吹く風ねっと

一生は未来の記憶を散りばめた一本の道。人生は未来の記憶をひろいながら歩く旅。

 小学6年の夏休みに、ダイエーの前で売っていたひよこを買った。さっそく『ピーコ』という安易な名前をつけ、お菓子か何かの木の箱を改造して巣を作り、飼い始めた。
 買ったのは一匹だけだったので、寂しいピーコはすぐにぼくに懐いた。とにかく、トイレに行けばトイレに、風呂場に行けば風呂場にというように、ぼくの行くところ行くところについてくる。

 9月になり学校が始まった。ついて来られたら困るので、学校に行く時カーテンを閉めて部屋を暗くしておいた。夜と勘違いして眠るだろうと思っていたのだ。ところが、家に帰ってみると、ピーコは巣箱から出てピーピーと寂しそうに鳴いていた。ところが、ぼくの姿を見るなり、寂しそうな「ピーピー」は歓喜の「ピー」に変わり、ぼくのところまで駆け寄ってきた。

 ある時、面白いことに気がついた。ぼくがハエ叩きで蝿を叩くと、ピーコがやって来てそれをペロリと食べるのだ。そこでずっと蝿を食べさせていた。「さすがにこれは大きすぎて食べんだろう」と、ゴキブリを叩いてみると、やはりペロリと食べてしまう。そのうちぼくがハエ叩きを手に持つたびに、ピーコは歓喜の声を上げてそばに来るようになった。

 冬になり、ピーコにトサカが生え始めた頃、母が言った。
「ニワトリになったら、庭のないうちでは飼えんよ」
「でも・・・」
「面倒見れんようになるよ。それよりも(親戚の)おばちゃんのところは庭があるけ、そこで面倒見てもらったほうがいい」
 ということで、ぼくは泣く泣くピーコを手放した。
 その後、親戚の家にピーコを見に行くたびにピーコは成長し、ぼくが中学1年生になった頃には立派なニワトリになっていた。しかしピーコぼくのことを忘れたのか、呼びかけても知らん顔をするし、手を出すと怒って力いっぱいつついてくる。

 そういうピーコの最期はその年の秋だった。伯父から電話が入り、
「ピーコを絞めてもらってきたぞ。今夜料理するけ、お前も食べに来い」
 と言う。手塩にかけて育てたピーコの肉を食べられるわけもなく、ぼくは辞退した。というか、たくさんの蝿やゴキブリで出来ているピーコの肉を、体内に入れたくなかったのだ。

 数日前の夜中、国道でぼくは信号待ちをしていた。
 信号が青に変わり、ブレーキから足を離そうとした時だった。突然ぼくの車の右手から飛出してきて、横断歩道を走り抜けた人がいた。
「危ないな。何やってるんだ」
 と怒りモードに入りそうになった。ところが、その格好を見て、怒りモードは好奇心モードに変った。

 その人は陸上選手の格好をしていて、肩からタスキを掛けていた。
「えっ、こんな時間に駅伝やっているのか?」
 と周りを見回したのだが、その人の他に走っている人など誰もいない。というかギャラリーも歩いている人も、いや生き物の気配すらない。
「ああ、チームで練習しているのだろうな。一本道だから、きっとこの先に仲間がいるはずだ」
 そんなことを考えながら、ぼくはその人を追い越した。

 ところが行けども行けども、タスキを受け取る人は見当たらない。
「もしかして、あの人一人だけで走っていたのか」
「それなら何でタスキ掛けていたんだろう。駅伝の練習をしていたんかな」
「そういえば、追い越す時、笑っているように見えたなあ」
「そうだ。青白い顔をしていた」
「しかし横顔しか見えないはずなのに、何で顔がわかったんだろう?」
「あっ、そういえば街灯の下を走っているのに、あの人の影がなかった」

 考えていくうちに、だんだん恐ろしくなっていった。
「もしかしたら、あの人・・・」

 ぼくの職場に週一回応援に来る女性と、『触る』話をした。
「あんた、昆虫触れる?」
「昆虫くらい触れますよ」
「バッタは?」
「触れます」
「カナブンは?」
「触れます」
「じゃあ、ゴキブリは?」
「触れます」
「えっ、あんたゴキブリ触れるんね?」
「ええ」
「触ったことあると?」
「ありますよぉ」
 彼女は、『当り前でしょ』といった顔をして言った。

 ゴキブリを触れる貴重な人材に初めて会ったぼくは、その人にいろいろ聞いてみた。
「まさか、『いつも手で叩き潰してまーす』とか言うんじゃないやろうね?」
「そんなことしませんよ。だって可哀想じゃないですかぁ」
「可哀想って、普通ゴキブリ見つけたら駆除するやろ?」
「駆除なんてしません。逃がしてやります」
「えっ、逃がす?じゃあ、あんたの家の中はゴキブリだらけやないね」
「そんなことないですよぉ。外に逃がしますから」
「どうやって?」
「ビニール袋を広げて、ゴキブリをそこに追いやって、袋の中に入ったらそれを外に持って行って、放してやるんです。そしたらプーンと飛んでいきます」
「ビニール袋に入らんかったら?」
「そのまま放っておきます」
 やはり彼女の家の中は、ゴキブリだらけに違いない。

 ついでに聞いてみた。
「ハエはどうすると?」
「ハエも可愛そうだから、外に逃がしてやります」
「蚊は?」
「蚊も同じ、逃がしてやります」
「あんた、近隣に害虫をばら撒きよるやん」
「えっ、そんなことないですよぉ」
 いや、そんなことあるだろ。

 先週スーパーに行った時、嫁さんが「これ」と言って、棚に並べてあるメロンを指差した。何だろうと見てみると、そこに体長7センチほどの銀ヤンマが、貼り付くようにしてとまっていた。

 トンボは外から入ってきたのだろうが、そのスーパーに入るには、内外二つの自動ドアを通り抜けなければならない。おそらくそのトンボはその二つのドアが同時に開いた瞬間に飛び込んだのだろう。

 しばらく店内を飛び回った後、トンボは店の外に出ようとした。ところが、彼は人間の建物の仕組みなんて知らないから、外へ出ることが出来ない。仮に知っていたとしても、体長7センチではセンサーが反応しないから、ドアは開かない。困った彼はメロンにとまって、外に出る策を講じていたのだろう。

「放っておいたら、店内で死んでしまうだろう」
 そう思ったぼくは、トンボを救出してやることにした。
 昔とった杵柄で、トンボを捕まえるなんてわけないこと。息を殺して近づいて、そっと羽根をつまんで捕まえ、そのまま外に出た。

 さて、外には出たものの、彼を逃がす場所がない。一面駐車場なので、適当に手放すと危険だ。仕方ないので、駐車場から一番遠く離れた場所にある、ベンチの背もたれの縁に彼を置いた。救出成功である。

 ところが、トンボは飛ぶ意思がないのか、メロンの時と同じように動く気配がない。その後しばらく彼を見ていたのだが、ずっと同じ体勢だ。
「もしかしたら、そのまま死ぬかもしれないな。でもスーパー内の人間臭さの中で死ぬよりは、自然の風の中で死んだ方が遥かにましだろう」
 そう思いながら、ぼくはベンチをあとにした。

 ネズミは嫌いな生き物だ。子供の頃、家の中に突然大きなネズミが現れたことがある。びっくりしたのと、初めてネズミを見る怖さで、しばらくそこから動けなかった。以来ずっとそれを引きずってきたのだ。
 以前勤めていた会社でのこと。ロッカールームを掃除していた女子社員たちが、
「ロッカーの隅に、こんなのがいました」
 と言って、ティッシュの包みを持ってきた。
 開いてみると、そこには毛の生え始めたネズミの赤ちゃんが入っていた。死んでいるのかと思ったら、まだ生きていてクニクニ動いている。それを見た瞬間、子供の頃から引きずっている恐怖心が走った。
 彼女たちはこちらの気持を察してくれず、ご丁寧にネズミをティッシュに入れたままぼくの手のひらに乗せ、
「これ始末して下さいね」
 と軽く言った。
『始末』、いくら嫌いな生き物だとはいえ、殺生はしたくない。ということで、それを近くの草やぶに捨てに行ったのだった。ティッシュ越しに伝わるクニクニ感と細かな温もり、あの時の気持ち悪さといったらなかった。

 小さな頃からネコが好きで、道ばたでネコを見つけると捕まえて、頭を撫でたり、首をこちょこちょしたり、抱き上げたり、彼らの迷惑をかえりみず、したい放題の愛情表現をやっていた。
 年をとってからは、多少ネコの気持ちもわかってきたので、したい放題はしなくなった。しかし相変わらずネコを見ると近寄って触ってきた。
 昨夜のこと、夜道を歩いていたら、街灯の下でネコが佇んでいた。いつもの調子でさっそく触りたくなって、彼に近寄ろうとした。ところが彼は、こちらをまったく気にしてない様子で、姿勢を崩さずにずっと前を見ている。こちらが呼びかけても知らん顔だ。
 今まではそれでも近寄って触っていたのだが、昨夜はそれを躊躇した。これもコロナの影響なのか。

 職場でテレビを見ていたら、おいしそうなパスタの店を紹介していた。場所を見ると隣の区になっている。
『近くだし、今度行ってみるかな』
 などと思っていると、ちょうどそこを通りかかった職場の女の子が、
「しんたさん、この店、どの辺にあるんですか?」
 と聞いてきた。

 チンチン電車が走っていた二十数年前なら、
「○電停で降りたら見えるよ」
 と説明するだけで通じたのだが、電車が廃止になった今はそれでは通じない。そこで、
「○町でバスを降りて、東に少し歩くとXパチンコ○店がある。そのパチンコ屋の前の信号を左側の歩道に渡って、南に歩いて行ったらいいよ」
 といちいち説明したのだった。
 時代の流れは、ちょっと面倒である。

 今は昔、宇治拾遺物語を読んでいる時に、ぼくは『かはつるみ』という言葉を見つけた。
「どういう意味だろう?」と思ったものの、「読んでいくうちに、わかってくるだろう」ということで注釈は見ず、言葉の意味がわからないまま読み進めていった。
 途中まで読んでいって、ようやく意味が理解できたぼくは、思わず叫んだ。
「何じゃこれ!」
 以来ぼくは古典の虜になった。

 嫁さんがバスに乗っている時のこと。信号待ちの時に何気なく窓の外を見ていると、隣の車の運転手の腕が激しく震えているのが見えた。最初は、
「何か病気を持っているのかな」
 と思って見ていたのだが、腕は発作的ではなく健康そうにリズムよく動いている。
「おかしいな」
 と思った嫁さん、身をそらして車の中を見てみると、何と運転手は『かはつるみ』の真っ最中だったのだ。ダッシュボードには、大きなティッシュボックスが置かれていたという。

 ところで、もし信号が青に変わり、『かはつるみ』をしながら発進したとしたら、果して彼は『ながら運転』に問われるのだろうか?「かはつるみ男に懲役6ヶ月」なんて記事が、新聞に載ったら恥ずかしいです。

1,
 最近あまり書かなくなったが、ぼくは相変わらず神仏を拝んでいる。毎朝神棚に向かって柏手を打ち、毎晩仏壇に手を合わせ、昔ながらの真摯な日本人を演じている。
 だが、狙いは御利益だ。そこは現代の日本人だから、見返りがないと動かないというわけだ。つまりぼくは、『花咲か爺さん』や『おむすびころりん』に出てくる、隣のよくばりじいさんなのである。
 いつかバチがあたるのかな。

2,
 考えてみたら、御利益なんて一勝一敗なんだな。困ったことがあると拝む。拝んだら解決する。いつもその繰り返しだ。本物の御利益なら、困ったことなど起きないはずなのに。
 とはいえ、困ったことが起きないと、人は神仏を尊ぶことをしなくなる。そのへんの呼吸を神仏は心得ていて、適度に困ったことを人に押しつけては、自分らに目を向けさせるように仕向けているのだろう。

ある人との会話の記憶をたどる時
さりげないひと言の中にその人が
人生を左右する程の大きな意味を
込めていたのに気づくことがある。
もしその時に意味を捉えていたら
違う道を歩んでいたかも知れない。

1,狐のしわざ
 最近、日本の古典を読んでいるのだが、昔の日本人は何か恐ろしいことや不可解なことが起こると、「あれは狐がやってるんだから、大したことはない」と自分に言い聞かせて、心を乱さないようにしていたらしい。
 きっと昔の日本人は、「狐のしわざ」を日常的なこととして捉えていたのだろう。だから「狐のしわざ」を怖がらなかったのだ。
 一方現代の日本人は、「狐のしわざ」をタブー視している。なぜなら科学で解明されてないからだ。だから「これは狐のしわざだ」と言われると、心を乱すに違いない。

2,秋の虫
 秋の虫が鳴いている。と言っても、虫は秋に入ってから急に鳴き始めるわけではない。実は夏から鳴いているのだ。それに気づかないのは、心の中が暑さでいっぱいになっているからだ。
 秋に入ると暑さを厭う心が去って、空っぽになった心の中に虫の音が染みてくる。今はそんな季節だ。

3,夜の秋
 例年はお盆を過ぎた頃から、秋を感じることが多いのだが、今年はお盆過ぎどころか、9月に入ってからもそういう気配が感じられなかった。
 ようやく「秋が来てるな」と感じたのは、先日の台風が過ぎた後だ。エアコンを入れなくても夜を過ごせたのだ。
 昔は、タオルケットから夏布団に変えることで夜の秋を感じたのだが、今はエアコンの入り切りか。時代ですね。

4,ヒグラシの声
 先日、この辺りでは滅多に聞くことの出来ないヒグラシの声が、なぜか前の公園でしていた。誰かが山で捕まえてきて、公園に放ったのだろうか。それとも誰かが公園にラジカセを持ち込んで、ヒグラシの声を大音量で鳴らしていたのだろうか。いや、もしかしたらこれは「狐のしわざ」なのかもしれない。
 ところで、「カナ、カナ、カナ」と鳴くと言われるヒグラシの鳴き声、ぼくの耳ではどう工夫しても「ヒ、ヒ、ヒ」としか聞こえないのだ。ぼくの耳がおかしいのだろうか、それとも「カナ、カナ」と聞くコツでもあるのだろうか。

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