吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2007年06月

夏のある日
ぼくはブラインド越しに
影を見つめていた。
陽炎のように揺らいではいるが
影は当然そうであるかのように映っていた。
その輪郭、その気配で
それが何かはわかっているのだが、
ぼくはそれを理解しようとはしなかった。
待てばそれだけ遠くなるような気もしたが
何故かぼくはそれをそっとしておきたかった。
突然崩れそうなその影を
ぼくはそっとしておきたかった。
以前見た数々の幻影をも
ぼくは想像していた。
それが何かを感じていながら
ぼくは解ろうとはしなかった。
それでいいんだと思う。
それが始まりだとも思う。
それは以前見て来たこだわりだとも思う。
いろいろな思惑の中にも
その影は映っていた。

ああ、今日で6月も終わりか。
いろいろ期待していることがあったのに、今月はまとまらなかった。
ということで、結果的に何もないひと月だった。
ま、来月は1年半ぶりに飲み会があるそうだし、何かいい月になりそうな予感がする。
その予感を楽しみにしておこう。

そういえば、このブログもあと4ヶ月ちょっとで終わる。
4月以降、誕生月の11月まで待たないで、さっさと終わらせようと思ったりしたことも何度かあった。
「満年齢でいかなくても、数えで充分だろう?」という悪魔の声も何度か聞いた。
でもダメである。
意地っ張りな性格なので、とにかく40代最後の日、つまり今年の誕生日の前日まで書かないと気がすまないのだ。

もし今終わったら「頑張らなかった40代」という結果になってしまい、この先ずっと後悔することだろう。
だから意地でもやめられん。

昨日、ヒロミから「明日休みだから遊ぼうね」というメールが届いた。
そこで嫁ブーに連絡を取らせ、会うことになった。
午前中はヒロミも嫁ブーも病院に行っていたので、会ったのは昼以降だった。

エアコンの効かない車で、嫁ブーと二人小倉まで行った。
街の中心部では駐車しづらいので、ちょっと離れたところに駐めることにしたのだが、ぼくたちやヒロミが知っている共通の場所といえば、昔いっしょに働いていた会社しかない。
ということで、ヒロミにそちらに来てもらった。
その会社、ぼくが働いていた頃は5階建てのビルだったが、今は建て替えて3階建てになっていた。
そこには、まだ何人かの同僚が働いているらしい。
が、会社部は3階で駐車場は1階ということで、会うこともなかった。

その後ぼくたちはショッピングセンターに行って、食事をしたり買い物をしたりしたのだが、今日はそれほど時間がなかったし、雨もけっこう降っていたので、遠出はしなかった。
次回はいつになるかわからないが、時間をゆっくり取って、温泉巡りでもしてみようと思っている。

ところで、ヒロミだが、何の病院に行っているのかと聞いてみると、耳鼻科に行っていると言う。
耳鼻科と聞いて、ぼくはてっきり、爪楊枝で耳をかき回しすぎて炎症を起こしたものと思っていた。
ところが、悪いのは鼻だという。
「え、鼻に爪楊枝入れたんか?」
「え、爪楊枝?」
「おう。爪楊枝で鼻の中をかき回して、鼻が悪くなったんやろ?」
「そんなことするわけないやん」
「じゃあ何の病気か?」
「鼻炎よ、アレルギー性の鼻炎」
「なんか鼻炎か」

ヒロミなら、鼻に爪楊枝を入れてかき回すくらい平気でやりそうなので、返事を期待していたのだが、そうか、鼻炎だったのか。
ちょっと残念だ。

また雨のうたを書いている。
世の中どうして、こう雨のうたが多いのだろう。
おそらく、その人生の半分を
雨に彩られているせいもあるのだろう。
この国の人たちが好きな涙を
雨に見ることもあるのだろう。
それにしては晴れた日のうたが
あまりに少なすぎる。
誰だって晴れた日を望んだことが
一度はあったはずだ。
否定だけの人生はあまりに悲しい。
時にはその窓から
青空をのぞいてみるべきだ。

最近はいつ雨が降り出すかわからない。
いくら天気予報で降水確率0%と言っていても、外れることがある。
そういうわけなので、なかなか窓を開けて外出する勇気がない。
ぼくの部屋は風の通らないし、パソコンが常時入っているので、窓を開けておかないと、帰ってきた時に酷い暑さになっている。
しかし、やたら窓を開けることも出来ない。
なぜなら、窓際に机があり、そこに精密機械だとか、山積みの書類だとかを置いているからだ。
雨が降ると、そういう物が濡れてしまう。
前に一度、それで書類をダメにしたことがある。
それ以来神経質になっているわけだ。

今のレイアウトにして、もう7年が経つ。
上記のようなこともあるし、何よりもこの配置に飽きてきている。
風水を参考にして、変えてみるかな。

漠然と思い浮かべてた 大切な一日が
今日風に乗って おれのもとにやって来た
空には大きな雲が 
雨はおれを叩きつける
悪いことを考えている 
出来るんだ
空を翔べ!

運命の一日だと 誰かが言った
おれの人生は今日に かかっているんだ
今までやってきたことは
すべて正しいと信じるんだ
決して逃げ出してはいけない
前を向け
空を翔べ!

今日がうまくいけば 何が始まるんだろう?
そんなことが頭の中を グルグルと回っている
時間は刻々と迫っている
おれの出番は間近だ
大丈夫だ
空を翔べ!

幼い頃から 今日という一日が
どんなに大切な日か わかっていたんだ
弱虫なんか吹き飛ばせ
過去のことは忘れてしまえ
将来(さき)のことは考えるな
行け!チャンスだ
空を翔べ!


空を翔べ!

 その神社にお参りしだしてから、もう半年になる。願掛けすることがあって行ったのが最初で、そのうち行かないと落ち着かなくなり、今では行くのが日課になっている。

 一ヶ月前ぐらいだったろうか、お参りを終えて帰ろうとすると、突然後ろの方から、
「明日も来いよ」
 という声が聞こえた。びっくりして振り向くと、木々が揺れてサワサワと鳴っていた。

『ああ、ここの神様は、いつも気にかけてくれたんだ』

 それ以来神様とぼくは友だちになった。ぼくが語りかけると神様は、神殿の奥から幽かな風を吹かせ、応えてくれている。

暑い。
相変わらず、昼間にウォーキングをやっている
ちょっと前までは、ある程度出ると止まっていた汗が、今はずっと出っぱなしだ。
帰ってくる頃には、上も下も汗でびっしょりになっている。
ま、汗をかくだけならいいのだが、そこに別の問題が出てきた。

先週は雨が降ったりやんだりで、なかなか晴れ間が出なかった。
そのせいで外に干すことが出来ない。
そこで寝室に竿をかけて、部屋干しすることにした。
一度乾燥機で半乾きにしてから干すので、かなり早く乾く。

ところが、そこに落とし穴があった。
実は、うちの洗剤は部屋干し用ではなかったのだ。
そのため、汗などで湿気ると、すぐに妙な臭いがしだす。
そう、問題というのは、汗のせいで下着が臭くなることだ。
どんな臭いかというと、納豆の臭いである。
嫁ブーに、今度洗剤を買う時は、部屋干し用の液体洗剤にしろ、と言っておこう。

昼間、また空がモヤッとしていて、数百メートルくらい先の景色が霞んでいた。
「また光化学スモッグか?」
と思っていたら、今日は違っていたようだ。
気圧の谷間にかかっているために濃霧が発生したらしい。

しかし、紛らわしい。
ま、ニュースや天気予報を見れば判断がつくのだろうが、いったん外出してしまうと、なかなかそういうのを見る機会はない。
で、今日、ぼくは勝手に光化学スモッグと判断してしまったのだ。
そして、その条件反射のせいで、目が痛くなり、のどがチカチカし、最後には頭まで痛くなってしまった。

気がついてみれば いつもひとりぼっち
気楽につきあっていけそうな 皆さんですがね
振り向いてみれば 誰もいなくなってね
そんな毎日が ぼくをつつんでる

寂しいというのが 本音なんだけど
いつもひとりっきりで 強がってみてね
ひとりぼっちなんですね もともとが
そうそう どこへ行ってみたってね

だから 今だけは笑っていましょうよ
ね 今夜はとてもビールがおいしいんだから
ひとりぼっちの部屋で 乾杯してね
青春 ああこれがぼくの青春でしょうよ

寂しげな街が ぼくによく似合う
なんて かっこいいこと言っているけど
つまりひとりぼっちの いきがりでしてね
さよなら また明日逢いましょうよ

 気がついてみれば いつもひとりぼっち
 そんな毎日が ぼくをつつんでる


ひとりぼっち

いつもドラマ『プロポーズ大作戦』を見ている時に、東京にいた頃のことを思い出していた。
もちろん東京時代にタイムスリップを経験したわけでもないし、東京で愛の告白をしたという体験を持っているわけでもない。
でも、何か似ているのだ。

いったい何が似ているのだろうと、いろいろ考えていたのだが、最終回の今日、ようやくそれがBGMにあるという結論に達した。
『プロポーズ大作戦』の主題歌は、サザンオールスターズが歌っている。
それがドラマの中で効果的に使われていた。
ぼくが東京に住んでいた頃もうそうだった。
個人的なイベントがあるたびに、いつもサザンの歌がかかっていたのだ。

友人たちと西伊豆に海水浴に行った時もそうだったし、富士山に行った時もそうだった。
帰省の前日に飲み過ぎて、二日酔い状態で飛行機に乗ることになったのだが、その時友だちが羽田空港まで車で送ってくれた。
その時も、車の中ではサザンがかかっていた。
頭の痛みを抑えながら、サザンを聞いていた。
その当時かかっていたのは、当然のことながら今ヒットしている主題歌の『明日晴れるかな』ではなく、『勝手にシンドバット』であり『いとしのエリー』だった。

しかし30年近くも前の古い歌なのに、なぜ今につながるのかというと、それはサザンのサウンドの基本的な部分が変わってないからだと思う。
二十歳前後という多感な時期を、今も変わらぬサザンのサウンドとともに過ごしてきた経験を持つからこそ、ぼくはこのドラマに自分の過去を見る思いがして、愛着を持ったのだと思う。

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