吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2006年09月

家にいると、よく電話がかかってくる。
そのほとんどが、「奥様いらっしゃいますか?」という電話である。
ぼくが「いません」と応えると、相手は素性も用件も言わずに「それでは、また改めて電話いたします」と切ってしまう。
おそらく勧誘の電話なのだろう。

こういう勧誘電話の特徴は、例えば「しろげさんのお宅ですか?」などと言って相手を確認することもなく、突然「奥様いらっしゃいますか?」としゃべり出すことだ。
もし電話帳を見てかけているのなら、当然「しろげさんのお宅ですか?」と、相手の名前を確認するはずだ。
番号しか書かれていないリストを見て電話をかけているから、前置きなく「奥様いらっしゃいますか?」となってしまうのだ。

しかし、こういう電話をただ受けるだけというのも面白くない。
そこで最近はちょっとその応対を変えている。

今日の昼間、「ポロロロー、ポロロロー…」という呼出し音がなったので出てみると…。
「奥様いらっしゃいますか?」
「すいませんが、どちらの奥様に用があるんですか?」
「えっ…」
「もしもーし」
「○○さんの奥様です」
「○○さんねぇ…」
「は、はい…」
「ああ、残念ですねぇー」
「えっ?」
「うちには○○という名前の奥様はいないんですよねぇ。ちょっと惜しいですけどねぇ…」
「あ、すいません。ガチャッ」

こういう勧誘電話は、マニュアルどおりにしゃべり、マニュアルどおりに応対しているものだ。
今日勧誘電話をかけてきた企業のマニュアルには、おそらく「どちらにおかけですか?」などと聞かれた場合の対応の仕方がなかったのだろう。

「奥様いらっしゃいますか?」ではなかったが、以前かかってきた電話で、やはりこちらの名前を確認せずに、突然用件をしゃべりだしたところがあった。
その時は、今日のように最初から「どちらにおかけですか?」と聞かずに、歯切れよくしゃべる、そのマニュアルどおりの用件を最後まで聞くことにしたのだ。
そして、相手がその用件を言い終わったところで、ぼくは間をおかずに「ところで、どちらにおかけですか?」と尋ねてみた。
どうせ答えられないだろうと思ったわけである。
ところが、相手は「はい、しろげさんのお宅です」と明るく答えるではないか。

しかし、歯切れがよかったのはここまでで、ぼくが「名前と番号をどこで調べたんですか?」と突っ込むと、急に歯切れが悪くなった。
「いや、その…」
「答えられないんですか?」
「‥‥」
「困りましたねぇ。そういう企業とは取引したくないんですがねえ…」
「そ、そうですか…」
「二度と電話しないでもらえますか?」
「は、はい。わかりました。申し訳ありませんでした」
そう言って、相手は電話を切ったのだった。

最初にこちらの素性を名乗り、相手の名前を確認するのは、電話をかける際の最低のマナーである。
勧誘電話は、そういう最低のマナーも守れないような企業がやっているのだ。
そういう企業と、まともに話をするのも馬鹿らしいではないか。
ということで、これからもこういう電話をかけてくるところは、どんどんイジメていくつもりである。

(1)
久々に床屋に行った。
会社を辞めてから二回目である。
前に行ったのが6月だったから、3ヶ月伸び続けていたわけだ。
別に伸ばしていたわけではない。
前々から床屋に行こうとは思っていた。
だが、つい行くのが面倒になって、今日まで放っておいたのだった。

髪が伸びてくると、いろいろと支障が出てくる。
まず髪を洗う時である。
髪が多くなりすぎて、シャワーの水がなかなか地肌まで到達しないのだ。
おかげで、水道代がかかってしまう。

またいったん地肌まで到達してしまうと、今度は乾くのに時間がかかる。
通気が悪いために、表側は乾いても中が乾かないのだ。
最近、気温の低い日にはよく軽い風邪を引くことが多いのだが、それは決まって髪を洗った時だ。
寒気がしたり、頭痛がしたり、鼻水が流れたりするのだ。

もう一つ支障がある。
それはある程度以上伸びると、横や後ろの髪が内側にカールしてしまうということだ。
髪を伸ばすと後ろ髪が外にはねるというのをよく聞くが、ぼくの場合はその逆なのである。
ぼくは高校時代に髪を伸ばしていたのだが、その時もそういうふうに髪がカールしていた。
そのためラーメンやうどんのスープを飲む時(ぼくはレンゲを使わない)に、髪が丼の中に浸かっていたものだった。
前々から床屋に行こうと思っていたのは、最近そういった麺類を食べる機会が増えたためでもある。

(2)
さて、今日床屋に行って、髪をばっさり切ってもらったわけだが、その時床屋の姉さんから気になることを言われた。
それは、「髪が黒くなったね」である。
それを聞いて、ぼくはちょっとショックを受けた。
なぜなら、ぼくの持つ自分のイメージが、黒髪から白髪に変わっているからだ。

一昨日写真のことを書いた時にも言ったが、ぼくはすでに黒髪の自分に馴染めなくなっているのだ。
もしこのまま黒髪が増えていっても、頭全体が黒くなるわけではない。
中途半端な黒髪、そう、俗に言う「ごま塩頭」になってしまうのだ。
この「ごま塩頭」ほど見苦しいものはない。
かなり老けて見えるのだ。
今は真っ白な頭のほうが若く見られるのだから、出来たらこのまま真っ白のほうがいい。
いや、そうあってくれないと困る。
なぜなら、この頭が、これから就く職業では、大きな武器となるからだ。

(1)
今日は朝から職業安定所に行ってきた。
失業保険対策のためである。
失業手当というのは、何もしないでもらえるものではない。
常に就職活動をしていなければならないのだ。
その就職活動というのは、企業に出向いて面接を受けたり、職業訓練を行うことだけを指すのではない。
ハローワークでの企業閲覧だけでも、立派な就職活動になる。
というわけで、今日ぼくはその閲覧に行ってきたのだ。

まあ、ぼくのように次の仕事が決まりかけている人間が企業閲覧をしても無駄なことである。
だが、もしそこがダメになった場合に、何も活動をやっていなければ、失業手当はもらえないのだ。
その際に「決まりかけていた仕事がダメになりましたから、失業手当をください」と訴えても、おそらく認定してもらえないと思う。
まあ、先方に経緯の説明などをしてもらえれば何とかなるかもしれないが、その場合はその手続きに奔走しなければならなくなるだろう。
そういう面倒なことをするより、たとえ無駄な閲覧であっても、やっておいたほうがいいわけだ。
つまり、この閲覧が、失業保険をもらうための保険なのである。

(2)
さてその閲覧、今日が初めてである。
もちろん15年前の失業の時にやったことはあるのだが、その当時の閲覧というのは、職種別に分かれたファイルを見ることだった。
ところが、今はすべてパソコンでの閲覧である。
希望する勤務地と職種などを入れて検索すれば、その条件にあった企業が出てくるわけだ。

ぼくが職安に希望職種として申請しているのは、販売と営業であるから、まずその項目を調べてみた。
すぐにその結果が画面に出てきたが、その数はかなり少なく、区内だと数件しかなかった。
そこで範囲を広げて、市内で検索してみると、今度はけっこう多く出てきた。
だが、今度は条件面で合わないのだ。
どういう条件かというと、もちろん給与面である。
どれを見ても、40代の平均収入を満たしていない。
酷いところは、4時間パート並みの収入しかないところもあった。
これを見た限りでは、この歳での再就職は非常に難しいと言わざるを得ないだろう。

実家の書棚を整理している時、一冊のアルバムを見つけた。
何の写真だろうと見てみると、以前(前の前)勤めていた会社の仲間と耶馬溪に行った時のものだった。
日付を見ると、昭和59年6月14日になっている。
ぼくは11月生まれだから、この時は26歳だ。

その頃のぼくは、まったく別人である。
痩せているし、黒髪だし…。
痩せているのはともかく、黒髪が似合ってない。
というより、何か違和感を覚える。
これを見ると、「ぼくはきっと白髪になるために生まれてきたのだ」と思わざるをえない。
それほど黒髪がいやらしいのだ。

さて、それらの写真の中に、面白い人を見つけた。
この人もいっしょに行っていたのだ。
「この人」とは誰かというと、嫁ブーである。
見るからに健康的で、体全体にプクプクしている。
まさに脂がのっているという感じである。
ぼくがここに「嫁ブー」と書くようになったのは、おそらくこの時のイメージが、ぼくの潜在意識の中に残っていたためだろう。
それほどブーなのだ。

ところで、この時のぼくのいでたちだが、LEEのジーンズにリーガルのスニーカー、上はBVDのTシャツである。
ジーンズとスニーカーはすでにない。
ところがTシャツは健在で、いまだによく着ている。
とはいえ、オレンジ色なので、この歳になって表に出すのは若干抵抗がある。
そのため、もっぱらアンダーシャツとして利用しているのだ。

それを買ったのは東京に出る前だったから、もう30年ほど着ていることになる。
そういえば、すでにないとは書いたが、LEEのジーンズも20年間はき続けたのだった。
どちらもそれなりに高かったのを覚えているが、やはりいい物は長持ちするものである。
おそらく、今着ている中国製のTシャツは3年と持たないのではないだろうか。

今日の昼食も外食だった。
今日は嫁ブーが休みだったので、ドライブがてら二人で食べに行ったのだ。
が、入った店は、ごく近くの居酒屋だった。
もちろん酒は飲んでいない。
そこのランチがおいしくて有名だというので、行ってみたのだ。

なるほど噂どおりの味だった。
日替わり定食を食べたのだが、まず吸った味噌汁で、おいしい店だとうことがわかった。
味噌にこだわりを持っている店というのは、全体的に味がいいものだ。
どこの味噌か聞くのを忘れたが、近辺の味噌でないのは確かだ。

以前行った店の味噌汁がえらくおいしかったので、どこの味噌を使っているか聞いたことがある。
「この味噌汁おいしいですね」
「そうでしょ。味噌がいいんですよ」
「味噌か…。W味噌(地場の味噌)とかじゃないでしょ?」
「ええ違います。うちは田川の味噌を使ってるんですよ」
ということだった。

今日入った店も、似た味がしていたので、おそらく同じところの味噌を使っているのだろう。
そこで、味噌の銘柄を聞いてみようと思った。
ところが、その店の店主は、いささか頑固者臭いのだ。
そのため、銘柄を聞くのはやめた。

なぜ聞くのをやめたのかというと、過去にこんなことがあったのだ。
高校時代に、お好み焼きのソースがえらくおいしい店があったので、軽い気持ちで「どこのソースを使ってるんですか?」と聞いたことがある。
ところが、店主はぼくを同業者の息子とでも思ったのか、急に怪訝な顔をしたのだ。
その次に行った時も、店主はぼくの顔を見るとやはり怪訝な顔をした。
結局その店に行きづらくなり、以来二度と行かなかった。
それ以来、店でそういうことを聞くのを躊躇するようになったというわけだ。

そういう苦い思い出があるため、今日も味噌の銘柄を聞くことが出来なかった。
案外、簡単に教えてくれたかもしれないが、心に残っている傷がそれをさせなかったのだ。
しかし、聞かないことには、永遠にその味噌を手に入れることは出来ないだろう。

しかし、お好み焼きのソースは、意外なところから知ることが出来た。
社会に出てからのことだった。
家でお好み焼きを作った時に、母が「このソース、最近発売されたんやけど、使ってみる?」と言われ使ってみたら、何と高校時代に行った店で食べた味と同じだったのだ。
そのソースというのは、あの「おたふくソース」である。

まあ、そういうこともあるので、ひょんなことから手に入れることが出来るかもしれない。
要は、「手に入れたい」と強く思って、諦めないことだ。

お目当ての本屋に向かっている時だった。
途中にある女性物の店の前で、一瞬場が変わったような感じがした。
「え?」と思って、店の中を覗いてみた。
すると、店の中からぼくを見ている店の女の子がいるではないか。
「こういう店に知り合いはいないはずだけど…」と思って、見ていると何とその子は手を振って近づいてきた。
そして「やっぱり、しんたさんですね」と言った。

よく見ると、3月まで働いていた店にいたアルバイトだった。
タマコの友だちで、ぼくがよくからかっていた子だ。
「お久しぶりでーす」
「おまえ、こんなところで何をしよるんか?」
「私ここに就職したんですよ」
「そうなんか」
「しんたさん、今どこのお店にいるんですか?」
「おれは今、プーよ」
…と、これまでの経緯を一通り話したのだった。

しかし、知っている人と偶然会ったりする時というのは、どうして場が変わるのだろう?
どういう風に場が変わるのかというと、その空間がクローズアップされたような感じがして、そこが何か特別な場所のように感じるのだ。

そういえば、今回はなかったが、知人に会う時に、そういう予感がすることもある。
また、「この人にどうしても会わなければならない」と思っていると、ひょんなところで、それも絶妙なタイミングで会うこともある。

やはり人には超能力が備わっているのだろう。
まあ、そういうことを当たり前のことと思っている人にとっては、「何が超能力だ」ということになるだろうが、ぼくは超能力だと思っている。
なぜなら、そう思ったほうが楽しいからである。

昨日、親子丼を食べてから、そのまま歩いてイオンに行った。
特に用はなかったのだが、腹ごなしの意味で、ちょっと歩いてみたのだ。
ぼくはしょっちゅうイオンに行っているが、日曜日の昼間に訪れたことは一度もなかった。
本屋にも行きたかったし、ちょうどいい機会だと思ったわけである。

イオンに着くと、駐車場は一杯だった。
これを見て、歩きでよかったと思ったものだった。
とにかく待たされるのが、ぼくは嫌なのだ。
また、駐車場内をグルグル回って空いた場所を探すのも面倒である。
こういったことが嫌だったので、これまで日曜日のイオン行きを避けていた部分もある。

駐車場と同じく店内も賑わっていた。
ぼくとしては、久しぶりの人混みである。
80年4月から今年の3月までの25年間、日曜日というと、いつも人混みの中で、気ぜわしく仕事をしていた。
もういいかげんにうんざりしていたのだが、そういう仕事から離れていると、懐かしく感じるものだ。

日曜日の昼は、いつも外食している。
会社勤めしている時もそうだった。
日曜日だけはカップラーメンをやめて、外に食べに行っていた。
外食といっても、別に贅沢をしているわけではない。
食べるのは、いつもラーメン、チャンポン、うどんといった類の物ばかりだ。

その外食、以前は車で行っていたのだが、最近は歩いて行っている。
わざわざ車で遠くまで行かなくても、歩いて行ける近場に、それぞれおいしい店があるのがわかったからだ。
だいたい片道15分くらいの距離だから、ちょうどいい運動にもなるわけだ。

さて、今日は当初ラーメンを食べるつもりで家を出た。
ところが、途中まで歩いたところで腹が急激に減ってきた。
そこで腹一杯にならないラーメンはやめ、逆方向にあるうどん屋で丼物を食べることにした。

丼物といえば、以前はいつも吉野家で牛丼を食べていた。
東京にいた頃からの吉野家ファンで、お金があればいつも吉野家に行っていた。
牛丼に生卵を落とし、白菜漬けをつまみながら食べるのが、好きだった。
地元に帰ってきてからも、吉野家に行けば、そのスタイルは崩さなかった。(スタイルというような大袈裟なものではないが)

吉野家が牛丼をやめてからは、もっぱら親子丼を食べている。
玉子丼では物足りないし、カツ丼や天丼は食べるのが面倒くさい。
基本的に鶏肉が好きなのもあって、親子丼を選択したのだ。

今日食べた店の親子丼、鳥は地鶏を使っていた。
肉が堅めでコリコリしてしたため、食べにくいという難点はあったが、玉子がじゅくじゅくして最高においしかった。
しかし、親子丼を食べると、歯に肉がはさがる(「挟まる」方言)から困る。
あれさえなければ、チャンポン並みにハマると思うんだけどね。

昨年7月に立てた計画通りなら、今頃はつま恋で、吉田拓郎とかぐや姫のコンサートを見ているはずだ。
そのために毎日200円貯金をするなどして、今日のための準備をしていた。
ところが、コンサートの詳細が発表され、計画が狂ってしまった。
それは、当初このコンサートは31年前と同じように、夕方開演の翌朝終了と思っていたが、それが昼1時開演の9時半終了というふうになっていたことである。

最初思っていたとおりであれば、2日間休みを取れば行って帰ってこれる。
だが、昼の1時からだと前日から出発しなければならないし、終演が夜の9時半ということは帰りは翌日になってしまう。
つまり、3日間の休みを取らなければならないのだ。
その頃はまだ会社を辞めるなどということは考えてなかったから、3日間の休みをとることは到底難しい。
そのために、結局つま恋行きは諦めたのだった。

ところが今は、3日間どころか、80日以上も休んでいて、さらにあと一ヶ月以上もそれが続くのだから笑ってしまう。
こんなことなら、つま恋に行けばよかった。
しかし、その時の計画では、「会社を辞める」予定がなかったのでしかたない。

というわけで、今日は午後1時から、テレビでこのコンサートの中継を見ていた。
だが、うちはBSハイビジョンの契約をしてないので、「契約してくれ」という文章が出て、画面を見づらくしていた。
ただ、歌だけは聴けた。
コンサートの雰囲気が体感できないことだけ我慢すれば、これだけでも充分だった。

そのつま恋の模様だが、来月29日にBS2で総集編をやるらしい。
ところが、よほどつま恋に縁がないのか、この日ぼくは東京にいることになっているのだ。
まあ、HDDに録っておいて後で見ればすむ話だが、容量があまり残ってないので、すべて入るかどうかが問題である。
4時間あるらしいので、標準画像でDVDに収めることは出来ないし…。
やはり市販ものが出るまで待っておくか。

昨日の記事で触れた東京行きだが、どうやら来月の27日になりそうである。
もちろん仕事の件で行くのだが、これで失業生活からは、いちおう解放されるだろう。
ようやく光が見えてきたというわけだ。

さて、その日だが、嫁ブーを伴って行こうと思っている。
いや、嫁ブーが仕事に絡んでいるわけではない。
ただ、結婚してから新婚旅行も含めて一度も旅行に行ったことがないので、これがちょうどいい機会だと思ったわけだ。

実は、嫁ブーが「一度も東京に行ったことがないので、行ってみたい」と言っていたのだ。
今回、嫁ブーの仕事の都合はあるものの、三日くらいは休みが取れるらしい。
ということは、仕事の時間を差し引くと、実質的な活動時間は二日である。
まあ、東京ディズニーランドに行くわけでもないし、一日あれば「これぞ東京」と呼べる場所はまわることができる。

で、残りの一日をどうするかだが、これは決めている。
鎌倉に行くのである。
東京に住んでいた頃、あの街独特の落ち着いた雰囲気に浸りに、よく足を運んだものだった。
それで、前々から嫁ブーに鎌倉を見せてやりたいと思っていたのだ。
季節的にもちょうどいいし、北鎌倉からのんびりと寺社仏閣巡りをしようと思っている。
もしかしたら、円覚寺の紅葉も見ることが出来るかもしれない。

ということで、今からワクワクしている。
思わぬ新婚旅行をプレゼントされたわけだから、やはり会社を辞めたのは正解だったと言えるだろう。
しかし、結婚8年目にして、ようやく新婚旅行か。
今まで何やっていたんだろう…。

先日、彼岸の墓参りに行ってきたので、今月はもう何もすることがなくなった。
いや、今月だけではない。
来月予定している東京行きは、おそらく後半になるだろうから、それまで何もすることがなくなったのだ。
1ヶ月以上も何もすることがないとなると、気が滅入ってしまう。

その間アルバイトでもやっていれば気が紛れるのだろうが、それをやると、失業手当の支給に影響が出てくる。
失業手当を全額もらうには、その間無収入であることが絶対条件になる。
もし失業期間に収入があった場合、その収入額分を失業手当から差し引かれるのだ。
失業手当以上の収入があるのならともかくも、ほとんどの場合ないわけだから、動くだけ損という結果になるわけだ。

何もやらない理由はそれだけではない。
来月後半に予定している東京行きだが、これは文字通り予定であって確定しているものではない。
つまり、早まることもあり得るということだ。
そういうわけなので、いつでも動けるように、時間を空けておかなければならないのだ。

しかし考えてみると、こういったことも拘束の一種である。
せっかく会社からの拘束を受けなくなったと喜んでいたのに、思いも寄らぬところから拘束を受けるようになったわけだ。
しかもそれは、今まで以上に窮屈な拘束である。
だから気が滅入ってしまうのだ。

要は拘束と捉えなければいいのだ。
例えば、ありふれてはいるが、次のステージへの準備期間とか、充電期間などと捉えることにすればいいのだ。
現に、ぼくは今、毎日次のステージへの準備、つまり職業訓練をしているわけだから、そう思うことが妥当だろう。

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