けて、追い出すんだ!」
頭痛の中、ぼくはそんなことを考えていた。
そこで取った策が、イメージによる風邪退治だった。
頭の中にいる頭痛の親玉を、イメージで作った武器でやっつけるのだ。
寝付けないから、目を閉じて、ずっとそんなことをやっていた。
すると、夜になってから、急に体が解放されたような気がした。
そこで起き出してみると、他の箇所はともかく、頭痛だけは治っていた。

ということで、これから熱の親玉と、それを操っている風邪の親玉に攻撃を仕掛けることにする。


追伸…起きてみると、熱から解放されていました。(09/29 9:44)

やはり熱があるのだろう。
昨日の記事に社会保険庁に行ったと書いたが、そういう大それた所には行ってない。
社会保険事務所に行ったのだ。
気がついたので、訂正しておいたが、こういう間違いも熱のせいだろう。

さて、今日は熱に加えて、頭が痛かった。
こういう状況になっても、いちおうは神社に行くのだが、帰る頃にはフラフラしていた。
しかもその途中、額の中心部が痛くなったのだ。
寝不足が絡んだりしているから、疲労と朝方の寒さからきた風邪だとは思うのだが、変に頭が痛くなったりすると、くも膜下だの脳梗塞だのの心配をしてしまう。

霊能士の方から未来を約束されているのに、この時期に、そんな大病にでもなったら大変である。
もしものことになったら、その霊能士は嘘つきというレッテルを貼られることになる。
そうならないように、しっかりとぼくのことを祈ってほしいものだ。

ツイてる人に言わせれば、
人は常に幸せに向かって
歩いているのだそうだ。
不幸そうに思えることでも、
実は幸運の序章なのだそうだ。
つまりこの一歩はいつも
幸せの方向を向いている、
ということだ。
そうか、
あれこれ考えなくていいんだ。
歩いていこう!

一昨日の夜、突然寒くなった。
いや、寝る時は少し暑かったのだが、朝方に冷え込んだのだ。
そのせいだろうか、昨日から少し熱があるように思える。
今日は銀行に行ったり、社会保険事務所に行ったりで忙しかったのだが、帰ってきてからダウンしてしまった。
鼻がムズムズしているし、やはり風邪だろう。
ということで、今日は無理をせずに、早めに寝ることにします。
では。

自分で入れたコーヒーのまずさが、
朝の気分を重くする。
おいしくなければ飲まなきゃいい、
もちろんそれはわかっているが、
なぜかカップを口に運ぶ。
それでもすぐに飲むことはせず、
カップに口をつけるたびに、
少しずつコーヒーを口に含み、
ほどよくたまったところで息を止め、
一気に腹の中に落とし込む。
だけどそういう高度な作戦も、
見た目も悪いコーヒーなので、
気持ちがなかなか受け入れない。
だから自分で入れたコーヒーは、
口の中にたまったままだ。
そんなに嫌なら捨てればいい。
もちろんそれはわかっているが…。
重っ苦しい気分の中で、
まずいコーヒーと格闘している。

ペンを持って仕事をしていると
中指にタコが出来ている。
これは中指とペンとの
絡み合いから生じたものだ。
靴ダコ、麻雀・パチンコダコも、
みんな理屈は同じこと。
異物との絡み合いから生じている。

心だって同じことで、
絡み合いの末にタコが生じる。
例えば妻の呼び名がそうだ。
付き合い始めた頃はいつも
呼び名に躊躇していたが、
今では「おい」ですませている。
絡み合いの末にこうなったわけで、
つまりは「おい」がタコなのだ。

倦怠期の予防のためにもこのタコは、
削ってやる必要があるのだが、
いったい「おい」という言葉の、
どこをどう削ったらいいのだろう。
今さら名前なんかで呼べないし。

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