吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2006年02月

「しんちゃん、チューしよ、チュー」
昨日のことだった。
今働いている店のメンバーでやる、おそらく最後になるであろう飲み会が行われた。
会は大いに盛り上がったものの、その間2時間と最後にしては短いものだった。

さて、冒頭のセリフだが、これは誰が言ったのかというと、ユリちゃんである。
例のごとく酔っぱらってしまい、誰彼なく抱きついていた。
最後に来たのがぼくの座っているテーブルだった。
ユリちゃんはぼくの横に座ると同時に、「しんちゃーん」と言って抱きついてきた。
そして二度、上のセリフを言ったのだった。

「チューなんか、せんでください」
「いいやん、チューしよ」
「だめ」
「うーん」
と言って、ぼくのほっぺたに唇を押しつけてきた。
「あー、もう…」
ぼくはそのテーブルにいた他の人に、「口紅ついてない?」と聞いた。
「大丈夫、ついてないよ」
「ああよかった」

「ユリちゃん、またあんた、お酒に飲まれとるね」
「そんなことないよー」
「いっつもこんなんやん。前は柱に抱きついとったし…」
「柱、柱…?柱なんかにせんよ」
「いいや、柱に向かって『今日は帰りたくない』とか言いよったやん」
「そんなことないよー。ねえしんちゃん、今日は帰りたくない」
「またぁ。ちゃんと家に帰りなさい」
ぼくがそう言うと、またしてもユリちゃんは「チューしよ」と言った。
「チューは、もういい」
「何で?」
「自分のご主人にしたらいいやん」
「主人はじいさん。しんちゃんは若いけね」
そう言って、またしても唇をぼくの頬に押しつけてきた。
その後、自分の席に戻ったユリちゃんは、そこにいた女性を捕まえて『チュー』をしていたのだった。

帰り際、ユリちゃんはぼくに「しんちゃん、カラオケ行こ」と言ってきた。
身の危険を感じたぼくは、「おれ、まっすぐ帰るけ、ユリちゃんも大人しく家に帰り」と答えた。
「カラオケー」
「じゃあ、お疲れさん」
そう言って、ぼくは足早に駅に向かったのだった。

さて、スタジオを出たぼくたちは、再びショップへと行った。
しばらくギターなどを見ていたのだが、その時変なことを小耳に挟んだ。
ぼくのいた場所から少し離れた場所で、ショップの人たちがテープを聴いていた

一人の男が「これ聴いてみて」と言った。
しばらく沈黙が続いた後に、もう一人の男がおもむろに口を開いた。
「いい曲だね。誰の曲?」
「○○くんの曲」
「ああ、○○くんね」
「今回のポプコン、うちのショップはこれで決定らしいよ」
「そうか」

「!!!」である。
応募受付期間にも関わらず、もうこのショップの代表は決まっていたのだ。
じゃあ、ぼくたちの録音は一体何だったのだろう。
何のためにいやな鼻髭の前で、緊張して録音しなければならなかったのだろう。
この時初めて、ポプコンというのは一般に門戸を開いているのではなく、ヤマハに貢献している人にだけ開いているのだと思った。
確かにその日の『レジャーモービルの女』は最低だった。
だが、それでもわずかに希望を残していたし、また次の機会に頑張ろうとも思っていたのだ。
そういうものが、彼らの会話を聞いて、すべて吹っ飛んでしまった。

『残念ながら、今回は…』というメールが届いたのは、録音の日から、そう時間の経ってない頃だった。
そのことをMさんに言うと、Mさんは「そうか。でも、これで自信ついたやろ。次回がんばり」と言ってくれた。
だが、次回はなかった。
ぼくはミュージシャンを目指して、他の道を探ることにしたのだった。
当然である。

その後、就職したぼくは、楽器販売の担当になった。
何年か経った頃、一度Mギターの協賛を得てフォーク・コンテストを企画したことがある。
その時、学生を中心とした十数組のアマチュアミュージシャンが集まった。
開会宣言をすることになったぼくは、マイク越しにこう言った。
「このコンテストをポプコンを超えるコンテストにしていきたいと思っています。ここに集まっている人たちも、これに参加することで腕を磨いていってほしいと思います。いいかみんな、ヤマハには絶対負けるなよ!」

その様子を見ていたせっかちな鼻髭が言った。
「もういいですか?」
相変わらず無表情である。
「は、はい。いいです…」
ということで再び録音が始まった。
緊張と焦りで、ぼくののどはカラカラになっていた。

ここで付け焼き刃のもろさが出てきた。
歌い方のほうである。
ポプコンバージョンで歌っていたつもりが、いつの間にか元の歌い方に戻っているのだ。
せっかく午前中うまくいっていたのに、である。

これがもし自宅での録音なら、いったん中断して、気を落ち着かせ、口を潤すことだろう。
しかしここはヤマハ。
しかも一発録音である。
ここで中断するわけにはいかない。
中断する権限を持つのは、あの鼻髭だけだ。
ということで、最悪の状態のまま録音は続いた。

そして、悪戦苦闘しながらも、何とか最後までこぎ着けた。
その時だった。
またしても付け焼き刃のもろさが出たのだ。
今度はギターである。
午前中、あんなにうまくいっていたエンディングのギターソロをきれいに忘れてしまったのだ。
とにかく付け焼き刃なので、頭の中では出来上がっているのだが、体で覚えるまで練習してない。
そのため、頭の中の記憶が消えてしまうと、演奏できないわけだ。

『どうしよう…』
ここを何とかしないと終わらない。
『どうしよう…、どうしよう…、どうしよう…』と思いながら、適当に弾いた。
そして終わった。

「はい、お疲れ様でした」
鼻髭が無表情に言った。
緊張と焦りの時間は終わった。
演奏といい、鼻髭の態度といい、何かと不満の残る録音となった。
だが、終わったことを悔やんでもしかたないと思い、スタジオを出る時は、明るく鼻髭に「ありがとうございました。よろしくお願いします」と言った。
ところが鼻髭は、こちらを振り向きもせずにため息をついていたのだった。

スタジオを出るとMさんが待っていた。
Mさんは開口一番、「よかったよ。いいところまで行くと思うよ」と言って労をねぎらってくれた。
その言葉を聞いて、ぼくの緊張と憤りは何とかほぐれたのだった。

そうやって練習していたある日、ぼくたちに強い味方が出来た。
長崎屋の先輩であるMさんである。
他の人に言っても全然興味を示してくれなかったポプコン出場を、Mさんだけは真剣に聞いてくれた。
Mさんもやはり音楽をやっていた。
そのため、ミュージシャンを目指す者が周りに理解されにくいことを、充分知り尽くしていたのだ。
さらにMさんは、ぼくたちに協力してくれるという。
その言葉通りにMさんは、友人宅にきてはいろいろとアドバイスをくれたものだった。

さて録音の日。
ぼくと友人、それとMさんは、午前11時に近くの楽器店で待ち合わせた。
そして、3人が揃ったところで、その楽器店にあるスタジオに入った。
録音は午後1時からだった。
それまでに音合わせをやっておくことにしたのだ。

この曲、ポプコンバージョンとして、それなりのアレンジをしていた。
歌い方を変えたり、エンディングにギターソロを入れるようになっていた。
だが、そういったものはあくまでも付け焼き刃にすぎない。
そのため、なかなかうまくいかなかった。
ところが、スタジオでやった時、それがすんなり出来たのだ。
あまりにうまくいったので、気持ち悪いくらいだった。
Mさんも、「今の、よかったねえ。これだったら、けっこういい線行くんやないと」と太鼓判を押してくれた。
そして1時間の練習後、ぼくたちは気をよくしてヤマハへと乗り込んだのだった。

時間までヤマハのショップでうろうろした後、録音スタジオへと向かった。
スタジオは本格的なものだった。
何せ、ミキサー室まで装備してあるのだ。
そこには、鼻髭をたくわえた兄ちゃんが、偉そうな顔をして座っていた。
彼はぼくたちがスタジオに入ると、無表情に「はい、じゃあ始めてください」と言った。
「えっ、音合わせはなしなんか」
ぼくたちはそう思いながら、演奏を始めた。

ところが、1フレーズやったところで、鼻髭が演奏を止めた。
「ちょっと待って」
「えっ?」
「おたくら、チューニング合ってる?」
『おたくら』ときた。
「えっ?ちょ、ちょっと待ってください」
ギターとベースを別々に弾いてみた。
なるほど微妙に音が違っている。
おそらく、移動中に狂ったものと思われる。
というか、音合わせもさせないで、せっかちに始めるほうが悪いのだ。

そこでぼくたちは、慌てて音を合わせた。
今のようにギターチューナーなんてない時代である。
ただでさえチューニングには時間がかかっていた。
それに加えて、その時は緊張のまっただ中だ。
ぼくたちは何度も何度もチューニングを繰り返したのだった。

東京から戻った年だったから、1980年のことである。
その頃ぼくは、友人とバンドをやっていた。
いや、バンドをやっていたのではなく、バンドの練習をしていた。
バンドと言っても、その頃は2人しかおらず、楽器はギターとベースたまにハーモニカという編成だった。

練習場所は友人宅で、その友人はそのためにわざわざ離れの部屋に防音設備まで整えた。
その防音設備のある部屋でどんな曲をやっていたのかというと、ほとんどがぼくのオリジナル曲だった。
高校から作り始めた曲は、その頃には150曲を超えていたのだが、その中から自分たちの気に入った曲をピックアップしてやっていたのだ。

おそらく20曲近くのレパートリーがあったと思うが、その中でも特によくやった曲は、『レジャーモービルの女』だった。

 夜も越え 薄ら灯り 揺れるまなざし
 知った彼の 懐かしい レジャーモービルの女

 切れ長な 光る瞳 濡れた道を
 振り返り 時を忘れ レジャーモービルの女

  飛び出すな熱い汗よ 風に奪われ消えてしまう
  疲れを知らない 気ままな女

 夜は明けた ため息つく 窓は曇って
 力込めた か細い腕 レジャーモービルの女



この歌を作ったのは、その年の3年前、つまり1977年だった。
長距離トラックに乗っていた叔父の手伝いをやった時に、叔父がしきりに「レジャーモービル、レジャーモービル」と言っていた。
それが耳について、いつのまにか歌詞が出来、そして曲が出来たのだった。
ちなみにレジャーモービルというのは、叔父に言わせると自家用車のことらしい。

さて、なぜバンドでこの曲を頻繁にやっていたのかというと、ヤマハのポピュラーコンテスト(ポプコン)に応募するためだった。
ポプコンは、まずテープ審査があるのだが、そのテープは自宅録音ではだめで、ヤマハに出向いて作らなければならなかった。
もちろん一発録音だから、失敗は許されない。
ということで、ぼくたちは必死に練習をしたのだった。

今日内示が出た。
来月から3ヶ月間、倉庫の応援である。
結局会社は、ぼくをどう料理していいのかわからなかったようだ。
そこでぼくに、じっくり自分で考える時間を与えたのだと思う。
じゃあ、じっくり考えてやろうじゃないか。
ということで、今回の転勤で、慌てて結論を出すことはなくなったようだ。

とはいうものの、倉庫の応援となると、午前9時から午後5時半までの仕事となるために、残業がつかないということだ。
そうなると、今度は生活に関わってくる。
現在、毎月残業手当は6万円程度ついている。
それがとりあえず5月までカットされるのだ。
これはきつい。
悪く捉えると、「会社に楯突くと、こういう結果になるぞ」という会社の報復なのかもしれない。
が、今回はそう捉えるのはやめておこう。
なぜなら、じっくり将来を考える時間を、運命が与えてくれたと思っているからだ。

さて、来月から夕方5時半で仕事が終わる生活が始まるわけだが、どうやって過ごしていこうか。
その時間帯は渋滞するから、家に帰るのは、おそらく6時半近くになるはずだ。
これまで家に帰っていたのは9時前だったから、およそ2時間半の時間が出来る。
この2時間半の遣いかた次第で、今後の展開が大きく変わってくるだろう。

さて、何に遣おうか?
まず考えたことは、風呂に入ることである。
しかし、それではあまりに脳がない。
健康とダイエットのためにウォーキングでも始めようか…。
晴れた日はそれでもいいが、雨の日はどうする?
筋トレでもするか…。
読書に当てるか…。
それとも…。

これまでの25年間、仕事が終わるのは早くても夜の8時半だった。
そう、社会に出てから、ぼくは夕方を知らないのだ。
では、社会に出る以前、つまり学生時代はいったい夕方に何をしていたのだろうか。

小学生の頃は友だちと遊んでいた。
暗くなるまで、野球だの探検だので時間をつぶしていた。
その頃はそれが出来たのだ。
では今はどうかというと、50才を前にしたいいおっさんが、友だちと遊ぶと言えば、相場が決まっている。
そう、飲みに行くことだけだ。
実に不健康である。
しかも、給料が極端に減るのだから、毎日飲みに行ったりすることなんてとても出来ないだろう。

中学生や高校の頃は柔道に励んでいた。
しかし、今さら柔道などというハードな運動は出来ない。
もしやったら、確実に吐くだろう。

それ以降はというと、ギターを弾いてガンガン歌っていた。
歌か…。
それならやれるかもしれない。
そういえば、ここ最近ずっと「歌手になる(笑)」と言っているのだから、本当にやってみようかなあ。。
3ヶ月もあれば、相当数の歌を録音できるだろうし、それについてのエッセイでも書けば、日記のネタに困ることもない。
「歌手になる」はともかく、何よりも金がかからないことがいい。
そうだ、それをやってみるか。

ということで、しろげしんた(皆岡伸太ともいう)は、これから3ヶ月、歌手になります。(笑)

夕方、会社にぼく宛の電話が入った。
「もしもーし、しんちゃん」
「はい」
「酔っ払いのおいちゃんでーす」
「え?」
「わかりますかー?」
「ああ、わかりますよー。寂しがり屋のおいちゃんでしょ」
「はーい、寂しがり屋でーす」

電話の主は、長崎屋時代の先輩であるNさんからだった。
彼はいつもこんな調子で電話をかけてくるのだが、今日はかなり酒が入っているようで、舌がまめっていない。

「風の噂で聞いたんやけど、今度おまえ家電を離れるそうやないか」
「よく知っとるねえ」
「おれみたいな情報音痴でも、そのくらい知っとるぞ」
「ふーん」
「で、おまえ、これからどうするんか?そこの会社、他に家電やっとるところないんやろ」
「うん、ないよ」
「会社はどうしろと言いよるんか?」
「生鮮に行ってくれ、ということみたいよ」
「生鮮?おまえ行くんか?」
「いや、生鮮なら辞めます、と言ってある」
「そうか…。おれも量販で働いていた頃、突然生鮮行きを言い渡されてのう。それでそこ辞めたんやけど、おまえも同じ道たどるんやのう…」

Nさんは長崎屋を辞めた後、いくつかの量販を転々とし、それから今の職業である損保の代理店を始めた。
会社や時間に縛られない今の仕事が性に合っていたのだろう。
その後は転職せず適当に頑張っている。
しかし、前の会社を辞めた原因が「生鮮に行け」言われたことだったとは知らなかった。

「それで、もし辞めることになったらどうするんか?」
「歌手になる」
「ぶっ、おまえ、まだそんなこと言いよるんか。いつまで経っても進歩のない奴やのう。もう若くないんぞ」
「いいやん。それしかないんやけ」
「いっそ、Hさんに弟子入りしたらどうか?」
Hさんとは、ぼくとNさんの共通の知人で、会社が潰れたあと、就職せずにそのままパチプロになった人である。
「Hさんか…」
「おう。あの人相変わらず稼ぎよるらしいぞ」
「おれにパチプロなんか出来るわけないやん。博才ないもん」
「じゃあ、Kさんに弟子入りしろ」
「トラックの運転手なんかできるわけないやん」

「まあ、それはいいにしろ、何でおまえ、そういう話になった時、おれにグチ垂れに来んかったんか?おまえの兄貴分として、おれは寂しいぞ」
「おれ、いつも前向きに考えとるけ、別にグチは垂れたりせんもん」
「前向きが歌手なんか?」
「冗談に決まっとるやろ」
「じゃあ、何をするんか?」
「いろいろ考えとることはある」
「そうか、じゃあ来週飲み会設けるけ、そのへんのところをゆっくり聞いてやろうやないか」
「27日はだめやけね」
「何でか?」
「お別れ会がある」
「そうか。じゃあ27日以外ならいいんやの」
「いちおう予定はない」
「わかった。また連絡する。じゃーねー」
ということで、来週は飲み会が二度あるのか。
また日記の更新が遅れてしまう…。

それにしても、Nさんは、何で会社に電話をかけてくるのだろう。
こういうプライベートな話をするなら、まず携帯にかけてくるべきだ。
相変わらず常識はずれの男である。

(1)
今日は給料日後初めての休みだった。
ということで、例のごとく銀行回りをした。
いつものようにデパートに車を駐めたのだが、いつものように銀行を回ったあとに本屋に行くことをしなかった。
それには理由があって、デパート内にあるレストランに、ぼくが凝っている食べ物があるからだ。
つまり、早くそれを食べたかったということだ。
そこで、さっさと銀行を回り、さっさとデパートに戻ってきた。

その食べ物が何かというと、焼きそばである。
焼きそばなら、わざわざデパートで食べなくてもよさそうなものだが、そこの焼きそばはちょっと違う。
見た目は、普通の焼きそばと変わらないのだが、ソースを使ってないのだ。
そこでついた名前が『塩焼きそば』。
ソースを使わない分、嫌みがなく、実にあっさりしている。
それが今のぼくの舌に合うのだ。

昨年の11月に、そのメニューを知ってから、街に出るたびにいつもそれを食べている。
先月などは、銀行を回る前にまずラーメンを食べ、銀行を回り終わった後にそこで焼きそばを食べたほどだ。
おそらく来月も食べることだろう。

(2)
食後、デパート内をウロウロしていると、目の前をノソノソ歩いている女がいた。
誰あろう、タマコである。
タマコは、このデパートで働いているのだ。
「こら、何ウソウソしよるんか!」
タマコはびっくりしてこちらを向いた。
「あっ」
「『あっ』じゃない。ちゃんと自分の持ち場について仕事せんか!」
「トイレに行きよるんやもん」

と、タマコのネームプレートがぼくの目にとまった。
「おい」
「あ?」
「おまえ、名前が違うやないか」
「ああ」
「忘れたけ、他の人のネームプレートでもしとるんか?」
「違うよう。わたしねえ、結婚したんよ」
「えっ、結婚したんか?」
「うん」
「ダンナは、あの彼氏か?」
「うん」
「彼氏は早まったことしたのう」
「何で?」
「おまえが馬鹿ということ知らんやろうもん」
「わたし天才よ」
「ああ、そうやった。天才的なバカやったのう」
「バカやないしー」

「そりゃそうと、にいちゃん、転勤になるらしいけど、どこに行くと?」
「転勤せんぞ」
「えっ、でもそう聞いたよ」
「転勤はせん。仕事辞めて、歌手になるんよ」
すると、タマコは嫁ブーのほうを向き、真面目な顔をして「止めたほうがいいですよ」と言った。
それを聞いて、嫁ブーは「ホントに歌手になるんよ」と言って笑っていた。

「あっ、そうやった。にいちゃん、お祝いちょうだい」
「えっ、10円でいいか?」
「もっとちょうだい」
「おまえにやるお祝いなんかないぞ」
「何で?」
「おまえは、おれたちが結婚する時、何もしてくれんかったやないか」
「その時、わたしまだ、にいちゃんのこと知らんかったもん」
「いいか、世間は持ちつ持たれつなんぞ。さかのぼってお祝い持ってこい。そしたら、お祝いやるわい」

「ところで、まだ日記書きようと?」
「書きようよ」
「今は、誰がターゲットなん?」
「昨日はユリちゃんやったのう」
「ああ、カラオケ好きのおばちゃんやね。かわいそうに」
「かわいそうやないぞ」
「でも、無茶苦茶書くやん」
「何が無茶苦茶か。ありのままを書きよるだけやろ。カラオケ好きはカラオケ好きなりに、バカはバカなりに」
「いいや、無茶苦茶やん」
「じゃあ、今日は久しぶりにタマコのことを書こうかのう」
「もうやめてー」
「大丈夫。ありのままを書いてやるけ」

(1)
今月の15日の日記にユリちゃんのことを紹介したが、聞くところによると、どうもユリちゃんは誰にでも「カラオケ行こ」と言うらしいのだ。

そういえば、この間イトキョンと歌の話をしていたら、どこからともなくユリちゃんが現れて、「ん? 今、カラオケの話してなかった?」と言う。
ぼくとイトキョンは、それを聞いて思わず顔を見合わせた。
するとユリちゃんは、例のごとく「ね、カラオケ行こ」と言った。
それを聞いてイトキョンは、「カラオケですか。いいですねえ」と言った。
「いつ行く?」
「いつ、と急に言われても…」
「早くしてね。時間がないんやけ」
そう言って、ユリちゃんは出て行った。

ぼくはイトキョンに、「あんた馬鹿やねえ、変な約束して。だいたい、ユリちゃんが何歌うか知っとると?」と言うと、「いや、知らんけど…。あの人やったらポップスかねえ?」と言う。
「あんた、何も知らんねえ。ユリちゃんは演歌オンリーなんよ。それもド演歌、延々30曲」
「うっ…」
「私たちが歌えんやん」
「いや、ちゃんと歌えるよ」
「でも、30曲も歌うんやろ」
「うん。だから時間が長くなるんよね」
「それに…、ド演歌やったら踊れんやん」
「いや、それは大丈夫。ユリちゃんはちゃんと踊るよ」
「えっ、ド演歌でどうやって踊ると?」
「独特の踊りがあるんよ」
「どんな踊り?」
「腕を複雑に動かしたり、よろけるようにステップを踏んだり、柱にしがみついたりするんよ」
「へー、見てみたいねえ」
「じゃあ、今度じっくり見ればいいやん」

(2)
何でユリちゃんがそこまでカラオケにこだわるのかというと、前にも書いたが、それはカラオケを習っているからである。
きっと、そのことが大きな自信になっているのだと思うが、今日、アルバイトのT子から、こういう話を聞いた。

昨年の夏に屋外で焼き肉パーティをやった時のこと。
T子がトイレに入った時、個室で誰かが大声を出して歌っていた。
トイレを出る時も、その歌は続いていた。
それからしばらくして、トイレの灯りが消えたので、じっと見ていると、出てきたのはユリちゃんだったという。

T子は言った。
「あの人、変ですねえ」
「別に変じゃない」
「でも、ずっとトイレの中で歌ってたんですよ」
「ユリちゃんは、それが普通なんよ」
「???」
若いT子には、まだユリちゃんの味はわからないか。

しかし、トイレで平気に歌を歌うというのは、よほどの自信を持ってないと出来ないことである。
ここはユリちゃんを褒めるより、そこまで自信を付けさせたカラオケの先生を褒めるべきだろう。
その先生の名は、天籟寺和子(芸名)という。
古くからこの日記を読んでいる人なら、ピンとくるかもしれないが、天籟寺和子とは、2001年2月1日の日記に出てくる『芸能人おカズ』のことである。

そこで意地悪なぼくは考える。
もしかしたらおカズがユリちゃんに、「本当に歌が上手くなりたければ、トイレでも歌えるようにならんとね」と教えているのかもしれない、と。
おカズなら、言いかねない。

最近は肉体労働が多く、家に帰ったらすぐに寝てしまう。
そのため、この日記のように、更新が翌日になったりする。

さて、翌日に更新する場合、ほとんどが朝の更新になるのだが、寝起きボケで頭が回らなかったり、出勤前なので時間制限があったりして、なかなか文章がまとまらない。
例えば、昨日の日記のように、途中ぼくの会話が抜けてしまい、ヒロミのひとり言になっている箇所があったりするのだ。

早くこういう状況から抜け出したいのだが、これがまた当分続くというのだから参ってしまう。

ということで、この日記も朝更新するつもりだったのだが、頭が働きませんでしたな。

昨日ヒロミに『月夜待』の話をした。
「『月夜待』というのが、ちょっと話題になっとるんよ」
「何、それ?」
「おれの作った歌」
「ああ歌ね。演歌?」
「いや、演歌じゃないけど、それっぽいのう」
「ふーん。でも、話題になっとるとかすごいやん」
「おう。それも全然知らんところでやけの」
「最近作ったと?」
「いや、前の会社でヒロミと仕事しよった時には、もう出来ていた」
「そんな昔の歌なん?」
「うん」

「ねえねえ、もしその歌がヒットしたらどうすると?」
「ヒットしたら、すぐにヒロミをマネージャーとして雇う」
「わたし、マネージャーとか出来んよう…」
「じゃあ、秘書にしてやる」
「えっ、秘書にしてくれると?」
「おう。美人秘書とかいうて、有名になるかもしれんぞ」
「ねえ、そうなったら、東京とかにも行くようになるんかねえ?」
「そうなるかもしれん」
「じゃあ、今の仕事辞めないけんやん」
「そうやのう」
「じゃあ、服とかもいっぱい買っとかないけんね」
「‥‥」

さて、今日のこと。
別の用があって、ヒロミに電話をかけた。
「‥‥。ねえねえ、しんたさん」
「あっ?」
「昨日の件やけど」
「昨日の件…、何やったかのう?」
「歌よ、歌」
「ああ、あれね」
「今日ね、お母さんに言うたんよ」
「えっ、何と言ったんか?」
「わたし今度、しんたさんの美人秘書になるけ、今の仕事辞めないけんようになったんよ、って」
「えーっ!!」
「でね、週末は東京に行かないけんけ、犬の世話も頼んどいたよ」
「‥‥」
「紅白とかも出るかもしれんけ、今年からカウントダウンに行けんと言っておいたけね」
「‥‥。それ言うたのお母さんだけか?」
「お母さんとねえ、あと友だちに言うた」
「‥‥」
「そうそう、友だちに言うたら、その友だちが別の友だちに電話したよ」
「何と言いよったんか?」
「ヒロミちゃん、仕事辞めるらしいよ、って」
「‥‥」

『月夜待』、ヒロミの中では大ヒット中である。

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