吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2006年07月

今月の上旬から、あるサーバーに『今日のラッキー』というブログを書き始めた。
ところが、メインのブログのほうに時間がかかってしまい、なかなか筆(?)が進まなかった。
で、そのうち、そのブログの存在を忘れてしまった。

今日ブックマークの整理をしていたのだが、ぼくが「その他」と名付けた項目の整理をしている時だった、その『今日のラッキー』を見つけたのだ。
その時ぼくは、間抜けにも「これは誰のブログだろう?」と思っていた。
なぜなら、そのブログのハンドルネームは「しろげしんた」にしてなかったからだ。

そこでそのブログに飛んでみると、何と自分のブログではないか。
「ああ、そういえば…」
ようやくそのブログの存在を思い出したのだった。

その『今日のラッキー』だが、サブタイトルが「それでもぼくはラッキーを求める!」という大仰なものだ。
そのくせ、書いた記事は六つしかない。
その日のラッキーを探して、それをブログに書くという安易な考えから始めたのだった。

メインのブログは別として、新しいブログを始めると、ぼくはいつも長続きしない。
それでも、メインブログの編集というのなら、何とか記事はまとまるのだが、新規となると、続けていくのはなかなか難しい。
よくブログを始めた人が「続かない」と言って、ブログをやめたという話はよく聞く。
ぼくも、このメインのブログを最近始めたとしたら、すぐに音を上げることだろう。
『今日のラッキー』がいい例である。

まあ、このブログが、5年半も続いているのは、面白半分と意地半分がうまい具合に溶け合っているからだ。
面白半分というのは、こういう文章を書くのが好きだということで、意地半分というのは、「50歳まで毎日書く」とこのブログで公約しているから意地でもやめられないということである。
スランプだと思う時は意地が先に立ち、そうでない時は面白がって文章を書く。
それでここまで続けられたのだと思う。

さて、『今日のラッキー』だが、このまま放置していては、サーバーも迷惑だろう。
ということで、近日中に閉じることにするが、せっかく書いた記事はもったいないので、このブログ(新しい『空を翔べ!』のみ)に転載することにした。
カテゴリ『今日のラッキー』というのが、それである。
つまり、一つのブログとしてはやっていけそうにないが、一つのカテゴリであれば続けていけると踏んだわけだ。
これで記事がたまったら、その時一つのブログにすればいい。

ということで、これから時々、『今日のラッキー』を書いていきます。

「えーっ、もう30日なのか!?」という感じである。
今のようなのんびりとした変化のない毎日を送っていると、日のたつのが本当に早く感じる。
とはいうものの、社会に出てからずっと憧れていた、夏を満喫する生活を送ることは出来ている。

とにかく、東京からこちらに戻って来てから26年間、夏といえばいつもエアコン商戦に追われていたから、まったく夏を満喫することができなかったのだ。

20代の頃は、夏になるといつも「海に行きたい」と思っていた。
しかし、エアコン商戦の真っ只中で休むわけにはいかない。
もし「海に行きたいので休みます」などと言おうものなら、「他の人が休まずに頑張っているのに、何を馬鹿なことを言いよるんか。この商戦が終わるまで我慢せ」と返されるのがオチである。

だが、エアコン商戦が終わった頃には、もう海のシーズンも終わっている。
そこで「せめては山へ…」と思ってはみるのだが、休みなしで働いたために、疲れがたまっしまっている。
そのために体が言うことをきかない。
結局、何もしないままに夏は終わってしまうのだった。

ぼくが沖縄を好きなのは、実はそういう経験が元にあるのだ。
つまり、沖縄ならエアコン商戦が終わってからでも、充分に夏を満喫出来るという理由からである。

しかし、そう考えていたのは、ぼくだけではなかった。
他の人もそう考えていたのだ。
なぜなら、社員旅行の行き先アンケートをとると、いつも沖縄がダントツで一位だった。
そのために、3年続けて社員旅行が沖縄になってしまったのだ。
しかも、その次の年はサイパンだった(ぼくは行ってない)のだから、皆いよいよ夏に飢えていたのだろう。

ま、そういうこともあって、今、充分に夏を満喫させてもらっている。
7月に入ってから、海にはもう五度も行ってきた。
もちろん泳ぎはしない。
基本的に泳ぐのは好きではないからだ。
それに、今のぼくは、海パン一丁で到底耐えられる体型をしていない。
というわけで、端から見るだけである。
だが、目一杯太陽の光を浴び、砂の熱さをかみしめるだけでも、充分に海水浴気分だ。

おそらく来年からは、これまで以上に忙しくなるだろうから、夏満喫イヤーは今年だけかもしれない。
充分に楽しんでおきたい。

うちは夏場でも電気代が上がることはない。
エアコンがあってもスイッチを入れない家だからである。
ぼくも嫁ブーも、エアコンの風に弱いのだ。
ぼくは頭が痛くなるし、嫁ブーは神経痛(笑)が疼く。

しかし、まったく入れないわけではない。
たまには入れる。
だが、それは涼むためではなく、雨が降った時などに洗濯物を乾かすために入れるのだ。

いや、ぼくたちのいる部屋でかけるわけではない。
そんなことをしたら頭痛と神経痛(笑)でのたうち回らなければならなくなる。
そのため、ほとんど使ってない客間でかけている。
ぼくの家には、いちおう各部屋にエアコンがついているが、実際に使っているのは客間の分だけだ。

その客間にあるエアコンだが、実はプレミア物のエアコンなのである。
7,8年前、三菱電機の担当者に、
「エアコンを買おうと思っとるんやけど、そこそこ安くて良いのはない?」と聞いてみた。
「そこそこ安くて良いのですか?うーん…。思いあたりませんねえ」

そこで担当が持ってきた新製品のカタログを見ていると、そこに「おっ」と目を引くエアコンがあった。
「あるやん」
「えっ、どれですか?」
「これこれ」
「えーっ、これですか?しんたさん、こんな趣味があるんですか?」
「いや、おれの趣味やないよ。嫁さんが好きなんよ」
「そうでしょうね。男はこんなの興味ないですからね」
「で、これいくらなんね?」
「少し高いですよ」

担当者氏の話では、そのエアコンはパテント料が入っているので、通常のものより3万円ほど高くなるとのことだった。
通常のエアコンとどこが違うのかというと、色が違うだけである。
いや、それだけではなかった。
ロゴが入って、普段「霧ヶ峰」と書いてあるところにそのキャラクターが描いてある。
そうそう、リモコンも違う。

で、どんなものかというと、こんなもの(↓)である。

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見ての通り、キティのエアコンである。
これを仕入れて購入した時、例の担当者氏が言った。
「しんたさんが九州で一番最初にキティを買ったことになりますね」
「えっ、そうなんね」
「ええ、九州管内ではうちが初出荷らしいですからね」

このエアコン、すでに製造していない。
そのため、中古でもいいから欲しい、と言っている人もいるそうだ。
そういえば、お客さんに一人いたなあ。
その人は「中古でも、あれば倍の値段を出す」と言っていたが、その時ぼくは「うちにありますよ」などとは言わなかった。
関わると、あとが面倒そうだからである。

甘かった。
前に会社を辞めた時は、失業手当は7ヶ月支給だと言われたので、今回もてっきりそうだろうと思って説明を聞いていたら、何と4ヶ月しかもらえないらしい。
一回あたりの支給額は予想通りだったが、支給回数が少なすぎる。
おそらく失業者が増えたために、ある時期から法律を改正したのだろうが、いい迷惑である。

まあ、それはそれとして、今日はすごく暑い一日だった。
とにかく日差しが強い、というより痛い。
今日は他に、社会保険事務所に行く予定もあったので、車を職安が指定した駐車場には駐めず、失業保険の説明会場と保険事務所の中間に位置する駐車場に駐めた。
そこだと、どちらに行くにも5分ほど歩けばいいのだ。

ところが、その5分間が地獄だった。
まるでオーブンの中に入っているような感じがしたものだ。
失業保険の説明がすむと、ぼくは直接社会保険事務所に向かったのだが、そうすると10分間歩かなければならない。
5分でヒーヒー言うくらいだから、10分なんて耐えきれるものではない。
そこで、その途中にある本屋に入って、しばらく涼んでから社会保険事務所に向かったのだった。

用事をすませてから駐車場に戻ると、車の中は煮えたぎっていた。
締め切っていたので、その暑さは半端ではない。
「暑い!」というより、「熱い!」と言ったほうがいいぐらいだ。
まさにサウナ状態で、その熱さが息苦しくも感じる。

エアコンを全開にしてもあまり効かない。
かといって、窓を開けると熱風が吹いてくる。
しかたなく、エアコンの風が車内に行き渡るまで辛抱することにしたのだが、ようやく車の中の熱さが収まった頃には、もう家に着いていた。

明日は職業安定所に行かなければならない。
失業保険の説明会である。
会社に14年勤めたから、とりあえずは最大期間そこそこの失業手当をもらえるだろう。

が、もしかしたら、まったくもらえないまま終わってしまうかもしれない。
おそらく次にするだろう仕事の話が、早ければ来月にも来るかもしれないからだ。
そうなると、いくら稼ぎが少なかろうとも、手当はもらえなくなる。

さて、そうなると俄然忙しくなるだろう。
そのため、ブログの更新もままならぬようになるかもしれない。
しょっちゅう東京に行かなければならないからだ。
ぼくはノートパソコンを持ってないから、当然パソコンでの更新は出来ない。
携帯電話を使う手もあるのだが、なるべくそれはしたくない。
ということなので、もしこのブログの更新が2日以上滞っていたら、その時は新しい仕事が始まったんだと思ってください。

で、どういう仕事をやるのかというと…
いや、それはまだ言えない。
出し惜しみするわけではないが、とにかく8月までは不確定なのだ。
その時が来たら、お知らせすることにします。

しかし、その仕事が本決まりになったあかつきには、会社に行かなくなってからの2ヶ月間は、神様がくれた休息日ということになるんだろうなあ。
いや、もしかしたらそれは、嫁ブーの介護のために休ませたということになるかもしれない。

まあ、坐骨神経痛に介護という言葉は大袈裟かもしれないが、それなりにぼくはちゃんとやっているのだ。
自慢にならないが、昨日は風呂掃除をし、今日は掃除機をかけた。
あ、買い物にも行った。

「何だそのくらい」と思われるかもしれないが、これまでぼくは、そういうことをやったことがないから、大変な作業なのである。

ということで、いささか疲れましたわい。
明日は早いことだし、このへんで終わりにさせてもらいます。

アニメ『ムーミン』が始まったのは、ぼくが小学4年生の頃だった。
たしか日曜日の夜7時半から、フジ系でやっていたと思う。
『アルプスの少女ハイジ』や『フランダースの犬』などと同じ時間帯である。

いや、別に見ていたわけではない。
どちらかというと、ぼくはああいうアニメは好きではなかった。
なぜなら、ああいうアニメは女子が見るものと思っていたからだ。

では、男子は何を見ていたかというと、やはりあの頃は、ウルトラマンに代表される特撮ものだとか、宇宙系やギャグ系のアニメが中心だった。
というわけで、ぼくもそういうものが好きな一人だった。

ところで、ぼくはあの頃、その時間帯は何を見ていたのだろう。
小学4年といえば、その頃まだ『パーマン』をやっていただろうか?
1月から『悟空の大冒険』が始まったのは覚えているが、それ以前の記憶は曖昧である。

そういえば、ちょっと前の牛乳のCM(今もやっているかもしれない)で、その『悟空の大冒険』のエンディングテーマが使われていた。
「悟空が好き、好き、好き…」を、「牛乳が好き、好き、好き…」と置き換えて歌っていたのだ。
ぼくたちの世代は、あれを聞いて「懐かしい」と思うだろうが、若い世代は、ほとんど知らないだろう。
ということは、彼らにとって「牛乳が好き…」がオリジナルになるのだろうが、ぼくはあの歌をけっこう気に入っているので、『牛乳の歌』などと言われたら嫌である。

さてムーミンのことだが、ぼくはあまり見たことがない。
いとこ(女子)が好きだったので、日曜日に親戚の家に遊びに行くと、必ずこれをかけていた。
当時は、テレビは一軒に一台の時代だったから、ムーミンにチャンネルを合わされると、他の番組を見ることが出来ない。
そこでぼくは、「早く帰ろう」と母にせがんだものだった。

しかし、腰の重い母は、なかなか帰ろうとしない。
そのため、ムーミンにつきあわなければなくなる。
面白くないぼくは、いつも「こんなカバの番組なんか見らんで、他のを見ようや」と文句を言っていた。
するといとこは、ムキになって「ムーミンはカバじゃない!」と、ムーミン一族を一から説明しだすのだった。

いとこの講釈はいつも「ムーミンはねえ、妖精なんよ…」で始まった。
「妖精の話に、何でタバコくわえた人が出てくるんね?」
「あれはスナフキンと言って、旅人なんよ」
「‥‥?」
いとこの講釈を聞いても、ぼくはムーミンのことを理解できなかった。
ただ、スナフキンが旅人だということは、よくわかった。
結局、その後もムーミンは見てないので、今もまだ理解できないままでいる。

嫁ブーの神経痛がうつったわけではないのだろうが、二三日前から首が痛い。
後ろを向く時に、痛みで首が回らず、体ごと動かさないと向けないのだ。
何が辛いと言って、これほど辛いものはない。

何でそんなことになったのかというと、おそらくは枕のせいだろうと思う。
どうもしっくり来ないのだ。
時に高く感じたり、低く感じたりして、ちょうどいい時がない。
そのため、朝起きた時は、いつも首がだるく感じる。
きっとそれが頭痛になったり、今回のように首が痛くなったりするのだろう。

こういう時、ぼくはいつも無理をする。
変に体をねじったり、首や背中をしつこく揉んだりして、治そうとするのだ。
これが痛みを長引かせる原因となっている。
こういう時は、変に患部を当たったりせずに、湿布しておくのが最良の療法だと知り合いの整体師が言っていた。

しかし、ぼくの性分からして、それでは我慢できないのだ。
自分で治せないならと、首を牽引する器具を買ってきたりしたこともある。
それがどういう器具かというと、本体はビニールである。
それを首に巻きつけて、空気を入れて膨らますと、首が伸びるようになっているのだ。
つまり、牽引するわけだ。

その器具を試したのは、首が痛くない時だった。
空気を入れると、首がほどよく牽引されて気持ちがいい。
そこで購入して、いつもそれを使っていた。
ところがあまり使いすぎて、肝心の首が痛い時には、もう使えなくなっていた。
破れて空気がたまらなくなったのだ。
アイデア商品だったと思うが、作りがちゃちだったわけである。

さて、今日も嫁ブーの面倒を見ながら一日を過ごしたわけだが、その合間合間にネットで、首の痛みを治すものはないかと調べていたら、ありましたよ。
『首ストレッチャー』という名の器具で、首の重さを利用して自然に首のストレッチが出来るらしい。
なんか良さそうである。
素材も、前の器具のようなビニールではないし、空気を入れる必要もないから、きっと長持ちするだろう。

しかし、これを買うと、散らかしっぱなしの部屋が、また狭くなるだろうなあ…。
まあ、いいか。

やはり寒い。
今日の北九州八幡の最高気温は23℃だったらしい。
これは5月の気温である。
昼間、嫁ブーを連れて行くときに、車内の曇り止めのために若干温度を高めにしてエアコンを入れていたのだが、それでも寒くてしかたなかった。
鳥肌は立つし、首筋は冷えるしで、車を降りた時は震えが来ていた。

さて嫁ブーだが、相変わらずちゃんと歩くことができない。
とはいえ、今日は珍しく自分から歩くと言った。
そこで、病院帰りにコンビニに寄ることにした。
ところがである。
店の中を歩く嫁ブーの姿は、腰を曲げ、足を引きずり…で、まるで婆さんを連れて歩くようだった。
「杖でも買ってやろうか」と言ったのだが、やはり見栄があるんだろう、それは断った。
しかし、腰を曲げて歩くくらいなら、杖をついたほうが、まだ見栄えはいいと思うのだが。

とはいえ、自分から進んで歩く気になったということは、徐々に治ってきている証拠なのだろう。
歩き方がおかしかったのは、きっとしばらく歩いてないせいで、足の筋肉が萎えているからだ。

ということなので、治ったら、リハビリもかねてイオンまで歩かせることにするか。
歩くと片道25分だから往復で50分、ということは5キロくらいだ。
歩くには、ちょうどいい距離である。
7月に入ってから嫁ブーにつきあっているぼくも、動かないせいで多少太り気味になっているし…。
ぜひそうすることにしよう。

(1)
今月の16日、とうとう会社を辞めた。
突然決めたわけではない。
昨年の10月からずっと考えていたことである。
5月になってようやく先のめどが立ったため、退職に踏み切ったわけだ。

ということで、6月からずっと有給休暇を過ごしてきた。
その間、地元のミュージシャン登録をしたり、今後のことを然る人と打ち合わせしたり、友人オナカ君の仕事の手伝いをしたりと、そこそこ忙しい日々を送っていた。
そのため、6月はあっという間に過ぎていった。

今月に入ってからはというと、嫁ブーの坐骨神経痛が酷く、半分寝たっきりになっている。
温泉に連れて行ったり、病院に連れて行ったり、買い物に行ったり、風呂掃除をしたりして大変な毎日を過ごしている。。
まあ、そのことを考えると、今回の退職は実にタイミングがよかったと言える。

(2)
で、今後のことだが、先に書いた「めどが立った」仕事をするために、待機している状態である。
その間、収入が途絶えてしまうが、退職金と失業保険でなんとかまかなえるだろう。

とはいえ、それで万全なわけではない。
そこで、多少なりとも生活の足しになればと、アフィリエイトを始めたわけである。

(3)
さて、アフィリエイトを始めたのはよかったが、だんだんやっているうちに、何か画面が窮屈になったように思えてきた。
そこで、広々としたテンプレートに変えてみることにした。
今回のは枠がなく隙間が多い分、開放感があっていいが、そのせいで、メリハリがなくなったように思う。
しかし、今はこれ以上のことを考えられない。
そのうち、何とかなるだろう。

さて、テンプレートを変えたのはいいのだが、これを作るのに、「ああじゃない、こうじゃない」と試行錯誤でやっていたため、ついつい時間を忘れてしまった。
気がつけばもう朝である。

今日は嫁ブーを病院に連れて行く日だったし、銀行回りもしなければならない。
これはちょっときついかもしれない。
今の生活は、時間に縛られない分、ずいぶん楽なのだが、油断すると健康を害したりするので、ある程度の緊張感は持っていないとならない。
そこがちょっと難しい。

もう夏休みに入っているというのに、この寒さは何だ。
窓を開けていると、まるで秋風のような風が入ってくる。
こちらは南九州のような大雨は降ってないのだが、降ったりやんだりの曇り空で、ここ数日はまったく青空が出ない。
何年か前にも、夏休みにこんな天気だったことはある。
しかし、「寒い!」なんて感じたのは、今年が始めてである。

部屋が散らかっている。
片付けようとは思っているのだが、どこから手を付けていいかがわからない。
その大半が本で、あとCDだの楽器だのが部屋の中をゴロゴロしている。
元々狭い部屋なのに、そのものたちがさらに部屋を狭くしている。

こういう場合、まず大半を占めている本を片付けていけば、あとは自ずと片付くのかもしれない。
だが、本を片付けようにも、書棚が目一杯詰まっているために、置き場がないのだ。

現在ぼくの部屋には、大小の書棚が7つある。
小さい書棚は、重ねたりクローゼットに押し込んだりして、なるべく邪魔にならないように配置しているのだが、それがもう限界なのだ。
そのため、書棚を増やそうにも増やせない。

こうなったら、読まなくなった本を処分するしかない。
しかし、ただで処分するのももったいない。
ということで、ブックオフなどの古書店に売りにいこうと思っているのだが、そういう店の売れ筋と思われるコミックは絶対売りたくない。
なぜなら、ぼくは気に入ったコミックしか揃えてないからだ。

また、けっこう値が張ると思われる専門書も売りたくない。
東京にいる頃から、必死に探し回った本ばかりである。
しかも、なけなしのお金で買った本なのだ。
それゆえに、手放すことはしたくない。

となると、残るのは新書や文庫くらいである。
だが、こういうのはいい値で取ってくれない。
ぼくのように、偏った趣味の人間が持っている本なんて、誰が欲しがるだろうか?
仮に取ってくれたとして、まとめて100円とかがいいところだろう。

そういえば、東京にいた頃に生活に困って、神田の古書街に本を売りに行ったことがある。
その時に持って行ったのは、新書とコミックで、大きな紙袋2つ分だった。

古本屋のおっさんは、その本を見るなり、顔を曇らせた。
そして、いっときの沈黙のあとに言った。
「こういう本は価値がありませんから、大した値段はつきませんよ。それでいいですか?」
ぼくはその時、とにかくお金が欲しかったので、「それでいいです」と答えた。
「まあ、どの本も程度はいいみたいですから、少しおまけしておきましょう」
ということで、もらったお金は1000円だった。

今は、昔ほど新書に価値がないから、おそらく段ボール2箱で、ようやく1000円くらいではないだろうか?
しかし、ただよりはいい。
なるべく早いうちに持って行くようにしよう。

あ、そうだった。
そうなると、書棚から本を引っ張り出して、選定しなければならない。
そういう面倒なことをやると、その後何もしたくなくなるのだ。
さらに部屋は散らかるだろうなあ…。

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