吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2005年09月

阪神の優勝が決まった。
あとはパ・リーグの優勝を待つばかりである。
昨日そのことで、西武ファンと言い合いになった。
原因は、先週末の西武vsソフトバンクの話になった時にその人が、「あの3連戦は1勝をそちらに譲っただけ。おれの中じゃ3連勝やった」と言ったのを聞き、カチンと来たぼくが、その人に対して意地悪い質問をしたことに始まる。

「今年、もし西武がプレーオフで勝ち抜いて、その勢いで日本シリーズを制したとしたら、やはり日本一と言われるんですかねえ?」
「日本一やん」
「そうですかねえ」
「だって、日本一決定戦やないね」
「おかしいと思いませんか?」
「何でおかしいんかねえ?」
「パリーグで3位じゃないですか」
「パリーグでどうあれ、日本シリーズで勝ったほうが日本一というのがルールやないね」
「それじゃあ、阪神ファンも納得せんでしょう」
「阪神ファンがどう思おうと、勝てば日本一やん」
「西武ファンはそれでもいいんですか?」
「いいよ、それがルールなんやけ」
「心情的にもそうですか?」
「そうよ」

何かと言えば、すぐにルールを持ち出す。
西武の伊東監督も同じようなことを言っていたし、この人はきっと伊東監督と一心同体なのだろう。
西武もいいファンさんを持ったものである。

「だいたいプレーオフという制度がおかしいんですよね」
「おれはそう思わんけど。下位のチームにもチャンスがあるし、第一、消化試合を作らんだけいいやん」
「それは後半戦のことでしょ。前半戦はちゃんと消化試合やっているじゃないですか」
「いや、それはいろいろ事情もあることだし…」
「それに、ホークスとライオンズが逆の立場で、そういうことになったとしたら、同じこと言いますか?」
「言うよ、そういうルールなんやけ」

その後、その人は「ホークスファンは巨人ファンに似てきた」などと言いだした。

「どこが巨人ファンに似てるんですか?」
「勝ちにばかりこだわって、負けたら選手を非難する」
「じゃあ、違うじゃないですか。巨人ファンは負ける原因がわかっているくせに、清原を擁護するじゃないですか」
「‥そりゃそうやけど」
「ホークスファンは自分のチームの選手を非難することはしても、、阪神ファンみたいに相手チームの選手を『殺す』なんてことは言いませんよ」
「ああ、そうやったねえ。金本にデッドボール与えた時に、三瀬が言われたんやったねえ」
「甲子園では三瀬投手は出さんほうがいいでしょうね」
「いや、それは大丈夫」
「えっ?」
「だって、西武が甲子園に行くんやけ」
返す返すも、西武はいいファンさんを持ったものである。

久しぶりに仏教のことを書いたので、収拾がつかなくなり、ついつい長くなってしまった。
延命十句観音経については後日談もあるのだが、早く終わりたかったので、その部分はカットした。
ということで、後日談は、どうしてもネタが浮かばない時にでも書くことにしよう。

さて、今日の午前2時半頃、うちの近くで事故があった。
ぼくはすでに寝ていたのでわからなかったが、その時けたたましいサイレンが鳴ったと近所のおばさんが言っていた。

まあ、車が電柱にぶつかって、運転していた人が死んだという普通の交通事故だったのだが、これを新聞やテレビで取り上げていた。
テレビに至っては、何と全国ニュースである。
何でそういうことになったかというと、実はこの車は、パトカーに追いかけられていたのだった。
交差点を右折車線からではなく、直進車線から右折したらしく、それを見つけたパトカーがその車を追っていき、「前の車、停車しなさい」と言った。
ところが、その車は停まらずに、そのまま逃走した。
そして、何とかパトカーを巻いたのだが、運悪く電柱に激突。
パトカーがその車を見つけた時は、すでに電柱にぶつかった後だったという。

近所のおばさんからその話を聞いた時は、このへんは暴走車が多いので、ぶつかったのはてっきり若い兄ちゃんだと思っていた。
ところが、ニュースを見てみると、死んだのは40才の男性である。
分別のある立派な中年が、何でこんなことになったのだろうか。

だいたい、右折車線があるのに直進車線で右折したといって、いったい何点減点されるというのか。
おそらくは1点減点か、もしくはお小言をちょうだいするだで終わる程度のことである。
いくらバカでも、運転免許を持てるぐらいの頭を持っているのだから、そのくらいのことは考えたらわかりそうなものだ。
だけど、彼は停まろうとしなかった。

ということは、停まれない事情があったとしか考えられない。
その事情を、ぼくは飲酒だと思っている。
時間が時間だし、充分にあり得ることだからだ。
他にも無免許だったとか、覚醒剤や銃刀を所持していたと考えることも出来るが、酒が一番妥当なところだろう。
確かに30万円以上の罰金は痛い。
逃げたくなるのも人情である。
だが、そう簡単に逃げ切れるものではない。
仮に逃げ切ったとしても、警察のほうはすでに車種やナンバーを控えているはずだから、無駄な抵抗にすぎない。
逃げれば逃げるだけ罪が重くなるだけだ。

ところで、この事故についていくつかの新聞やニュースを見たのだが、どれも「追求は適法な職務行為であった」という警察の言葉で締めくくっている。
しかし、それで終わられると、どうも警察の追求の仕方に問題があるように思えてしまう。
悪いのは、あくまでも死んだ運転手のほうなのである。
どうしてマスコミは、運転手が停まらなかった理由について言及しないのだろうか。

それ以来、ぼくは鬱状態になることはなかった。
おそらくこれからも、そういう状態にはなることはないだろう。
それは、延命十句観音経のおかげで、深く悩みに囚われたり、縛られたりすることがなくなったからである。
というより、悩みを持った時、ぼくはこの経を唱えることにしたのだ。
すると、同じように霊験は現れる。
例のヘソの下が、何かすっきりした気分になるのだ。
そうなるとしめたもので、すでにその悩みは消えているのである。

ある時には知恵をも与えてくれる。
困った問題が起きた時、自分の頭であれこれと考えて解決しようとすると、失敗することが多いものだ。
しかし、いったんこの経にすべてを預けてしまうと、意外なところから解決法が見えてくる。
それがまた絶妙な解決法で、問題のほとんどはそれで解決してしまう。
まさに仏の知恵というものだろう。

よくよく考えてみると、ぼくはこの経と縁があったのだと思う。
きっと鬱状態というのは、その経に入る方便として、仏が与え賜うたものなのだろう。
だからぼくは崩れなかったのだ。
そして、その後も霊験を見続けることが出来たのだ。
今はそれが長いお経でなくてよかった、と感謝するばかりである。
面倒くさがりのぼくのことだから、仮に長いお経だったら、きっとすぐに飽きていたことだろう。
鬱状態から解放されたあとに、一度だけ、観音経(妙法華経観世音菩薩普門品)に挑戦したことがある。
が、「念彼観音力」とか「福寿海無量」といった有名な言葉は覚えたものの、お経自体は覚えられず挫折してしまった。

ところで、冒頭でぼくが唱えることが出来るお経は二つあって、その一つは般若心経だと書いた。
その般若心経は、十句経を覚え鬱状態から脱出した後、そう観音経に挑戦していた頃に、勢いで覚えたものである。
この経も霊験あらたかで、霊障に遭った時にこの経を唱え、何度も救われたことがある。
だがこの経は、それほどぼくとは縁がないように思えるのだ。
なぜなら、このお経を唱えると、いまだにとちってしまうからだ。
やはり、ぼくには延命十句観音経しかないのである。

さて、タイトルにわざわざ『霊験記』などと謳っているので、何らかの奇跡を期待した人もいるかもしれない。
そういう人は、これまでの話を読んで、拍子抜けしたにちがいない。
中には「ただ単に、精神状態が元に戻っただけの話じゃないか」と思っている人もいるだろう。
しかし、はたからどう思われようとも、あの日のぼくにとって、あれは確かに奇跡だったのだ。
今もその思いは強く持っている。
だからこそ信じられるのだ。


 - 延命十句観音経霊験記 完 -

しかし、それで治ったわけではなかった。
その夕方にはまた鬱状態が訪れた。
翌日もそういう状況だった。
それからしばらく、霊験が現れ、また鬱状態が訪れるという、一進一退の状況が続いた。
それでも諦めずに、ぼくは延命十句観音経を唱え続けた。
すると、およそ2週間ほど経ったある日、二度目の霊験が訪れたのだ。

場所は帰りの電車の中だった。
その日は仕事の関係で遅くなってしまい、最終の何本か前の電車で帰ることになった。
ちょうど快速が出たばかりで、ぼくの乗った各駅停車は、乗客がまばらだった。
そのためゆっくり座って帰ることが出来たのだが、あいにくその日は本を忘れてきていて、何もすることがない。
そこで、この時とばかり、目を閉じて静かに口の中でお経を唱えることにした。
そうやって、いくつかの駅を過ぎた時だった。
どこからともなく、ぼくが口の中で唱えているお経が聞こえてきたのだ。

低い男性の声だった。
ぼくは、ハッとして周りを見回した。
しかし、ぼくの周りにはお経を唱えている人はいない。
そこで立ち上がってその車両の隅々まで見回してみたが、しゃべっているのは女性客ばかりで、男性のほとんどは眠っている。
そうやって、ぼくが落ち着きなくキョロキョロやっている間も、そのお経の声は聞こえていたのだった。

その時は気味が悪いと思っていたのだが、家に帰ってよくよく考えてみると、これも霊験なのだという結論に達した。
「ということは、このお経の力が、確実にぼくを回復の方向に向かわせているのだ」
そう思うことにした。

そして、それから10日ほどして、三度目の霊験が現れたのだった。
それは仕事中のことだった。
その日は朝からヘソの下が何かムズムズしていた。
ところが、仕事中にそのムズムズ感は火照りに変わった。
別に下腹に熱が出たわけではなく、ヘソの下のある部分が火照っていただけだ。
そのため、最初は「おかしいな」と思いながらも、気にしないようにしていた。
しかし、午後になっても火照りはおさまらない。
「何か変な病気にでもかかったのかなあ」
と思った時だった。
ぼくはあることに気がついた。
その日は朝から鬱ではないのだ。
「もしかして治ったんかなあ」と思い、あることを試してみた。
ぼくはある悩みに囚われたり、縛られたりして、鬱状態になっていた。
もし治っているとすれば、その悩みに囚われたり、縛られたりすることはない、と思ったわけである。

さっそく悩んでみることにした。
すると、不思議な現象が起きた。
その悩みが、頭の中からストンと例のヘソ下の火照りのところに落ちてきて、燃えてしまったのだ。
燃え尽きた悩みのあとには、燃えかすだけが残っていた。
つまり、悩みという記憶だけが残っているということである。
何度やっても、その都度悩みはヘソの下で燃やされる。
およそ一時間後、ようやく疑い深いぼくの心は、鬱状態から脱出を認めた。
それまでがひどい状態だっただけに、その時の喜びといったらなかった。

その本には、この短いお経を唱えて起きた奇跡の実例が書いてあった。
が、奇跡とはいうものの、何も突飛なことばかり書いているわけではない。
精神的な病から救われたとか、ものの見方が変わって幸福を得たような話も書いてある。
いや、どちらかというと、眉唾物の話より、そちらの方に重点が置かれているような気がする。

そこにはこの経の実践法なども書かれているのだが、このお経の真理を追究しろなどといった難しいことは一つも書いていない。
書いているのは、ただ不断にこの経を唱えろということだけである。

その宗旨が知りたいという人や宗教マニア以外、宗教書を好んで手にする人などほとんどいないだろう。
もしいるとしたら、それはかつてのぼくのように、精神的に追いつめられている人だけではないのだろうか。
そういう人は藁をもつかむ思いでその本を手にしたはずだから、当然物事を論理的に追求する余裕など持ってないだろう。
もちろん、白隠禅師もそれを見越していた。
それゆえに、不断にこの経を唱えろとだけ言ったのだと思う。

とにかく、2ヶ月も鬱状態が続き、いよいよ追いつめられた感のある、ぼくの精神状態である。
それまで自分なりにいろいろ手を尽くしてみたが、改善のきっかけすら見えてこない。
そんな時に、このお経が目の前に現れたのだ。
先に、ページの折れた部分が矢印に見えて、その先にこのお経があったと書いたが、そのこと自体、妙に霊験めいた気がする。
「今はこれを信じるしかない」
そう思うに至ったぼくは、このお経に賭けることにした。
ということで、その日から十句経三昧の生活が始まった。

その翌日、早くも最初の霊験が訪れた。
仕事中にその経を口の中で唱えていると、急に眠くなってきた。
よくある睡魔というものではない。
これ以上目を開けていられない状態になったのだ。
仕方がないので、ぼくは休憩室に行き、少し横になることにした。
目が覚めてみると、頭の中がすっきりしている。
けっこう長く寝たような感じがしていたのだが、時計を見ると、まだ10分ほどしか経過していない。
これで充分だと思い、ぼくはまた仕事場に戻った。
それからしばらくして、あることに気づいた。
精神状態が、鬱ではないのだ。
といって、躁の状態でもない。
以前のような、普通の精神状態に戻っているのだ。

ちょっと寝たことがよかったのだろう。
そのことがあって、「もしかしたら、ぼくの鬱状態というのは、多分に寝不足が影響しているのではないか」と、ぼくはその時思った。
「きっと、十句経を唱えたことで、本来の自分が目覚め、その時点で一番必要なことをぼくにさせたのだ」
そう思うことにした。

そういう状態が2ヶ月ほど続いたある日、ようやく打開のきっかけをつかんだ。
たまたま寄った本屋で、ある新刊の本を手に取った時だった。
ふと手が滑ってしまい、その本を落としてしまった。
慌てて本を拾い上げると、あるページに折れ目が入っているのが見えた。
「まずいな」と思いながら、そのページを開いてみると、ちょうど折れた先が矢印のようになって、ある文章を指していた。
そこを見てみると、そこには“延命十句観音経”という、短いお経が書いてあった。

“延命十句観音経”、初めて聞く名前である。
どんなお経だろうかと説明を読んでみると、そこには『非常に霊験あらたかなお経で、古今この経に救われた人は数知れず』などと書いてあった。
うさんくさい宗教書にありがちな表現である。
ところが、よくよくそれを読んでみると、その経を広めたのは、臨済宗中興の祖と言われる、あの白隠禅師というのだ。
「嘘だろう」と思い、その本を一端書棚に戻し、宗教書のコーナーに行ってみると、そこに『延命十句観音経霊験記』なる本が置かれていた。
作者の欄を見てみると、確かに『白隠禅師』と書かれている。
疑い深いぼくは、その経について語っている本を探しだして読んでみると、やはり白隠禅師が広めたと書いてあった。

「白隠が『霊験あり』と言うのなら、嘘じゃないだろう」と思ったぼくは、先ほど落とした本と、『延命十句観音経霊験記』と、それを解説している本と、計3冊の本を買って帰った。
観世音 南無仏 与仏有因 与仏有縁 仏法僧縁 常楽我浄 朝念観世音 暮念観世音 念念従心起 念念不離心
延命十句観音経というのは、たったこれだけの短いお経である。
短いといえば般若心経も短いが、このお経はさらに短い。
解説書には、この短いお経の中に仏教の真理があるのだと書いてあった。
しかし、その時のぼくに、真理を追究する余裕などない。
ということで、解説書は飛ばして、『延命十句観音経霊験記』のほうを読むことにした。

昨日、お寺に行った時のこと。
納骨堂の中で、伯母が突然“般若心経”を唱えだした。
最初は中央に鎮座していた大日如来像の前で、次に墓の前で大きな声で唱えているのだ。
その納骨堂は狭く、その声は堂内に響いた。
堂内には他の参拝客もいたのだ。
ぼくたちは、静かに参拝しているその人たちへの申し訳なさと恥ずかしさで、納骨堂にいる間ずっと下を向いていたのだった。
とはいえ、そのお寺には、般若心経を唱えたらいけないという決まりはない。
逆に、般若心経を知っているだけでも、「感心感心」と褒めてくれるだろう。

ところで、ぼくは二つのお経を唱えることが出来る。
一つがこの“般若心経”で、もう一つが“延命十句観音経”というお経である。
そのどちらとも黙読で覚えたものではなく、声を出して、つまり体で覚えたものだから、このお経を聞くと、すぐに体が反応してしまう。
昨日は、赤面して下を向いていながらも、気がつけばぼくも小さな声で、伯母に合わせて唱えていたのだった。

ぼくがこれらのお経を覚えたのは、昭和61年だった。
20代後半のこの年に、ぼくは精神的に病んでいたことがある。
あることに悩みを持ってしまい、それから抜けられなくなったのだ。
それが極まって、鬱に近い状態にまで陥ってしまった。
朝から心が晴れず、ちょっとしたことで沈みがちになり、すぐに自分の殻に閉じこもってしまうのだ。
自然、人と接触することも避けるようになった。
一日のうちで心が晴れるのは、風呂に入っている時だけだった。
風呂から上がって、寝るまでの間はその状態が続いているのだが、朝になるとまた心が暗くなった。

こういう状態が3ヶ月近くも続いたのだ。
とはいえ、その間、何もせずに手をこまねいていたわけではなかった。
「何とかしなければ」と思っていたのだ。
そのためにいろいろな本を読み、その解決法を模索した。
それは思想書であったり、自己啓発書であったりした。
が、そういう本で心の状態は改善しなかった。

こういう場合、人に相談すれば少しは気が楽になるのだろうが、人と接触するのが嫌になっていたから、相談する気にもならない。
たまに、ぼくのそんな状態を見かねて、「どうしたんか?困ったことがあるんなら相談に乗るぞ」と言ってくれる人もいた。
しかし、その心の状態を上手く説明できないのだ。
そのことがまた、心を暗くしていった。

今日は休みだった。
祭日に休みというのは、前の会社ではタブーとされていた。
が、今の会社では許される。
そこまで締め付けが厳しくない会社だから、という理由もあるのだが、最近は祭日といっても、普通の日と変わらないことが多い。
つまり、仕事をしている企業が多いということだ。
それに加えて、3連休の初っぱなということもある。
それに今日は、世間は墓参りで移動しているはずである。
ということで、今日は休むことにした。

で、今日一日何をやったのかというと、もちろん墓参りに行った。
昼頃家を出て、帰ってきたのは夕方だった。
午前中はずっと寝ていたから、一日をほとんど墓参りに費やしたというわけだ。

その墓参りからの帰り、ぼくはずっとラジオで野球を聞いていた。
西武vsソフトバンクの試合である。
ご存知の通り、昨日のロッテ戦で、城島捕手が今季出場が絶望的となる大ケガをした。
これを受けて多くのマスコミは、今シーズンの優勝の行方を悲観的に伝えていた。
しかし、ぼくは今回の城島のケガを悲観的には捉えなかった。
『城島、足を骨折』という一報を聞いた時、直感的に「おっ、これでホークスが優勝をもらった!」と思ったのだ。

昨年のオリンピックの時に、城島が抜けた穴を埋めたのは田口だった。
しかし、今季はそうではない。
8月、城島が右肩の炎症で戦線を離脱した時に、マスクをかぶったのは的場だった。
最初は不安だった。
ところが、的場がマスクをかぶっていた時の成績は、10勝5敗1分けと、城島がマスクをかぶっていた時とほぼ同じペースなのだ。
8月に入ってから、12球団一の強力打線と謳われたホークス打線も、疲れのせいか目を見張るほどの得点をあげてはいない。
にもかかわらず、2勝1敗のペースで勝っている。

しかも、その間苦手ロッテや西武と5試合やっているのだが、全部勝っている。
特に西武に対しては、7月まで4勝7敗だったのが、8月を終わった時点で8勝7敗になっている。
さらに言うと、的場は9月の対西武戦3試合にマスクをかぶっているが、その成績は2勝1敗である。
つまり、的場がマスクをかぶった8月と9月は、対西武戦6勝1敗ということになる。
きっと西武は、城島対策しかやっていなかったのではないだろうか。

その西武戦は、明日と明後日2試合残っている。
その2試合で急きょ的場対策をやろうと思っても、資料が少ないので無理である。
おそらくプレイオフにも間に合わないだろう。
また、城島の配球癖を見抜いている節のあるロッテ・バレンタイン監督も、的場に対しての資料は持ち合わせていないだろう。
ということは、どちらが第2ステージにはい上がってきても大丈夫だということだ。
そういうことから、ぼくは「優勝はもらった!」と思ったわけである。

いつもは「城島さんのミットめがけて(※)」投げようとして、ピリピリしているように見えるピッチャーも、的場の時はノビノビと投げているように思える。
ペナントレース残り4試合とプレイオフ第2ステージが、非常に楽しみである。


※ … ホークスの勝利投手が、ヒーローインタビューの際に常套句としている言葉。突然それを言うので、何か不自然である。(笑)

今月の中頃から、またウィルスメールが届くようになった。
それを受信しているメールアドレスは2ヶ月ほど前に取得したのだが、こちらが信頼しているポータルサイトにだけしか使用してないのだ。
いったいどこでそのメールアドレスが漏れたのだろうか。

こういうメールは、ホームページを起ち上げた頃から、しょっちゅう来ている。
が、それを見越して、最初からより強力なウィルスソフトを入れていたし、最近ではサーバーの方で削除してくれる便利なサービスも利用している。
また、メールソフトで、そういうメールを取り込まないようにもしている。
そのため、こちらがサーバーを覗かない限り、ほとんど目に触れることはなかった。

ところが、今回は携帯に転送設定しているメールアドレスを攻撃してきているのだ。
それでも一日一件程度なら、さほど気にはしないだろうが、これが頻繁にやってくるものだから、いい気持ちはしない。
しかも、相手は自分の顔を見せない卑怯者だから、頭にも来る。

そこでさっそく送信者を調べてみたのだが、毎回送信者のメールアドレスが違っているのだ。
わけのわからない外国のドメインであったり、使い捨てのフリーメールであったりだ。
中には有名プロバイダのメールアドレスもあるのだが、おそらくそれは架空のものか、もしくは他人のメールアドレスを悪用したものだろう。

さて、そういうことで、ウィルスメールが頻繁に来るようになってから、すぐに対策を立てた。
まず、メールアドレスが公開されている可能性のあるところは、すべて解約した。
今回は、おそらくこういうところからメールアドレスがわかったと思われるからだ。
次に、こちらからメールを送らない。
もらった人には悪いのだが、迷惑がかかってはいけないので、あえて返事を出さなかった。
また、そのメールアドレスで登録しているところは、すべて他のメールアドレスに変更した。
そういったことをやって、ほとぼりが冷めるのを待つことにしたのだ。

ところが今日、最悪の事態が起きてしまった。
出した覚えのないところから、“送信メールエラー”の通知が来たのだ。
出した覚えがないのに“送信メールエラー”通知が来るということは、すなわち、誰かがそのメールアドレスを使用しているということである。
その“送信メールエラー”の本文を読んでみると、『相手先ホストの都合により送信できませんでした』と書いてある。
つまり、受取り拒否されたということである。
おそらく、ぼくのメールアドレスを悪用して、ウィルスメールを送りつけたのだろう。

そこでようやく見切りを付けた。
このまま放っておいたら、そのメールアドレスは悪用され続けるばかりだ。
そのために非難を浴びたり、疑われたりするのも嫌である。
ということで、今日そのメールアドレスを解約することにした。
使い始めてまだ2ヶ月、しかもそのメールアドレスでは一度しかメールを送っていない。
これから大いに活用しようと思っていたのに残念ではあるが、しかたない。
しばらくメール登録はしないことにする。

こうやって、どんどん話は進んでいった。
最終的には、9月末に飲みに行くところまで話が出来上がっていた。
ところが今月の頭に、よしこ先生が「ちょっと困ったことになった」と言ってきた。
何でも、他の店に欠員が出たため、当分の間うちに来られないというのだ。
「せっかく約束しとったけど、そんな事情で来れなくなったんよ。ごめんね」
「えっ、何で謝るんですか?」
「だって、行けなくなるじゃない」
「別に職場で会うわけじゃないから、勤務先は関係ないじゃないですか」
「あっ、そうやねえ」
「先生が落ち着いてからでいいですから、連絡してください。こちらはいつでもOKですから」
「わかりました」

ところがそれ以降、よしこ先生から何の連絡もない。
そこで、今週の日曜日、つまり18日に、こちらから連絡を入れてみた。
「あ、よしこ先生ですか?」
「あっ、タカシく…、いやしんちゃん。どうしたと?」
「そちらは落ち着きましたか?」
「うん、何とかね。ここは楽やもん」
「ああ、楽なんですか。じゃあ、日にちも決まったでしょうね?」
「えっ…」
「みんな、先生の連絡待ってるんですよ」
「えーっと…、何やったかねえ?」
「えーっ、また忘れたんですか?」
「‥‥」
「おごり、おごり」
「あっ…。ああ、あの件ね。忘れてないよ」
「もしかして、先生、行きたくないんじゃないですか?」
「い、いや、行きたいよ」
「ああ、よかった。先生は他の店に行って、冷たくなったんかと思った」
「そんなことないよ」
「じゃあ、いつ行きましょうか?」
「あっ、今度の日曜日に、そちらに行くことになっとるんよ。その時に話そ」
「ああ、日曜日に来るんですね。わかりました。その時話しましょう」
ということで、電話を切った。
決戦は、日曜日ということになったわけだ。

さて、よしこ先生は、ぼくの度重なる攻撃をどう思っていたのかというと、別に気にしてはなく、逆に楽しんでいたようだ。
部内の人には「わたし、お酒は飲めんけど、楽しそうやけ行こうね」と言っていたらしい。
さすがお嬢様である。
ただ、最後に「もちろん割り勘でね」と付け加えたというから、ただのお嬢様ではなさそうである。
案外したたかな人なのかもしれない。
もしそうであれば、ぼくは遊ばれていたのだろう。

ま、ともあれ、楽しそうな飲み会になりそうである。
あ、断っておくが、ぼくは最初からよしこ先生におごってもらおうという気は、まったく持ってなかった。
では、なぜここまでよしこ先生に攻撃を仕掛けたのかというと、すべてネタを提供してもらうためである。
おかげで、『よしこ先生』ネタで4日分の日記が書けたわけだ。
こういう場合、逆におごってやらないとならないのかなあ…。

Kさんが薬局から出たので、今度はぼくが薬局に入っていった。
「よしこ先生、Kさん来たでしょ?」
「うん」
「何か言ってましたか?」
「わたしがおごると言ったって…」
「そうでしょう。やっぱり約束しとったやないですか」
「‥‥」
「しかし、せっかく行くんだから、大勢で行った方が楽しいですよね」
「えっ!?」

その時、よしこ先生の後ろに、化粧品売場の中リンという子がいるのが見えた。
そこでぼくは中リンに声をかけた。
「おーい中リン、よしこ先生が今度おごってくれるらしいぞ」
中リンはこちらを振り向き、嬉しそうな顔をして、「えっ、ほんとですか?」と言った。
「ほんと、ほんと。『何人でもドーンと来いっ!』らしいぞ」
その間よしこ先生は、例のごとく口がポカンと開らき、目が点になっていた。

その後もぼくは、よしこ先生がうちの店に入った時に何度も薬局に足を運んで、「いつ行きましょうか?」と聞いた。
よしこ先生はちょっと困った顔をしながらも、「出来たら給料日明けのほうがいいんやけど…」と言った。
「そうですね。こちらもそのほうがいい。棚卸しもあることだしね」
「ねえねえ、しんちゃん」
「はい」
「で、何人行くようになったと?」
「えーーっ!?先生知らないんですか?」
「うん、知らない」
「それは困りますねえ。あの時、よしこ先生が『わたしが幹事やるけ』と言ったじゃないですか」
「えっ…。そ、そうやったかねえ…」
「そうですよ。幹事なんだから、ちゃんと人数把握しといてくださいよ」
「‥‥。はい…」

「ということで、いつ行きますか?」
「ねえ、しんちゃん」
「はい」
「一人どのくらい見とったらいいと?」
「まあ場所にもよるだろうけど、だいたい4,5千円といったところじゃないですか」
「そうよねえ」
「10人で4,5万円ということですね」
「えーっ、10人も行くと?」
「そのくらい人数いたんじゃなかったですか?」
「そうやったかねえ」
「“5人タカシ”でしょ。薬局のパートさんが3人でしょ。中リンでしょ。それと先生で、ちょうど10人じゃないですか」
「ああ、そうやねえ。4,5万か…」
そう言うと、先生は深いため息をついた。

それを見て、意地悪しんたは、「えっ、先生行かんとですか?」と聞いた。
先生は「い、いや行くよ」と言う。
「そうでしょ。10人で行くと楽しいですよね」
「うん…」
「何を辛気くさい顔してるんですか。この間みたいに『ドーンと来いっ!』」と言ってくださいよ」
「‥‥」

このページのトップヘ