吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2004年07月

【午前8時】
夜中、けっこう強い風が吹いたようだ。
朝起きると、机の上に置いていた書類が隣の部屋まで飛ばされていた。
空は曇っている。
新聞を取りに行った嫁さんが、戻って来るなり「今朝は風が強いよ」と言った。
おそらくこの状態のまま、今回の台風を迎えることになるだろう。

【午前9時】
家を出る。
風を覚悟して外に出たのだが、ほとんど吹いていない。
『もしかして、台風はそれるのか?』と、ほのかな期待を抱く。
しかし、ラジオは相変わらず「九州北部に向かっている」と言っている。
それるのか、来るのか、いったいどっちなんだ?

【正午】
午前12時と書いたほうがいいのか?
それとも午後0時と書いたほうがいいのか?
迷ってしまったので正午と書いた。
テレビやラジオでも「正午です」と言っているから、きっとはっきりしないのだろう。
まあ、曖昧な時間ではある。
正午は、午の刻から来ているのだから、けっこう古い言い方なのだろう。
ところで、深夜12時は何というのだろうか?
正子とは言わないよな。

さて、今、台風は近畿地方や四国南部で猛威をふるっているらしい。
かなり強い風が吹いているようである。
一方こちら北九州はというと、なぜか晴れている。
風もそれほど強くない。

【午後3時】
その正午から、ずっとテレビを見ているのだが、やはり台風は直撃しそうである。
どのチャンネルを見ても、進路予想図は北九州直撃になっている。
しかし、まだ空は晴れている。

【午後6時】
テレビでは、ついに関門海峡の画が映し出された。
そのうち福岡空港なんかも出てくるのだろう。
「これで直撃は確定だ」と、誰もが思っただろう。
ところが、先ほど外に出た時には、まだ風はなかった。
変な雲はあるものの、空は晴れている。
しかし、家に帰る頃には少しは風も吹いてくるだろう。
そして、この日記を更新する頃、その風はかなり強いものに変わっているだろう。
北九州地方に、『暴風』『波浪』『高潮』の文字が出る。

【午後8時】
ところがどっこい、まだ風は吹いていない。
しかし、暗くてはっきりはわからないが、どうやら空は曇っているようだ。
いよいよである。

【午後10時40分】
今日嫁さんの会社は、時間延長で営業をやっている。
その嫁さんから、「今終わりました」と連絡が入った。
相変わらず、女性社員を遅くまで働かせる会社である。
飯を待っている夫の身にもなってみろ、というのだ。

さて、家を出る前にニュースを見ていたのだが、台風は今、島根県にいるという。
どうやら、北九州直撃にはならなかったようだ。
9時頃にザッと雨が降ったものの、今は小粒の雨が降っているだけである。
風もさほどではない。
が、明日はまた強風注意報が出ている。

あ、こんなこと書いている暇はない。
早く迎えに行かないと。
いいかげん腹が減ったわい。

さて、今日は日記を更新したあと、山陰に行った。
山陰、イメージ的には遠い所のような感じもするが、うちから高速を飛ばせば1時間もかからない。
今日行ったのは、2年前に橋が架かり、新たな観光名所となっている山口県の角島という島だった。
ここには昨年も行った。一昨年も行った。
ぼくにとっては、何度行っても飽きない場所の一つである。

実は、昨日からそこに行く計画を密かに立てていたのだが、日記の更新が大幅に遅れたので、また次回にしようかと半ばあきらめ加減でいた。
ところが、嫁さんが「せっかくの休みだから、どこかに連れて行って」と言う。
時間を見ると、もう午後2時近くである。
「こんな時間からどこに行くんか?」
「近くでもいいけ」
「近くのう…。山口はどうか?」
つい口走ってしまった。
「行く!!」
「なら、高速代とガソリン代出せよ。それなら行ってやる」
「わかった」
ということで、結局行くことになった。
最初は一般道を走って行こうと思っていたのだ。
が、その時間から一般道で行くと、市内や下関で渋滞に巻き込まれてしまい、着くまでに3時間は優にかかってしまう。
こういう時は、高速に限る。

さっそく家を出たぼくたちは、山口に向かった。
都市高速は多少混んでいたが、小倉を過ぎると流れがよくなった。
都市高速は、門司で九州道と合流する。
九州道を下関方面に向かい、関門橋を渡ると、そこからが中国道である。
下関に入った時に時計を見てみると、家を出てからまだ30分しかたっていなかった。
さすが高速道路である。
一般道を通ると、いくら空いていてもここまで早く下関に入ることはできない。

角島は小月インターで降り、そこから4,50分走ったところにある。
2年前、仲間と川棚温泉に行ったことがある。
その時、温泉に入るにはまだ時間が早いということで、ちょっと足を伸ばして西長門リゾートホテルまで行った。
西長門には何度か行ったことがあった。
だが、その時そこには、ぼくがそれまで見たことのない風景があった。
「海の上を道路が走ってる!」
『海の上の道路』、もちろん橋のことなのだが、関門橋や平戸大橋のような吊り橋ではない。
海の中に何本もの橋桁を打ち込み、その上に道路を乗せているのだ。
いわば海の上の高架橋といった感じである。

さっそく、その橋を渡りに行った。
大海原の上を車で走るのは、実に爽快である。
ただ、その時は空が曇っていたので、海も濁って見えた。
橋が出来て日が浅いこともあって、いろいろな施設もまだ建築中だった。
そこで、「来年またここに来たいものだ」と思ったものだった。

冒頭にも書いたが、角島に行くのは今日が3度目となった。
台風の余波もなく、空は完全に晴れ上がっていた。
海はエメラルドグリーンが映え、橋を渡っている時、吸い込まれて行くような錯覚すら覚えた。
昨年もここに来ているのだが、薄雲がかかっていたため、今日ほど美しくはなかった。

島に渡ると、夕方近くとはいえ、まだ多くの人が海水浴を楽しんでいた。
その海水浴場の前に売店がある。
そこでぼくたちはアイスクリームを買い、しばらく夏色の海を眺めていた。
ところが、そこで現実に引き戻された。
その海水浴場には拡声器が取り付けてあったのだが、そこから聞こえてくるのは音楽ではなく、AMラジオの音だった。
しかも、山口なのに、なぜか福岡の放送を流していたのだ。

もう一つ興ざめすることがあった。
それは、

mamushi.jpg

これです。
こんなこと書かれていたら、誰もそこで泳ぎたくなくなるじゃないか。
ただでさえ無防備、つまり真っ裸に近い状態なんだから。
これでは浜辺で寝ることも出来ない。

結局、角島には30分ほど滞在しただろうか。
その後川棚温泉で瓦そばを食べ、それから家路についた。

(追記)
今日ぼくが行った角島のことは、ここに詳しく書いてあります。

書くことがない。
まあ、そんなに読まれている日記でもないから、別に書かなくても体制に影響はないだろう。
が、ぼく的には影響がある。
なぜなら、毎日書かないと『頑張る40代!』の主旨に反するからだ。
とにかく50歳になるまで、この日記を続けなければならないのだ。
今まで最後までやり遂げたものが何一つなかったので、「せめてこれだけでも」と思って始めた日記である。
これまでやめてしまうようなことになれば、ぼくはもう何もやり通せないだろう。
そう、もはや引き返すことはできないのだ。

この日記を書き始めて3年半が過ぎたが、今では日記を書くことが生活の一部となっている。
というより、病気化している。
書かないと、そのことが気になって、食欲さえ失ってしまう。
ということで、今日は何を書こうか?
それがないので、こんなことをウダウダ書いているのだ。

ということで、何かネタは転がっているかもしれないと思い、昨年同月の日記を見てみることにした。
さすがにすべて埋まっている。
よく毎日書けるものだと、自分のことながら感心してしまう。
ああ、やはりそうだったか。
昨年はあまり暑くなかったのだ。
そういえば、全体に雨が多く、梅雨明けしても大雨の連続だったような記憶がある。

ところで、ぼくの場合、その記憶はすべてイメージに頼っている。
前にテストをやったことがあるのだが、ぼくはどちらかというと右脳人間であるらしく、イメージ中心型だということだった。
そのため記憶もイメージに頼ることが多く、それが昨年だったのか一昨年だったかというようなデータ的な記憶は苦手なのだ。
だから、もし人から「一昨年は雨が多かったなあ」などと言われれば、頭の中で暦を繰るようなことはせずに、ただそういうイメージを持っているという理由だけで「そうやったね」と答えるだろう。

何年か前に、会社の駐車場で、人が頭から血を流して倒れているという事件があった。
後日、その件で保険の調査員が来たことがある。
「どういう状況だったか、具体的に教えてくれ」と言うのだ。
その時、ぼくが応対したのだが、『頭から血を流して倒れている』というイメージ以外に何一つ覚えていることはなかった。
こういう時、左脳人間なら、「こうこうこういう状況で」と具体的に説明できるのだろうが、右脳人間のぼくにはそれができない。
「ああ、そういうことありましたねえ。あの人どうなったんですか?」などと、野次馬的な会話しかできなかった。
『こいつはあてにならん』と思ったか、調査員は「他に目撃した人はいませんでしたか?いたら、その人の話も聞きたいんですが」と言い出す始末だった。

実は、そのことをぼくは日記に書いていたのだ。
それもかなり詳しく。
「おお、ここに書いてあるやないか!」
「ああ、そうそう。駐車場で立小便したあとに、バランス崩して倒れて、車止めで頭打ったんやった」
やはり日記は付けておくべきである。
しかし、それに気づいたのは、それは調査員が帰ってから何日もたってからのことだった。
つまり、ぼくは日記に付けたことを忘れていたのだ。
というより、その日は『頭から血を流して倒れている』というイメージが強すぎて、日記を書いたというイメージが残ってなかったのだ。
体系的に、論理的に、具体的に、物事を覚えることができない。
そこが右脳人間の悲しいところである。

【ジャニスモード】
ジャニス・イアンのディナー付ショーまで、1週間を切った。
ということで、今、ぼくはジャニスモードになっている。
朝から晩まで、ずっとジャニス・イアンの歌をかけているのだ。
パソコンを開いている時、車を運転している時、仕事をしている時、いつも彼女の歌が流れている。
暇があれば、彼女と握手しているシーンなんかを、頭の中で思い浮かべている。
また、「その日は何時に家を出ようか」とか、「交通機関は何を使おうか」とか、「博多駅からは地下鉄を使うべきか」とか、「どんな服装で行こうか」とか、さして重要でもないような事柄で悩んでいる。
まるで、遠足に行く数日前の小学生と同じ気持ちなのである。
この調子でいけば、前日は眠れないだろう。

【音漏れ】
ところで、車の運転の際に流す音楽だが、プレイヤーズ王国参加以来ずっと自分の歌をかけていた。
そを聴きながら歌の練習をして、新たな録音に備えようと思っていたわけである。
特に、録音する歌が決まっている時は、その歌を延々リピートして聴いていたものだ。

さて、そういう時、いつも気にしていたことがあった。
それは、音漏れである。
運転中はまだいい。
しかし、信号待ちの時は、どうしても周りの車が気になるのだ。
窓が開いている車やバイクの兄ちゃんを見た時は、なおさらである。
自分の歌が外に漏れていると思うと、何となく気恥ずかしくなるものである。
そのため、信号待ちをしている時に、周りをキョロキョロしたり、ボリウムを小さくしてしまうという変な癖がついてしまった。

まあ、ここ当分はジャニス・イアンだから、自ずとそういう癖もなくなっていくだろうが。

【ひんしゅくを買う】
仕事中にもジャニス・イアンを聴いていると書いた。
それは、別に店内のBGMでジャニス・イアンをかけているわけではない。
店内では、相変わらず色気のないハワイアンがかかっている。
実は、会社にもCDを持ち込んで、売場のコンポで流しているのだ。
ところが、それを朝からやっているものだから、売場の人間からひんしゅくを買っている。
「こんな暗い曲はやめましょうよ」と言われ、ぼくがいない時にはCDを止められているのだ。
若い者には、ジャニス・イアンの良さなどわからないのだろう。

昨日の日記だが、夕方から続きを書くつもりでいた。
ところが、6時からから来るはずのバイトが、気分が悪いとかで休んでしまったのだ。
当然売場には誰もいない。
そういう時は、その売場の長が入らなければならない。
売場の長、それはぼくである。
おかげで、日記どころの騒ぎではなくなったのだ。
結局、バタバタしながら2時間を過ごしてしまった。
ということで、日記は書けなかった。

飲み会が終わってから、パソコンで続きを書こうと思っていたのだが、飲み過ぎてしまい、家に帰るなり寝てしまった。
いや、家に帰る前、2次会で行ったカラオケあたりから寝てしまっていたのだ。
その時点で、日記のことはもう頭の中にはなかった。

朝は7時半に目が覚めた。
休みだったので、もう少し寝ていたかったのだが、やはり日記が気になる。
が、もう少し寝ていたい。
が、日記が気になる。
が、・・・・。
自分の中で、延々と闘いが続いた。
最終的に勝ったのは、日記の方だった。
寝床に未練は残っているものの、何とか起き出して、パソコンの電源を入れた。

その時、ぼくはあることに気がついた。
頭が痛いのだ。
二日酔いである。
そういえば、昨日は、焼酎をロックで4,5杯飲んだ。
ロックとはいえ、大きめのコップになみなみ注がれていた。
1杯につき2杯分といったところだろうか。
それを氷が溶けないうちから飲むのだ。
これでこないはずがない。

おまけに昨日は、女子が登場した。
今のメンバーで飲み出してから、かれこれ10年ほどになるが、女子の登場は初めてだ。
もちろん彼女も同級生だから、ぼくたちと同い年の、いわゆるおばちゃんである。
が、その効果はてきめんだった。
普段は口数の少ない者まで、饒舌になってしまったのだ。
ぼくも、しゃべっては飲み、しゃべっては飲みを繰り返していた。
店の中は、ぼくたちを除いては若いお客ばかりだったのだが、女子効果のせいで、ぼくたちの席だけが妙に盛り上がっていたのだった。

さて、頭痛はなかなか治らない。
コーヒーのブラックや青汁を飲んだりしたのだが、即効性はない。
ボーッとしたまま、ただ時間だけが過ぎていく。
結局、そのまま昼になり、夕方になり、夜になった。
しかたがないので、携帯で保存していたものを編集し直して、そのままアップした。
それが昨日の日記である。

しかし、もう二度と携帯で日記を書きたくない。
せっかく腱鞘炎が治りかけたというのに、またぶり返してきてしまったわい。

今日は高校の同級生たちと飲みに行く約束があるので、あらかじめ日記を書いておこうと思っていた。
ところが、昨日は不覚にも午後11時過ぎに眠ってしまったのだ。
そのせいで昨日の日記も書けなかった。
目が覚めたのが7時半、携帯のアラームに起こされたのだ。
それから慌てて昨日の日記を書き始めたが、書きあがったのが出勤時間ギリギリになってしまったため、今日の日記など書けるはずもなかった。

まあ、日記は帰ってきてから書いたっていいのだが、そうすれば落ち着いて飲めなくなる
また、「今日は何を書こうか」、などと考えながら飲む酒ほどおいしくないものはない。
ということで今、慣れない携帯電話で日記を書き込んでいる。

ところで、今日は次から次にお客さんがやってくる。
そのせいで何度も日記を中断した。
困ったことに、いったん中断してしまうと、頭の中にはそれまで書いた日記が残っていない。
パソコンだと、一目で全体を読み直すことができるから、日記モードに持って行くのに時間はかからない。
だが、携帯ではそれが難しい。
数行しか見られないために、文章の流れが全くわからないのだ。
しかたなく、また最初から読み直すことになる。

さて、またお客さんがやってきた。
ここまでで、いったん保存することにするか。

昨日は午前2時頃に日記を書き終えた。
リカバリの関係で22日の日記の更新がかなり遅れてたのだが、その影響もあって、23日の日記も24日の午後11時過ぎの更新になってしまった。
それで安心してしまうと、24日の日記まで遅れてしまう。
そこで、気合いを入れ直して、二つめの日記に取りかかったのだった。
結局書き終えたのは、午前2時だった。
ぼくにすれば、まあふつうの時間である。

さて、日記も書き終わったので、リカバリ以来充分に睡眠をとってない自分をいたわる意味で、少しでも早く寝ようと思っている時だった。
突然けたたましくサイレンが鳴った。
音からして消防車である。
「火事か」と思い、外を見てみた。
向こうに消防車の影が見えた。
どうやら、こちらに向かってくるようだ。
どこが火事なんだろうと煙の出ている所を探してみたのだが、どこも煙なんて出てない。
ということは、きっとここから見えない場所だろう。
そう思って、うちの窓の下を走るだろう消防車の行方を追うことにした。

消防車は1台ではない。
少なくとも2台は走ってくる。
その後に救急車のサイレンも聞こえる。
すると、逆の方向からもう一つのサイレン音が聞こえた。
その音もこちらに向かってくる。
「ということは、近くか!?」と、ぼくは辺りを見回した。
「え!?」
うちから100メートルほど離れた家の二階が、妙に明るい。
最初はネオンか何かなのだろうと思っていたが、あれは火である。
ぼくがそう認識した時、消防車が窓の下を過ぎて行った。
そして、その場所で止まった。

消防車は2,3台どころではなかった。
火が見えなくなった後からも、次々とやってくる。
結局何台来たのだろう。
完全に道が塞がれている。
うちの前の道は、夜中でもけっこう車の往来がある所なのだが、それが完全にストップしてしまった。
昼間さながらに、渋滞している。
何度も「火事ですから、迂回してください」という声が聞こえる。
その場所が迂回路の起点になっているため、迂回しようにもそこを通らないと迂回できない。
結局、一般車はUターンせざるをえないのだ。

その状態がどのくらい続いただろう。
ぼくは完全に、野次馬になっている。
気がつくと、空は白んでいるではないか。
時計を見ると、もう4時を過ぎていた。
またもや、寝不足である。

仕事が終わり、店内を見回っていると、天井近くで「バサバサ」という音がした。
見ると、大きなトンボが一匹飛んでいるではないか。
いや、飛んでいるというより、蛍光灯に向かって体当たりしていると言ったほうがいいだろう。
夜になったので、明るい店の中に飛び込んできたのだ。

ぼくはしばらくトンボを眺めながら、少年時代のことを思い出していた。
ぼくは、トンボを捕まえるのが得意だった。
最初の頃こそ、駄菓子屋に売っていた昆虫網で採っていたが、そのうち帽子で採るようになり、最後には手で捕まえるようになった。
コツというのは特にないが、強いて言えば、トンボの気をはぐらかすということになろうか。

中学生の頃だったが、縄跳びを振り回して遊んでいた時に、偶然それがトンボに当たってしまった。
「死んだかな」と、トンボの落ちた方に行ってみると、尾っぽがちぎれていたものの、何とか生きていた。
しかし、飛びはできるものの、尾っぽがないのでバランスがとれずに、飛び上がっては落ち、飛び上がっては落ちを繰り返している。
ぼくはそれを不憫に思い、そのトンボを捕まえ、その辺に落ちていた割り箸をちぎれた尾のところに突っ込んでやった。
「これでバランスがとれるやろう」
しかし、甘かった。
今度は重いのだ。
飛び上がることすらできない。
だんだんトンボに対して、申し訳ない気持ちになってきた。

それ以来、トンボに対する罪悪感からか、ぼくは害虫以外の昆虫をいじめることをしなくなった。
例えば、家の中に飛び込んできた昆虫を、それまでみたいにおもちゃにすることはせず、逃がしてやるようになったのだ。

このトンボもそうである。
このまま電気を消してしまうと、彼は路頭に迷うことになる。
外に比べると餌も少ないだろうから、もしかしたら、そのまま死んでしまうかもしれない。
せっかく短い余生を楽しんでいるのに、こんな息苦しい場所で死ぬのは本意ではないだろう。
そこで、ぼくはいつものように、このトンボを外に逃がしてやることにした。

トンボを捕まえる腕は落ちていない。
今日も、天井が低くなっているところまで追い込み、素手で捕まえた。
そして、再び店に入ってこられない所まで持って行き、そこで手を開いた。
ところが、トンボは何を思ったのか、しばらくぼくの手から離れようとしなかった。
時間がないので手を振って、トンボを振り払った。
トンボは街灯に向かって飛んでいった。

空が白むというのは、こんな感じのことを言うのだろう。
ただ今午前5時、外は真っ白である。
別に霧がかかっているわけではない。
本当に真っ白なのだ。
時折、草が燃えるにおいもする。
実に夏特有の風景である。

ところで、ぼくは一睡もしてない。
早く寝なければ、とは思うのだが、状況が許してくれない。
さて、その状況とは何?
いったい、こんな時間にぼくは何をしているのか?
実はリカバリである。
昨日新しいソフトを入れたのだが、どうもインストールがうまくいかない。
あるところまでは順調にいくのだが、再起動から先が進まないのだ。
そこで、今日もう一度挑戦した。
しかし、状況は変わらず、再起動から先が進まない。
何か別にやり方があるのかと思って、いろいろ触っていると、ついにパソコンが起動しなくなった。
セーフモードもだめ。
起動ディスクもだめだった。

今年の2月にも開かないことがあったのだが、あの時は本に同じような事例が載っていたので、何とか難を逃れることができた。
ところが今回の場合は、似たような事例すら載っていないのだ。
しかも、再起動するたびに止まってしまうものだから、ネットで対処法を探すこともできない。

「リカバリする以外に方法は残ってないのか」
そう思うと気が重くなった。
しかし、それをしないことにはこの日記も書けない。
そこで、ぼくは意を決して、リカバリを実行することをにした。

リカバリの作業に入ったのは、もう午前1時をすぎていたが、「明日休みやけ、少々寝なくても大丈夫やろう」と思いながらのんびりとやっていた。
それが間違いだった。
そういう心構えでやっていたため、集中力をなくし、肝心なところでミスを犯してしまっていたのだ。
それに気づいたのは、リカバリ後だった。
別にそのままにしていても動かないことはないのだが、後々いろいろと都合の悪い問題が起きてくるのは目に見えている。
そこで再度リカバリということになった。

ということで、今2度目のリカバリをやっている最中である。

空が白むというのは、こんな感じのことを言うのだろう。
ただ今午前5時、外は真っ白である。
別に霧がかかっているわけではない。
本当に真っ白なのだ。
時折、草が燃えるにおいもする。
実に夏特有の風景である。

ところで、ぼくは一睡もしてない。
早く寝なければ、とは思うのだが、状況が許してくれない。
さて、その状況とは何?
いったい、こんな時間にぼくは何をしているのか?
実はリカバリである。
昨日新しいソフトを入れたのだが、どうもインストールがうまくいかない。
あるところまでは順調にいくのだが、再起動から先が進まないのだ。
そこで、今日もう一度挑戦した。
しかし、状況は変わらず、再起動から先が進まない。
何か別にやり方があるのかと思って、いろいろ触っていると、ついにパソコンが起動しなくなった。
セーフモードもだめ。
起動ディスクもだめだった。

今年の2月にも開かないことがあったのだが、あの時は本に同じような事例が載っていたので、何とか難を逃れることができた。
ところが今回の場合は、似たような事例すら載っていないのだ。
しかも、再起動するたびに止まってしまうものだから、ネットで対処法を探すこともできない。

「リカバリする以外に方法は残ってないのか」
そう思うと気が重くなった。
しかし、それをしないことにはこの日記も書けない。
そこで、ぼくは意を決して、リカバリを実行することをにした。

リカバリの作業に入ったのは、もう午前1時をすぎていたが、「明日休みやけ、少々寝なくても大丈夫やろう」と思いながらのんびりとやっていた。
それが間違いだった。
そういう心構えでやっていたため、集中力をなくし、肝心なところでミスを犯してしまっていたのだ。
それに気づいたのは、リカバリ後だった。
別にそのままにしていても動かないことはないのだが、後々いろいろと都合の悪い問題が起きてくるのは目に見えている。
そこで再度リカバリということになった。

ということで、今2度目のリカバリをやっている最中である。

小さい頃はよく外で立小便をやっていた。
「ミミズにおしっこをかけると、チンチンが腫れるよ」と言われていた。
ある日、玄関前の溝にミミズを見つけた。
そこでぼくは、「物は試しだ」と思って、ミミズに向かっておしっこを引っかけた。
はい、しっかり腫れました。
しかも、痛みを伴って。

何で腫れるのかはわからない。
その頃は、こちらがおしっこをかけたら、ミミズも応戦して体液を引っかけているのだと聞いた。
しかし、ぼくがおしっこをかけたミミズは、体長10センチほどだった。
しかも、1メートル以上離れた場所でやっていたのだ。
ミミズの体長を考えると、そこまで体液を飛ばせるとは思わない。

ある人から、「それは体液でも何でもない。ただ、自己暗示にかかっているだけだ」と言われた。
しかし、いくら自己暗示に力があるとはいえ、おしっこを引っかけた翌日に腫れていることなんてあるだろうか。
暗示は常日頃からかけておかないと、効かないのではなかったのではないか。
ぼくは小さい頃、いつもいつも「ミミズ、おしっこ、チンチン腫れる」なんて思っていたわけではない。
ミミズを見たら、そのことを思い出していた程度である。
たったそれだけで体に異変が起きるとすれば、ぼくは病気だらけになっているはずだ。
しかし、そういうことはない。
どちらかというと、病気は少ない方である。
また、それは自己暗示ではなく、人からの暗示なのだということも出来る。
しかし、それはあり得ない。
ぼくは常に人の言うことを聞いてないからである。

後年、「迷信だ」と書いている本を見つけた。
おそらくその作者は、「迷信だ」と思いながらも、怖くてかけることが出来なかったのだろう。
自慢じゃないが、ぼくは3度かけたことがある。
そして3度とも腫れたのだ。
自分で試してもないくせに、物知り顔で「迷信だ」などと言うんじゃない。
それなら自己暗示のほうがまだマシである。

結局、「ミミズにおしっこをかけると、チンチンが腫れる」の謎は、ぼくの中では解けていない。
そこで、もう一度ミミズにおしっこをかけてみて、その謎をいつか解いてみようと思っていた。
ところが、困ったことに、最近まったくミミズを見ない。
昔は普通に道を這っていたのだが。
そういえば、溝にはイトミミズもいたのだが、それも見かけない。

シャボン玉石鹸の社長に言わせれば、「それは洗剤のせいだ」ということになる。
洗剤が生態系に悪影響を及ぼしているらしいのだ。
生態系に悪影響を及ぼすものは、当然人体にも悪影響を及ぼす。
そこで、「環境に優しい無添加の石鹸を使いましょう」ということになる。
シャボン玉石鹸の売上げはどんどん伸びているらしい。
ということは、再びミミズにお目にかかる日も、そう遠くはないということだ。
早く謎を解きたいものである。

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