吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2005年12月

今年を振り返ってみると、虫歯に始まり、五十肩に悩まされ、痔に泣いた一年だった。
虫歯や五十肩のことは、散々ここで書いてきたから、よくおわかりのことと思うが、痔は最近の出来事である。

先月の終わりに、ぼくは風邪を引いたのだが、その際咳込みが酷かった。
その咳込みの際に、いきんでしまったのだろう。
気がつくとお尻が痛くなっていた。
それはすぐに治まったのだが、薬を塗ったのがいけなかったようで、今度はお尻がかぶれてしまい、痒くなったのだ。
それが今まで続いている。

こういうふうに書くと、病気に明け暮れた一年だったように思われるかもしれないが、決してそうではない。
別に歯医者を除いては、病院に行ったということはなかった。

他に特記できることといえば、資格を取ったことくらいか。
それも一つではない。
二つ取ったのだ。
一つは、日記にも書いたフォークリフトの資格で、もう一つは医療器具販売の資格である。
何せ、ぼくはこれまで資格と言えば、普通運転免許くらいしか持ってなかったから、資格を持ったということがけっこう嬉しかった。

資格といえば、日商簿記2級などというのも持っているが、これまで一度たりとも役に立ったことがない。
それがネックになったこともあるくらいだ。

前の会社の面接で、面接官がぼくの履歴書を見て「君は日照の簿記の資格を持っているらしいが、ここは販売の会社で、当然採用するのは販売が出来る人です。君がもしその資格を活かしたいのなら、他の会社に行きなさい」と言ったのだ。

その言葉にカチンと来たぼくは、「別に簿記の資格なんて活かしたいとは思っていません」と言ってやった。
すると彼は、「販売は難しいよ。簿記をやる人間には向いてないと思うがなあ」と言う。
そこでぼくが「アルバイトだったので履歴書には書かなかったんですが、長崎屋で1年間、販売の仕事をしていました」と言うと、彼は、『しまった』というような顔をして「‥‥。あ、そうですか…」と言った。

後で聞いた話によると、その面接官はぼくを嫌っていたらしい。
何が気に入らなかったというと、別に簿記の資格を持っていることではなく、第一印象である。
その気に入らない人間が、偉そうに『日商簿記2級』なんて書いているので、癪に障ったのだろう。
そのため彼は、ぼくがその会社に向いていないということを遠回しに言っていたのだ。
しかし、結果的には、1年間の長崎屋経験が物を言って、何とか合格できたのだった。
ちなみに、面接官は、ぼくのどこが気に入らなかったのかというと、髪型だった。
その頃ぼくの髪は、若干長めだったのだ。

さて、今年一年を総括すると、体のいろいろな部分の故障と資格取得、だいたいこんなところにおさまるだろう。
来年はいったいどんな年になるのか。
一つだけ確定していることがある。
それは、環境の変化である。
どういうことかというと、4月に転勤になるのだ。
そのことについては、時期が来たら、詳しくお知らせすることだろう。

ということで、今年一年、お世話になりました。
また来年もよろしくお願いします。
それでは、よいお年を。

正月をどうして過ごそうかと考えていた時に、以前先輩が「休みの日には、いつも極楽体験している」と言っていたのを思い出した。
先輩の言う極楽体験とは、午前中マッサージに行って、それが終わってから温泉に行くというものだった。

ぼくが「休みのたびにそんなことしていたら、お金がいくらあっても足りないでしょう?」と言うと、先輩は「いや、そんなことはない」と言う。

「しかし、マッサージと温泉でしょ。普通マッサージに行くと、安くても3千円はとられるじゃないですか」
「普通はそうやね」
「それに温泉が加わるわけでしょ。マッサージが終わってから行って帰ってこれる場所というと、二日市温泉とか山口の湯本温泉あたりだから、いくら温泉代が安いと言っても、高速代とかガソリン代がかかるわけじゃないですか。そうなると、マッサージと合わせて6,7千円はかかる計算になる」
「6,7千円も遣うわけないやん」
「じゃあ、いくら遣うんですか?」
「千円ぐらいかなあ」
「えっ、千円!?」
「うん」
「どこに行ったら、千円とかで上がるんですか?」
「マッサージは整骨院でやるから、保険が効くやろ。だから100円ぐらいですむやろ」
「ああ」
「あと温泉は、二日市とか山口とかに行かんでも、ちゃんと市内にあるやん」
「えっ、市内?」
「河内」
「ああ、河内か」
河内とは、北九州市唯一の温泉がある場所である。

「あそこはスーパー銭湯と違って、ちゃんとした温泉やろ」
「確かにそうですね」
「しかもあそこは山の中にあるけ、黒川温泉みたいなんよ。で、料金は800円やろ。整骨院代と足すと900円やん」
「ああ、そうか」
「もちろん高速使う必要もないけ、高速代もかからん。それに家から近いけ、時間もかからん」
「なるほど」

それを聞いて、ぼくは真似してみようと思っていた。
だが、いざやるとなると、何か面倒臭くて、なかなか実行出来ないでいた。
正月は暇だし、せっかくだから極楽体験でもやろうかなあ。

ん?
あ、そうか。
温泉はともかくも、整骨院は休みじゃないか。
やっぱり、正月はつまらん。

毎年12月29日から大晦日までの三日間、早出である。
12月に入っても、昨日までは普段の日と変わらなかったが、この早出が始まると、いよいよ年末到来という感じがする。

ということで、今日も普段より早く家を出た。
世間はすでに休みに入っているのか、交通量はかなり少ない。
運転中に、今日からの予定を考えていたのだが、冒頭に書いたとおり、今日から三日間は早出。
大晦日は、仕事が終わった後、嫁ブーといっしょにぼくの実家に行って、年越しそばを食べる。

明けて元日は、嫁ブーが仕事なので、朝早く起きて嫁ブーを送っていかなければならない。
その後は、実家に行っておせちを食べ、気が向いたら近くの神社に初詣に行く。
帰ってから、夕方嫁ブーの仕事が終わるまで寝て待つことになる。
目が覚めてから、嫁ブーを迎えに行く。
そして、また実家に行っておせちを食べる。
おそらく昨日買ったカニは、ここで出てくるはずだ。
かくし芸なんかを見て、家に帰る。

翌二日も嫁ブーは仕事、そのため、また早起きして嫁ブーを送って行かなければならない。
その後は、またまた実家に行って、おせちの残りを食べる。
ギターなんかを弾いて暇つぶしして、夕方嫁ブーを迎えに行く。
そして、三日から仕事である。
毎年、つまらない正月を送っているが、来年もきっとそういうことになるのだろう。

さて、昨年から今年にかけての年末年始は、『長い浪人時代「上京前夜」』を書いていた。
そろそろその続編を書こうと思っているのだが、その頃の記憶というのがほとんどない。
友人とアルバイトをしていたり、母と将来についての言い争いをやったりしていたくらいだ。
ぼくの日記を読んだ人から、「よくそんなに昔のことを憶えているなあ」と言われることがある。
それは断片的ではあるが、日記を書いていたからだ。

ところが、東京前夜については、日記がない。
いや、日記は時々付けていたのだが、その日記は人に貸したまま戻ってこないのだ。
そのため、肝心なことが思い出せないでいる。
そこには、けっこう好きな詩も書いているのだ。

そんなに大切な日記なら返してもらえばよさそうなものだが、その人が今どこにいるのかがわからない。
しかし、居場所がわかったとしても、もう26年前のことだから、その人は借りたこと自体忘れているだろうし、もしかしたら、捨ててしまっているかもしれない。

前に書いたかもしれないが、その『長い浪人時代』の時期は、1976年から1981年までの5年間である。
その5年間を「予備校時代('76~'77)」「孤独と焦燥('77)」「上京前夜('77~'78)」「東京時代('78~'80)」「長崎屋物語('80~'81)」というふうに分けている。
そのほとんどはすでに書いたのだが、「上京前夜」の第2部がまだなのだ。
それができると、完成ということになる。

ということで、早く書いてしまいたいのだが、前述したようにその記憶がないのだ。
東京時代に出会ったA君、もしこのブログを見ていたら、日記を戻してもらえないでしょうか。

あ、そうか。
ぼくが誰だかわからないか。
えーと、代々木公園で、『ショートホープブルース』を歌った男です。
というか、新宿歌舞伎町のパチンコ屋でスリにあって、2万円盗られた男です。
あっ、歌舞伎町で思い出した。
居酒屋『北の家族』で、横の客と意気投合し、炭坑節を歌って店の人から「ここでそんな歌を歌わないで下さい」と注意された男ですよ。

それでもわからんか。
じゃあ、これでどうだ。
千葉稲毛のK君宅にみんなで泊まった時、IとK子がぼくの隣でHしていたのも気づかずに、ずっとイビキをかいていた男です。
K君というのは、その翌年、M美と出来ちゃった婚したあいつですよ。
君も結婚式に呼ばれたでしょ?

ぼくがN美の件で悩んでいる時に、「しんた、やっちゃったのか?やっちゃうと、後が大変だよ(注;ぼくはやってない)」などと言いながら、親身(?)になって相談に乗ってくれたじゃないですか。
N美がそのことで、宴会の途中に泣きながら小田急線に乗って帰ったのを、君なら憶えていると思うのですが。
思い出しましたか?
いや、思い出して下さいよ。
そして、早くぼくの日記を戻して下さい。

今日は今年最後の休みだった。
ということで、カニを買いに行った。
数年前、近場のカニの加工工場で直売をやっていることを知り、買いに行った。
それ以来、そこでカニを買うことが、我が家の年末の恒例行事になっている。
とはいえ、買うのは母で、ぼくと嫁ブーはただの付き添いに過ぎない。

昨年は昼頃行ったために、駐車場も満車状態で、特設の直売場はお客でごった返していた。
そこで今年は時間をずらし、夕方に行くことにした。
さすがに駐車場もガラガラで、直売場にもお客はあまりいなかった。
しかし、時間が時間だったために、すでに目玉商品は売り切れていた。

しかたなく他の商品を漁っている時だった。
横いた店員とお客のやりとりが聞こえてきた。
「ズワイガニよりタラバガニのほうが身がたくさん詰まってますよ」
「前によその店で、そういうふうに言われて、タラバガニを買って帰ったんだけど、食べてみると、全然身が入ってなかったのよね」
「そうなんですか」
「今あなたは身がたくさん詰まっていると言ったけど、絶対に身が詰まってるって保証するの?」
「それは…」

いるんですよ、どこにでもこういうお客が。
そういうふうに突っ込まれると、店員としてはどうにも答えようがない。
食べ物なんだから、いや食べ物でないにしろ、絶対なんてありえないのだ。
そこでカニを割って見せるわけにもいかないし、かといって「うちのは大丈夫ですよ」なんて言ってしまうわけにもいかない。
もし、そのカニがそのお客が思っている『身が詰まっている』状態でなかった場合、後が大変である。
「あなたが、大丈夫って言ったから安心して買ったのよ。それなのに全然身が詰まってないじゃない。どうしてくれるの?」などと、いちゃもんをつけてくるに決まっているのだ。
だから、安易に「うちのは大丈夫ですよ」なんて言えない。

ぼくの店でも、そういうことは多々ある。
この間も、「このポット買おうと思っているんだけど、ちゃんと沸くんだろうな?」などと言ってくるお客がいた。
ぼくが「沸きますよ」と言うと、「絶対に沸くんだろうな?」と言いだした。
「機械物ですから、絶対とは言えません。でも、悪ければ、ちゃんと交換させていただきます」と答えると、今度は「この店は、沸くかどうかのテストもしてくれんのか?」などと言いだした。
ぼくも長いこと専門店や量販店で家電販売をやっているが、通電するかどうかのテストならともかく、沸くかどうかのテストなんてやったことはない。
そこで「沸くかどうかのテストまではやっていませんが…」と言うと、「そんな店では買えん」と言って帰ってしまった。
どの店が沸くテストをやってくれるのか、教えてもらえばよかったと思っている。

さて、そのカニのお客も何も買わずに、ブツブツと文句を言いながら帰って行った。
ああいう性格だから、きっとどこに行ってもそんな調子なのだろう。
疑うことをしだしたら、切りがない。
結局そういう人は損をするのだ。
最初から疑うことをせずに、その店を信じていれば、ちゃんと店は応えてくれるものである。

我が家の人間は、誰も人を疑うことをしない。
だから、今日は身のぎっしり詰まったおいしいカニを、堪能することが出来たのだった。

先日、嫁ブーの実家に行った時、ステンドグラスのような柄の長靴が置いてあった。
嫁ブーはそれを見て、「変わった色の長靴やねえ。誰が履いて来たんやろか」と言って首をひねっていた。
当然ぼくは知らないので黙っていた。

その後、食事も終り、みんなと談笑している時だった。
嫁ブーが思い出したように、「玄関に置いてあった長靴、誰の?」と訊いた。
すると、例のセレブな姪が「あれ、わたしの」と言った。
嫁ブー「変わった靴やねえ」
セレブ「あれね、元々買う気なかったったいね」
嫁ブー「あんた、買う気のないものをよく買うねえ」
セレブ「店で一番目立っとったんよ」
嫁ブー「ふーん。でも買う気なかったんやろ?」
セレブ「それなんよ。ちょっと面白がって履いてみたんよね。そしたら、脱げんようになったったい」

嫁ブー「それでどうしたと?」
セレブ「店の人呼んで、脱ぐの手伝ってもらったんよ」
嫁ブー「それで脱げたと?」
セレブ「いや、引っ張ったり空気入れたり、いろいろやってもらったんやけど、やっぱり脱げんとよ。それでしかたなくそれ買って、履いて帰ったんよね」

嫁ブー「家まで?」
セレブ「うん。それからが大変やったったい。どうやっても脱げんけん、靴の中にお湯入れてみたんよ」
嫁ブー「そうしたら脱げたと?」
セレブ「全然だめやん。それで、石けん水入れてみたったい。そしたら、スポッと取れたんよ」

嫁ブー「まるで指輪みたいやね。でも、あんた、よくそんな靴履いてここまで来たねえ」
セレブ「靴下履いとったら大丈夫なんよ」
嫁ブー「じゃあ、試し履きした時、あんた裸足やったと?」
セレブ「うん」
嫁ブー「あれ、もしかしてゴム製?」
セレブ「うん」
嫁ブー「裸足でゴム長靴なんか履いとったら、蒸れたやろ」
セレブ「うん、蒸れた蒸れた」
‥‥‥

すでに深夜になっていた。
あたりはひっそりと静まりかえっている。
外では寒さが続いている。
そんなクリスマス・イブの前日、嫁ブーの実家では、いかにも臭そうな話が、延々と続いていたのだった。

その日記に「来がけにゲームをやっていた」と書いたのだが、よくよく考えてみると、ゲームをやったのはたったの3回だった。
その前に充分に充電していたから、そんなにすぐに電池切れになるはずがない。
それ以外にやったことといえば、小倉に着いた時にヒロミに電話をかけたことと、中リンに一次会の場所を詳しくメールで教えたくらいだ。

いったいなぜ電池は持たなかったのだろう。
歌う合間に、ぼくはそのことを考えていた。
とその時だった。
中リンが携帯で、ぼくと嫁ブーのツーショットを撮ったのだ。
それで思い出した。
一次会で、ぼくはしきりにヒロミの変な顔の写真を撮ろうと思って、必死にシャッターを切っていたのだ。
「ああ、それでか」
いよいよ電池がだめになったかと思って心配していたが、そういう理由じゃなかったわけだ。
ようやく合点がいき、ホッと胸をなで下ろした。
携帯の電池ほど高いものはないからだ。

そういえば、ぼくが必死にヒロミの写真を撮っている時、ヒロミも負けじと同じことをやっていた。
そして、その写真をぼくにメールで送ってきたのだ。
ヒロミのメール着信音にしている、久保田早紀の『異邦人』がかかった。
ところが、それを聞いて、ヒロミが驚いた。
「しんたさん、何でこの曲を着信音にしとると?」
「何でって、おれは昔から、ヒロミの着信音はこの曲ぞ」
「わたしもしんたさんからメールが来たら、『異邦人』が鳴るようにしとるんよ」
その会話を聞いていた嫁ブーが、
「あんたたち、ホントによく似とるね」と言った。

ヒロミは、それが嬉しかったのか、娘Mリンに、
「ねえ、Mリン、わたしとしんたさんのメールの着信音同じなんよ」と自慢していた。
ところが、Mリンは「何、その曲?」と言っていた。
さすがに高校生は、知らないようだ。
そうだろう、その歌が流行ったのは、もう26年になるのだから。

そのMリンは、最近の歌ばかりうたっていた。
中リンもそうである。
それにつられて、嫁ブーまでが最近の歌をうたっていた。
最近の歌を何も知らないのは、ぼくとヒロミの二人だけだった。
そのため、二人とも3曲程度しか歌わなかった。

当初ぼくは、最近よく歌っている、新沼謙二の『津軽恋女』を歌うつもりでいた。
だが、この状態で演歌など歌うのは無理があった。
しかたなく、沢田研二や吉田拓郎の歌を歌ったのだった。
一方のヒロミも、けっこう古い歌を歌っていた。
鼻炎をおしてうたっていたが、どの歌も途中でダウンしていた。
ぼくはヒロミに、山本リンダの『きりきり舞い』を歌えと催促した。
しかし、歌わなかった。

それにしても、現役高校生のMリンといい、20代前半の中リンといい、生まれた頃からカラオケがあった世代は、すごく歌が上手い。
ぼくが高校生の頃はカラオケなどなかったので、どちらかというと歌うことに不慣れな人が多かった。
不慣れだけならいいのだが、リズム感もよくない。
それは、今のように正確なリズムの伴奏で歌ったことがないからだと思っている。
宴会で歌う時は、手拍子に乗って歌うしかなかったのだ。
この差は大きいとしか言いようがない。

お約束の2時間が過ぎ、ぼくたちはカラオケボックスを出た。
その後はどこに寄ることもなく、タクシーに乗って帰ったのだった。
しかし、ぼくは心残りだった。
最後まで『津軽恋女』にこだわっていたのだ。
それと同時に、ヒロミの『きりきり舞い』を聞き逃したのも大きかった。
ということで、次回は周りに流されることなく、自分の好きな歌を歌おうと心に誓ったのだった。
きっとヒロミも、大好きな『きりきり舞い』を歌うはずだから。

昨日、飲んでいる途中に「カラオケに行こう」と言いだしたのは、ヒロミだった。
翌日が早いこともあり、ぼくは遅くとも終電で帰ろうと思っていたが、こういう機会は滅多にあることではない。
そこで付き合うことにした。

ヒロミとカラオケに行くのは、およそ20年ぶりになる。
その頃のヒロミは、どんな歌でもつまみ食い的に歌っていた。
カラオケに行くと、3曲につき2曲の割合でマイクを握っていたものである。

ところが、最近そのヒロミが歌わない。
夏にうちに来た時もカラオケボックスに行くことを拒んだし、先月飲みに行った時もカラオケに行こうなどとは言わなかった。
それには理由がある。
鼻炎である。
そのせいで声が出ないのだそうだ。

しかし、昨日は違った。
そのヒロミが「カラオケに行こうと言い出したのだ。
中リンも、嫁ブーも、もちろんぼくも、歌うことは嫌いではない。
そういうことで、一次会が終わって、カラオケボックスに行くことになった。

さて、カラオケ行きが決まったのはいいが、どこに行こうかということになった。
一次会のすぐ近くにカラオケボックスがあったが、どうもヒロミはそこがお気に入りではないらしい。
「最近、駅前に新しいカラオケボックスが出来たっちゃ」
「何という店?」
「サニタックス」
「駅前のどこにあるんか?」
「ほら、そこよ」とヒロミは信号の向こう側を指さした。
見ると、確かにそこにカラオケボックスがあった。
しかし、店の名前は『サニタックス』ではない。
「あそこ『シダックス』と言う名前じゃないんか?」
「そうよ、サニタックスよ」
「シダックスやろ」
「ああ、そうそう、シダックス。わたし何でサニタックスとか言ったんかねえ?」
「知らんぞ」
「ねえ、サニタックスって何かねえ?」
「知らん」
その後もヒロミは、店の名前をしきりに『サニタックス』と言っていた。

カラオケボックスに入ってしばらくすると、ダンスの練習を終えたヒロミの子Mリンがやってきた。
そこから、昨日の日記『カラオケ中継』を書き出したわけである。
順調にいけば、ヒロミの歌う姿を写真に撮って、文章とともにそれを載せるはずだった。
ところが、その時アクシデントが起きた。
そう、携帯の電池切れである。
そのため、日記もそこで終わってしまったのだった。

現在22時30分。
明日は早出である。
そのため、早く日記を書き上げて寝なければならない。
だが、あいにく今は小倉のカラオケボックスで歌っている最中である。

今日は、前々から言っていた忘年会の日である。
午後7時半から始まった一次会がようやく終わり、さっきカラオケボックスに来たところだ。
2時間で申し込んであるから、ここを出るのは、おそらく12時半を過ぎるだろう。
それから家に帰るのだから、帰り着くのは1時を過ぎてしまうだろう。
1時過ぎから日記を書き始めるとなると、寝るのがかなり遅くなってしまう。
そこで、人が歌っているのを横目に、携帯を使って書いているわけだ。
しかし、来がけにゲームをやっていたので、電池がかなり消耗している。
そのため、このまま電池が持つかどうか心配している。

さて、今、誰が歌っているのかというと、あのヒロミである。
「声が出ない」などと言いながらも、しっかり立って歌っている。
チャンスを見つけて、ここに載せる写真を撮ろうと思っているが、電池が残り少ないので、それは出来ないかもしれない。

メンバーは他に、中リン、ヒロミの娘Mリン、嫁ブーがいる。
そう、このメンバーは、先月門司に飲みに行ったメンバーである。
残念ながら、森山未来似の中リンの彼氏はいない。

あっ、電池のレベルが1まで落ちてしまった。
非常に残念ではありますが、これで中継を終りにします。

現在、翌23日の午前3時である。
今、嫁ブーの実家から戻ってきたところだ。
23日は嫁ブーの弟の息子、つまりぼくにとっては義理の甥の満1歳の誕生日で、今日はそのお祝いに行っていたのだ。

嫁ブーの実家には、嫁ブーの兄弟が顔を揃えていた。
その中に嫁ブーの姉の娘、つまり義理の姪もいた。
今年の3月に大学を卒業して、今は国土交通省の外郭団体で働いている。
職場は年配の人ばかりで、出会いがないと嘆いていた。

その姪が、いったいどんな生活をしているのかというと、朝7時に家を出て職場に行き、夕方5時までの勤務らしい。
今まで、無遅刻無欠勤だそうだ。
これがぼくには驚きだった。

学生の頃は朝寝坊して、よく親の手を煩わせていた。
よく義姉が車を飛ばして学校まで送って行っていた。
またこういうこともあった。
学校から帰ってから、塾に行くまでちょっと横になっていると、がそのまま眠ってしまい、起きたら9時になっていた。
9時というと、塾の終りの時間である。
つまり、その日は無断欠席してしまったわけだ。

その姪が中学生の時、福岡ドーム(当時)にデーゲームを見に行く約束をしていた。
ぼくと嫁ブーは、約束通り朝10時に姪の家に着いたのだが、いつものように姪は寝坊していた。
いつまで経っても起きてこない。
そのおかげで、ドームに着いた時には、試合は3回に入っていたのだった。
そのことを考えると、無遅刻無欠勤なんて、嘘のような話である。

ところが、驚いたのは、それだけではなかった。
その姪の通勤手段である。
何と、新幹線を使っているのだそうだ。
「えっ、新幹線?」
「うん」
「どこから?」
「博多南駅から」
「博多南駅?」

話を聞くと、博多に到着した新幹線は、那珂川町にある車庫に入るのだが、JRはその車庫までを一般に開放しているのだそうだ。
そのため、その近郊に住む人は生活列車として、新幹線を利用しているらしい。
博多南駅は、そういったお客が乗降するところである。

しかし、新幹線で通勤とはうらやましい。
ぼくなんか、広島や大阪に出張した時ぐらいしか、仕事で新幹線を利用したことがないのだ。
そういえば、学生時代は若干野暮ったかった姪の顔が、新幹線向きに変わっているように見えた。
まあ、気のせいだろうが。

昼間、店長の声で、変な店内放送が入った。
「お車ナンバー北九州…でお来しのお客様、至急お車までお戻り下さい。ぶつかってます」
というものだった。
ちょうどぼくが、休憩室でジュースを飲んでいる時だった。
ぼくはそれを聞いて「何かあったんかなあ」とは思ったが、あまり気にならなかった。
ジュースを飲み終わった後、売場に戻ってみると、テナントの子が「しんたさん、見ましたか?」と言う。
「何を?」
「えっ、駐車場ですよ」
「ああ、さっきの店内放送のこと?」
「ええ。すごいことになってますよ」

それを聞いて、さっそくぼくは駐車場に行ってみた。
しかし、すごいというほどの光景は、そこにはなかった。
そこで、そこにいた隣の店の人間に「何かあったと?」と聞いてみた。
「あれですよ」
そう言って、その人は向こう側の駐車場を指さした。
うちの店の駐車場は、店側に一列と、道路側に一列駐められるようになっている。
向こう側というのは、道路側のことである。

見てみると、軽のワゴンの後ろに、普通車が駐まっている。
「あれ?」
「ええ、あれです」
「えっ?」
ぼくには「あれ」のどこがすごいのか、すぐにはわからなかった。

その間には、2台の車が離合できるくらいの道路(私道)がある。
「あれ」に駐まっている車をよく見てみると、後ろの普通車がその道路にはみ出している。
『えっ…』
何となく事態がわかってきた。
そこで先ほどの人に、
「ねえ、あの車ぶつかっとると?」と聞いてみた。
「そうですよ」
「もしかして、あの後ろの普通車、最初店側に駐まっとったと?」
「はい」
「もしかして、あの普通車はミッション?」
「そうです」
「そうか。ようやくわかった」

その普通車は、最初、店側の駐車場に駐めていた。
ところが、運転手はシフトレバーをニュートラルにし、さらに悪いことにサイドブレーキをかけ忘れて降りてしまった。
駐車場は道路側に若干傾斜しているいたため、そのまま車は前に移動していき、道路側に駐めていた軽のワゴンに突っ込んだというわけだ。

店長が店内放送を流してから、10分以上経っても普通車の持ち主は現れなかった。
一方の軽のワゴンの持ち主は女性だった。
配達の途中とかで、車が出せないと言って困っていた。
他の人も同情してか、「普通車の運ちゃんは何をしよるんか!」と言って怒っていた。

そして、店内放送を流して30分を過ぎた頃、普通車の持ち主が買物を終えて戻ってきた。
老夫婦だった。
二人は最初に駐めていたところに車がなかったので、びっくりしていた様子だった。
ふと前を見ると、向こう側の駐車場に自分の車があるのを見つけた。
慌てて走っていった。

そこで軽の持ち主とやりとりをしていたようだ。
後で聞いた話に、ぼくは思わず笑ってしまった。
普通車の持ち主であるじいさんは、
「おれはちゃんとサイドブレーキを引いていた。こんなことは初めてだ」と言ったという。
ところが、その直後にばあさんが、
「あんた、またやったんね」と言ったそうだ。

しかし、車が移動している時、よく通行している車がなかったものだ。
もし通行している車に当たっていたら、こんな笑い話ですまなかったかもしれない。

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