2022年05月27日

水道水

 家に帰ってから水道水でうがいをする。口に入れた瞬間、あまりのまずさに水を吐き出してしまう。こういうことがしょっ中ある。いくらきれいだからといっても、最近の水道水はうまいものではない。

 そういえば子どもの頃の楽しみのひとつに、広場で野球をするというのがあった。組織化された少年野球とかじゃなくて、誰彼となく集まっては成り行きで野球を始める、つまり草野球だ。

 夏の炎天下でも厭わなかった。太陽の下で遊ぶのが子どもだったし、当時は誰もが暑ければ日陰で涼むという常識を知っていたから、倒れる子どももいなかった。

 野球を終えると渇いた子どもたちは、水道の蛇口に群がってがぶがぶと水を飲む。
 考えてみれば、あの頃の水道水は決してきれいではなかったけど、おいしかった。
posted by 新谷雅老 at 06:32 | 日記 | 編集

2022年05月26日

一族の自慢

「先祖に小学校の校長先生がいた」というのが、うちの一族の自慢で、小さい頃からよく聞かされていた。
 高校の頃に馬鹿やっていた友だちが校長をやっていたくらいだから、現在の校長先生というのは、そこまで価値を持たないのかも知れない。が、先祖の活躍した時代は明治だ。しかもその小学校の初代校長であったと言うから、その価値は計り知れないものがある。

 ところが社会に出てから、その手の話を至る所で聞くことになった。実際同じ職場で働く人の中にも二人ほどいた。で、その人たちとぼくは親戚なのかというとそうではなく、まったく血のつながりのない他人なのだ。
 そういうことがあって以来、校長先生話は、ぼくの中では眉唾物だという結論に達していた。

 しかしそれが事実だということを近年知ることになる。実はその小学校というのが嫁さんの通った学校で、校長室に飾ってあった歴代校長の写真の一番左側、つまり初代の校長先生は、確かにうちの一族の姓で、その人の出身地もうちの一族の住む町だったという話だ。
 ということで、ぼくの先祖の校長先生は、再び一族の自慢となったわけだ。
posted by 新谷雅老 at 17:00 | 日記 | 編集

ニンニク臭

 昨晩9時頃だったか、スーパーの惣菜コーナーで買った唐揚げを食べたのだが、朝になっても胃の中にニンニク臭が残っていて、その臭いが気になって仕方ない。
 昔は唐揚げを食べても、ニンニク臭を感じたことがなかった。というか、ニンニクが入っているなんて思ったこともなかったのだ。昔は少しだけしか入ってなかったか、もしくは入ってなかったのかもしれない。
 最近は、ニンニクさえ入っていればおいしいとでも思っているのか、唐揚げに限らず何にでもニンニクが入っている。例えばポテチなどのお菓子の中にもニンニクが入っているのがある。おかげでいつも口臭を気にしている。

 昼間になってもゲップをすれば、ニンニク臭が出てくるのかなあ・・・。今日は仕事なので困ってしまう。あとで牛乳を飲んでおこう。
posted by 新谷雅老 at 06:29 | 日記 | 編集

2022年05月25日

五月の病気

 今から四十四年前、東京に出た年のちょうど五月のこの時期のことだったが、集中力の欠けた、気合いの入らない毎日をぼくは送っていた。
 五月病だったのかというと、そうではない。実は腫れ痔に悩んでいたのだ。別に不衛生にしていたわけではないのだが、なぜかお尻はいつも痛みと熱を持っていて、それが気になって落ち着かない。時には急にふさぎ込んだりするもんで、周りから変な人と思われていたようだ。

 痔のことを周りに言えば変な人と思われることもなく、あわよくば同情する人が現れて、そこから友情も生まれたかもしれないが、六十歳を過ぎた今ならともかくも、二十歳になったばかりの若者が、
「いやー、実は腫れ痔でね」
 なんて易々と口に出来るわけがない。
 というわけで、東京に出てから数ヶ月、ぼくはその恥ずかしい病気が原因の、孤独で寂しい人だったのだ。
posted by 新谷雅老 at 17:13 | 日記 | 編集

友人からの電話

 先日、友人から電話が入った。
「おまえ、トーカイシを知っとるか?」
 その言葉を聞いて、ぼくの頭の中を、『十日石』という文字がよぎった。
『十日石、さてどんな石だったろうか?』
 いや、友人は石のことを聞いて来るような人間ではない。
『トーカイシ、トーカイシ・・。あ、もしかしたら東海市かも知れん』
 そこで「それは地名か?」と聞いてみたら、友人は「そうだ」と答える。

 東海市なら知っている。
「知っとるよ。名古屋の隣の東海市やろ」
「それは最近出来た市か?」
「いや、何十年も前からあるぞ。中学になる前からその地名やったから、もう五十年以上になるんじゃないかの。以前は知多郡何とか町やったと思う」
「えらく詳しいのう」

 東海市、久しぶりに聞く地名だ。そこは母の下の弟がかつて住んでいた所で、その知多郡何とか町から東海市に変わったと聞いたのが、その地名を耳にした最初だった。
 それから数年、年賀状や手紙のやりとりをしていたが、その後まもなく叔父が名古屋市内に引っ越したために、東海市という地名を使うこともなくなった。それ以来、ぼくの中から東海市という地名が消えたのだった。

 ぼくが小三の時、そう、まだそこが知多郡何とか町だった頃に、一度だけ家族総出で行ったことがある。その叔父の結婚式をそこでやったのだ。
 すでにその結婚式のことは忘れているが、ひとつだけ忘れられない出来事がある。そこに行った時に入った茶店での話だ。
 その店でぼくはトコロテンを頼んだ。すると店の人が持ってきたのは、トコロテンと割り箸の片割れだった。それを見て母が、
「箸が一本しかありません」と言うと、店の人は
「トコロテンは箸一本で食べるもんですよ」と、それが当然のように仰せられ、残りの割り箸は持ってきてくれなかった。しかたないので、ぼくは箸一本で四苦八苦しながら食べたのだった。
「所変われば食べ方も違う」と、その時のことを母や伯母はいまだに言っている。
posted by 新谷雅老 at 06:10 | 日記 | 編集

2022年05月24日

夫婦生活

朝、嫁さんのあとに
トイレに入る時
ふと『何でこの女の
生活臭の中にいるんだろう』
なんて思うことがある。

昼間、嫁さんと二人で
買い物に行っている時
ふと『何でこの女と
共に歩いているんだろう』
なんて思うことがある。

夜間、嫁さんと二人で
テレビを見ている時
ふと『何でこの女と
くつろいでいるんだろう』
なんて思うことがある。

夜中、嫁さんのイビキで
目をさまされる時
ふと『何でこの女が
横に寝ているんだろう』
なんて思うことがある。

縁だと言えばそれまでだが
考えてみれば不思議なことだ。
posted by 新谷雅老 at 16:56 | 日記 | 編集

野菜ジュース

「気分は健康状態にあるのだが、腹の調子がしっくりこない。それはきっと野菜不足のせいだ」
 そう思って、数日前から野菜ジュースを飲んでいるのだが、その野菜ジュースを飲む時、決まって東京で一人暮らしをしていた頃を思い出す。

 あの頃は、朝は飯抜き。昼は肉まんと野菜ジュース。夜はインスタントラーメンに切り餅をトッピング。そういう献立で生活していた。
「なるべく金を遣わないで、空腹をしのぐにはどうしたらいいか?」
 と考えた末の献立だった。

 当時の野菜ジュースというのは、トマトジュースに毛の生えた程度のもので、使用している野菜の種類も少なく味はかなりまずかった。それでも野菜ジュースを加えた理由は、健康を考えていたから、ではなくて、ただ単に値段が安かったからだ。

 とはいえ大病もせずに過ごせたのは、その野菜ジュースのおかげが大きいだろう。生来の貧血症が治ったのもあの頃だ。さらに体重は今よりも8キロ少ない68キロという理想の数値だった。
 家計や健康、特に体重のことも考えて、当時の食生活に戻すのも悪くないな。
posted by 新谷雅老 at 05:56 | 日記 | 編集

2022年05月23日

われ日にわが身を三省す

 きっと若い頃に読んだ論語の影響だろう。変な気癖がついている。「われ日にわが身を三省す」という言葉が心を責めて、いつも反省を促してくるのだ。
 そのためにひどく心が疲れてしまう。しなければならぬ反省ならともかくも、しなくてもいい反省までしてしまう。反省材料のない時には、わざわざ過去から反省材料を引っ張り出してくるしまつだ。
 どこかで歯止めをかけないと、やっとられんわい。人生の楽しみすら奪われてしまう。
posted by 新谷雅老 at 15:39 | 日記 | 編集

うんこ座り

 以前は何の苦もなく出来ていたことなのに、西洋化した生活のせいで出来なくなってしまったことがある。それはうんこ座りだ。
 うんこ座りをやっていた頃は、体はわりと柔らかかった。肩こりや腰痛などという、疲れを連想する言葉を使うこともなかった。

 そうだ。体が硬くなったり、肩こり腰痛という言葉を常に使うようになったのは、うんこ座りの必要がなくなってからだ。それ以来靴紐を結ぶのもひと苦労するし、体を曲げるのもつい慎重になってしまう。
 最近、そのうんこ座りと体の変調の因果関係に気づいたぼくは、暇があればうんこ座りをすることにした。

 今のぼくにはこれが一番重要な運動になっているのだが、久しぶりのうんこ座りは重労働で、たとえば足の裏がつりそうになったり、たとえばすねの筋肉が痛くなったり、と、毎日悪戦苦闘している。
 とにかく難なくうんこ座りが出来るようになるまで、自分の体をいじめてやるんだ。
posted by 新谷雅老 at 06:38 | 日記 | 編集

2022年05月22日

田んぼの中の家

 ぼくの通った小学校から少し離れた地区に、一面田んぼだらけの場所があり、そこに仲のいい友だちの家があった。
 夏の暑い日、その友だちの家の庭に巣くっていたアリジゴクを観察しに行ったり、冬の寒い日、グリコアーモンドチョコレートの懸賞賞品だった「おしゃべり九官鳥」を見せてもらいに行ったり、数々の思い出の中に、田んぼの中のその家は登場する。

 小学生の終わる頃、その友だちは引っ越してしまい、以来そこに行くことはなくなった。
 それから数年後、ぼくの行かなくなったその場所で、国道のバイパス工事が始まった。道は街を作り、街は人を呼ぶ。当然のように一面の田んぼは消され、多くの建物がその一帯を飾るようになった。そしていつしか町名も変わった。

 先日その場所を嫁さんと訪れてみたのだが、かつて通った懐かしい友だちの家はすでになく、近くには駅が出来、跡地にはグルメ本にたびたび登場する洒落たパスタの店が建っていた。
 ローマ字の「A」で始まるその店の名を、なぜかぼくは「アリジゴク」と読んでしまい、嫁さんに笑われたのだった。
posted by 新谷雅老 at 18:04 | 日記 | 編集

お客様、それはないでしょう

 某家電専門店に勤める知り合いから、こういう話を聞いた。
 初老の男性が販売員に声をかけた。
「このテレビを届けてくれ」
「ありがとうございます。では、こちらにお届け先の住所をお書き下さい」
「何で書かんとならんのか」
「えっ、配達されるんでしょ?」
「何を聞いとるんだ。そう言っとるじゃないか」
「だから、こちらにご住所をお書き下さい」
「だから、何で君に個人情報を教える必要があるんだ。ちゃんと法律で教えんでいいようになっとるだろうが」
「・・・・・・・」
「こんな非常識な店では買えん」
 そう言い捨てて、そのお客は帰ったそうだ。

 かつて、ぼくも似たような仕事をしていたことがあるのだが、その頃、こういうことがあった。
「明日X時に、この商品をここに届けて下さい」
「ありがとうございます。お支払いはどうされますか?」
「代金引換にして下さい」
「かしこまりました」
 翌日X時、配送の人から連絡が入った。
「この住所、存在しないんですけど・・・」
「えっ、地図で確認して行ったんでしょ?」
「載ってないから、直接来たんですよ。住所は間違ってないでしょうね?」
 そこでそのお客が書いた販売伝票を確認したのだが、配達票と寸分の狂いもない。電話をかけてみても出ない。仕方なくお客からの連絡待ちということにしておいた。
 あれから二十年近く経つが、いまだにそのお客からの連絡はない。
posted by 新谷雅老 at 06:26 | 日記 | 編集


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