吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

2004年05月

今年の3月18日の日記に、アルバイトとバトルをやっているということを書いた。
このアルバイト、名前をタマコという。
顔は天才バカボン似である。
いや、顔だけではなく、頭のほうもバカボン似である。

昨日の開店前、履き物コーナーのパートさんと話していたら、たまたまそこに置いてあった下駄の話題になった。
ぼくが「最近の若い人は、鼻緒という言葉を知っとるんですかねえ」と聞くと、パートさんは「そのくらい知っとうでしょう」と言う。
「じゃあ、聞いてみましょう」ということになり、ぼくは下駄を持ってタマコのいる売場に行った。

タマコを見つけると、さっそく「おい、これ何ち言うか知っとうか?」と、下駄の鼻緒を指さして聞いてみた。
タマコは「知ってますよぉ、そのくらい。バカにしないで下さい」と、息の抜けるような声で言った。
「そうか、知っとるんか。言うてみ」
「それはですねぇ。タビです」
「は?」
「タビです。タビ」
「おまえんとこは、これを『タビ』ち言うんか?」
「はい」
それを聞いて唖然としたぼくは、タマ子の横にいたパートのラーさん(久々の登場だ。詳しくは日記内検索で)と顔を見合わせた。
そして、ラーさんは笑い出した。

ぼくは笑いをかみ殺して、履き物コーナーに戻り、さっそくパートさんに報告した。
「ダメダメ。全然知らんですよ」
「知らんって、何と答えたと?」
「タビですよ、タビ」
「足袋ぃ?」
パートさんは、一瞬息を止めて、そして吹き出した。
「誰が言うたん?」
「タマコです。タ・マ・コ」

再びタマコのいる売場に行き、タマコに「おい、わかったか?」と聞くと、横からラーさんが「しんちゃん、だめよ。この子『春よこい』も知らんとやけ」と言った。
「え?」
「童謡の『春よこい』にも、それが出てくるよと言ったら、この子、『はーるよこい、はーやくこい』までしか知らんとよ」
「じゃあ、『じょじょ』も知らんやろうの」
「知るわけないやん。『みいちゃんって何ですか?』とか聞いてたくらいやけ」
ぼくたちの会話を聞いていたタマコは「だから、みいちゃんって何なんですか?」と、またラーさんに聞いた。
ラー「『何』って、物じゃないんよ」
タマコ「じゃあ何なんですか?」
ラー「人の名前」
タマコ「ああ、人の名前かぁ」

ちょうど開店となったため、ぼくはいったん売場に戻った。
すると2,3分後、タマコが嬉しそうな顔をして、ぼくのところにやってきた。
「しんたさん、わかりましたよ。答は3文字で、一番上は『は』でしょ?」
「おう。自分で考えたんか?」
「当たり前じゃないですか」
と、その時、売場の電話が鳴った。
出てみると、ラーさんからだった。
ラーさんはぼくに「しんちゃん、一番下の文字を聞いてみてん」と言った。
そこで、タマコに「おい、一番下の文字を言うてみ」と言うと、タマコはさも自信ありげに「簡単ですよ。『み』でしょ」と言った。
「『み』?『み』ちゃ何か。全部言うてみ」
「は・さ・み」
「・・・。アホか、おまえは」

タマコは今21歳。幼稚園の先生を目指している。
いちおう今年短大を卒業したので、保母の資格は持っているらしいのだが、就職先がなく、しかたなく、学生時代からやっているうちのバイトを継続しているのだ。
しかし、幼稚園の先生になる人間が、こういう基本的なことを知らないと困る。
そう思ったぼくは、タマコを鍛えることを決意した。

5月29日付の産経新聞正論欄に、靖国神社には朝鮮籍が21,181柱、台湾籍が27,864柱及び英国人3柱が合祀されていると書いてあった。
ということは、だ。
支那人が首相参拝に文句をつけるのは、台湾人が祭られているのに、本家(と思っている)の支那民族が祭られてないという理由からなのだろう。
また、朝鮮人が文句をつけるのは、台湾人より合祀数が少ないという理由からなのだろう。

つまり、どちらの感情も妬みからきているわけだ。
そう考えれば、確かに、首相が靖国神社に参拝すると、この二つの民族の心は傷つくわなあ。
しかし、それを「アジアの人民の感情を傷つけた」などと、大嘘を言ってはならない。
要は自分たちだけが傷ついているだけなのだから。
他のアジアの人が迷惑するじゃないか。
あ、そうか。
この二つの民族は、自分たちだけがアジア人民だと思っているのだ。
だからこそ尖閣諸島も竹島も自分たち、つまりアジア人民の領土というわけだ。
そうかそうか、それで納得した。

それにしても、妬みから内政干渉するとは実に情けない。
というか、女々しい。
それに同調する日本人も情けない。
そして、女々しい。

5月26日の日記で、マンモスH子が、今一番問題を抱えている部門に異動になったと書いたが、その翌々日、つまり昨日、突然会社を辞めた。
前に受けていた会社の面接に受かったらしいのだ。
ぼくは、一昨日「マンモスは辞めるらしいよ」ということを、ある人から聞いていたのだが、辞めるのはもっと後のことだと思っていた。
いくらアルバイトだからと言っても、突然辞めるというのは、ルール違反だからである。
少なくとも何週間か前に言っておかないと、会社としても次の段取りがとれないのだ。
しかし、「自分さえよければ」という考えを持っているマンモスには、こういう常識は通用しないのだろう。

さて、その就職先だが、何と某大手タクシーの配車室だという。
ぼくはそれを聞いて吹き出してしまった。
なぜなら、何度教えても歯磨き粉の場所すら覚えることの出来ない人間に、頭を使うタクシーの配車なんか出来るわけないと思ったからである。
マンモスのことだから、門司港にいる車に、「至急折尾の○○さんの所(30㎞以上離れている)に行って下さい」くらいのことは、平気で言うだろう。
そして上司から「何で近くの車に連絡入れんか?」と言われたら、「市内だからいいと思って」などと言い返し、挙げ句の果てに「上司にいじめられた」と言って、退職するにちがいない。
想像するだけでも楽しい。

今後『まちBBS』あたりで、『北九州評判の悪いタクシー会社』などというスレッドが立ち、マンモスのいる会社がやり玉に挙がるかもしれない。
もし、「某大手タクシー会社は、呼んでもなかなか来ない」などという書き込みがあったら、それはマンモス絡みである。
期待して待つことにしよう。

ということで、マンモスH子に関する日記は、主人公マンモスが急遽降板したために、継続不可能となりました。
残念ですが、今日が最終回です。
さようなら~。

 出演;マンモスH子
    H先生
    店長タカシ
    他数人
 語り;しろげしんた

昨日の朝から、体調が優れなかった。
朝起きた時、何か変だった。
朝の空腹感はあるものの、それは健康的なものではなく、気分の悪さを伴ったものだった。
「おかしいな」とは思いながらも、朝食を摂り、会社に向かう。
会社に着く頃には、何とか気分の悪さもなくなっていた。
が、社屋に入ったとたん、またぶり返してきた。
昨日は暑かったため、普段より強めにエアコンを効かせていたのだ。
それがいけなかったようだ。
だんだん頭が痛くなってくるし、それに連れて腹も痛くなってくる。
午後からは、脂汗をもかく始末だった。
帰る頃には寒気もした。
そのせいで、車の運転も安定しなかった。
何度かセンターラインをオーバーした。
幸い事故にはならなかったが、危機一髪の場面が二度もあった。

帰ってきてからが地獄だった。
熱を測ると、38度に達している。
どうりで寒気もするはずだ。
食欲もなく、昨日はそのまま寝ることにした。

ところが、寝つかれない。
ようやく眠ったと思うと、腹が痛くなってくる。
腹が痛いので寝相を変えると頭に響く。
寝汗はかく。
その繰り返しで、一時間おきに目が覚めていた。
目が覚めると、また寝つかれない。

また、こういう時に限って夢見も悪い。
前の会社時代に左遷されたことがあるのだが、その時の夢を見ていた。
きっとその時の重苦しい精神状態が、体調不良の精神状態と似ていたのだろう。

今朝は寝不足のまま、普段どおりに目が覚めた。
あいかわらず、腹が痛い、頭が痛い、寒気がする。
おまけに、いろいろな寝相をとったためか、腰が痛い。
幸い休みだったので、今日は何もせずにゆっくり寝ていることにしようと思ったが、腰が痛いために横になる気も起きない。

とりあえずは、何か胃に入れなくてはと思い、台所を漁る。
が、何もない。
しかたないので、牛乳1リットルを一気に胃の中に流し込んだ。
おかげで空腹感はなくなった。
ところがである。
数分後に腹が「グルグル」と唸りだしたのだ。
ぼくは、慌ててトイレに駆け込んだ。

トイレから出てしばらくすると、またもや「グルグル」が襲ってきた。
再びトイレに駆け込む。
その後も「グルグル」は治まることがなく、ぼくは幾度となくトイレを往復した。
ところが、それを繰り返しているうちに、ぼくはあることに気がついた。
トイレに行くたびに、体が楽になっていくのだ。
普通の下痢の時は、そういうことはない。
トイレに行くたびに体力を消耗して行くものである。
「不思議なこともあるものだ」と感心していると、何と頭痛や腹痛が治まっているではないか。
これはどうしたことだろう。
いろいろ考えてみてもわからないので、いちおう「牛乳1リットルが、体の中の毒素をすべて外に排出したのだ」ということにしておいた。

頭痛・腹痛に続いて、腰痛も何とか治まった。
すべてが治まった後、急に眠気がさしてきた。
「これも牛乳の効能か?」などと思いながら、布団の中に潜り込む。
起きてみると、すでに午後6時を過ぎていた。
体調はいい。
やはり、牛乳が毒素を出してくれたのだろう。
と、牛乳をコップ一杯飲んだ。

現在午前2時30分。
全然眠たくない。
明日は仕事なので、早く寝ないとならないのだが…。
これも牛乳の効能なのだろうか?

ここ数日、地村さんや蓮池さんの記者会見の模様が、ニュースやワイドショーで映し出されているが、記者たちはいったい何を考えているのだろう。
記者会見などは、帰ってきたその日、もしくは翌日だけで充分なのだ。
毎日毎日記者会見をやって、いったい彼らから何を聞き出そうとしているのだろうか。
テレビで見ていると、記者たちは、どうもお二人の子供たちの『カルチャーショック』を知りたいように思われる。

靴を買った。
服を買った。
お菓子を買った。
どうでもいいことである。
『冬のソナタ』を何話まで見たなんて関係ないことだ。
それを見たお子さんの反応を知って、いったい彼らはどういう記事を書こうというのか。
あの質問を受けた時、一瞬蓮池さんの顔が曇ったのを、マスコミは気づかなかったのだろうか。
それに、そういうことを記事にして、それが何か拉致問題の解決に役に立つとでもいうのだろうか。

子供たちは今まで、不幸にも両親の国日本を敵国だと教えられてきたのだ。
その敵国で注目されていることに、何か疑問を抱くのではないだろうか?
「お父さんは、どうして毎日テレビに出ているんだろう?もしかしたら、マスコミは親をとおして、自分たちが持っている共和国の情報を聞き出そうとしているのではないか」などと考えても、何ら不思議ではない。
そのことで、総連に利用されたり、いやがらせを受けたりするかもしれないじゃないか。
そして、最終的に、「やっぱり、ぼくたち、私たちは共和国に住みたい。そこで偉大なる指導者同志にために働きたい」などと言い出したら、元も子もないじゃないか。
そうなった時、マスコミはどう責任を取るというのだろう。
もういいじゃないか。
もう充分じゃないか。
そっとしておいてやれよ。

例のマンモスH子のことである。
とうとう彼女は「私は薬局では勤まりません」と、店長タカシに直訴したのだ。
困った店長タカシは、レジと薬局のパートさんを呼んだ。
まず、レジのパートさんに、「レジに戻したらだめかねえ」と訊いた。
レジの子は、「当番の時に、レジ長と本人のぞうきんだけしか洗わないような意地悪する人はいりません。部門の和が乱れます」と、きっぱり断った。
店長タカシは、同じことを薬局のパートさんに言った。
薬局のパートさんは、「商品を置いてある場所すら覚えることの出来ない人なんていりません」と、これもきっぱり断った。

「商品を置いている場所…」と言ったのは、その数日前にマンモスが起こした事件のことである。
お客さんから「歯磨き粉はどこにありますか?」と訊かれたマンモスは、その場所がわからなかったので、そこにいたパートさんに「あのう、歯磨き粉どこにありますか?」と訊いた。
パートさんは「ああ、歯磨き粉ね。ここにあるよ」と教えた。

それからちょっとして、他のお客さんから「歯磨き粉はどこにありますか?」と訊かれた。
するとマンモスは、またそのパートさんに「あのう、歯磨き粉どこにありますか?」と訊いた。
「ここ」

それから少しして、また他のお客さんから「歯磨き粉はどこにありますか?」と訊かれた。
普通の人なら一回で、よほど物覚えの悪い人でも二回聞いたら覚えるだろう。
ところが、マンモスはそうはいかなかったのだ。
三度、同じようにパートさんに場所を尋ねた。
これにはパートさんも唖然とした。
「ここよ、ここ。さっき教えたでしょ」

これでようやく歯磨き粉の場所を覚えたと思いきや、マンモスはまたやってくれた。
「あのう、歯磨き粉はどこにありますか?」
パートさんはあきれ果てて、何も言わずに歯磨き粉の場所を指さした。

ところがところが、これで終わったわけではない。
その後二度も、歯磨き粉の場所を訊いたというのだ。
それもH先生に。
パートさんからその話を聞いた矢先のことだったので、先生も「こりゃあかん」と思ったらしく、とうとう口を開いた。
「あんた、この売場は合ってないよ。商品のある場所を、何度教えても覚えきらんでは話にならんやろ。店長に言うて、売場を替えてもらいなさい」
その言葉に、マンモスは素直に頷いたという。
そして今回の直訴と相成ったわけだ。

さて、二人に拒否された店長タカシは、困りはててしまい、ついにある決心をした。
今一番問題を抱えている部門があるのだが、そこにマンモスを異動させることにしたのだ。
(数日後につづく)

「手当て」という言葉がある。
もちろん治療の意味である。
以前読んだ何かの本に、「昔は病気を治療するのに、本当に手を当てていた」と書いてあった。
ということは、昔は温熱療法をやっていたということである。
最近の癌治療の一つとして、温熱療法が行われていると聞いたことがあるが、昔の人は本能的に、温熱療法が有効なことを知っていたのだろう。

それを知って以来、ぼくは腹が痛くなったりすると、すぐに「手当て」をするようになった。
なるほど、不思議と痛みは和らぐものだ。
そのうち、痛かったことまで忘れてしまっているから、きっとそれで完治したのだろう。

ところで、ぼくはこの「手当て」を始めてから、あることに気がついた。
手で押さえた部分、つまり痛いところが、なぜか冷たくなっているのだ。
そういえば、腰に痛みを感じた時、そこを触ってみると冷たくなっていることがある。
「もしかして、痛みというものは『冷え』と何らかの関係あるのではないだろうか?」
そんな疑問が、ぼくの中で徐々に膨らんでいった。

そういう折も折だった。
今日、一冊の本と出会った。
『<どんな病気も「温めれば治る!」>石原結実著(ワニ文庫)』という本である。
この本を読むと、ぼくの「冷え」=「痛み」の疑問に答えてくれるようなことが書いてある。
元々、人間は「冷え」に弱い動物なのだそうだ。
その「冷え」は人体にいろいろな影響を及ぼすらしく、癌、心筋梗塞、糖尿病、アトピー、子宮筋腫、肥満など、あらゆる病気はこの「冷え」から起こるということだ。
なるほど、癌は「冷え」から来る病気だから、温熱療法が有効なのか、と納得する。
他にも、この本には、思わず「えっ?」と唸るようなことが書いてある。
例えば、世の中には平衡感覚が悪いのか、いつもフラフラしている人がいるが、何とそれも「冷え」が原因なのだという。
水分の摂りすぎが、その「冷え」を招いているのだそうだ。

数日前、ぼくは何十年かぶりに便秘になった。
丸二日出なかったのだ。
何が原因なのかわからなかった。
とにかく、水分が足りないのではないかと思い、冷えたお茶を何杯も飲んだ。
それが功を奏したのか、三日後に何とかお通じがあったのだが、その後もあまり順調だとは言えない。
しかし、それもこの本を読んでそれがはっきりした。
そう、原因は「冷え」である。
ここ数日、朝方の寒さのせいで、体が冷えていたのだ。
しかも、冷えたお茶を何杯も飲んだことが、逆効果になっていたのだ。

この本には、その「冷え」を防ぐ方法も書いてある。
「これは使える」と思ったぼくは、さっそくこの本をレジに持って行った。
ここに書いてあることを実行すれば、成人病恐るに足らずである。
よーし、長生きするぞ!

ATOK17は、『きむじょんいる』と入れると『金正日』に一発で変換してくれるが、『きんしょうじつ』や『きんしょうにち』と入れても『金正日』とは変換してくれない。
いったいどこの国のソフトなんだろう。
しかし、『ちょそん』と入れても『朝鮮』にはならない。

例えば『イエス・キリスト』は万国共通の呼びかたではない。
英語読みだと『ジーザス・クライスト』となる。
毛沢東は『もうたくとう』なんだし、『胡錦濤』は『こきんとう』なんだから、『きんしょうじつ』で充分である。
なぜなら、『金』と書いて『きん』、『正』と書いて『じょん』、『日』と書いて『いる』と読めなんて、学校で教えてもらってないからだ。

さて、そのキン・ショージツ。
先日の日朝首脳会議でわけのわからないことを言っていた。
「在日朝鮮人が差別される事がないように…」
「差別」、現代の日本人が一番忌み嫌う言葉である。
それを彼は知っている。
そして、それを利用している。
そう、「差別」というお題目を唱えれば、日本の地ではどんな無理難題でも通るのだ。

例えば、『関係者以外立入り禁止』という張り紙が貼ってある場所に、ある部外者が張り紙を無視して入ろうとする。
それを関係者が阻止する。
その部外者は「なぜ入れないのか」と言いがかりをつけ、そして騒ぎ出す。
その騒ぎを聞いたその部外者の取り巻きが、「入れない」という行為だけを取り上げて、世間に「差別された」という噂を広める。
「差別」という言葉に弱い関係者は、渋々謝罪する。
そして金を巻き上げる。
戦後の日本では、こういうことが幾度となく繰り返されてきた。
そして、そういう人たちの言いなりになってきた。
今回のキン・ショージツの「差別…」発言は、そこを狙ったものだろう。

いったい日本人は在日朝鮮人を差別しているのだろうか?
ぼくはそうは思わない。
日本が戦争に敗れた時、「おれたちは戦勝国だ」と言ってはばからず、日本人を迫害したり土地を略奪したりした在日朝鮮人。悪行の限りを尽くした朝鮮高級学校の一部の生徒。今回の拉致事件に関わった在日朝鮮人がいる。
日本人はそういう一部の在日朝鮮人の行為に対して、怒りや嫌悪感を持っている。
だけど「罪を憎んで人を憎まず」のお国柄だから、それが差別には繋がらない。
それは犯罪者に対する感情と似ている。
おそらく、一部の在日朝鮮人は、日本人のそんな自分たちに対する怒りや嫌悪感を、「差別」だと捉えているのだろう。
彼らの言う「差別」とは、己の悪行を非難中傷されることなのだから。

そういうことを抜きにすれば、日本人は在日朝鮮人に対して何らわだかまりを持っていない。
例えば焼き肉屋。
「おいしい」と言われれば、その店の経営者が日本人とか在日朝鮮人とかには、まったくこだわらない。
たとえそこが在日朝鮮人が経営している店であっても、足繁く通うだろうし、「さすが本場の味は違う」と褒め称えるだろう。

「チマチョゴリをハサミで切られた」だ?
それはきっと変質者の仕業でしょう。
その変質者に対して、日本人は怒りや嫌悪感を抱いている。
しかし、そういう変質者に対しても、日本人は差別をしないだろう。

先日、SプロジェクトのMKという人から封筒が届いていた。
ぼくはSプロジェクトという会社も知らなければ、MKという人も知らない。

開いてみると、中には一通の手紙と、一枚のパンフレットと、一部のカタログ、それと一枚のハガキが入っていた。
これを見ると、Sプロジェクトというのはにんにく屋らしい。
MK氏は、そこの社長だということだ。
これはにんにく屋のDMだったのだ。

一通の手紙には、MK氏の苦労話が書いてあった。
何でもMK氏は、以前癌を患っていたという。
しかし、「ここにご紹介する『にんにく』で、命を救われた」らしい。
一枚のパンフレットには、MK氏の闘病記が書いてあった。
そこにも、「ここにご紹介する『にんにく』で、命を救われた」と書いてある。
そして、一部のカタログには、MK氏のにやけた顔写真が載っており、「ここにご紹介する『にんにく』は、すばらしい」と書いてある。
一枚のハガキは、ちゃっかり申込書になっている。

ぼくは「何だ、これは?」と思い、もう一度封筒を見てみると、何とぼくの名前の下に顧客番号が書いているではないか。
「こんなところに登録したかなあ」と記憶をたどってみたが、その覚えはない。
これが物忘れだと、何らかのイメージが残っているのだが、それもないのだから、確実に登録はしてないのだ。
ということは、算数を駆使しても、ない記憶は蘇らない。

いったいどこで調べたのだろう。
だいたいこの手のDMは、電話帳から抜粋することが多いと聞くが、今回は電話帳ではないようだ。
なぜなら、その宛先には、マンション名が入っているからだ。
ぼくは電話帳には、マンション名を載せていない。

では、どこかからか情報を買ったのか。
Yahoo!からか?
いや、Yahoo!ではない。
なぜなら、YahooBBの会員でもなく、ショッピングもオークションもしたことがないからだ。
その上、Yahoo!Japanの登録名は本名ではない。
住所も登録していない。
ということは、ジャパネットたかたか?
いや、それもあり得ない。
なぜなら、そこで買物をしたことがないからだ。
いったいどこから漏れたのだろう。

40代に入った頃、物忘れがひどくなったのに気がついた。
ある日、冷蔵庫にジュースを取りに行こうと思い、部屋を出た。
台所に入った時、時計の音が鳴った。
その瞬間、ぼくは台所に立ちすくんでしまった。
「さて、何をしに来たんだろう?」である。
いくら考えても思い出せないので、しかたなく部屋に戻った。
イスに腰掛け、タバコに火を点けた。
その時、ようやくジュースを取りに行ったことを思い出した。

「もしかしてボケ…?」
ぼくは愕然とした。
その後も何度か同じ事があり、しばらくの間、ぼくはそのことに悩みを持った。
しかし、一人で悩みを抱えているだけでは、何も解決にならない。
そこで、親しい人何人かに、思い切って聞いてみることにした。
その人たちは、異口同音に「ああ、おれも40歳過ぎてから、物忘れがひどくなったよ」と言っていた。
それを聞いた時、「自分だけじゃなかった」と思い安心した。
しかし、若干の不安は残った。

完全に悩みから解放されたのは、それから1ヶ月ほど過ぎた頃だった。
ある日、本屋でボケの本を立ち読みしていると、「ボケは『嫌なことを忘れなさい』という神の思し召し」というようなことを書いてある本があった。
そこには「中年以降の物忘れなどは、自然なことである」とも書いてあった。
それを読んで、ぼくはようやく安心し、それ以降は物忘れしても気にならなくなった。

しかし、このままボケ症状が進行するのもシャクである。
中年の物忘れが、自然なことでどうしようもないというのなら、何か別な方法でそれを補うことは出来ないかと考えた。
そこで目を付けたのが、算数だった。
数学は方程式を覚えなければ解けない。
そこに必要なものは、記憶力である。
一方算数は、方程式を使わずに解かなければならない。
そこに必要なものは、洞察力である。
つまり、一つの問題を解くには、記憶力を使う方法と、洞察力を使う方法があるということだ。
これを応用すればいい。
物忘れとは記憶力の低下だから、記憶力の代わりに洞察力に頼ればいいのだ。

そこで、とにかく算数能力(つまり洞察力)を養おうと、小学生の算数の問題集に挑戦した。
問題は簡単だった。
しかし、それは方程式を使えばの話である。
その方程式が使えないのだから、かなり難しい。
悪戦苦闘の日々が続いた。
最初のうちは、算数的な考え方が出来なかったから、まず方程式で答を求めて、それから後に解き方を考えることにした。
それを続けていくうちに、だんだん頭が柔らかくなっていくのを感じるようになった。
つまり、最初から算数的な考え方で問題が解けるようになったのだ。

一度、そういうことが出来るようになると、面白みが増してくる。
結局ぼくは、それにはまっていた時代に、3冊の問題集を解いた。
期間にして3ヶ月くらいだったろうか。
その後、興味がパソコンに移ったために、4冊目は手つかずのままである。

しかし、洞察力の養成は今も続いている。
きっと、算数的な考え方が身に付いてしまったためだろう。
あいかわらず「何で、ここに来たのだろう?」というようなことをやってはいるが、そこで考えるのを諦めないようになった。
「どうしてこんな行動をとるに到ったか」を前後の行動などと考え合わせて、答を追求するようになったのだ。
おかげで、時間はかかるものの、何とか答を導き出せるようになった。

先月、近郊の遠賀町で、青酸カリの入った金庫が盗まれるという事件があった。
犯人は、ぼくと同じ八幡西区に住む人間で、捕まった時「金目当てに金庫を盗んだが、青酸カリが入っていて驚いた」と供述。
犯人は知人に相談し、その青酸カリを盗んだバイクの座席下に隠しておいたという。

ところが、そのバイクが盗まれた。
よくよく運のないバイクである。
バイクを盗んだのは、金庫犯と同じ区-もちろんぼくとも同じ区-に住む少年二人だった。
座席の鍵を開けてみると、そこには青酸カリが入っていた。
そこで「怖くなって、重りとして小石を(青酸カリの)容器内に詰め、ふたを閉めて洞海湾に投げ捨てた」らしい。

今日、ワイドショーやニュース番組では、このニュースを繰り返し放送していた。
ニュースでは、洞海湾やその周辺のゴミ置き場に容器がないかと、係員が探している映像が流れていた。
現場はぼくの家から4,5キロ離れた場所だった。

洞海湾。
古くは日本書紀にその名前が出てくる。
神功皇后は九州入りの際、ここに入港したのだ。
中近世は、交通の要所となった。
馬関と黒崎の間に定期船が出ていたので、長崎に行く人は門司に行かず、洞海湾に入ってきた。
そのため、黒崎は長崎街道の筑前の起点となっている。
かの坂本龍馬は、太宰府の三条実美に謁見する際、小倉からではなく、黒崎から陸路をとっている。
近代は北九州工業地帯の中心地となる。
八幡製鉄や三菱化成といった重化学工業の、主要工場がここに集結した。
また、火野葦平の『花と龍』の舞台になったことでも知られている。
現在は、市内有数のデートスポットになっている。
喜ばしいことではないが、暴走族の溜まり場にもなっている。

ぼくはこの海(湾)の目と鼻の先に住んでいるので、物心ついた頃からずっとこの洞海湾を見て育ってきた。
つまり、ぼくのふるさとである。
企業の廃液の垂れ流しのため、久しく『死の海』と呼ばれていた洞海湾だったが、最近ようやく魚や水鳥が戻ってきた。
その矢先にこの事件である。

専門家は「膨大な海水量でその濃度が薄くなるため、被害はほとんどないだろう」とのたまっていた。
何が「被害はない」だ。
この海で、車エビ漁をやって生活している人がいる。
この人は被害者じゃないのか?
この事件のせいで、イメージダウンは必至である。
当然、車エビは売れなくなるだろう。
釣り糸を垂れている人だっているのだ。
この人は被害者じゃないのか?
もしかしたら、その魚を食って生活しているのかもしれないじゃないか。
まあ専門家を責めてもしかたがないことではあるが。

とにかく、悪いのは少年バカ二人である。
いったい何を考えているんだ。
洞海湾は、校歌にも出てきただろうが。
お前たちのふるさとでもあるだろうが。
そんな神聖な場所に、毒物を捨てるとは何ごとだ。
ふるさとの海を汚す奴は、このしろげしんたさんが許さん!

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